熱い風の果てへ

朝陽ゆりね

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12、野望の始まり

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「厳選の結果、ザンナンザ王子が選ばれた旨を伝え申し上げに参りました」

 誰もが絶句していた。

 なにを、どう言えばいいのか言葉が見つからず、愕然としている。ただラムセスだけはさして驚いた様子もなく、俯いて考え込む沙良の姿を無言で見つめていた。

(サーラはやはり知っているようだ。まぁそれはいいとして、ここにいる連中はバカばっかりだ! 気づいているのはホルエムヘブくらいなものだな。そもそもヒッタイトに使者を送れる者など限られている。この場にいる連中は、みな呆けていて、顔に自分じゃないって書いている。とすれば、アイと結婚したくない、あるいはさせたくない者が内々で送ったのだろう。それくらい、すぐにわかるだろうに。アイと対立している者か、あるいは王妃自身か。いずれにしても、ヒッタイトの王子如きにファラオの座を奪われては、エジプト人の名折れだ! それだけは阻止しなければならない)

 沙良を見ながら、ラムセスは思った。

 一方、沙良はまた違うことを考えている。歴史で習ったエジプトとヒッタイトの戦争を思い出したのだ。

(確か……王子の暗殺が原因でヒッタイトとエジプトが戦争するって習ったような気がする。そうだ、エジプトは負けるんだった。ラムセスや将軍は戦場に行くのかな。そりゃ行くよね、軍人だもの。でも、二人はファラオになるのだから死ぬことはない)

 顔を上げるとラムセスと目が合った。二人は互いにバツが悪そうに苦笑した。

「使者殿、心当たりがないのじゃが、誰の縁談のために御国の王子を遣わせると申されるのか、もう一度、説明いただきたい」

 使者は唖然としたように王太后を見た。

「恐れながら、王太后様のお言葉、理解に苦しみます。縁談は御国エジプトから持ち込まれたこと。早期に縁談をまとめたいと、急がれたのは御国ではございませんか」

「なんと」

「ファラオが崩御なさり、王妃様のお相手に我が国の王子を迎え入れたいと――送られてきたパピルスに明記されておりましたが」

「パピルス?」

 使者は力強く頷いた。王太后ようやくここで真相を把握した。その整った秀麗な顔が憤怒に歪んだ。

 パピルスを自由に扱える者は極めて限られている。その一人であるアイは対象外だ。ファラオの座を放棄するはずがない。トルムテブはまだ真相に気づいていないようで呆けた顔をしている。王太后は怒りに戦慄いていた。

(あの、痴れ者めが!)

 きっと広間中に轟き渡るぐらいの大声で叫びたかったに違いない。ギッと握り拳を作り、ワナワナと震わせながら、それでも毅然と立ち上がった。

「相わかり申した。ザンナンザ王子を出迎える準備を早期に致すゆえ、シュッピルリウマ一世陛下にはそうお伝えくだされ。それでよかろう? 大神官、ならび大将軍」

「……反対する理由があろうか。王太后様のご決断に賛同いたすのみ」

 と、アイ。

「異議ござらん。すぐに兵を召集致します」

 トルムテブが明瞭に答えた。それを受け、使者は満足そうに頭を下げた。

「では、そのように伝え申し上げます。なにとぞ、よろしくお願い申し上げます」

 使者は丁重に礼をして立ち去った。

 その背が広間から消え、扉が閉められると、ラムセスが三人に向かって再び傅いた。

「王太后様、大神官殿、大将軍閣下、そのお役目、どうか我らホルエムヘブ将軍直轄隊にご命じくださいませ」

 ラムセスが高らかに申し出た。王太后がなんとも言えぬ複雑なまなざしを向ける。

「先陣をご命じください。我らの足はどの隊よりも速うございます。本隊が国境沿いに到着する前に迎え入れ、確実に、ご案内申し上げます」

 ホルエムヘブが走り寄り、ラムセスの横で膝をついた。

「どうか、この大役、我らにお任せいただきたく、深くお願い申し上げます!」

 二人の意思を、誰が、どのように感じ取ったのか――否、我が身に当てて、どのように判断したのか……それは誰にもわかるまい。しかし口から出た言葉は、極めて常識的だった。

「わらわには異議はない。確かにラムセス隊長の率いる者どもは、腕も確かなら足も速い。ザンナンザ王子よりも早く国境に到着するであろう。大神官、大将軍、いかがか」

 二人は無言で頷いた。それで決まった。


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