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11、動き始めた運命
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翌日、ファラオが息を引き取った。
エジプトは驚きと恐怖に包まれながら、若いファラオの死を悼み、国民は約一か月間、喪に服すことになった。その間の政治は、王族最高位の王太后、神官団最高位の大神官、軍部最高位の大将軍の三名で執り行われることになった。
喪中であるということは、同時に大きな出来事が起こりにくいということでもある。
その一か月間は、沙良にとっても穏やかな日々となり、ラトゥタやサトラーと親睦を深める時間となった。
さらにラムセス家の喪が晴れて装飾品を身につけると、いかにも良家の姫君という印象を与え、館の者たちはまるで若女主人のような扱いをし始めた。
当主が独身で、その母の弟子という肩書きなら、当たらずとも遠からずだが、それがさらに住みやすい環境にしていた。
喪の期間はあっという間だった。ツタンカーメン王の喪が晴れると、三人の政治代行者より、セティ司令官の悔やみを伝えるという連絡が入った。ラムセスは不機嫌そうにしているが、了承するしかない。
ラムセスと沙良はファラオの座が置かれている広間に案内された。警備兵がギッシリと詰め入る中を美しく着飾った沙良は歩いた。王太后、アイ大神官、トルムテブ大将軍が構える前で、二人は傅いた。
「ファラオの急死に至り、そなたへの悔やみの言葉が遅れたことを詫びる。こたびは当主、セティ司令官の死に至り、真に心痛む思いじゃ。ゆえに、司令官の墓標にはファラオに代わってこのネフェルティティが悔やんでいたと伝えてもらいたい」
ラムセスは深く頭を下げた。続いて大神官のアイが口を開いた。
「我らアメン神官団からも悼みの意を伝える。このエジプトのため貢献いただいた司令官に、アメン神からの加護があるよう、鎮魂の祈祷を執り行うことを申し上げる」
アイに体を向け、ラムセスは再び深く頭を下げた。
「我ら軍部は司令官の功績を称え、軍より別途鎮魂の儀式を執り行う。ラムセス隊長には、どうか同席いただきたい」
何度も礼儀正しく頭を下げるが、その裏で舌を出していることなど沙良には容易に想像がついた。が、そんなことはどうでもいい。沙良の意識を釘づけにしたのは、正面に座る王太后ネフェルティティの、その姿だった。
この時代の四十半ばとはとても思えない美しさ、若々しさ、輝かしい美貌と妖艶な肉体を誇っていた。同性の沙良でさえ、その艶っぽさに驚かされた。
(でも……なんか下品よね? そう思わない? いかにも体で男を絡め取ろうって意識が見え見えで、すっごくいやらしい!)
顔にそう出ていたのか、王太后と目が合うと、ギロリと睨まれたような気がして首を竦めた。迫力は遥かに王太后のほうが上だった。
「父君の死によりそなたが当主となった。ハリハラ家との挙式も近いのではないか?」
「吾の挙式など、王太后様のお心を煩わせる話ではありません。お気遣いなく」
憮然と答えるラムセスの態度と口調に空気が凍った。非礼に誰もが冷や汗を流して困惑している。当の王太后の顔は明らかに怒りに歪んでいた。その気まずさを、大将軍のトルムテブが払おうとして身を乗り出した。
「ところで隊長、隣の婦人の紹介を早くしてもらえんか? 真珠のような肌をした、珍しい人種ではないか。その歪みのない漆黒の長い髪も美しい。見たことのない容姿の娘に、ここにおる兵士隊も言葉を失っておることよ。正妻としてサトラー殿を娶られても、その麗しい娘を愛でられたとして、神々は咎めぬだろう」
ラムセスはニヤリと笑った。もちろん、王太后に向けて。いいところでいいことを言ってくれたと言わんばかりの表情だ。
「これは心強いお言葉にございます、大将軍閣下。母より許可を得、本人が了解してくれれば生涯大事に致しますが、さて、なかなか強情な娘ゆえ、思いがかなうかどうか定かではございませんが」
沙良は横目で、「誰が強情だって!? と言いたげに睨んだ。
(男ってろくなこと言わないわよね! まったく! 火に油って、このことだわ。そんなことを言うためにここまで引っ張ってきたわけ? 冗談じゃない。だって、思いっきり睨まれてるし、私。王太后に嫌われたら終わりだって言ったのはラムセスじゃない!)
王太后の視線が痛い。
そんな沙良を無視し、ラムセスが再度権力の最高位にいる三人に頭を下げつつ続けようとした時だった。バタバタと激しい足音を響かせ、伝令係が転がり込んできた。
「騒々しい! 何事か!」
「申し上げます! ヒッタイト帝国、シュッピルリウマ一世より使者が参りました!」
刹那、広間にいた者すべてが凍りついた。
何故、最大の敵国であるヒッタイト帝国、シュッピルリウマ一世から使者が来るのか――誰も理由がわからず、またエジプト最大の敵から送られてきた伝令の内容に想像を巡らせることも不可能だった。
「なぜ」
それは誰の言葉だったのか。
しかし、誰が命じたわけでもないが、伝令係は到着したヒッタイトの使者を広間に案内していた。
「吾は主君、ヒッタイト帝国、シュッピルリウマ一世より遣わされた臣下のウンシュトゥマスと申します。このたび、御国からいただいた婚儀の提案、大王が快くお受けいたしたいとの意を伝え申し上げます」
「婚儀の提案?」
王太后が呟いた声が低く響いた。
エジプトは驚きと恐怖に包まれながら、若いファラオの死を悼み、国民は約一か月間、喪に服すことになった。その間の政治は、王族最高位の王太后、神官団最高位の大神官、軍部最高位の大将軍の三名で執り行われることになった。
喪中であるということは、同時に大きな出来事が起こりにくいということでもある。
その一か月間は、沙良にとっても穏やかな日々となり、ラトゥタやサトラーと親睦を深める時間となった。
さらにラムセス家の喪が晴れて装飾品を身につけると、いかにも良家の姫君という印象を与え、館の者たちはまるで若女主人のような扱いをし始めた。
当主が独身で、その母の弟子という肩書きなら、当たらずとも遠からずだが、それがさらに住みやすい環境にしていた。
喪の期間はあっという間だった。ツタンカーメン王の喪が晴れると、三人の政治代行者より、セティ司令官の悔やみを伝えるという連絡が入った。ラムセスは不機嫌そうにしているが、了承するしかない。
ラムセスと沙良はファラオの座が置かれている広間に案内された。警備兵がギッシリと詰め入る中を美しく着飾った沙良は歩いた。王太后、アイ大神官、トルムテブ大将軍が構える前で、二人は傅いた。
「ファラオの急死に至り、そなたへの悔やみの言葉が遅れたことを詫びる。こたびは当主、セティ司令官の死に至り、真に心痛む思いじゃ。ゆえに、司令官の墓標にはファラオに代わってこのネフェルティティが悔やんでいたと伝えてもらいたい」
ラムセスは深く頭を下げた。続いて大神官のアイが口を開いた。
「我らアメン神官団からも悼みの意を伝える。このエジプトのため貢献いただいた司令官に、アメン神からの加護があるよう、鎮魂の祈祷を執り行うことを申し上げる」
アイに体を向け、ラムセスは再び深く頭を下げた。
「我ら軍部は司令官の功績を称え、軍より別途鎮魂の儀式を執り行う。ラムセス隊長には、どうか同席いただきたい」
何度も礼儀正しく頭を下げるが、その裏で舌を出していることなど沙良には容易に想像がついた。が、そんなことはどうでもいい。沙良の意識を釘づけにしたのは、正面に座る王太后ネフェルティティの、その姿だった。
この時代の四十半ばとはとても思えない美しさ、若々しさ、輝かしい美貌と妖艶な肉体を誇っていた。同性の沙良でさえ、その艶っぽさに驚かされた。
(でも……なんか下品よね? そう思わない? いかにも体で男を絡め取ろうって意識が見え見えで、すっごくいやらしい!)
顔にそう出ていたのか、王太后と目が合うと、ギロリと睨まれたような気がして首を竦めた。迫力は遥かに王太后のほうが上だった。
「父君の死によりそなたが当主となった。ハリハラ家との挙式も近いのではないか?」
「吾の挙式など、王太后様のお心を煩わせる話ではありません。お気遣いなく」
憮然と答えるラムセスの態度と口調に空気が凍った。非礼に誰もが冷や汗を流して困惑している。当の王太后の顔は明らかに怒りに歪んでいた。その気まずさを、大将軍のトルムテブが払おうとして身を乗り出した。
「ところで隊長、隣の婦人の紹介を早くしてもらえんか? 真珠のような肌をした、珍しい人種ではないか。その歪みのない漆黒の長い髪も美しい。見たことのない容姿の娘に、ここにおる兵士隊も言葉を失っておることよ。正妻としてサトラー殿を娶られても、その麗しい娘を愛でられたとして、神々は咎めぬだろう」
ラムセスはニヤリと笑った。もちろん、王太后に向けて。いいところでいいことを言ってくれたと言わんばかりの表情だ。
「これは心強いお言葉にございます、大将軍閣下。母より許可を得、本人が了解してくれれば生涯大事に致しますが、さて、なかなか強情な娘ゆえ、思いがかなうかどうか定かではございませんが」
沙良は横目で、「誰が強情だって!? と言いたげに睨んだ。
(男ってろくなこと言わないわよね! まったく! 火に油って、このことだわ。そんなことを言うためにここまで引っ張ってきたわけ? 冗談じゃない。だって、思いっきり睨まれてるし、私。王太后に嫌われたら終わりだって言ったのはラムセスじゃない!)
王太后の視線が痛い。
そんな沙良を無視し、ラムセスが再度権力の最高位にいる三人に頭を下げつつ続けようとした時だった。バタバタと激しい足音を響かせ、伝令係が転がり込んできた。
「騒々しい! 何事か!」
「申し上げます! ヒッタイト帝国、シュッピルリウマ一世より使者が参りました!」
刹那、広間にいた者すべてが凍りついた。
何故、最大の敵国であるヒッタイト帝国、シュッピルリウマ一世から使者が来るのか――誰も理由がわからず、またエジプト最大の敵から送られてきた伝令の内容に想像を巡らせることも不可能だった。
「なぜ」
それは誰の言葉だったのか。
しかし、誰が命じたわけでもないが、伝令係は到着したヒッタイトの使者を広間に案内していた。
「吾は主君、ヒッタイト帝国、シュッピルリウマ一世より遣わされた臣下のウンシュトゥマスと申します。このたび、御国からいただいた婚儀の提案、大王が快くお受けいたしたいとの意を伝え申し上げます」
「婚儀の提案?」
王太后が呟いた声が低く響いた。
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