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6、最期の時間
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早々にカルナック大神殿を後にし、沙良、ラムセス、ホルエムヘブを乗せた馬車は一路ラムセスの実家に向かっていた。
馬車といっても近代の立派なものではなく、荷台に椅子を取りつけたような簡素なものだ。スピードを出しているので、かなり揺れている。
沙良は当初、とんでもないことを言ってしまったと震えたが、馬車に乗った瞬間に忘れた。振り落とされないように手すりにしがみつくのが精一杯だった。
一方、ラムセスは憮然としたままだ。一言もしゃべろうとはしなかった。その気まずい雰囲気をなんとかしようと、ホルエムヘブが沙良に話しかけていた。当初は揺れがひどくて、とても返事などできなかったが、慣れたら少し話すことができるようになった。
「ところで、将軍。あの偉そうに踏ん反り返っていたお爺さん、誰なんですか?」
同時にホルエムヘブが大爆笑した。
「聞いたか、ラムセス! サーラにかかれば、大神官もただの爺さんだ! アハハハハハ!」
「将軍?」
「悪い悪い。あの爺さんはアイという名の、アメン神官最高位の男だ」
「アイ? あの人が!?」
沙良はマヌアの言葉を思い出した。ツタンカーメンの死後、神に仕える者でありながら、孫であるアンケセナーメンを力ずくで妻にしてファラオになった男だ。
(マヌアさんの話を聞いた時はスケベ爺さんだと思ったけど、野心家っぽい感じのヤな男だった。権力を狙っている人ってヤな感じ。……あ、この人たちもファラオになるんだっけ。なんだかすごい状況よね)
「ラムセス、あの場でなにがあったんだ? あそこにいた衛士は、あの方のところの連中じゃないのか?」
沙良が「あの方?」と言いたげな顔をする中、ラムセスがムッとしたようにソッポを向いた。
「おい」
「うるさい。せっかく忘れたところだったのに」
「無視するつもりだったのか? おい、あの方に嫌われたら一巻の終わりだぞ。いくらお気に入りのお前だって」
刹那、ラムセスはカッと顔を赤くしてホルエムヘブに掴みかかった。
「それを言うな! 俺は一度だって頼んだことはないし、恩に着たこともない! あの野郎が勝手に手を出しているにすぎん! それはあんたが一番よく知っていることじゃないか! この俺が、このエジプトで最も嫌っているってことは!」
「怒るなよ。お前がどうだろうが、周囲はそう思っている。それは動かし難い事実だ。アンケセナーメンはツタンカーメン王と結婚したが、あの方の本命はお前だったんじゃないかって噂まである。仕方がないさ」
「…………」
「実際、サトラーとの結婚が進まないのも、あの方が裏で手を回しているからじゃないのか?」
「サトラー?」
ふと沙良が口を挟んだ。
「あぁ。こいつの許婚だ。親同士が勝手に言い交わした約束だがな」
沙良の体に稲妻のような衝撃が走った。ラムセスに婚約者がいるとは。
(許嫁――婚約者)
何人もの愛人を持った時代だ。不思議ではない。
「サトラーとあの野郎とはなんの関係もない。とても式など挙げられる状況じゃないし、そもそも俺は別になんとも思ってない」
ラムセスは急に威勢を失い、視線を落として力なく続けた。
「あいつは妹だ。それ以外考えられない。だが、あいつが俺の妻になりたいというなら、それでもいいと思っている。それくらいの希望はかなえてやりたい。ただ、それだけだ」
なんとなく気まずい空気になり、三人は黙り込んでしまった。
馬車といっても近代の立派なものではなく、荷台に椅子を取りつけたような簡素なものだ。スピードを出しているので、かなり揺れている。
沙良は当初、とんでもないことを言ってしまったと震えたが、馬車に乗った瞬間に忘れた。振り落とされないように手すりにしがみつくのが精一杯だった。
一方、ラムセスは憮然としたままだ。一言もしゃべろうとはしなかった。その気まずい雰囲気をなんとかしようと、ホルエムヘブが沙良に話しかけていた。当初は揺れがひどくて、とても返事などできなかったが、慣れたら少し話すことができるようになった。
「ところで、将軍。あの偉そうに踏ん反り返っていたお爺さん、誰なんですか?」
同時にホルエムヘブが大爆笑した。
「聞いたか、ラムセス! サーラにかかれば、大神官もただの爺さんだ! アハハハハハ!」
「将軍?」
「悪い悪い。あの爺さんはアイという名の、アメン神官最高位の男だ」
「アイ? あの人が!?」
沙良はマヌアの言葉を思い出した。ツタンカーメンの死後、神に仕える者でありながら、孫であるアンケセナーメンを力ずくで妻にしてファラオになった男だ。
(マヌアさんの話を聞いた時はスケベ爺さんだと思ったけど、野心家っぽい感じのヤな男だった。権力を狙っている人ってヤな感じ。……あ、この人たちもファラオになるんだっけ。なんだかすごい状況よね)
「ラムセス、あの場でなにがあったんだ? あそこにいた衛士は、あの方のところの連中じゃないのか?」
沙良が「あの方?」と言いたげな顔をする中、ラムセスがムッとしたようにソッポを向いた。
「おい」
「うるさい。せっかく忘れたところだったのに」
「無視するつもりだったのか? おい、あの方に嫌われたら一巻の終わりだぞ。いくらお気に入りのお前だって」
刹那、ラムセスはカッと顔を赤くしてホルエムヘブに掴みかかった。
「それを言うな! 俺は一度だって頼んだことはないし、恩に着たこともない! あの野郎が勝手に手を出しているにすぎん! それはあんたが一番よく知っていることじゃないか! この俺が、このエジプトで最も嫌っているってことは!」
「怒るなよ。お前がどうだろうが、周囲はそう思っている。それは動かし難い事実だ。アンケセナーメンはツタンカーメン王と結婚したが、あの方の本命はお前だったんじゃないかって噂まである。仕方がないさ」
「…………」
「実際、サトラーとの結婚が進まないのも、あの方が裏で手を回しているからじゃないのか?」
「サトラー?」
ふと沙良が口を挟んだ。
「あぁ。こいつの許婚だ。親同士が勝手に言い交わした約束だがな」
沙良の体に稲妻のような衝撃が走った。ラムセスに婚約者がいるとは。
(許嫁――婚約者)
何人もの愛人を持った時代だ。不思議ではない。
「サトラーとあの野郎とはなんの関係もない。とても式など挙げられる状況じゃないし、そもそも俺は別になんとも思ってない」
ラムセスは急に威勢を失い、視線を落として力なく続けた。
「あいつは妹だ。それ以外考えられない。だが、あいつが俺の妻になりたいというなら、それでもいいと思っている。それくらいの希望はかなえてやりたい。ただ、それだけだ」
なんとなく気まずい空気になり、三人は黙り込んでしまった。
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