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第二章「勇気ある者は……」
11、パーティーへの誘い
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何事かと見ていると、鉄扉の下に空いている隙間から、スッとトレーが室内へとさし入れられた。
「もう夕食の時間みたいだ。シア、君と二人でいるととても時間の経過が早いや」
笑ってセドリックは毛布から出て立ち上がる。
「食事もゴーレムが運んでくれるのね」
「うん、ゴーレムは知能は低いけれど、簡単な指示には従うんだ。
ただし融通はきかないけどね」
トレーを手にして戻って来ながらセドリックは料理を見下ろす。
「カエインが気をきかせてくれたみたいで、いつもより食事の量が多いや」
とりあえず私達は話し合いを中断して夕食の時間にして、パンを半分づつ分け合い、同じ皿からスープを交互に飲んだ。
粗末な屑切れのような野菜が入っただけのスープにかちかちの固いパン――それなのに。
「おいしい」
久しぶりに食べ物の味を感じた気がした。
「そうだね。僕もいつもよりも食事をおいしく感じるよ」
頷いたセドリックの、花弁のような形の良い唇がわななき、エメラルドのような両瞳から透明な涙が溢れて毀れる。
「セドリック……?」
「ごめんね……君が僕を忘れずに、会いに来てくれたことが嬉しくて……。
ここに来るたびにエティーが、王国にとっても誰にとっても、僕はいらない、忘れられた存在だとあざ笑っていたから……今日まで、てっきりそうだと思い込んでいた……」
エルメティアはすべてに見放された惨めさと恐怖の中で、処刑か暗殺される日をセドリックに待たせておきたかったのだろう。
「私こそ、ごめんなさい……セドリック。
自分の苦しみのことで頭がいっぱいで、あなたのことをろくに省みずに、一人だけ死んで楽になろうとしていた私は、二度、あなたを見捨てたも同然だった……」
「でも君は、誰よりも僕のために心を痛めてくれた」
「……それは……あなただって……」
セドリックが上から私の左手をぎゅっと握る。
「安心して、シア、そんな君を決して一人にさせたりはしないから。
これからは僕が君の傍にずっといる。
そのためならこの命などどうなってもいい――脱獄でも何でも喜んでしてみせよう!」
握られた手と真摯な眼差しから、セドリックの温かい想いが伝わってきて――私の胸の奥が熱くなり、枯れたと思っていた涙が瞳から滲んでくる――
食事を食べ終わった私達は、毛布の上に並んで横たわり、染みのついた暗い石造りの天井を見上げながら、寝るまで脱獄の相談をし合った。
その晩の、固い床に毛布を敷いただけの寝床は、この半年間デリアンへの苦しい思いの中で横たわった侯爵家の豪奢なベッドとは、比べものにならないぐらい寝心地が良かった――
翌朝起きると、私達はまた朝食を分け合って食べ、昨夜の話の続きに没頭した。
そうして夢中で話をしている間に昼食が部屋へと届き、食べ終わった頃にカエインが姿を現す。
「約束通り迎えに来たぞ、シア。浮気はしていないだろうな?」
私は冷たく無言でカエインを睨んでから、セドリックに別れを告げ、再びえんえんと階段を上って高い塔の部屋へと戻った。
「なんでわざわざここまで上がってこないといけないの?」
ぐったりと椅子に腰を下ろしつつ私が不満の声をあげると、カエインが豪華なベッドの上に寝転びながらぼやく。
「お前も存在を知っていると思うが、俺には主に性格が面倒なアロイスという一番弟子がいてな。
これが虫を使っての監視が得意な根暗な男で、この塔と虫除けしてある地下牢獄と通路以外だと会話を盗み聞かれる可能性が僅かにある」
「弟子なのにあなたを監視しているの?」
「まあな。アロイスは俺のたった二人の弟子のうちの一人だというのに、些細な行き違いが元で、百年ほど前から俺の言うことをまったくきかなくなって、最近はエティーの下僕と化している」
「それは、それは……」
つくづくエルメティアという女は男を取り込むのが得意らしい。
「俺の半分も生きていないアロイスは、魔法の腕では数段劣っているものの、かわりに弟子が八人もいて、色々面倒くさいんだ」
愚痴るように言うと、カエインは改まるようにベッドから身を起こす。
「と、そんな話より、シア。昨日、お前と手を組みたいなら、まずは信用されるべく行動で示せと言っていたが、そろそろ具体的に何をすれば良いのか教えてくれないか?」
セドリックとも話したが、この男がエルメティアに仕返しするために、脱獄まで協力するとは考えにくい。
地下牢獄からセドリックが逃げれば、当然、管理を一任されているカエインは関与を追求され、責任および進退問題になるからだ。
何よりバーン家の正しい家訓は「一度裏切った者は二度三度裏切る。信用の置けない者と手を組むことは、自らの墓穴を掘るにも等しい行為だ」というもの。
尊い祖先の教えに従えば、カエインに脱獄の協力を仰ぐなど自殺行為も同然。
とはいえ準備に利用しない手はない。
「カエイン、実は私、今、デリアンやエルメティアに復讐するために、最高の筋書きを練っているところなの」
「ほう、どんなものだ?」
「内容はまだ考え中なので後からのお楽しみとして――
差し当たってあなたに、下調べや準備を手伝って貰いたいんだけど、いいかしら?」
「もちろん、いいとも」
二つ返事をしたカエインに、エルメティアとデリアンの今後一ヶ月の予定を調べることと、用件をいちいち訊かれずに城を出入りできる権限、自由に使用できる数頭の駿馬とお金の準備を依頼した。
「すべて速やかに叶えよう」
カエインは即座に請け合うと、妖しく輝く金色の瞳を細め、ニヤッと口角を上げる。
「そうそう、シア、俺にも一つ楽しい思い付きがあってね。ぜひ明後日行われるエティーの誕生会へ俺と一緒に出てくれないか?」
カエインはエルメティアへのお返しのためなら、人前に出ないという主義まで変えるらしい。
「つまり捨てられた二人揃ってお祝いに駆けつけるってわけね。
いいわ、楽しそうだし付き合ってあげる」
城を出るお別れついでとデリアンへのあてつけに、できるだけ目立つ位置でエルメティアとの婚約発表を聞いてやることにしよう。
私の乗り気な返事を聞いたカエインは、漆黒の髪とマントを舞い上げ、勢い良くベッドから跳んで床へと降りる。
「そうと決まれば、明後日までにシアのその雪白の肌に映える、最高のドレスを用意しなくては――
よし、俺は今から大急ぎで妖精郷までドレスを仕立てて貰いに行ってくるので、シアは明後日の夕方までは好きに過ごしていてくれ」
たかがドレスの入手になぜそんな遠くまで行く必要があるのだろう?
疑問を感じたものの無駄な質問はせず、さっそくマントを広げて窓から飛び立つカエインを見送ったあと、私はセドリックの待つ牢屋へと戻った。
翌日はカエインに言われた通り、気兼ねなく一日中牢屋で過ごし、いよいよ、あくる日のエルメティアの誕生日当日――
夕方前から塔の上の部屋で待機していると、バンと音がして強い風が舞い込み、大きな袋を抱えたカエインが窓から飛び込んできた。
「もう夕食の時間みたいだ。シア、君と二人でいるととても時間の経過が早いや」
笑ってセドリックは毛布から出て立ち上がる。
「食事もゴーレムが運んでくれるのね」
「うん、ゴーレムは知能は低いけれど、簡単な指示には従うんだ。
ただし融通はきかないけどね」
トレーを手にして戻って来ながらセドリックは料理を見下ろす。
「カエインが気をきかせてくれたみたいで、いつもより食事の量が多いや」
とりあえず私達は話し合いを中断して夕食の時間にして、パンを半分づつ分け合い、同じ皿からスープを交互に飲んだ。
粗末な屑切れのような野菜が入っただけのスープにかちかちの固いパン――それなのに。
「おいしい」
久しぶりに食べ物の味を感じた気がした。
「そうだね。僕もいつもよりも食事をおいしく感じるよ」
頷いたセドリックの、花弁のような形の良い唇がわななき、エメラルドのような両瞳から透明な涙が溢れて毀れる。
「セドリック……?」
「ごめんね……君が僕を忘れずに、会いに来てくれたことが嬉しくて……。
ここに来るたびにエティーが、王国にとっても誰にとっても、僕はいらない、忘れられた存在だとあざ笑っていたから……今日まで、てっきりそうだと思い込んでいた……」
エルメティアはすべてに見放された惨めさと恐怖の中で、処刑か暗殺される日をセドリックに待たせておきたかったのだろう。
「私こそ、ごめんなさい……セドリック。
自分の苦しみのことで頭がいっぱいで、あなたのことをろくに省みずに、一人だけ死んで楽になろうとしていた私は、二度、あなたを見捨てたも同然だった……」
「でも君は、誰よりも僕のために心を痛めてくれた」
「……それは……あなただって……」
セドリックが上から私の左手をぎゅっと握る。
「安心して、シア、そんな君を決して一人にさせたりはしないから。
これからは僕が君の傍にずっといる。
そのためならこの命などどうなってもいい――脱獄でも何でも喜んでしてみせよう!」
握られた手と真摯な眼差しから、セドリックの温かい想いが伝わってきて――私の胸の奥が熱くなり、枯れたと思っていた涙が瞳から滲んでくる――
食事を食べ終わった私達は、毛布の上に並んで横たわり、染みのついた暗い石造りの天井を見上げながら、寝るまで脱獄の相談をし合った。
その晩の、固い床に毛布を敷いただけの寝床は、この半年間デリアンへの苦しい思いの中で横たわった侯爵家の豪奢なベッドとは、比べものにならないぐらい寝心地が良かった――
翌朝起きると、私達はまた朝食を分け合って食べ、昨夜の話の続きに没頭した。
そうして夢中で話をしている間に昼食が部屋へと届き、食べ終わった頃にカエインが姿を現す。
「約束通り迎えに来たぞ、シア。浮気はしていないだろうな?」
私は冷たく無言でカエインを睨んでから、セドリックに別れを告げ、再びえんえんと階段を上って高い塔の部屋へと戻った。
「なんでわざわざここまで上がってこないといけないの?」
ぐったりと椅子に腰を下ろしつつ私が不満の声をあげると、カエインが豪華なベッドの上に寝転びながらぼやく。
「お前も存在を知っていると思うが、俺には主に性格が面倒なアロイスという一番弟子がいてな。
これが虫を使っての監視が得意な根暗な男で、この塔と虫除けしてある地下牢獄と通路以外だと会話を盗み聞かれる可能性が僅かにある」
「弟子なのにあなたを監視しているの?」
「まあな。アロイスは俺のたった二人の弟子のうちの一人だというのに、些細な行き違いが元で、百年ほど前から俺の言うことをまったくきかなくなって、最近はエティーの下僕と化している」
「それは、それは……」
つくづくエルメティアという女は男を取り込むのが得意らしい。
「俺の半分も生きていないアロイスは、魔法の腕では数段劣っているものの、かわりに弟子が八人もいて、色々面倒くさいんだ」
愚痴るように言うと、カエインは改まるようにベッドから身を起こす。
「と、そんな話より、シア。昨日、お前と手を組みたいなら、まずは信用されるべく行動で示せと言っていたが、そろそろ具体的に何をすれば良いのか教えてくれないか?」
セドリックとも話したが、この男がエルメティアに仕返しするために、脱獄まで協力するとは考えにくい。
地下牢獄からセドリックが逃げれば、当然、管理を一任されているカエインは関与を追求され、責任および進退問題になるからだ。
何よりバーン家の正しい家訓は「一度裏切った者は二度三度裏切る。信用の置けない者と手を組むことは、自らの墓穴を掘るにも等しい行為だ」というもの。
尊い祖先の教えに従えば、カエインに脱獄の協力を仰ぐなど自殺行為も同然。
とはいえ準備に利用しない手はない。
「カエイン、実は私、今、デリアンやエルメティアに復讐するために、最高の筋書きを練っているところなの」
「ほう、どんなものだ?」
「内容はまだ考え中なので後からのお楽しみとして――
差し当たってあなたに、下調べや準備を手伝って貰いたいんだけど、いいかしら?」
「もちろん、いいとも」
二つ返事をしたカエインに、エルメティアとデリアンの今後一ヶ月の予定を調べることと、用件をいちいち訊かれずに城を出入りできる権限、自由に使用できる数頭の駿馬とお金の準備を依頼した。
「すべて速やかに叶えよう」
カエインは即座に請け合うと、妖しく輝く金色の瞳を細め、ニヤッと口角を上げる。
「そうそう、シア、俺にも一つ楽しい思い付きがあってね。ぜひ明後日行われるエティーの誕生会へ俺と一緒に出てくれないか?」
カエインはエルメティアへのお返しのためなら、人前に出ないという主義まで変えるらしい。
「つまり捨てられた二人揃ってお祝いに駆けつけるってわけね。
いいわ、楽しそうだし付き合ってあげる」
城を出るお別れついでとデリアンへのあてつけに、できるだけ目立つ位置でエルメティアとの婚約発表を聞いてやることにしよう。
私の乗り気な返事を聞いたカエインは、漆黒の髪とマントを舞い上げ、勢い良くベッドから跳んで床へと降りる。
「そうと決まれば、明後日までにシアのその雪白の肌に映える、最高のドレスを用意しなくては――
よし、俺は今から大急ぎで妖精郷までドレスを仕立てて貰いに行ってくるので、シアは明後日の夕方までは好きに過ごしていてくれ」
たかがドレスの入手になぜそんな遠くまで行く必要があるのだろう?
疑問を感じたものの無駄な質問はせず、さっそくマントを広げて窓から飛び立つカエインを見送ったあと、私はセドリックの待つ牢屋へと戻った。
翌日はカエインに言われた通り、気兼ねなく一日中牢屋で過ごし、いよいよ、あくる日のエルメティアの誕生日当日――
夕方前から塔の上の部屋で待機していると、バンと音がして強い風が舞い込み、大きな袋を抱えたカエインが窓から飛び込んできた。
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