熱い風の果てへ

朝陽ゆりね

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9、事変、謀反

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 衝撃が走った。ホルエムヘブは愕然として立ち上がり、男に詰め寄って詳細を聞こうとした。一方、ラムセスは驚きに目を見開きつつも、その顔は沙良に向けられている。対して沙良は俯き、ジッとしていた。顔が強張っている。

「それで犯人は捕まったのか?」

「まったくわかりません。神殿は封鎖され、事態をもらした者たちは現在拘束されているそうです。また神殿内いた者で外部に出た者は、身分や立場を問わず投獄され、状況はまったくわかりません。ただファラオが襲われたという話だけが飛び交い、神殿周辺は恐慌状態で収拾がつきません」

「ラムセス、すぐにカルナックへ行くぞ! 親父殿の葬儀は今しばし後に延ばすんだ」
「わかった」

 しかし再び、早馬が飛び込んできた。

「ホルエムヘブ将軍とラムセス隊長であらせられますか?」

 二人が頷く。

「大神官様からの通達でございます。『儀式の最中にファラオが襲撃されるという恐ろしい事件が起こったゆえ、現在神殿一帯を封鎖している。お二方は事態が鎮静化し、出入が許可されるまで、ご自宅で待機されたし』以上であります」

「な……」
「俺たちに来るなというのか」

「犯人を捕えるためです。致し方ございません。なにとぞ、ご理解のほどを」
「軍最高位の一人である、このホルエムヘブですら謹慎しろというのか!」

「例外はないとのことでございます。いた者は何人も出られず、いなかった者は何人も入ることができません。許されるのは我ら限られた伝令係だけ。そのわたくしも、戻ったところで神殿に立ち入ることは許されておりません」

 男は深く一礼し、出ていった。

「ラムセス、事態は変わった。親父殿の葬儀は今夜執り行おう。ファラオの出席がかなわぬ以上、先延ばしにしても無意味だ。それに――」

 ホルエムヘブが忌々しそうに唇を噛む。

「有力なファラオ候補がいない状況では、ヘタをしたら、ろくでもない奴がファラオの座に座るやもしれん。そんな奴に親父殿の葬儀を汚されたくない」

「わかった。そうしよう。すぐに準備を整え、父上の葬儀を行う。こちらを終わらせねば、俺たちも動けないからな」

 その夜、一族と親しかった者たちだけでセティ司令官の葬儀が執り行われた。葬儀を仕切ったのはラムセスだったが、誰よりもホルエムヘブが悲しみに暮れているように見えた。

 すべてが終わったのが深夜だった。みなが去り、沙良も一度は部屋に戻ったものの、寝つけずバルコニーで涼もうとした。

(ラムセス?)

 広間のバルコニーにラムセスがいる。一人で座り込んでナイル川を眺めているようだ。沙良は思わず部屋を飛び出し、そこへ向かった。

「……サーラか」

 ラムセスが気配に気づいて声をかける。振り返ることなく沙良だと勘づくところを見ると、エジプト一、二を争う拳闘家というのはまんざら嘘ではないようだ。沙良は無言でラムセスの横に腰を下ろした。

「お前はすでに両親を亡くしていたよな。親を亡くすというのは……辛いな」

 日中と同一人物とは思えない口調。沙良は無言でその顔を見つめる。なんとも言えない複雑な表情に、彼の立場を感じた。

「それでも俺にはまだ母上がいる。お前よりマシか」
「…………」

「兄弟もいる。甘えている場合ではない。それはわかっている。だが……いきなり死ななくてもいいよな」

「そうだね。私のお父さんは、死がわかっていたから心の準備ができたけど、突然亡くなるのは……より辛いよね」

「励ますな。お前のほうが辛い立場だってわかってる」

「別に励ます気なんてないわ。事実を言ってるだけよ。お父さんの死は数か月前からわかっていたし、お母さんの死は……理解するには子どもだった。だけど大切な人を失う辛さはわかるわよ。励ますつもりはないけど、寂しさを共有することで気持ちが楽になるなら、そうしたいと思う」

 ラムセスが沙良の腕を取った。ジッと見つめられ、照れ臭くて目を逸らせようとするが、引き寄せられてまたラムセスの顔を見つめた。

「お父さんの葬儀のすぐ後で、不謹慎よ。それに私のこと、好きでもないくせに」
「お前の国では好きな者としかしないのでか」
「そんなこともないけど……」
「じゃあ、いいだろ?」
「いいわけない。他の人はアリでも、私はナシだから」

 ラムセスふっと笑った。呼気が首筋にかかり、沙良はゾクリと震えた。

「そっか。だけど、なんだかすごくお前が欲しい。キスだけでいいから」

 耳元で囁かれ、沙良は全身がジンとなるのを感じた。

(私――この人が好きかもしれない。だって……坂下君にそれっぽいことを言われても、なにも思わなかった。だけど、だけど)

 そっと広い背に両腕を回す。そしてキスに応じた。
 唇が重なり、熱が伝わってくる。

(キスって、初めて。こんな感じなのか……なにか、湧いてくるみたいで、こわい)

 舌が唇の中に侵入してきて、またゾクリとなった。それなのに嫌だとは思わなかった。むしろ、心地いい。

(サトラー、ごめん。取るつもりはないなんて、大嘘ついて――)

 やがてそっと唇が離れていく。
 名残惜しい気さえする。

 それを察したのかどうなのか、ラムセスはより強く沙良を抱き寄せ、胸の中に閉じ込めて強く抱きしめてきた。

(温かい……)

 沙良はそれを無言で受け入れるだけだった。


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