58 / 67
第六章「結びあう魂」
13、結び合う魂――【後】
しおりを挟む
巨大な白亜の城の屋上に降り、建物内に入っていくと、カエインにつき従って廊下を進んでいく。
「ねぇ、カエイン、上から見た庭がとても綺麗だったから、少しだけ散歩してきてもいい?」
「珍しいことを言い出すな」
カエインが疑うように金色の瞳を細めたとき、ちょうど廊下の向こう側から緋色のマントを広げ、とても長身で立派な体格をした壮年の男性が歩いてきた。
「よく来てくれた、カエイン」
「久しぶりだな、デリアン。かれこれ17年ぶりか?」
男性と軽く言葉を交わしたあと、カエインは私の肩に手を乗せる。
「これは俺の弟子で婚約者だ――シア、デリアン王に挨拶しなさい」
どうやら彼はこの国の王らしい。
私は前に進み出て、低く腰を落としてお辞儀をする。
「初めまして、アレイシアと申します」
「シア……?」
私の名前を聞いたとたん、なぜかデリアン王は大きく息を飲んで瞳を見張り、上からまじまじと顔を見つめてきた。
対する私は、以前会ったことがあっただったろうかと首をひねりつつ精悍な顔を観察したが、全く見覚えがない。
不思議に思いながらじっと見上げていると、突然腕が伸びてきて左手をがしっと掴まれる。
「えっ?」
デリアン王はわざわざ屈み込んで、私のローブの袖をめくって左手首を近くから確認した。
「……そんな……何も、ない……?」
動揺したような表情と声で言われたが、どういう意味なのかさっぱり理解できない。
もしかして誰かと間違われている?
困惑して固まっていると、後ろから両肩をつかまれ、引き寄せられながら身体の向きを変えられる。
と、目の前にいきなりカエインの顔が迫っていて、唇を強く重ねられ、いつになく深い口づけを受ける。
人前で恥ずかしいなと思いながらも、初めての大人のキスに胸が高鳴ってうっとりしてしまう。
カエインはまるでデリアン王に見せつけるように、たっぷり熱いキスをしてから唇を離すと、ぼーっとしている私の頭を優しく撫で、
「中庭を散歩したいんだったな。行ってくるといい」
珍しく自由行動の許可を与えてくれた。
「ありがとう。カエイン!」
嬉しさのあまり私は一瞬でデリアン王のことを忘れ、弾むような足取りで駆け出していた。
とにかく誰か暇そうな人を捕まえて、カエインのことを質問しなくっちゃ。
職務中の城の衛兵に話しかけるのは悪いので、とりあえず中庭に飛び出すと、暇そうな人物がいないか物色する。
石畳が切れて草地に入ったあたりで、木立の向こうから会話が聞こえてきた。
声のするほうを目指して木々の間を進んでいくと、本を膝に乗せてベンチに座る少年と長い剣を持った少女が見えた。
「こんなにいい天気なんだから、読書なんてしてないで、私の剣の相手をしなさいよ」
「今朝散々しただろう? 頼むから休憩時間ぐらい、本を読ませてよ姉さん」
「んもう、つまらないんだから!」
怒ったようにベンチの背を殴りつけると、緋色の騎士服を着た少女は長い金の巻髪を翻し、少年を一人残してこちらへと歩いてきた。
合わせて立ち止まったところ、彼女にキッとした瞳で睨まれ、出かかった挨拶の言葉を飲み込む。
少女とすれ違った私は、溜め息をついてから再び足を進め、
「こんにちは、少しいいかしら?」
声かけしながら少年に近づいていく。
するとまばゆい黄金色の髪が揺れ、甘く整った麗しい顔が上げられた。
「こんにちは、構わないよ」
「あっ」
ー―その陽だまりのような、温かい空色の瞳を向けられた瞬間――
なぜか全身に衝撃が走り、完全に動きが止まってしまう。
間違いなく初めて会う相手なのに、昔から知っているような懐かしさがこみ上げ、胸が熱く震えて涙が込み上げてくる。
「君は誰?」
少年も大きく見開いた瞳を潤ませながら、震える声で問いかけてきた。
「私は、アレイシア」
「アレイシア」
少年はさらに驚いたような表情をする。
「どうかしたの?」
「いや、有名な女騎士と同じ名前だったから……」
理由を口にしてから、少年は気を取り直したように笑顔を浮かべる。
「僕はこの国の王子のレイモンド、今去って行ったのは双子の姉のカティアだ」
そこで私も我に返り、手の甲で涙を拭って笑い返した。
そのまま少し無言で顔を見合わせているうちに本来の目的を思い出し、カエインのことを知っているか尋ねてみた。
「もちろんだよ。カエイン・ネイル様といえば、このアスティリア王国の伝説の魔法使いだからね」
私は自分がカエインの養い子であると明かしたうえでお願いする。
「何でもいいから知っていることを話してほしいの。カエインがこの国にいたときのことを全然知らないから……」
「そうか、僕の知っている範囲で良ければ聞かせてあげるよ。
――と、言っても、当時者の一人である父は何も教えてくれないから、王国に広く伝わっている話になるけどね」
「お願い、聞かせて!」
力を込めて言った私に、少年はクスッと笑いかけてから「いいよ、座ってゆっくり話そう」と自分の横の座面を叩いて示す。
そうして気持ちの良い風が吹き抜ける木陰のベンチに、二人で並んで腰掛けると、
「これは戦姫と呼ばれたエルメティア姫を巡る、一騎当千の英雄である父と、伝説の大魔法使いカエイン・ネイル様の物語なんだ……」
少年は優しく澄んだ空色の瞳で私を見つめながら、穏やかな口調で語り始める。
――それは戦姫と英雄と魔法使い、三人の恋物語であると同時に、つねに周囲に見下され続けた廃太子が剣を手に立ち上がり、みごと勇気を示して名誉を取り戻す物語。
そして英雄に捨てられた一人の哀れな女騎士の、破滅的で鮮烈な恋の復讐物語――
FIN
「ねぇ、カエイン、上から見た庭がとても綺麗だったから、少しだけ散歩してきてもいい?」
「珍しいことを言い出すな」
カエインが疑うように金色の瞳を細めたとき、ちょうど廊下の向こう側から緋色のマントを広げ、とても長身で立派な体格をした壮年の男性が歩いてきた。
「よく来てくれた、カエイン」
「久しぶりだな、デリアン。かれこれ17年ぶりか?」
男性と軽く言葉を交わしたあと、カエインは私の肩に手を乗せる。
「これは俺の弟子で婚約者だ――シア、デリアン王に挨拶しなさい」
どうやら彼はこの国の王らしい。
私は前に進み出て、低く腰を落としてお辞儀をする。
「初めまして、アレイシアと申します」
「シア……?」
私の名前を聞いたとたん、なぜかデリアン王は大きく息を飲んで瞳を見張り、上からまじまじと顔を見つめてきた。
対する私は、以前会ったことがあっただったろうかと首をひねりつつ精悍な顔を観察したが、全く見覚えがない。
不思議に思いながらじっと見上げていると、突然腕が伸びてきて左手をがしっと掴まれる。
「えっ?」
デリアン王はわざわざ屈み込んで、私のローブの袖をめくって左手首を近くから確認した。
「……そんな……何も、ない……?」
動揺したような表情と声で言われたが、どういう意味なのかさっぱり理解できない。
もしかして誰かと間違われている?
困惑して固まっていると、後ろから両肩をつかまれ、引き寄せられながら身体の向きを変えられる。
と、目の前にいきなりカエインの顔が迫っていて、唇を強く重ねられ、いつになく深い口づけを受ける。
人前で恥ずかしいなと思いながらも、初めての大人のキスに胸が高鳴ってうっとりしてしまう。
カエインはまるでデリアン王に見せつけるように、たっぷり熱いキスをしてから唇を離すと、ぼーっとしている私の頭を優しく撫で、
「中庭を散歩したいんだったな。行ってくるといい」
珍しく自由行動の許可を与えてくれた。
「ありがとう。カエイン!」
嬉しさのあまり私は一瞬でデリアン王のことを忘れ、弾むような足取りで駆け出していた。
とにかく誰か暇そうな人を捕まえて、カエインのことを質問しなくっちゃ。
職務中の城の衛兵に話しかけるのは悪いので、とりあえず中庭に飛び出すと、暇そうな人物がいないか物色する。
石畳が切れて草地に入ったあたりで、木立の向こうから会話が聞こえてきた。
声のするほうを目指して木々の間を進んでいくと、本を膝に乗せてベンチに座る少年と長い剣を持った少女が見えた。
「こんなにいい天気なんだから、読書なんてしてないで、私の剣の相手をしなさいよ」
「今朝散々しただろう? 頼むから休憩時間ぐらい、本を読ませてよ姉さん」
「んもう、つまらないんだから!」
怒ったようにベンチの背を殴りつけると、緋色の騎士服を着た少女は長い金の巻髪を翻し、少年を一人残してこちらへと歩いてきた。
合わせて立ち止まったところ、彼女にキッとした瞳で睨まれ、出かかった挨拶の言葉を飲み込む。
少女とすれ違った私は、溜め息をついてから再び足を進め、
「こんにちは、少しいいかしら?」
声かけしながら少年に近づいていく。
するとまばゆい黄金色の髪が揺れ、甘く整った麗しい顔が上げられた。
「こんにちは、構わないよ」
「あっ」
ー―その陽だまりのような、温かい空色の瞳を向けられた瞬間――
なぜか全身に衝撃が走り、完全に動きが止まってしまう。
間違いなく初めて会う相手なのに、昔から知っているような懐かしさがこみ上げ、胸が熱く震えて涙が込み上げてくる。
「君は誰?」
少年も大きく見開いた瞳を潤ませながら、震える声で問いかけてきた。
「私は、アレイシア」
「アレイシア」
少年はさらに驚いたような表情をする。
「どうかしたの?」
「いや、有名な女騎士と同じ名前だったから……」
理由を口にしてから、少年は気を取り直したように笑顔を浮かべる。
「僕はこの国の王子のレイモンド、今去って行ったのは双子の姉のカティアだ」
そこで私も我に返り、手の甲で涙を拭って笑い返した。
そのまま少し無言で顔を見合わせているうちに本来の目的を思い出し、カエインのことを知っているか尋ねてみた。
「もちろんだよ。カエイン・ネイル様といえば、このアスティリア王国の伝説の魔法使いだからね」
私は自分がカエインの養い子であると明かしたうえでお願いする。
「何でもいいから知っていることを話してほしいの。カエインがこの国にいたときのことを全然知らないから……」
「そうか、僕の知っている範囲で良ければ聞かせてあげるよ。
――と、言っても、当時者の一人である父は何も教えてくれないから、王国に広く伝わっている話になるけどね」
「お願い、聞かせて!」
力を込めて言った私に、少年はクスッと笑いかけてから「いいよ、座ってゆっくり話そう」と自分の横の座面を叩いて示す。
そうして気持ちの良い風が吹き抜ける木陰のベンチに、二人で並んで腰掛けると、
「これは戦姫と呼ばれたエルメティア姫を巡る、一騎当千の英雄である父と、伝説の大魔法使いカエイン・ネイル様の物語なんだ……」
少年は優しく澄んだ空色の瞳で私を見つめながら、穏やかな口調で語り始める。
――それは戦姫と英雄と魔法使い、三人の恋物語であると同時に、つねに周囲に見下され続けた廃太子が剣を手に立ち上がり、みごと勇気を示して名誉を取り戻す物語。
そして英雄に捨てられた一人の哀れな女騎士の、破滅的で鮮烈な恋の復讐物語――
FIN
15
あなたにおすすめの小説
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
【完結】時戻り令嬢は復讐する
やまぐちこはる
恋愛
ソイスト侯爵令嬢ユートリーと想いあう婚約者ナイジェルス王子との結婚を楽しみにしていた。
しかしナイジェルスが長期の視察に出た数日後、ナイジェルス一行が襲撃された事を知って倒れたユートリーにも魔の手が。
自分の身に何が起きたかユートリーが理解した直後、ユートリーの命もその灯火を消した・・・と思ったが、まるで悪夢を見ていたように目が覚める。
夢だったのか、それともまさか時を遡ったのか?
迷いながらもユートリーは動き出す。
サスペンス要素ありの作品です。
設定は緩いです。
6時と18時の一日2回更新予定で、全80話です、よろしくお願い致します。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!
つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。
冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。
全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。
巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる