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番外〜前世編〜「東へと続く道」
5、繰り返す運命
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「……それは……」
デニスが眉根を寄せ、苦しそうに溜め息をついた。
「美しく健気なお前に惹かれれば惹かれるほど、頭の中がお前の事で占められていくごとに……狂戦士の剣が威力を失っていくのを感じたからだ……。――たぶん、これはそういう剣なのだろう――強さ以外を求める事を許さないような……」
「じゃあ、求めていたからこそ私を選ばなかったというの?」
デニスに愛されていたという喜びと、だからこそ結ばれないという絶望が、嵐のように胸中で吹き荒れる。
「そうだ。俺が王でなければ、迷いなくお前の手を取っただろう。実際、レダとの婚姻を決めるまで、激しい葛藤があった――愛するお前と共に生きていけたらどんなにいいかと何度も夢を見た――」
「……デニス……」
「だけど所詮夢は夢だ――人はすべてを手に入れることなどできない。お前を手に入れれば俺はさらに強さを失い、これまでのように戦場で勝てなくなる。この戦乱の世にあって、それは国の滅亡を意味する―――俺は一人の男である前に、王なのだ――くっ……!?」
そこまで言うとデニスは呻きながら頭を抱え、膝を折った。
「デニス、どうしたの!?」
私は慌ててデニスの巨躯を支える。
「……ああっ……リオ……リオ!」
なぜか深みのある低い声は子供のようなかん高くなり、凜々しい唇から女々しいすすり泣きが漏れた。
完全に薬が回った?
混乱しながら見ていると、急にデニスは生まれ変わったように、あどけない真っ青な瞳を向けてきた。
「……俺……どうしちゃったの? ここは……どこ……?」
舌ったらずの口調。
怯えてすがるような表情。
まるで別人。
これは一体どういうこと?
「デニス、あなた……!?」
「……リオ……なにもわからなくて……怖いよ……!」
震えながらデニスが抱きついてきたところで、私はこの状況の答えを知る唯一の人物の名を呼ぶ。
「ネヴィル!」
「なんだ?」
即座にネヴィルが姿を現した。
「デニスはどうしてしまったの?」
「ふむ、薬が完全に効いて、幼児返りしたようだな」
「幼児返り……!?」
子供のように素直になるとはよく言ったものだ。
「デニスは記憶も無くしたの?」
「ああ、愛する者への想い以外は全部な。だから、リオ、お前のことを覚えているのだ」
「――!?」
色々ネヴィルには言いたい事があったが後回しにする。
レダが来る前にできるだけ遠くへユーリを逃がさなくては――
「ユーリはどこ?」
「こっちだ」
数時間後、私は馬に乗って全速で草原を駈けていた。
背後に二騎――ネヴィルとユーリがそれぞれ馬でついてきている。
野営地ではデニスが私の後ろにぴったりとつき従っていたおかげで、ユーリを連れ出すのも、馬を借りて抜け出すのも簡単だった。
「リオ……どこへ行くの?」
私の腰にしがみつきながら後ろからデニスが不安そうに訊いてくる。
「うんと、うんと、遠くへよ」
二人の乗りでこのスピードだと短時間で馬はヘバるだろう。
だが、森の入り口へ到達するまでもてばいい。
四つの国の領地に接する広大な森の手前で下馬すると、ネヴィルに命じる。
「なるべく馬を遠くまで行かせて」
「わかった」
徒歩になったところでようやく会話をする余裕が生まれた。
「デニスの様子がおかしいのは、ネヴィルの魔法?」
ユーリの質問にネヴィルが答える。
「魔法薬の効果で幼児返りしているのだ。レダに命じられて俺が作った」
デニスに飲ませた薬がレダの依頼品だというのは初耳だ。
「レダは何の為にこんな薬を?」
私が尋ねると、ネヴィルはおかしそうに喉を鳴らした。
「愚問だな」
「つまり、僕に飲ませるつもりだったんだね……」
察しのいいユーリが沈んだ声で言う。
「いっそ、逃げないであのまま城に止まり、薬を飲まされていたほうがどんなに良かったか……。そうしたら苦痛もなく、こうして君達を巻き込まないで済んだ」
「馬鹿な事を言わないで、ユーリ!」
私は一喝した。
それでもユーリは後ろ向きな発言を止めなかった。
「どうして昔から僕はこうなのだろう? 姉には幼い頃から一方的にやられっぱなしだった」
「それは、あなたが優しすぎて無欲で、レダが傲慢で強欲だからよ」
互いの母親が姉妹のように仲の良い従兄弟同士だったので、私とユーリとレダはそれこそ赤子の頃からのつきあいだった。
負けず嫌いで驕慢な性格のレダにずっとやられっぱなしだったのはこの私も一緒だ。
「思えば生後最初の記憶から、僕はレダに泣かされていた。もしかしたら、生まれる前からそうだったのかもしれない……人の魂の本質は生まれ変わっても同じだと言うからね……」
それを言うなら私もそうだ。
武力を誇る一族にあって、我ながら戦いに向いていない性格だった。
花を摘んだり、人形遊びがしたいのに、物心つく前から無理矢理、朝から晩まで剣を握らされた。
弱音を吐いては姉のカロに「意気地なし!」と馬鹿にされ、東の大陸では女性は剣など握らないという話を聞いてはうらやましく思った。
そもそもこんな私が戦女神の剣なんかに選ばれたのが間違いだったのだ。
ネヴィルが訳知り顔で言う。
「そうだな、基本的に人は何度転生しようとも、自ら好んで因縁に縛られ、繰り返し同じような人生を送るものだ」
だとしたら、運命を変えるには強い意志力が必要なのかもしれない。
「……きっと僕もそうなんだろうね……」
沈んだ声で言うユーリにネヴィルは軽口を叩く。
「だが、案外それも悪くない。俺など、兄に与えられた重大な役目を代われと言われたらぞっとしてしまうからな」
「――恐れを口にすると実現するわよ――滅多な事は言わないほうがいいわ」
人一倍臆病だった幼い頃、姉のカロによく言われた脅し文句をネヴィルに送る。
「不吉な事を言うな」
私はふっと笑ってから、気を引き締める。
「さあ、無駄話はそれぐらいにして、急ぎましょう!」
と、足を速めかけた私のマントの裾を、後ろからぐいっと引っ張る者があった。
「ねぇ、リオ、お腹が空いた」
振り返ると腹の虫を鳴らしたデニスだった。
私は溜め息をつき、携帯していた堅焼きビスケットと干し肉を差し出す。
幸い精神は幼児返りしても身体はそのままのようで、どんなに急ごうともデニスは息も乱さずついてきた。
それからしばらく森の奥へ奥へと向かっていたとき、
「まずいな」
ネヴィルが鋭く呟いた。
デニスが眉根を寄せ、苦しそうに溜め息をついた。
「美しく健気なお前に惹かれれば惹かれるほど、頭の中がお前の事で占められていくごとに……狂戦士の剣が威力を失っていくのを感じたからだ……。――たぶん、これはそういう剣なのだろう――強さ以外を求める事を許さないような……」
「じゃあ、求めていたからこそ私を選ばなかったというの?」
デニスに愛されていたという喜びと、だからこそ結ばれないという絶望が、嵐のように胸中で吹き荒れる。
「そうだ。俺が王でなければ、迷いなくお前の手を取っただろう。実際、レダとの婚姻を決めるまで、激しい葛藤があった――愛するお前と共に生きていけたらどんなにいいかと何度も夢を見た――」
「……デニス……」
「だけど所詮夢は夢だ――人はすべてを手に入れることなどできない。お前を手に入れれば俺はさらに強さを失い、これまでのように戦場で勝てなくなる。この戦乱の世にあって、それは国の滅亡を意味する―――俺は一人の男である前に、王なのだ――くっ……!?」
そこまで言うとデニスは呻きながら頭を抱え、膝を折った。
「デニス、どうしたの!?」
私は慌ててデニスの巨躯を支える。
「……ああっ……リオ……リオ!」
なぜか深みのある低い声は子供のようなかん高くなり、凜々しい唇から女々しいすすり泣きが漏れた。
完全に薬が回った?
混乱しながら見ていると、急にデニスは生まれ変わったように、あどけない真っ青な瞳を向けてきた。
「……俺……どうしちゃったの? ここは……どこ……?」
舌ったらずの口調。
怯えてすがるような表情。
まるで別人。
これは一体どういうこと?
「デニス、あなた……!?」
「……リオ……なにもわからなくて……怖いよ……!」
震えながらデニスが抱きついてきたところで、私はこの状況の答えを知る唯一の人物の名を呼ぶ。
「ネヴィル!」
「なんだ?」
即座にネヴィルが姿を現した。
「デニスはどうしてしまったの?」
「ふむ、薬が完全に効いて、幼児返りしたようだな」
「幼児返り……!?」
子供のように素直になるとはよく言ったものだ。
「デニスは記憶も無くしたの?」
「ああ、愛する者への想い以外は全部な。だから、リオ、お前のことを覚えているのだ」
「――!?」
色々ネヴィルには言いたい事があったが後回しにする。
レダが来る前にできるだけ遠くへユーリを逃がさなくては――
「ユーリはどこ?」
「こっちだ」
数時間後、私は馬に乗って全速で草原を駈けていた。
背後に二騎――ネヴィルとユーリがそれぞれ馬でついてきている。
野営地ではデニスが私の後ろにぴったりとつき従っていたおかげで、ユーリを連れ出すのも、馬を借りて抜け出すのも簡単だった。
「リオ……どこへ行くの?」
私の腰にしがみつきながら後ろからデニスが不安そうに訊いてくる。
「うんと、うんと、遠くへよ」
二人の乗りでこのスピードだと短時間で馬はヘバるだろう。
だが、森の入り口へ到達するまでもてばいい。
四つの国の領地に接する広大な森の手前で下馬すると、ネヴィルに命じる。
「なるべく馬を遠くまで行かせて」
「わかった」
徒歩になったところでようやく会話をする余裕が生まれた。
「デニスの様子がおかしいのは、ネヴィルの魔法?」
ユーリの質問にネヴィルが答える。
「魔法薬の効果で幼児返りしているのだ。レダに命じられて俺が作った」
デニスに飲ませた薬がレダの依頼品だというのは初耳だ。
「レダは何の為にこんな薬を?」
私が尋ねると、ネヴィルはおかしそうに喉を鳴らした。
「愚問だな」
「つまり、僕に飲ませるつもりだったんだね……」
察しのいいユーリが沈んだ声で言う。
「いっそ、逃げないであのまま城に止まり、薬を飲まされていたほうがどんなに良かったか……。そうしたら苦痛もなく、こうして君達を巻き込まないで済んだ」
「馬鹿な事を言わないで、ユーリ!」
私は一喝した。
それでもユーリは後ろ向きな発言を止めなかった。
「どうして昔から僕はこうなのだろう? 姉には幼い頃から一方的にやられっぱなしだった」
「それは、あなたが優しすぎて無欲で、レダが傲慢で強欲だからよ」
互いの母親が姉妹のように仲の良い従兄弟同士だったので、私とユーリとレダはそれこそ赤子の頃からのつきあいだった。
負けず嫌いで驕慢な性格のレダにずっとやられっぱなしだったのはこの私も一緒だ。
「思えば生後最初の記憶から、僕はレダに泣かされていた。もしかしたら、生まれる前からそうだったのかもしれない……人の魂の本質は生まれ変わっても同じだと言うからね……」
それを言うなら私もそうだ。
武力を誇る一族にあって、我ながら戦いに向いていない性格だった。
花を摘んだり、人形遊びがしたいのに、物心つく前から無理矢理、朝から晩まで剣を握らされた。
弱音を吐いては姉のカロに「意気地なし!」と馬鹿にされ、東の大陸では女性は剣など握らないという話を聞いてはうらやましく思った。
そもそもこんな私が戦女神の剣なんかに選ばれたのが間違いだったのだ。
ネヴィルが訳知り顔で言う。
「そうだな、基本的に人は何度転生しようとも、自ら好んで因縁に縛られ、繰り返し同じような人生を送るものだ」
だとしたら、運命を変えるには強い意志力が必要なのかもしれない。
「……きっと僕もそうなんだろうね……」
沈んだ声で言うユーリにネヴィルは軽口を叩く。
「だが、案外それも悪くない。俺など、兄に与えられた重大な役目を代われと言われたらぞっとしてしまうからな」
「――恐れを口にすると実現するわよ――滅多な事は言わないほうがいいわ」
人一倍臆病だった幼い頃、姉のカロによく言われた脅し文句をネヴィルに送る。
「不吉な事を言うな」
私はふっと笑ってから、気を引き締める。
「さあ、無駄話はそれぐらいにして、急ぎましょう!」
と、足を速めかけた私のマントの裾を、後ろからぐいっと引っ張る者があった。
「ねぇ、リオ、お腹が空いた」
振り返ると腹の虫を鳴らしたデニスだった。
私は溜め息をつき、携帯していた堅焼きビスケットと干し肉を差し出す。
幸い精神は幼児返りしても身体はそのままのようで、どんなに急ごうともデニスは息も乱さずついてきた。
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ネヴィルが鋭く呟いた。
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