絞首刑まっしぐらの『醜い悪役令嬢』が『美しい聖女』と呼ばれるようになるまでの24時間

夕景あき

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絞首刑まっしぐらの『醜い悪役令嬢』が『美しい聖女』と呼ばれるようになるまでの24時間

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 むかしむかし、あるところに『醜い悪役令嬢』と呼ばれる少女がいました。
 少女はまるで老婆のようでした。
 ボサボサの白髪で、ガリガリに痩せて、肌はボロボロ。
 その醜い令嬢の名前はオリビアと言いました。

***

「アイラ、君はなんて可愛らしく美しいんだ。『醜い悪役令嬢』と呼ばれる俺の婚約者オリビアとは大違いだ·····君を愛している!」

「トムス王子!嬉しいです!·····でも私、怖いんです。私、昨日お父様達が話しているのを聞いてしまったのです·····10年前の火事の犯人は義姉のオリビアだったというんです」

「なに!?そんなまさか·····さすがにあのオリビアでも、自分の家族を殺しはしないだろう」

「いいえ、当時の使用人が見つかり、証言をしたんです。どうやら、その日家族に叱られたことを恨んで、火をつけたらしいんです!·····私、義姉がまた家に火をつけるんではないかと心配で····」

「大丈夫だ、アイラ!君は俺が守る!そうだ!明日の学園の卒業パーティーでオリビアを断罪して婚約破棄しよう!証人は多い方がいいだろう。それまでは地下牢にでも入れておこう。安心してくれ、放火した者への刑罰は絞首刑だ!」

「トムス王子·····ありがとうございます!」

 『醜い悪役令嬢』であるオリビアは、地獄耳だ。
 いつも自分の悪口ばかり聞こえてきて、傷つくことに疲れていたオリビアは授業後の迎えの馬車を待つまでの間、人混みを避けて裏庭に来ていた。
 そうして裏庭の奥の木立にて、トムス王子と義妹が逢引している光景に出くわしてしまったのだった。

 彼らの会話内容を耳にしたオリビアが愕然として立ち尽くしていると、義妹がオリビアの姿を見つけた。
 そして、義妹のアイラはトムス王子に縋り付きながら、震える声で言った。

「トムス王子!そ、そこに義姉がいます!今の話を聞かれてしまいました!私、怖いです!」

「アイラ大丈夫だ、俺が必ず君を守る!·····おい、そこの護衛!オリビアを捕らえろ!」

 ガタイのいい護衛騎士がゆっくり近づいてくるので、オリビアは恐ろしくなり身を翻し森の奥に駆け出した。
  オリビアの骨のような筋肉のない足では、護衛騎士に追いつかれるのは時間の問題だ。
 必死に走るオリビアの視界に入ってきたのは、黒くそびえ立つ塔だった。

( 護衛騎士から逃げ切れるとしたら、あそこしかない·····)

 なぜか学園の森の中に突如ある、漆黒の塔。
 別名、龍魔導師の塔。

 強い願いを持つ者のみ、その扉を開けられる。そして試練と引き換えに、塔に住む龍魔導師に願いを1つ叶えて貰えると言われている。
 この学園の生徒達の多くが扉を開こうと挑戦しているが、今まで一度も開いた事がないという。

 オリビアはもつれる足で、塔の前の扉にたどり着いた。
 今まで気づかないようにしていた、黒い感情がオリビアの胸の中をのたうち回っていた。

(苦しい、悲しい、憎い、憎い、憎い、憎い、殺す、殺したい、皆殺してやりたい·····そうだ、私には強い願いがある)

 オリビアを追ってくる護衛騎士の足音が、すぐ側まで迫ってきていた。

(きっと扉は開く)
 そんな確信を胸にオリビアは荒い息のままに、重厚な黒い鉄の扉を力一杯押した。
 すると驚くほど呆気なく、フワリと軽く扉は開き、オリビアは塔の中に入ったのだった。

 ***

 6歳の頃、侯爵令嬢であるオリビアは第一王子のトムス王子の婚約者になった。
 オリビアの父であるハノーバー侯爵は、国の法律作成に携わり大きく成果を上げていた。ハノーバー侯爵と国王は旧友だった事もあり、親同士の話合いをきっかけにトントン拍子に婚約話が決まった。

 オリビアと会ったばかりの頃のトムス王子は、ふわふわの金髪でキラキラした碧眼の可愛らしい容姿であった。

「君のシルバーブロンドとルビーの瞳は、本当に綺麗だ」

 トムス王子はオリビアの顔を覗き込み、そんな事をよく言った。
 だが当時のオリビアは、彼の言葉には困惑するばかりだった。

 オリビアの両親もオリビアの5歳年上の兄も、屋敷の使用人達も皆優しく、オリビアは大事に育てられていた。

 だが、オリビアが7歳の夜に、悲劇は急に起きた。
 木枯らし吹き荒れる夜更けに、屋敷が火事になったのだ。
 風が強い日だったせいもあり、炎はすぐに屋敷をのみ込んだ。そして使用人達の多くと、両親と兄をオリビアはその火事で亡くしたのだった。

 オリビアが助かったのは、母親が大火傷を負いながらもオリビアを火から守り助け出してくれたお陰だと、オリビアは火事の後に周囲の人達から聞かされた。
 オリビアはその火事の日から、ショックで7歳以前の家族の記憶をほとんどなくしてしまっていた。
 思い出そうとすると、禍々しい炎と燃える肉の匂いに息苦しさがフラッシュバックしてオリビアは過呼吸になるのだった。
 
 医者は「家族の死が辛すぎたせいだろう。自分の心が壊れないための防衛反応だから、無理に思い出そうとしなくていい」とオリビアに優しく言った。

 唯一、焼け爛れた母が「〇〇になって·····それだけが母の願いよ·····」と亡くなる間際に、オリビアの手を握って言ったのは、強烈に覚えている。
 肝心の〇〇の部分を思い出せずに不甲斐ない思いをしたオリビアだったが、王子の婚約者である自分に母は「王妃になって」と言ったのだろうといつしか思い込むようになっていた。

 その後、オリビアは叔父の家に引き取られ、『邪魔者』として扱われるようになった。オリビアの両親は父方も母方も祖父母はもう亡くなっており、親戚は父の弟であった叔父しかいなかった。
 侯爵位も叔父が相続した。叔父夫婦にはオリビアよりひとつ年下の娘、アイラがいた。
 アイラは、トムス王子の婚約者の座が欲しかったようでオリビアに意地悪をした。
 オリビアのドレスを引き裂き、オリビアのご飯を床に叩き落とした。
 叔父夫婦はそんなアイラの行動を、咎めるでもなく、目の前で起きても見て見ぬふりをし、何事もなかったかのように振舞った。
 そのため、アイラのオリビアへのイジメは益々激化した。
 そんな一方で叔父は、オリビアには「王妃教育はノイローゼになるほど辛いという。だが、死んだ御両親の願いはお前が王妃になることなのだから、辛くても弱音を吐かずに励みなさい」と言って、王妃教育に送り出した。
 
 王妃教育は間違えると鞭打たれ、非常に厳しかった。だが、死んだ母の願いを叶える為にとオリビアは歯を食いしばって頑張った。

 学園に入学する頃、オリビアが必死の王妃教育のおかげで成績トップとなる一方で、トムス王子はあまり勉学を強要されなかったせいか、学園でも中の下のクラスとなった。
 この頃から、トムス王子はオリビアを急に避け始めた。

 ある時から叔父が『トムス王子の代わりに5カ国語覚えるように』などと言いだした。毎日数百問の単語テストを出され、1問でも間違えると食事を1食も出してもらえなくなった。なのでオリビアは学園の休憩中もずっと必死に勉強した。
 3ヶ国語までは習得できたが、4ヶ国語目から頭が混乱し始め、覚えることに苦労していた。単語1つの綴りでも間違えるとその日の食事は一切なくなるので、友人も作らず社交も一切せず学園の休憩時間も、少しの移動時間もすべて勉強にあてていた。
 オリビアは必死に寝る間も惜しんで勉強した。そして睡眠不足となり、正常な判断があまり出来なくなってきていた。
 
 オリビアが入学して一年後、義妹のアイラが学園に入学してきた。
 アイラはトムス王子に頻繁に会いに行き、「トムス王子が私のピンクブロンドの髪を褒めてくださったのよ」などと家で報告するようになるには日がかからなかった。

 ある日、叔父夫婦の寝室の前を通りかかった時に地獄耳のオリビアは、聞いてしまった。
「王妃教育はノイローゼになるほど厳しいと聞いていたが、大したことなさそうだな。あれならアイラにも出来そうだ。本格的にオリビアを排除して、アイラを王妃にしてあげようか·····」と叔父が言っていた。
 オリビアは『排除』という言葉が恐ろしくて、急いで部屋に戻り震えていた。

 オリビアを貶めれば、義妹のアイラが王子の婚約者に成り代われると確信した叔父夫婦は、翌日にはオリビアを屋根裏部屋へ追いやった。
 そしてオリビアには5カ国語の翻訳の問題を出してきて、言葉の翻訳のニュアンスなどを理由に正解が出されなくなった。オリビアの境遇を哀れんでご飯を恵んでくれていた使用人達は次々に解雇され、オリビアは誰にも助けを求められなくなった。
 自分の勉強不足のせいで、食事をとれないのだと洗脳されていたオリビアは、国王や王妃に痩せすぎなことを心配されても、自分の勉強不足を晒すのが恥ずかしくて首を振るばかりだった。

 アイラは学園で、叔父夫婦は社交界で、オリビアが家で王子の婚約者であることを振りかざし、アイラを虐めているという嘘を流した。
 痩せている理由は豪華で完璧な味付けの料理でないと不味いと言って食べてくれないからだとデマを流した。

 勉強ばかりして極度の睡眠不足と飢餓状態であったオリビアは、「言われたことをやらねば」「王妃になるという両親の願いを叶えるには、勉強せねば」という思いばかりで、その噂をただ無視した。

 そうしてオリビアは、睡眠不足で飢餓状態の『醜い悪役令嬢』となったのだった。

***

 オリビアは魔導師の塔の中に入った後、しばらく呆然と突っ立っていた。
 黒い塔の中は、意外にも明るかった。
玄関もなく、扉はいきなり部屋につながっていた。
広い部屋の中は、大量の書物や薬瓶などで溢れかえっていた。

 この大陸は太古の昔に龍が造ったと言い伝えられている。
 龍は人々に加護を与えて、国を統治させたのだという。
 龍の加護を得たものは、魔法という人智を超えた力が使える。
 昔は魔法が使えるものが国に多くいたそうだが、今は数年に一人国に現れる程度だ。
 この大陸にも魔導師は、二人しかいない。
 一人は紫龍の加護を持つ西の国の魔導師、そしてもう一人が黒龍の加護を持つ魔導師。それがこの塔の主だ。
 『龍は真に善なる者しか加護を与えない』そうだ。魔導師達は一国の王と同等以上の権力を与えられていたが、真に善なる存在なので国に不利益はもたらさないと言われている。また、魔導師は奇人変人が多いともっぱらの噂であった。当の魔導師もめったに人前には姿を現さなかった。

 (この塔の魔導師はどんな人なのだろう、奇人変人って言われてるけど·····)

 オリビアは恐る恐る、声をかけた。

「突然の訪問、失礼致します。·····魔導師様はいらっしゃりますか?試練を受ければ、願いを叶えて頂けると聞いたのですが·····」

 すると書物の山の中から、ムクリと大きい黒い影が立ち上がったので、オリビアはビクリと体を震わせた。
  長い黒髪を後ろに束ね、前髪を顔の前に長く垂らした、背の高い男性がオリビアを見て驚いたらしくポカンと口を開けた。
 オリビアは慌てて、王妃教育で叩き込まれたカーテシーをした。

「私はハノーバー侯爵の長女オリビアと申します。貴方様がこの塔の主の魔導師様ですか?」

 オリビアの問いかけに、魔導師は呆然とした様子で「そうだ、俺が魔導師のグレンだ」と耳に心地よい低音で答えた。

 オリビアは魔導師はてっきり高齢の男性だと想像していたので、意外にも20代にも思えるような若い男性で驚いていた。
 黒いローブを着ているが、体つきはトムス王子の護衛よりもがっしりしていて、魔導師というより、騎士や武官という方が似合いそうに見える。
 らしくない男の風貌に訝しがりながらも、オリビアは意を決して彼の前髪で隠れてる顔を見つめて伝えた。

「願いを叶えて欲しいのです」

「願いとはなんだ?」

 魔導師のグレンが積み上げられてる本の山をかき分けて、オリビアの近くにやってきた。
 グレンはオリビアの姿を上から下まで眺め、眉間の皺を深くした。
 そんな様子を見て、オリビアは胸にあるモヤモヤを吐き出すように早口で一気に伝えた。

「私を苦しめた人を私の目の前から消したい!私を苦しめた人達に二度と会わないで済む世界に行きたい!苦しみから解放されたい·····です」

 そう言うと共に、オリビアは胸に激しい痛みを感じた。

(それって私が死ねば全て叶う·····)

 そう気づいてしまった瞬間、そんな願いを言い出してしまう自分を嫌悪して、オリビアは吐きそうになった。

(母親が命をかけて守ってくれた自分の命を粗末にしようとしているなんて、なんて浅ましい願いを私は言ってしまったんだ)

 激しい後悔で唇を噛んだオリビアに、魔導師の彼は意外な程に優しい低音で言った。

「それが本当に、君の願いか?」

 グレンはオリビアの顔を覗き込んだ。
 オリビアは魔導師の黒髪の奥のアイスブルーの切れ長の瞳と目が合いドキリとした。氷のように透き通ったアイスブルーを、見た途端に頭の奥で記憶がチリっと刺激された気がした。
 またグレンの瞳に、自分の中の素直な心が引っ張り出され、オリビアは心のままに話し出した。

「ごめんなさい·····今の願いは·····取り消してください。本当の願いは·····冤罪を晴らして、絞首刑を回避してほしいです。明日の卒業パーティーで断罪される予定なんです」

 恐る恐る言葉を紡ぐオリビアの言葉を聞き、しかめっ面をしてからグレンは言い出した。

「明日か·····時間が無いな。そうとなったら、説明は後だ。俺はこれから準備をするから、先にこいつと一緒に試練を進んでいてくれ、そこの奥の白い扉から入るんだ」

 そう言ってグレンは、オリビアの目の前に手を差し出した。
 その大きい手のひらをどうしたらいいのか困惑して見つめるオリビアの目の前で、グレンの手に黒い靄が生じた。そして、次の瞬間にはグレンの手のひらの上には黒いフワフワモコモコの子犬がいた。
 初めて見る魔法に目を丸くしているオリビアに構わず、グレンはその黒い子犬をオリビアへ差し出した。
 オリビアは訳も分からぬまま、黒いモフモフを受け取ろうとすると、子犬はオリビアの手をくぐり抜けオリビアの足元にシュタッと降り立った。
 そして子犬はオリビアのドレスに噛みつき、引っ張りだした。

「早く行くであります!あの白い扉の所に行くのであります!」

「犬が喋った!?あ、あの、犬が喋ってるのですが?」

 オリビアは驚きグレンに問い掛けようと振り向くと、グレンの姿はすでにそこには無かった。
 子犬が凄い力でグイグイ引っ張るのでオリビアは、ひとまず白い扉の前までヨロヨロと歩いた。

「あなたは何なの?なんで喋れるの?この扉の奥には何があるの?」

「僕はクロであります。僕は聖獣なので話せるのであります。この扉の奥には試練があります。試練を越えたら願いが叶うのであります!時間がないので、早く入るのであります!」

 オリビアが困惑したままに、白い鉄の扉に手を触れた。その瞬間、一瞬で目の前の世界が変わったのだった。

***

 目を開くと、オリビアの目の前は火の海だった。
 ごおごおと炎を上げる燃え盛る林の中に、オリビアは急に立っていた。

「ひぃぃっ·····こ、こわい!」

 オリビアは昔火事にあってから、炎へのただならぬ恐怖心があった。

「僕が結界を張っているから、僕の近くにいれば大丈夫なのであります!」

 胸をはる手のひらサイズの子犬のクロに、オリビアはしゃがみ込み縋り付いた。
 オリビアの脳裏にはあの夜の燃える肉の匂いと爛れた母の顔が蘇り、過呼吸を起こしながら、しばらくガタガタと震えていたのだった。
 クロはその間じっとしていて、時折オリビアが苦しそうな表情を作るとその頬をザラザラした舌で舐めてあげていた。

「僕を撫でると、心が落ち着くらしいです!」

 クロにそう言われるままにオリビアは震える手で、クロのフワフワの背中を撫でた。すると、オリビアの心にようやく穏やかさが戻ってきた。
 それと同時に、火の海の勢いも心無しか弱まったようだった。

 少しだけ冷静さを取り戻したオリビアを見て、クロはこの状況を説明してくれた。

 「僕は龍の加護を実体化した存在だから、魔法を使えるのです。この空間は『心間』という試練の空間なので、炎に触れると焼かれるような痛みを感じますが死ぬことは無いのです。そもそもオリビアの身体は白い扉の外にあり、精神のみでこの空間に来ているのです。『心間』とはオリビアの深層心理の空間なのであります」

 クロの説明に理解が追いつかなくなり、オリビアは堪らず質問した。

「シンソーシンリって何なの?」

「オリビアの心の中の深いところって意味だと思います。実は僕も詳しくは知りません!」

 クロは胸を張り誇らしげにそう言うので、オリビアは困惑してしまった。

「えっと·····つまり、この燃える空間が私の心の中ってこと?」

「そうであります!炎は怒りであります。この空間は『怒りの間』であります!」

「私の怒り·····」

 オリビアは呆然と周囲を見渡した。
 燃え続け黒焦げになった木々が、倒れ重なっている。
 ごおごおパチパチと不気味に燃え盛る炎は、一瞬弱まったように見えても、ユラユラと燻ってはまた燃え盛っていた。

「私はこんなにも怒り狂ってたってことかしら·····にわかには色々信じ難いけど、あなたが嘘つく理由がないし、一先ず信じるわ·····ここで私は何をしたらいいの?」

「心の層のボスに勝つことで次の階への扉が開き、全ての層のボスを制圧することで試練達成となり願いが叶うのであります!」

 クロがぴょこぴょこと短い尻尾をフリフリしながら言ったが、オリビアは眉根を下げた。

「ボスを制圧って·····私は剣も使えないし、武器も持ってないのに·····そんな事、出来るのかしら·····」

「大丈夫であります!オリビアは試練を達成できると思います!·····たぶん!きっと!おそらく!」

 ハッハッハっと薄ピンクの舌を出して笑いながらクロが適当な事を言うので、オリビアは肩に入っていた力が抜けていくのを感じた。

「そうよね。死なない空間って事だし、なんかウジウジしてばかりいても仕方ないし·····とりあえずそのボスとやらを探しに行きましょう」

 オリビアは自分の心が久しぶりに前を向いたように感じて、数年ぶりに口元に笑みを浮かべた。

 オリビアはクロを胸元に抱き立ち上がり、震える足で炎の林の中に一歩踏み出したのだった。

***

 しばらく歩くと、燃え盛る木立の奥に白い獣の姿を見つけた。獣の周りだけ一層強い炎が燃えている。
 オリビアが恐る恐る近寄ると炎の真ん中に、人の背丈ほどに大きな1匹の白い狼が凛と立っていた。

「あれはシルバーウルフであります。とても強いですよ。この心間のボスはシルバーウルフなんですね!」

 クロが興奮したように早口で言った。
 オリビアは魔物を見るのは初めてであった。魔物はこの大陸の東の半分にある魔の森にしか生息していない。魔の森は龍により定められた禁域地区であり、人間は1歩も立ち入ってはならないとされていた。
 シルバーウルフはオリビア達が近づこうとすると、グルルと大きな唸り声をあげた。
しかし、オリビアは不思議とシルバーウルフを恐く感じなかった。グルルと唸り声をあげ怒り狂っている様子に、なぜか親近感さえ湧いてオリビアが一歩一歩シルバーウルフに近づいた。すると、シルバーウルフが腹の下に白い卵のようなものを守っている事が分かった。

「この子·····何かの卵を守ってるわ·····狼は哺乳類だからこの子の子供ではないはず·····何を守ってるのかしら·····」

 その呟きに、オリビアの腕の中にいたクロがぴょんと跳ねて地面に降り立ち、考えるような声で言った。

「心間のボスは普通の生き物ではなく、オリビアの感情の化身のようなものです。そういえば僕、怒りとは単体で存在している感情ではないってグレンに聞いたことがあります。悲しみや苦しみの感情がまずあって、その次に怒りって言う感情があるんだって·····」

 クロの言葉を聞き、思わずといったようにオリビアはシルバーウルフに駆け寄った。
 
「オリビア待つであります!僕からあまり離れると、結界の効果が得られなくなり、炎に焼かれる痛みを感じます!」

 その様子にクロが慌てたように言ったが、それでもオリビアは止まらなかった。

「ううっ!·····ぐっ·····痛っ!」

 炎に焼かれる痛みに耐えきれず呻き声をあげるオリビアの脳裏には、炎に焼かれる度に激しい怒りの感情が蘇っていた。
 裏切ったトムス殿下への怒り、いじめ虐げてくる義父母や義妹のアイラへの怒り·····そして何より、母との約束である「王妃になる」という事を守れない不甲斐ない自分への怒り。
 そしてオリビアは気づいて閉まった。
 自分への怒りの奥には、深い絶望と悲しみがある事に。

 呆然としていたクロも、慌てて後を追いかけたが、その時にはオリビアはシルバーウルフのすぐ傍に駆け寄っていた。
 そして、驚き固まるシルバーウルフをオリビアは何の躊躇いもなくガバッと抱きしめて言ったのだった。

「ありがとう·····。私の心の内側が悲しみや絶望に耐えきれなくなりそうだったから、『怒り』であるあなたが、私の心を守ってくれていたのね·····。私の心を守ってくれて有難う·····!」

 オリビアがそう言った瞬間、シルバーウルフが眩い光を放った。そのあまりの眩しさにオリビアは、ぎゅっと目を閉じた。
 そして次にオリビアが瞼を開けると、そこには夕焼け空の下に若々しい芽吹いた若葉が生え揃った草原が広がっていた。

「あ·····あれ?炎は?シルバーウルフは?」

 戸惑うオリビアに、クロがニコニコ近づいてきて言った。

「オリビアがボスを倒したのであります!倒したというか、克服したというか·····とにかくこの層の心間のボスは制圧したので、平和になったって事であります!」

「良かった·····考えるより衝動のままに体が動いてしまったからどうしようかと思ったけど、大丈夫だったみたいで、良かった·····あ、コレ」

 オリビアがシルバーウルフが守っていた、白い卵のようなものを拾いあげようと、それに触れた途端目の前がグワンと揺れた。そして、オリビアは意識を失ったのだった。

***

 オリビアは気づくと猛吹雪の中で寝ていた。

「ここは·····」

 オリビアはひとまず状況を把握しようと身じろぎひとつせず目線を回し周囲を観察した。曇天の中に雪が轟々と吹雪いているが、不思議と寒くはない。よく見ると半円球のバリアがあるようで雪もある程度近づくと弾かれ消失している。
 状況的にクロの結界で守られているって事だろうと考えを巡らせてオリビアが体を起こそうとすると、落ち着いた低い声が聞こえた。

「目を覚ましたか、痛みはないか?大丈夫か?」

「魔導師様!?·····え?何故ここに?」

 するとオリビアの腕の隙間に、スポンとクロが顔を出し答えた。

「ここは、オリビアの心間の第2層であります。寒いし吹雪いているのでたぶん『悲しみの間』ですね。グレンは外の準備が終わったから、大好きなオリビアが心配で追いかけてきたのであります!」

「え?·····大好きな?そんな·····まさか·····誰がこんな会ったばかりの骸骨女を好きになるんです·····」

 クロの発言に困惑するオリビアに、眉間に皺を寄せたグレンが寄ってきた。

「おい、クロ!適当なことばかりを言うな!今はとにかく時間が無いから余計な発言は慎め!」

 グレンはオリビアの腕からクロを抜き取ると、クロを両手で持ち上げ低い声で窘めた。

「分かったであります!」

 持ち上げられたクロが短い前足で必死に敬礼のポーズをとろうと頑張る様子が可愛くて、オリビアは思わず笑ってしまった。
 すると、外の吹雪が一瞬止んだ。
 オリビアが驚き空を見上げると、空に1羽の大きな白い鳥が舞っているのが見えた。

「鳥がいるわ!」

 オリビアが驚きの声を上げると、外がまた吹雪いてきた。

「ブリザードバードか·····俺が仕留めてこよう」

 脇に置いてあった長剣を手に、グレンが結界を出て雪の中へ駆け出した。

「あ!ちょ、ちょっと待ってください·····!」

 オリビアは慌てて後を追いかけた。何故だか、グレンにブリザードバードを攻撃されてはいけない気がしたのだ。
 しかしオリビアは結界から出て、冷たい吹雪に当たった瞬間動けなくなってしまった。
 1粒1粒の降る雪に体が当たった瞬間に、悲しかった出来事が鮮明に蘇ってくるからだ。


 王太子妃教育は鞭が辛く、頑張っても頑張っても誰一人からも褒められない事····· 
3日間食事が出なく朦朧として、また出された翻訳問題を間違えてしまい悔しくて悲しくて·····「馬鹿に食わす飯はない、今日も飯は抜きだな」「反省としてそこに座って私たちの食事の様子を見ていなさい」とこれ見よがしに目の前で食事をされ、キュルキュルとお腹が鳴ってしまい、その瞬間に義父、義母、義妹に大笑いされ悔しく惨めで悲しかった事·····
義妹に母の形見のブレスレットを奪われた事·····
義母が夜になると蝋燭を近づけてきて、その度に過呼吸を起こしてしまうオリビアを嘲笑うこと·····
先日「婚約者の座を辞退してアイラに譲れ」と義父に言われ、「亡き母との約束なんですこれだけはお許しください」と震えながら断り、「恩知らずが!」と憤怒の形相の義父に顔面を殴られ鼻血を出した事·····

 悲しみの記憶に捕われオリビアが吹雪の中に立ち尽くしていると、いつの間にかグレンが目の前にいた。グレンは何故か泣きそうな顔をしていた。そして急にオリビアをガバッと抱きしめて言った。

「俺にも雪に触れる度に、君の悲しみの感情の記憶が流れ込んできた·····君は·····君は·····よく耐えた·····よく、頑張った。よく頑張った!」

 グレンがそう言って泣きそうな声でオリビアを抱きしめて、背中を撫でてくれた。
 オリビアは両親と別れてから、一度も抱きしめられた記憶がない。
一度も頑張ったと言ってもらった事もない。
両親と兄が亡くなった後は、オリビアは冷たく心が凍ってしまったようで今まで一度も涙を流したことがなかった。

 だが、気づいたらオリビアはグレンの腕の中で泣いていた。
 大泣きしていた。

「っう·····、ひっく、ぅうう、·····っうわぁぁぁあん」

 オリビアはまるで幼い少女のようにひたすら大泣きしていた。
 オリビアにはなぜ出会ったばかりのグレンにこんなに心を預けられるのか分からなかったが、グレンに抱きしめられると心が癒されていくのが分かった。
 いつの間にか吹雪は大雨に変り、大雨は小雨になっていた。
 雨の中、守るように抱きしめてくれるグレンの温もりがオリビアの心も温めてくれた。
 流れ出した涙は留まる所を知らなかったが、全身の水分を出しきってしまったのか、しばらくしてオリビアの涙はようやく収まってきた。
 その頃には小雨も止んで、いつの間にか星々が煌めく綺麗な夜空が広がっていた。何故か夜空に向かって綺麗な虹が現れていた。

「ひっく、·····も、申し訳ありません。お恥ずかしい所をお見せしました·····」

「恥ずかしくなんかない、君はよく頑張った。自分を誇っていい」

 そう言って、グレンが髪を撫でてくれるので、オリビアは頬を赤らめた。
 そんな二人の間に、無理やりクロが割り込んできて言った。

「イチャつくのは後にした方が良いと思います!時間が無いと言ったのは、グレンであります!」

「い、イチャついてなんか·····」
「イチャついてなぞいない!」

 グレンとオリビアは声をハモらせながら、クロに反論した。
 クロはそんな二人を構わず、前足を上に挙げた。

「オリビアが泣き出してしばらくして、ブリザードバードが光って虹に変化してました!次の層への転送キーはあの虹です。たぶん第三層が最後の心間です。行けるのは、オリビア一人だと思います!」

「確かに時間が無いな·····」

 そう言うとグレンはオリビアの手を取りエスコートするように虹に向かいながら、説明した。

「俺とクロは外に出て用意をしておく。試練を終えた時に再度、願いを聞く。入る前と変わっていても大丈夫だから、真の願いを考えておくように。·····第三層は·····きっと君の過去だ。君にとってきっと1番時間がかかる空間となるだろうが·····君を待っている」
 
 そう言って、グレンはエスコートしていたオリビアの手を虹に触れさせた。
 その途端、オリビアの視界が暗転した。

***

 気づくとそこは、どことなく見覚えのある空間だった。
「オリビアお嬢様、目を覚まされたのですね」

 エクボの可愛いメイドの姿を目に捉え、オリビアは驚きの声をあげた。

「キャシー!?なんであなたが!?」

 生きてるの?という言葉を思わず呑み込み、周囲を改めて見渡した。

「私の部屋!?」

「おやおや、オリビアお嬢様は寝ぼけてる様ですね。さぁ、御髪を整えて準備をしましょう。今日はお出かけですからね」

 オリビアは言われるがままに、鏡台に座り目を見開いた。そこには7歳位だった頃のオリビアが映し出されていたからだ。

「わ、若返ってるわ」

「ふふふ、今日のオリビアお嬢様は面白い冗談言いますねー」

 オリビアが呆然としている間に、準備が整った。

 (そういえば魔導師様は「第三層は君の過去だ」と言っていた。つまり、これは火事の後ショックで忘れてしまっていた私の過去の記憶ということ!?)
オリビアが考え事をしながら案内されるままに食堂に行き、目の前に広がるその光景を見て固まった。

「お父様、お兄様·····お母様」

 「おはよう、オリビア。そんな所で固まってどうかしたの?」
「おはよう、オリビア。どうしたんだい、早く椅子に座りなさい」
「おはよう。今日はオリビアが好きなオムレツだよ」
 
 母、父、兄に声を掛けられ、オリビアは温かい感情が溢れ出し泣きそうになるのを必死に耐えながら笑顔を作り席に着いた。

 家族で食べる食事はこんなにも美味しかったかと、オムレツを1口1口噛み締めながらオリビアが食べていると、兄が父に話しかけた。

「今日も父上は仕事で遅くなるのですか?父上のお体が心配です。国法が大事なのは分かりますが·····父上の熱意は他の人より強く感じます。何故そんなに国法作成を頑張るのですか?」

「そうだな·····心優しき者や正しい者を守るために私は国法を作っている。国法はそう簡単に変えられるものではない。私が死んでも国法が残れば、家族や子孫の幸せをきっと守ってくれる·····そう思うと頑張って作りたくなるのさ」

 威厳ある父の少し照れながらの回答に、兄は目を輝かせた。

「父上はご自身が死んだ後まで、国を守る覚悟なのですね·····尊敬します!僕も父のように、国法に関わる仕事がしたいです!」

「その為には、剣術ばかりでなく、もう少し勉強をしなくてはならないわよ」
 
 母の指摘に、兄は少しバツの悪そうな顔をした。

「う·····確かにそうですね。頑張ります」

 母は、優雅に食後の紅茶を飲みながらオリビアにも話しかけた。

「オリビアも、王太子の婚約者になってしまったけど·····嫌だったら、婚約解消してもいいのよ」

 オリビアは母の言葉に驚き目を丸くした。オリビアは母が自分に王妃になって欲しいのだとばかり思い込んでいたからだ。

「お母様の願いは·····私が王妃になる事ではないのですか?」

 オリビアの言葉に、今度は母が目を丸くした。

「私の願いはただ一つ、あなた達に幸せになって欲しい。それだけよ·····。婚約者になる事も、私は反対だったのよ。だから、オリビアが他にやりたい事が見つかったら婚約解消しても良いと今でも思ってるわ」

「そう·····だったのですね·····」

 オリビアの脳裏に火事の日の記憶が蘇ってきた。焼け爛れた母の顔·····強く母に握られた手·····
『幸せになって·····それだけが母の願いよ·····』
 
(そうだった。『王妃になって』などとお母様が言う訳がなかった·····お母様はこんなにも温かく、ただただ私の幸せを願って下さる方だったのだわ·····なんで忘れてしまっていたのだろう、こんなにも優しい家族の記憶を·····)

  オリビアは頬に温かい涙が伝ってくるのがわかった。

「あらあら、どうしたの?やっぱり王太子の婚約者になったのが負担だったのね。あなた、やっぱり婚約解消してしまいましょうよ」

「うーむ。いや、だがな派閥や家柄、年頃を考えるとオリビアしか適任がいないのは事実なんだ·····」

 オリビアが涙を止められずにいると、母がオリビアを抱きしめて、父を睨みあげた。
 母の鋭い視線に、父はおずおず言い出した。

「オリビアがどうしても嫌だと言うなら、婚約解消を考えよう。だが、あと数年待ってくれると有難い。それまでに派閥をなんとかしておこう」

「良かったな、オリビア」

 ようやく涙も収まってきたオリビアの頭を、兄がポンポンと優しく撫でた。

(私はこんなにも優しい家族に包まれて育ったのか·····)

 オリビアが思い出すと共に、記憶が本流となりなだれ込んできた。
 母の穏やかな子守歌·····兄と共に庭を駆け回り遊んだ日々·····父が読んでくれた絵本·····

(私はこんなにも愛されていたんだ·····)

 朝食の時間が終わり時間が経つにつれて、17歳のオリビアの意識は薄れ、7歳のオリビアの心のままに動くようになっていた。

 本日は、母と兄と共に馬車で1時間ほどにある湖へピクニックへ行く予定だ。
 晴れ渡る青空の下、湖は陽の光をうけキラキラと光っていた。
 オリビアは心のままに無邪気に兄と駆けっこをしたり、ボートに乗ったりして遊んだ。
 オリビアが昼を食べ、母の膝枕で昼寝をし始めると兄は護衛と剣術の鍛錬を始めた。

 夕方も迫り帰りの馬車の中で、昼寝から起きたオリビアは窓の外を見て叫んだ。

「馬車を止めて!大変!子供が倒れてるの!」

 木立の中に、薄汚い格好の黒髪の少年が倒れているのに、護衛が止めるのも構わずオリビアは駆け寄った。
 
「あなた大丈夫?」

 意識がハッキリしていない様子の少年はうっすら目を開けた。少年のそのアイスブルーの瞳を見て、オリビアの中の17歳の意識が引っ張りだされた。

「魔導師様は·····あなただったのね·····」

 オリビアがそう言った瞬間、銀色のまばゆい光に包まれて、オリビアは意識を失った。

***

 グレンは兵士をしている両親の元に産まれた。一人っ子であり、親戚はいなかった。
 グレンは9歳の頃に、両親が戦死して戦争孤児になった。
 だがグレンは、両親に鍛えられていたお陰で腕っぷしだけは強かった。
 食事を確保するにも、安全な寝床を確保するにも力が必要だ。
 なんとか12歳まで生き延びたグレンは、ある日裏路地のボスに楯突いてしまい集団の暴力に敗れた。
 なんとか逃げ延びたは良いものの、血を流しすぎて森の中で力尽きて倒れ込んだ。

 意識を失っていたグレンが次に目を開けると、そこには天使がいた。
 光に煌めく銀髪、宝石のようにキラキラとした赤い瞳の天使のように可憐な少女がグレンを覗き込んでいた。

「あ!起きた!あなた、大丈夫?あなたのお名前は?あなたのアイスブルーの瞳とっても綺麗ね」

「俺の名前は·····グレンだ。ここは·····どこだ?」

 グレンの体は包帯で、グルグル巻きにされてベッドの上で寝かされていた。
 グレンが見渡すと見るからに高級そうな調度品が置いてある部屋だった。

「ここは侯爵邸の客室よ。あなた、家族は?なんであんな所で倒れていたの?何処か行くところだったの?」

「俺には家族はもう居ない。ただの孤児だ。あそこには行き倒れていただけだ」

「あなたの手は剣だこで硬かったわ。剣が使えるのでしょ?私の護衛にならない?」

「は?」

 こんな身元の怪しい餓鬼を侯爵様が護衛なぞにする訳がないとグレンは思っていた。だが、数日後に侯爵様直々にその話をされ、グレンはオリビアの護衛となった。

 怪我が完治して、グレンがオリビアの兄サミュエルと剣の打ち合いをしていると、サミュエルが話しかけてきた。サミュエルとは同じ年という事もあり、打ち解けやすかった。

「さすが、強いなグレンは。オリビアの護衛として頼もしい」

「本当に俺が護衛として雇って貰えるなんて、正直思ってなかったです」

「オリビアが父上に交渉したんだよ。『私がトムス王子の婚約者になる代わりに、グレンを護衛として雇って』ってな」

 グレンがその言葉に驚き剣を取り落としそうになっている所に、サミュエルが打ち込んできた。

「オリビア曰く『私が王太子の婚約者になることで、誰かの役に立っていると思えば、頑張れるの』との事だ。恩に感じることは無いが·····絶対にオリビアを守ってくれよ」

「分かりました。·····何があってもオリビアお嬢様を守ります!」

 グレンがそう宣言すると、サミュエルは鍔迫り合いに持ち込みコソッと言った。

「グレンとオリビアが、相思相愛なのは見ていれば分かる。僕がそのうち上手いことやって王子とオリビアは婚約解消させるから、それまで絶対にオリビアには手を出すなよ」

「な·····何を!?」

 赤くなり慌てるグレンに、サミュエルはニヤリとして言った。

「いいから、いいから。あの王子、気が多そうで気に食わないんだ。オリビアは勿体ない。とにかく婚約解消するまで手は出しませんと誓え!」

「こ、こ、婚約解消するまで手は出しません·····いやいや、身分的に手を出せる訳ないではないですか」

「ふふふ、任せときたまえ」

 グレンがサミュエルに謎の誓いを立てさせられてから間もなく、グレンは訓練兵学校に入学して鍛える事になった。
 グレンの胸には、オリビアお嬢様を守るために強くなりたいという一心しかなかった。

 グレンが訓練兵学校にて頭角を現しはじめた、入学から半年経ったある日、その連絡は届いた。

「グレン!先日ハノーバー侯爵邸が全焼したらしい、屋敷の人のほとんどが亡くなったそうだが、オリビア様は辛うじて無事だったそうだ!侯爵位はハノーバー侯爵の弟だった人が継ぐそうだ!」

 新聞を片手に駆け込み叫んだ同室の友人から、新聞を奪い取りグレンは食い入るように読んだ。
 それから、グレンは猛然と駆け出し、上官から休みと馬の使用権を貰って、侯爵邸へと早駆けした。
 侯爵邸への馬で3日ほどの道のりを寝る間も惜しみ駆け、辿り着いた焦げ落ちた邸宅を前にグレンは呆然と立ち尽くした。

「本当に燃えてしまってる·····旦那様·····奥様·····サミュエル様·····。そうだ。オリビアお嬢様を探さなくては·····ご家族を亡くされてどれだけ傷ついていらっしゃることか·····」

 道行く人に聞き、ようやくオリビアが住む新しい侯爵邸にグレンは辿り着いた。
 だが、侯爵はグレンを訝しみなかなかオリビアには会わせようとしなかった。
 訓練兵学校の校章を見せ、ようやく面会できたグレンにオリビアは言った。

「どなた様ですか·····?」

  オリビアの言葉に、グレンは愕然とした。

「俺です!あなたの護衛のグレンです!」

「私の護衛·····」

「つい半年前まであなたの兄上とよく剣の訓練をしていたではありませんか·····」
 
 「兄·····私には兄がいたの?思い出せない·····、お母様なら分かる·····焼け爛れていた·····」

 オリビアの顔色が急激に青白くなって、ヒューヒューと苦しそうに首を抑えながら呼吸を始めたので、グレンは慌てて人を呼んだ。

「オリビアには死に際の母親以外の過去の記憶がないのです。あなたに会えば記憶が戻るかと思いましたが、やはりダメでしたか」

 ギトギトと脂ぎっている侯爵が、わざとらしい悲しい表情を作るのでグレンは苛立った。

「私をオリビアお嬢様の護衛として、この屋敷に置いて頂けませんか?そうしたらお嬢様の記憶が戻るかもしれません」

 「馬鹿な事を言うな!王太子の婚約者の護衛にお前のような素性の怪しい男をおける訳がないだろう。まぁ、もし、お前が兵団長まで登れたらこの屋敷に雇ってやらんでもない」

 グレンを追い出そうと侯爵が適当に言った言葉に、グレンは食いついた。

「分かりました。兵団長になって、戻ってきます!」

 グレンはそれから訓練兵学校で死にものぐるいで鍛錬し、そして隣国との戦争に徴兵された。
 昇進するために武功を上げようとグレンは鼻息荒く戦ったが、敵の巧妙な罠にはめられ捕まってしまった。
 それからは、捕虜として拷問の日々であった。

 拷問の日々の中に、グレンの目の前に突然紫の門が現れた。
 それが紫龍の魔導師の試練の門だとグレンが知ったのは、第三層をクリアした後であった。

「うふふふ、こんなにも暴力的にボスを打ち負かして試練を突破した人は久しぶりね。あなたは何を願うの?」

 紫のローブを着た、女性のような言葉遣いのムキムキの男性がグレンに話しかけてくるので、グレンは戸惑った。

「この試練というのはなんだったのですか?俺は·····死んだのですか?」

「うふふふ生きてるわよー。体は今も地下牢でボロボロだけど、直ぐに脱出させてあげるわ。私が開発したリペアポーションで最低限度の生活していたレベルに体の状態も治せるから安心してね」

「もしかして·····あなたは噂に聞く、龍魔導師ですか?」

「あら、そうだったわね。挨拶が遅れてたわ。何を隠そう!私が紫龍の魔導師よ!」

「では、あのひたすら魔物が出てくる空間は俺の試練で、俺は試練とやらを突破したから願いを叶えてもらえるって事で良いのでしょうか?」

 龍魔導師はサイドチェストのポージングを決めながら言った。

「モチのロンよ!」

 グレンは目の前のポージング魔導師を信じていいのか迷ったが、願いを伝える事にした。

「俺の·····最愛の人の幸せを願います」

「ふーん、カッコつけた言い方ね。まぁ、いいわ」

 そう言うと、龍魔導師はどこからともなく紫の水晶玉を取り出して、その水晶玉を覗き込みながら話し始めた。

「あなたの最愛の人ってオリビアちゃんで間違いないわね?」

「·····そうです」

 グレンが答えて顔を真っ赤にしてるのに構わず、紫龍の魔導師は熱心に水晶を覗き込みながら言った。

「オリビアちゃんも、なかなかハードな人生ね。·····いいわ。彼女にとっての幸せを掴めるようにサポートしてあげるわ。まずこれから、あなたはオリビアちゃんに自分から近づいてはダメよ。彼女の環境についても調べようとしてはダメ。あなたはひたすら黒龍の塔にて彼女の方から訪れるのを待つの。今から5年後くらいには来てくれるはずだわ。そして彼女に試練を受けさせて、試練を達成した彼女の望みを叶えてあげる事、そうすれば彼女は幸せになれるわ、うふふふ、楽しみね」

 紫龍の魔導師は、水晶玉から目線を上げてグレンを見てニッコリしながら言った。

 「俺は5年間ずっと黒龍の塔に篭ればいいのか?」

「5年間引きこもりでは飽きてしまうでしょ?東の魔の森の奥にある龍魔導師の国へは行っていいわよ」

 魔導師の言葉に、グレンは困惑した。

「魔の森の奥に龍魔導師の国などあるのですか?」

「あるわよー!魔の森に誰も入らないから知られてないだろうけど、この大陸の国の中では1番大きくて平和な国よー!この国への入国審査は試練を乗り越えて魔導師になった者だけなのよ。私は言わば、スカウト係みたいな者よ」
 
「えっ?俺って龍魔導師になったんですか?」

「そうよー!試練を乗り越えた者は皆等しく龍の加護を得られて、龍魔導師になれるのよ。願いを叶えてもらえるってのは、オマケみたいな物ね。挑戦する人を増やす為の餌よ」

 グレンは自分が龍魔導師になっている事がにわかには信じられず、自分の手をじっと見つめた。すると手から黒いモヤが生じ、黒いモフモフの子犬が現れた。

「うわっ!なんで急に犬が!」

「あら、あなたの聖獣の形は犬なのね。念じればその子は龍にでもなれるから、その子に乗れば龍魔導師の国までひとっ飛びよー。じゃあ、私はそろそろ行くわねー!」

 紫龍の魔導師が、部屋から出ていこうとするので慌ててグレンは呼び止めた。

「え!ちょっと、まだ聞きたいことが!」

「あ、そうそう。あなたは黒龍の塔に体ごと飛ばして置いてあげる。5年間暇だろうから、私のリペアポーションと真実薬の作成手伝って頂戴、作り方の資料は塔に置いておくわね。あ、真実薬はオリビアちゃんの国の国王になら時々渡してあげてもいいわよ。あと、試練がいつ誰に発生するのかも未だ謎だから、その研究も手伝って頂戴。関連資料置いておくから、じゃあねー!」
 
 「あ、ちょっと、待って·····」

「あ、そうそう。貴方の分とオリビアちゃんの分の正装ドレス一式仕立てておきなさいよ。オリビアちゃんのサイズの紙も塔に置いておいたからねー!私ってば気が利くぅー!」

 グレンが呼び止めるのも聞かず、紫龍の魔導師は一方的に言いたいことだけ言って去っていってしまったのだった。

***

 オリビアが目を覚ますと、そこは紫色の水の中だった。
 慌ててもがくと、人の手がオリビアの体を引き上げた。

「ごぼっ!がはっ!·····はー、はー、え?ここは?」

「苦しい思いをさせて悪い。これはリペアポーションの薬液なんだ」
  
 水滴を拭い、オリビアが目を開けるとそこにはアイスブルーの瞳の黒髪短髪のグレンが自分を抱え起こしてくれていた。

「グレン·····!髪切ったのね!昔みたいな髪型になってる!しかも、正装してる·····え、なんで?カッコイイ!」

 オリビアの言葉に、グレンは顔を赤らめ、それから真顔になり言った。

「昔みたいな·····って事は、オリビアお嬢様の記憶が戻ったんだな?」

「そうなのよ!グレンが龍魔導師になってるなんてビックリしたわ!あ、もうお嬢様なんて呼ばないでよね。オリビアって呼んで頂戴!」

「オリビア·····」

 見つめ合うグレンとオリビアの間に、クロが割り込んできた。

「ハイハイ、お二人イチャついてる時間はないですよ!もう卒業パーティーが始まろうとしてるので、時間がないのですよ!オリビアはそのびしょ濡れのドレスを脱いで直ぐに着替えるのであります!着替えの手伝いは、そこのスノーモンキーがしてくれるのであります!」

「はーい!私に任せるっしょ!」

 小さい白い小猿が、キラキラとしたスパンコールが沢山ついている綺麗な紺色のドレスをもって振っている。

「え、この子は誰?」

 オリビアの言葉に、白い小猿が恭しくお辞儀をした。

「私はあなたの聖獣のシロよ、ヨロシクするっしょ!さぁ、着替えるから男性陣は出ていくっしょ!」

 オリビアはあわあわする間に手際の良い白ザルにより、髪を乾かされ編み込まれ、化粧をしてドレスを着せられたのだった。

***

 トムス王子は、オリビアをとり逃した護衛を叱責し、新たに数百人の兵でオリビアを探した。

 そして、卒業パーティーがいよいよ始まり、トムス王子とアイラが入場する直前になり、ようやくオリビアを捕らえたとの一報を受けた。

「まったく、『醜い悪役令嬢』の癖に手間をかけさせやがって。だが、これで予定通りオリビアを断罪して、婚約破棄する事ができそうだ。国王陛下や、アイラの両親も揃って出席しているこのパーティーを逃す手はない」

 トムス王子の言葉に、アイラも続いた。

「きっと見つからなかったのは、肥溜めにでも隠れていたからですわ。引っ立てられて会場が汚れていないか心配ですわ」

「そうだな。皆の為にも入場して早々に汚物は会場外に退場させてやらねばならないな」

 そんな会話をしながらトムス王子とアイラは、パーティー会場に足を踏み入れたのだった。

 色とりどりのドレスが集まり、ざわめく卒業パーティーの会場を、壇上から見渡してトムス王子は声を張り上げた。

「皆に聞いてもらいたいことがある!俺はオリビアとの婚約を破棄して、こちらのアイラ嬢と婚約しようと思う!なぜなら、オリビアは放火という大罪を犯したからだ!」

 トムス王子の言葉を受け、会場のざわめきは大きくなった。

「皆も、10年前にハノーバー侯爵の屋敷が炎上した事件は知っているだろう。なんと、あの火災の原因はオリビアだったのだ。オリビアは家族に叱られたことを憎み、家に火をつけたのだと言う·····恐ろしい事だ。おい、犯人のオリビアを引っ立ててこい!」

 トムス王子とアイラはボロボロで老婆のように醜い姿のオリビアが兵士に引っ立てられて登場するのを待っていた。
 だが、会場の人混みが二つに分かれて黒髪長身の男性にエスコートされる様にして、現れた白銀の美しい女性の姿を見て、トムス王子は固まってしまった。

「いや·····馬鹿な·····オリビアがこんなに美しい訳が無い·····アイラより断然美しいではないか」

 編み込まれハーフアップになった白銀の髪、艶々した白い肌、凛とした大きなルビーのような瞳、女性らしい曲線を描きその美しさを引き立たせる紺色のドレスには夜空を溶かしこんだように星のごとき宝石が歩く度に煌めいた。
 呆気にとられ、見とれているトムス王子を揺さぶりアイラは言った。

「トムス王子、誰ですかあのオリビアの隣にいるイケメンは!あんな兵士見た事ないです。紹介してください!」

 アイラの視線は、オリビアの隣にいる黒髪にアイスブルーの瞳の男性に釘付けだった。漆黒の正装に、所々銀糸で刺繍が入れてある。トムス王子や、そこらの護衛よりも背が高く、トムス王子よりも精悍で凛々しい顔立ちがアイラの好みどストライクであった。
 その黒髪の男性が、厳しく低い声で言った。
 
「裏付けもなく人を裁こうとする愚か者とは話したくない。イースト国王、俺が誰か分かるな?」

 すると、賓客席にいたイースト国王が慌てて出てきて、ヘコヘコと低姿勢で言った。

「黒龍の魔導師様!なぜこのような所に!?いや、あの、どのようなご要件でいらっしゃいますか?」

 黒龍の魔導師の出現に、ざわめく会場の中で、グレンは言った。

「真実薬をハノーバー侯爵、その妻、そして娘のアイラに飲ませてある。オリビアの冤罪を晴らすため、この場での尋問を要求する。この国の法律では証拠がある犯罪者には飲ませても問題ないはずだ。証拠なら当時の使用人に聞き込み済みだ。これが調書だ、他に質問は?」

「な、ないです。直ぐにここへハノーバー侯爵とその妻とアイラを連れて来るように!急げ!」

 会場は益々騒がしくなったが、準備が整いイースト国王が手を上げると静まり返り、始まろうとする尋問に皆が注目した。

「ハノーバー侯爵、あなたの罪を告白しなさい」

 グレンの一言に、ハノーバー侯爵は口を手で塞ごうとしながらも苦しい表情で話し始めた。その姿はまるで話したくないのに、自分の意志に反して話してしまっているように見えた。

「私は兄である前ハノーバー侯爵が自分よりあらゆる面で秀でていた事を憎み、彼の全てを奪ってやろうと、10年前に妻と一緒に彼の家に火をつけました。妻が油を撒き、私が火をつけました。その後、生き残ったオリビアに、教育と称して食事を与えないようにしました。オリビアの優秀さに兄の姿を重ね、痛めつけることで快楽を得ていました。また、娘のアイラを婚約者にしようと、オリビアについて根拠の無い噂を流し、オリビアに放火犯の罪を擦り付けようとしました」

 ハノーバー侯爵の言葉に、会場中が息を呑んだ。
 ハノーバー侯爵の妻からも同様の内容の供述があり、アイラの番となった。

「アイラ·····まさかお前嘘をついてたのか·····?」

 トムス王子の問いかけにアイラは悲しそうな表情を作ろうとして、失敗して開き直ったような態度で言い放った。

「道理で今日、猫かぶれないと思った!王子に向かってイケメン紹介してくださいなんてなんで言ってしまうのかと思ったら、薬を飲まされてたなんてね。トムス王子のようなナヨナヨしたイケメンは正直あんまり好みではないけど、義姉から奪うことに意義があったのよね。お父様とお母様が、放火の犯人なのではないかって薄々は気づいていたわよ。でも、私は放火には手を出してないわ。せいぜいオリビアの食事を叩き落としたり、オリビアの形見を奪い取ったり、オリビアを殴ったり蹴ったり、悪い噂を流した程度よ!」

 アイラの豹変ぶりに、トムス王子はショックを受けたようで呆然としている。
 そんな王子を尻目に、イースト国王はグレンに言った。

「黒龍の魔導師様のお陰で、我が国の膿を出し、わが息子トムスの愚かさを知る事が出来ました。有難うございます。そしてオリビア嬢、すまなかった。何か願いがあれば聞こう」

 オリビアは目を伏せて考えながら言った。

「我が父が作った国法に則り、ハノーバー侯爵とその妻とその娘とトムス王子を裁いてください、それ以上は望みません」

 そんなオリビアを抱き寄せ、グレンがイースト国王に言い放った。

「10年前に国法に則りしっかり調査していれば、犯人特定も出来、オリビアもこのような辛い目に遭わなかったはずだ。以後このようなことがないように切に願う」

「かしこまりました。お言葉深く刻みます」

「ついては、オリビアは白龍の魔導師となった。この国では白龍の魔導師は治癒能力が高いから『聖女』って呼ばれるんだったな?」

「なんと、オリビア様が聖女様に!?それはぜひこの国で最高のおもてなしをさせていただきますので、何卒」

 イースト国王の言葉を、グレンは遮った。

「オリビアはもうそこの王子とは婚約破棄しているって事でいいよな?」

 グレンの言葉に、イースト国王はしぶしぶ頷いた。

「悪いが、俺とオリビアはこの国を出ていく。オリビアへ今までしてきた仕打ちを考えれば当然だろう?『聖女』になったからと言って、今更引き止めても、もう遅い!」

 そう言ってグレンはオリビアをエスコートしながら園庭がある窓際に寄ると、どこからともなく園庭に城ほどの大きさの白龍が舞い降りた。

「皆様、さようなら」

 オリビアは綺麗にカーテシーをしてから、会場から園庭に出ていった。
 グレンは白龍へオリビアを横抱きにして持ち上げると、自身も跨った。

 そうして、追いかけるように園庭に出てくる人々を尻目に、二人を乗せた白龍は夜空に駆け上がり消えていったのだった。

***

「ふぁー、緊張した」

 夜空を悠々と翔ぶ白龍の背の上で、オリビアが息を吐き出すと、だき抱えるように後ろに座っているグレンが笑った。

「ははは。オリビア、ずっと固い表情でカチコチに緊張していたもんな」

「パーティー前に、冤罪晴らすのはもういいから、違う願いを叶えて下さいって言ってるのに、グレンが聞く耳持ってくれないまま、あれよあれよと準備されてしまったのだもの」

 オリビアが頬を膨らますと、その頬にグレンがキスをした。

「なっ、えっ!?」

「『婚約破棄するまで、オリビアに手を出すな』ってお前の兄に約束させられてたから、それを守るために今回のパーティーに参加したんだ。敵討ちと冤罪を晴らすためでもあったがな」

「お兄様とそんな約束していたんですね·····って事は、グレンは前から私の事を好きだったって事?」

 振り向き顔をのぞき込むオリビアの顎に手を添え、グレンは甘い声で囁いた。

「オリビアに会った瞬間から、ベタ惚れしてるよ·····」

 そう言って、グレンはオリビアの唇に近づこうとすると、オリビアは顔から首まで赤らめて言った。

「よかった·····私の願いが迷惑にならなそうで·····」

「そういえば、オリビアの本当の願いを聞いてなかったな。なんでも叶えてやるよ」

 グレンがオリビアを抱きしめ直しながら言うと、オリビアは小さな声で言った。

「·····グレンの傍にずっと居たいって言うのが、私の本当の願い」

 オリビアのその言葉に、グレンは堪らず彼女を振り向かせその唇を奪ったのだった。


***

「その後、二人は龍魔導師の国に行き、末永く幸せに暮らしましたとさ。おしまい」

 マーシャ母様が童話の本を閉じようとすると、ケビンが口を尖らせて言った。

「童話ってどうして、『末永く幸せに暮らしました』なんて終わり方するんだろうな。結婚した後が、不倫したり離婚したりで大変らしいのに」

「ケビン、まだ7歳なのによく不倫とか離婚とかいう単語知ってるわね。誰に聞いたの?」

 マーシャ母様がジロリと睨むと、ケビンは自慢気に言った。

「オリヴィエひいお祖母様が翻訳した魔の森の外の国の本を勝手に読んでたら、出てきたんだよ」

 「さては勝手にオリヴィエひいお祖母様の部屋に入って持ち出したわね!バレたら、グレーひい爺ちゃんの剣術道場で地獄の鍛錬受けさせられるわよ」

 マーシャ母様の脅しに、ケビンが縮み上がっているとリーナが眼鏡を押し上げながら言った。

「そういえばオリヴィエひいお祖母様とグレー曾祖父様と、この童話の登場人物は似てるわ。名前も似てるし、お二人は昔魔の森の外の西の国にいらしたそうですし·····この童話って、ジーナお祖母様が書いたんですよね?」

「リーナは鋭いわね。よく分かったわね。実はこの物語はグレー曾祖父様とオリヴィエひいお祖母様の若かりし頃のお話を元にジーナお祖母様が書いたのよ」

 リーナは深く頷きながら言った。

「道理で、揺れる恋心などの描写が少ないと思ったのよ。さすがにジーナお祖母様も親の恋心は描くのは恥ずかしかったのね。すると、物語のトムス王子は西の国で廃嫡されて辺境の領主になったトム殿下の事ね。アイラとは、両親が絞首刑となり牢屋で一生過ごしたアイリーンという女性の事ね」

 マーシャ母様は、感心したように言った。

「リーナは記憶力いいわね!よく、そんな80年前の魔の森の外の西の国のことを知ってるわね!」

 ケビンが割り込んで言った。

「じゃあ、物語の『末永く幸せに暮らしました』ってのは真実だな。オリヴィエひいお祖母様もグレーひいお爺様も5人の子供に恵まれ、10人の孫に囲まれ、それから25人の曾孫までに慕われてるからな!しかも、毎朝2人で黒龍と白龍に乗って空中散歩に行く仲良さぶりは、今でも健在だもんな」

「本当にそうね。こういう時、物語はなんて終わるのが良いかしら」

 ケビンとリーナは声を重ねて言った。

「「めでたしめでたしだね」」


~[完]~

 
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みんなの感想(2件)

辰砂
2022.07.07 辰砂

久しぶりに読み直しました。
何度読んでも素敵なお話で、読後ほっこりします。
素敵な物語をありがとうございました。

2022.07.11 夕景あき

何度も読んで頂けてるとの事、作者冥利に尽きます!
何度も楽しんで頂けてるとのこと、本当に嬉しいです!
ハッピーエンドの蛇足になってしまうかなぁ·····と迷いましたが、何度もお読み頂くには口直しスパイスがあると良いかなぁと思い、ちょっとした国王小話も下記に記載させていただきますね。
もし少しでも楽しんで頂けたのなら幸いです。

***
オリビアがいた国の国王の執務室に紫龍の魔導師が、唐突に現れる。

「はぁーい!ご無沙汰してるわね!国王ちゃん!」

「お、お前は紫龍の魔導師!な、何しに来た!」

「いやねぇ、そんなに警戒しないでよ。隣国と戦争続ける貴方に、プレゼントよ!」

「なんだ?このガラスのボタンは!?」

「聞いて驚くがいいわ!なんと、このボタンをポチッと押せば戦争相手の隣国の人間を全て殺せるのよー」

「そ、そんな、まさか!」

「魔導師は嘘つかないのよー!ちなみに戦争相手の隣国の国王にも同様の物を渡してあるわ!」

「なに!?」

「大丈夫よー!相手がこのボタンを押したら、ボタンが赤く光るから、こちらでも相手がボタンを押したって把握出来るシステムなのよ。赤く光ってから1時間後に機能が稼働して隣国が全滅するわ。だから赤く光ったらこちらも負けじと押せばいいのよ」

「だが、それでは隣国も我が国も全滅するのでは!?」

「あら、よく気づいたわねー!その通り!使い方を気をつけてねー!じゃあねー!」

「ちょ、ちょっと待て!!まだ聞きたいことが!」

「あ、そうそう!両国が不戦条約結ぶならこのボタンは両国から消滅するシステムだから、よろしくちゃん!ではねー!バイバーイ!」

「まっ、待ってくれ!!」

その後、国王はボタンから片時も目を離せなくなり、ノイローゼとなり早めに第二王子に王位を譲った。
兄である第一王子や、国王であった父を反面教師に賢く育った第二王子は、王位を継ぐとすぐに隣国との交渉を始めた。
彼の努力により数年後には無事に隣国との不戦条約を結ぶことが出来、無事に破滅のボタンは消滅したと言われている。

解除
千夜歌
2022.05.08 千夜歌

素敵なお話ありがとうございます。

人外な力を授かっても私怨を晴らすこと無く裁きを法に任せるのが偽善ぽくなく綴られていて、分かりやすい言葉遣いだと思っていれば実は物語だったなんて ♪ヽ(´▽`)/
しかも聴いているのが子孫なんて。
素敵~(///∇///)


このお話は沢山の人に是非読んで欲しいと思います。
恋愛もですがファンタジーにも童話にもなりますね。
どこかの機会で是非応募して欲しいです。喜んで投票しますd(⌒ー⌒)!

初めて作品を拝見したので、他の作品も読ませていただきます。
こちらはヘビロになりました。

2022.05.08 夕景あき

めちゃくちゃ嬉しい感想、有難うございます!

時空があちこち行くお話なので、分かりづらく最後まで読んでくださる方がいるか不安だったので、感想頂けてとっても安心しました。

童話にするかファンタジーにするかカテゴライズに迷ってたので、そのうち違うカテゴリーに異動するかも知れません。恋愛ファンタジー童話ですね。
勇気を頂いたので、何かの機会にぜひ応募します!

他の作品までご興味持って下さり有難うございます!
すごく励みになりました!

解除

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