19 / 42
9、事変、謀反
2
しおりを挟む
衝撃が走った。ホルエムヘブは愕然として立ち上がり、男に詰め寄って詳細を聞こうとした。一方、ラムセスは驚きに目を見開きつつも、その顔は沙良に向けられている。対して沙良は俯き、ジッとしていた。顔が強張っている。
「それで犯人は捕まったのか?」
「まったくわかりません。神殿は封鎖され、事態をもらした者たちは現在拘束されているそうです。また神殿内いた者で外部に出た者は、身分や立場を問わず投獄され、状況はまったくわかりません。ただファラオが襲われたという話だけが飛び交い、神殿周辺は恐慌状態で収拾がつきません」
「ラムセス、すぐにカルナックへ行くぞ! 親父殿の葬儀は今しばし後に延ばすんだ」
「わかった」
しかし再び、早馬が飛び込んできた。
「ホルエムヘブ将軍とラムセス隊長であらせられますか?」
二人が頷く。
「大神官様からの通達でございます。『儀式の最中にファラオが襲撃されるという恐ろしい事件が起こったゆえ、現在神殿一帯を封鎖している。お二方は事態が鎮静化し、出入が許可されるまで、ご自宅で待機されたし』以上であります」
「な……」
「俺たちに来るなというのか」
「犯人を捕えるためです。致し方ございません。なにとぞ、ご理解のほどを」
「軍最高位の一人である、このホルエムヘブですら謹慎しろというのか!」
「例外はないとのことでございます。いた者は何人も出られず、いなかった者は何人も入ることができません。許されるのは我ら限られた伝令係だけ。そのわたくしも、戻ったところで神殿に立ち入ることは許されておりません」
男は深く一礼し、出ていった。
「ラムセス、事態は変わった。親父殿の葬儀は今夜執り行おう。ファラオの出席がかなわぬ以上、先延ばしにしても無意味だ。それに――」
ホルエムヘブが忌々しそうに唇を噛む。
「有力なファラオ候補がいない状況では、ヘタをしたら、ろくでもない奴がファラオの座に座るやもしれん。そんな奴に親父殿の葬儀を汚されたくない」
「わかった。そうしよう。すぐに準備を整え、父上の葬儀を行う。こちらを終わらせねば、俺たちも動けないからな」
その夜、一族と親しかった者たちだけでセティ司令官の葬儀が執り行われた。葬儀を仕切ったのはラムセスだったが、誰よりもホルエムヘブが悲しみに暮れているように見えた。
すべてが終わったのが深夜だった。みなが去り、沙良も一度は部屋に戻ったものの、寝つけずバルコニーで涼もうとした。
(ラムセス?)
広間のバルコニーにラムセスがいる。一人で座り込んでナイル川を眺めているようだ。沙良は思わず部屋を飛び出し、そこへ向かった。
「……サーラか」
ラムセスが気配に気づいて声をかける。振り返ることなく沙良だと勘づくところを見ると、エジプト一、二を争う拳闘家というのはまんざら嘘ではないようだ。沙良は無言でラムセスの横に腰を下ろした。
「お前はすでに両親を亡くしていたよな。親を亡くすというのは……辛いな」
日中と同一人物とは思えない口調。沙良は無言でその顔を見つめる。なんとも言えない複雑な表情に、彼の立場を感じた。
「それでも俺にはまだ母上がいる。お前よりマシか」
「…………」
「兄弟もいる。甘えている場合ではない。それはわかっている。だが……いきなり死ななくてもいいよな」
「そうだね。私のお父さんは、死がわかっていたから心の準備ができたけど、突然亡くなるのは……より辛いよね」
「励ますな。お前のほうが辛い立場だってわかってる」
「別に励ます気なんてないわ。事実を言ってるだけよ。お父さんの死は数か月前からわかっていたし、お母さんの死は……理解するには子どもだった。だけど大切な人を失う辛さはわかるわよ。励ますつもりはないけど、寂しさを共有することで気持ちが楽になるなら、そうしたいと思う」
ラムセスが沙良の腕を取った。ジッと見つめられ、照れ臭くて目を逸らせようとするが、引き寄せられてまたラムセスの顔を見つめた。
「お父さんの葬儀のすぐ後で、不謹慎よ。それに私のこと、好きでもないくせに」
「お前の国では好きな者としかしないのでか」
「そんなこともないけど……」
「じゃあ、いいだろ?」
「いいわけない。他の人はアリでも、私はナシだから」
ラムセスふっと笑った。呼気が首筋にかかり、沙良はゾクリと震えた。
「そっか。だけど、なんだかすごくお前が欲しい。キスだけでいいから」
耳元で囁かれ、沙良は全身がジンとなるのを感じた。
(私――この人が好きかもしれない。だって……坂下君にそれっぽいことを言われても、なにも思わなかった。だけど、だけど)
そっと広い背に両腕を回す。そしてキスに応じた。
唇が重なり、熱が伝わってくる。
(キスって、初めて。こんな感じなのか……なにか、湧いてくるみたいで、こわい)
舌が唇の中に侵入してきて、またゾクリとなった。それなのに嫌だとは思わなかった。むしろ、心地いい。
(サトラー、ごめん。取るつもりはないなんて、大嘘ついて――)
やがてそっと唇が離れていく。
名残惜しい気さえする。
それを察したのかどうなのか、ラムセスはより強く沙良を抱き寄せ、胸の中に閉じ込めて強く抱きしめてきた。
(温かい……)
沙良はそれを無言で受け入れるだけだった。
「それで犯人は捕まったのか?」
「まったくわかりません。神殿は封鎖され、事態をもらした者たちは現在拘束されているそうです。また神殿内いた者で外部に出た者は、身分や立場を問わず投獄され、状況はまったくわかりません。ただファラオが襲われたという話だけが飛び交い、神殿周辺は恐慌状態で収拾がつきません」
「ラムセス、すぐにカルナックへ行くぞ! 親父殿の葬儀は今しばし後に延ばすんだ」
「わかった」
しかし再び、早馬が飛び込んできた。
「ホルエムヘブ将軍とラムセス隊長であらせられますか?」
二人が頷く。
「大神官様からの通達でございます。『儀式の最中にファラオが襲撃されるという恐ろしい事件が起こったゆえ、現在神殿一帯を封鎖している。お二方は事態が鎮静化し、出入が許可されるまで、ご自宅で待機されたし』以上であります」
「な……」
「俺たちに来るなというのか」
「犯人を捕えるためです。致し方ございません。なにとぞ、ご理解のほどを」
「軍最高位の一人である、このホルエムヘブですら謹慎しろというのか!」
「例外はないとのことでございます。いた者は何人も出られず、いなかった者は何人も入ることができません。許されるのは我ら限られた伝令係だけ。そのわたくしも、戻ったところで神殿に立ち入ることは許されておりません」
男は深く一礼し、出ていった。
「ラムセス、事態は変わった。親父殿の葬儀は今夜執り行おう。ファラオの出席がかなわぬ以上、先延ばしにしても無意味だ。それに――」
ホルエムヘブが忌々しそうに唇を噛む。
「有力なファラオ候補がいない状況では、ヘタをしたら、ろくでもない奴がファラオの座に座るやもしれん。そんな奴に親父殿の葬儀を汚されたくない」
「わかった。そうしよう。すぐに準備を整え、父上の葬儀を行う。こちらを終わらせねば、俺たちも動けないからな」
その夜、一族と親しかった者たちだけでセティ司令官の葬儀が執り行われた。葬儀を仕切ったのはラムセスだったが、誰よりもホルエムヘブが悲しみに暮れているように見えた。
すべてが終わったのが深夜だった。みなが去り、沙良も一度は部屋に戻ったものの、寝つけずバルコニーで涼もうとした。
(ラムセス?)
広間のバルコニーにラムセスがいる。一人で座り込んでナイル川を眺めているようだ。沙良は思わず部屋を飛び出し、そこへ向かった。
「……サーラか」
ラムセスが気配に気づいて声をかける。振り返ることなく沙良だと勘づくところを見ると、エジプト一、二を争う拳闘家というのはまんざら嘘ではないようだ。沙良は無言でラムセスの横に腰を下ろした。
「お前はすでに両親を亡くしていたよな。親を亡くすというのは……辛いな」
日中と同一人物とは思えない口調。沙良は無言でその顔を見つめる。なんとも言えない複雑な表情に、彼の立場を感じた。
「それでも俺にはまだ母上がいる。お前よりマシか」
「…………」
「兄弟もいる。甘えている場合ではない。それはわかっている。だが……いきなり死ななくてもいいよな」
「そうだね。私のお父さんは、死がわかっていたから心の準備ができたけど、突然亡くなるのは……より辛いよね」
「励ますな。お前のほうが辛い立場だってわかってる」
「別に励ます気なんてないわ。事実を言ってるだけよ。お父さんの死は数か月前からわかっていたし、お母さんの死は……理解するには子どもだった。だけど大切な人を失う辛さはわかるわよ。励ますつもりはないけど、寂しさを共有することで気持ちが楽になるなら、そうしたいと思う」
ラムセスが沙良の腕を取った。ジッと見つめられ、照れ臭くて目を逸らせようとするが、引き寄せられてまたラムセスの顔を見つめた。
「お父さんの葬儀のすぐ後で、不謹慎よ。それに私のこと、好きでもないくせに」
「お前の国では好きな者としかしないのでか」
「そんなこともないけど……」
「じゃあ、いいだろ?」
「いいわけない。他の人はアリでも、私はナシだから」
ラムセスふっと笑った。呼気が首筋にかかり、沙良はゾクリと震えた。
「そっか。だけど、なんだかすごくお前が欲しい。キスだけでいいから」
耳元で囁かれ、沙良は全身がジンとなるのを感じた。
(私――この人が好きかもしれない。だって……坂下君にそれっぽいことを言われても、なにも思わなかった。だけど、だけど)
そっと広い背に両腕を回す。そしてキスに応じた。
唇が重なり、熱が伝わってくる。
(キスって、初めて。こんな感じなのか……なにか、湧いてくるみたいで、こわい)
舌が唇の中に侵入してきて、またゾクリとなった。それなのに嫌だとは思わなかった。むしろ、心地いい。
(サトラー、ごめん。取るつもりはないなんて、大嘘ついて――)
やがてそっと唇が離れていく。
名残惜しい気さえする。
それを察したのかどうなのか、ラムセスはより強く沙良を抱き寄せ、胸の中に閉じ込めて強く抱きしめてきた。
(温かい……)
沙良はそれを無言で受け入れるだけだった。
0
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
君の左目
便葉
ライト文芸
それは、きっと、運命の歯車が狂っただけ。
純粋な子供の頃から惹かれ合っていた二人は、残酷な運命の波にのまれて、離れ離れになってしまう。
それもまた運命の悪戯…
二十五歳の春、 平凡な日々を一生懸命過ごしている私の目の前に、彼は現れた。
私の勤める区役所の大きな古時計の前で、彼は私を見つけた…
紙の上の空
中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。
容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。
欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。
血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。
公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
「四半世紀の恋に、今夜決着を」
星井 悠里
ライト文芸
赤ちゃんからの幼馴染との初恋が、ずっと、心の端っこにある。
高校三年のある時から離れて、もうすぐ25歳なのに。
そんな時、同窓会の知らせが届いた。
吹っ切らなきゃ。
同窓会は三か月後。
私史上、いちばん綺麗になって、けじめをつけよう。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
俺様御曹司に飼われました
馬村 はくあ
恋愛
新入社員の心海が、与えられた社宅に行くと先住民が!?
「俺に飼われてみる?」
自分の家だと言い張る先住民に出された条件は、カノジョになること。
しぶしぶ受け入れてみるけど、俺様だけど優しいそんな彼にいつしか惹かれていって……
☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-
設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt
夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや
出張に行くようになって……あまりいい気はしないから
やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀
気にし過ぎだと一笑に伏された。
それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない
言わんこっちゃないという結果になっていて
私は逃走したよ……。
あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン?
ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
初回公開日時 2019.01.25 22:29
初回完結日時 2019.08.16 21:21
再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結
❦イラストは有償画像になります。
2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる