熱い風の果てへ

朝陽ゆりね

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20、エジプトの未来に捧げる

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 戦争終結から一年が経った。明日、ラムセスとサトラーの結婚式が執り行われる。

 この一年間、サトラーの体調は不安定で、よく熱を出した。一時は意識を失うこともあり、何度も延期を余儀なくされ、延び延びになっていたのだ。

 近頃は安定していて、ようやく明日、祝いの時を迎えることができるところまでこぎつけた。

 だが、式自体は質素である。

 大将軍のホルエムヘブが取り仕切り、主役が将軍であるラムセスの結婚式であるが、いつ、なにがあってもいいようにと、主席者は近親者を中心に、両家で働く者やその身内のみとしていた。

 とはいえ、両家と懇意にしている町の住人たちは、自分たちの町を治める貴族の当主の結婚にお祝いムード一色で、町が賑やかこの上ないのだが。

 館中が忙しく動き回っているそんな中に、ラムセスに祝いを述べに来たという訪問者があった。

 本来なら、いちいち対応していてはキリがないし、結婚式の主人公であり一族の長であるラムセスが対応することではないのだが、その訪問者の名を聞いた使用人は顔色を青くして飛んできたのだ。

 そしてラムセスも驚き、慌てて玄関脇の待合室に飛んでいった。

 訪問者の名は、サナドエル。ザンナンザ王子の元臣官だ。

 サナドエルはラムセスの姿を見ると、椅子から立ち上がった。

「これはサナドエル殿! お久しぶりでござるっ。わざわざエジプトまでお越しとは」
「お久しぶりでございます、ラムセス将軍」

 サナドエルは痩せていた。だが、目は燃えるように鋭く、迫力があった。

「それで、本日はまた、如何様なご用件で?」

 ラムセスの言葉にサナドエルは深々と下げた。

 わずかな時間とはいえ、互いの視線が外れてラムセスは息を吸った。

 ザンナンザ王子が暗殺された折、ともに犯人を捜すと言いつつ、途中で切り上げる結果になり、サナドエルには不興だったはずなのだ。

 その後、戦争に突入したことで、サナドエル一行も敵国の領土から早々立ち去ることになった。あとは当然立ち切れだが、もうすっかり記憶の彼方であった。

「まずは、ご成婚おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます」
「いやぁ、これはこれは。照れるというもの。ありがとう存じます、サナドエル殿」

「あなたの噂は我が国まで届いております。ご結婚と聞き、祝いの言葉を伝えたく、出向いて参った次第。とは申せ、わたくしは国にはいず、長く

1放浪しておりました。久しぶりに帰郷したら、あなたの結婚の話を聞いたのです」

「放浪? 国からの特使やなにかではなく? 」
「ええ、放浪ですよ、ラムセス将軍」

 ラムセスは鼻から小さく息を吸った。

「戦争は終わったが、両国の関係は悪いままです。ヒッタイト王国の臣官の貴殿がエジプトにいることは、正直申し上げ、身の安全は保障されませんぞ」

 サナドエルは大きく頷いた。

「百も承知です、将軍。私はもう臣官ではございません。国に戻った際に責任を取って辞職となり、ただのヒッタイト人になりました。ですが、命を取らなかった国王陛下には感謝しています。それで身軽になり、一人、捜していたのですよ」

「…………」

 嫌な予感が腹の底から這い上がってくるような錯覚をラムセスは抱いた。

「真珠の肌を持つ女を、ずっと。王子が亡くなったあの日から」

「…………」

 返事をしながらサナドエルが笑った。その笑みは異様に見えた。痩せているので目が窪んでいるのに、やたらに鋭く、眼光はまるで光っているかのようだ。

 ラムセスはごくりと生唾を飲み込んだ。

 あれからずっと捜していた――約一年半前、ザンナンザ王子を毒殺した女を。

 つまり、沙良を。

 互いの視線がぶつかりあって絡まり、もつれあって離れない。

 だが、サナドエルが再び、フッと笑って視線を天井にやった。

「あきらめて祖国に戻ったのです。国王には両手をついて謝り、我が主のいる世界に参ろうと思っていたのですが、あなたの結婚を聞いて、あなたに会わねばならないと思ったのです」
「……なぜです?」

「あなたの妻になる女性が、真珠のように白い肌の持ち主だと教わったからですよ」
「…………」

「会わせていただけませんか? 婚約者殿に」
「吾を疑っているのですか?」
「いいえ」

「では、サトラーを疑っているのですか?」
「いいえ、誰も疑ってなど、いません。私はあの日から真珠のような肌の女に憑りつかれているのです。どうか、助けてください」

 サナドエルは膝に額がつくのではないかと思うほどに頭を下げた。

「やめてください、サナドエル殿。わざわざヒッタイト王国からお出ましいただき、サトラーに祝福の言葉をいただけるなど、まことにありがたく、光栄です。さぁ、こちらへどうぞ」

 ラムセスはサナドエルの背に手を回して、軽く押した。

「みなよ、ヒッタイト王国からサナドエル殿が我らに祝いを述べに来てくださった! 出迎えよ!」

 ラムセスが突然大声を発した。館にいる者たちは驚いて飛び上がり、一斉に玄関広間に集まってくる。そして通路の両サイドに並んで頭を下げた。

「これからサトラーのもとへご案内する。失礼がないようサトラー伝えよ」

 周囲から、ははぁ、と幾つも返事が上がり、数名がバタバタと走り去っていった。

「サナドエル殿、一つ、頼みがございます」
「なんでしょう」

「サトラーは生まれついての病持ちです。見ればわかりますが、好きに動き回ることができません。寝台の上にての挨拶になることを、どうかお許しいただきたい」

「寝台? 立ち上がれぬ、ということですかな」

「さよう。あと、どれくらいもつのかわからぬのです。数年か、あるいかもっと短く、数か月か」
「なんと」

 驚く顔がわざとらしく見えるラムセスであったが、なにも言わずに頷くだけだった。

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