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6、衝動
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「ずいぶん物騒だな」
「ムカついているんですよ。自分がまだ高校生ってのが。無力なのが。今は父が得をするのでしょうけど、将来は僕です。腹違いの姉の犠牲のおかげで自分が楽に得をするってのが、たまらなく嫌なんです。それに――」
ふと樹生が唇を噛んで言葉を止めた。
「それに、なに?」
「……いえ」
「言えよ。ここまで来て、呑み込むことはないだろう」
「……そうですね。僕は……ビジネスのことはまだぜんぜんわからないけど、同族企業ってのは反対で、将来、HEホールディングスのトップは創業家じゃない人がなればいいと思っています。それも社内からだけじゃなく、日本人だろうが外国人だろうが関係なく、広く世界中から優秀な経営者を探して就かせるべきです。だから、僕が経営サイドにいなかった時、姉の犠牲は本当の意味で無駄になります」
和眞はポケットからスマートフォンを取り出した。そしてタップする。
「京、どこにいる?」
『帰ったとこだよ』
「メシは?」
『今から作る』
「俺はこれから会社を出る。話があるからそのまま待っとけ。じゃあ」
えーー! という非難の声が聞こえてくるが、和眞は電話を切ってスマートフォンをポケットに戻した。
「相棒で副社長をやってる池谷京だ。頭も切れるし顔も広い。けど、料理しながら酒を飲むから、料理ができた時には本人もできあがっている」
樹はどうして和眞がいきなり京に電話をかけ、さらにそのことを説明するのかわからない様子でぽかんとなっている。それは幼さを感じさせる高校生らしい表情だった。
「君の提案に乗らせてもらう」
「え」
「璃桜を納得する良い方法がないか思案していたところだった。地獄で仏じゃないが、俺にとっては渡りに船だ。俺が必要とした時、そっちの情報を流し、指示に従って工作してくれ。いいな」
呆けた顔をしていた樹生は、和眞の言葉を聞いているうちに見る見る表情を変え、最後には引き締まったそれになった。
「聞いていいですか?」
「ん?」
「姉とのことは遊びではなかったと思っていいんですよね?」
「ああ」
「奪う気でつきあっていたってことですね?」
和眞は傍らに置いているジャケットを掴んで立ち上がった。
「正直に言う。最初は誘われたんだ。いつもの調子で乗った。その時は遊びだった。それなのに、いつの間にか気が変わっていた。今は本気だ。でも、華原君、これだけは言っておく。俺は璃桜を選んだけど、璃桜が俺を選ぶとは限らない。そうなるように万全を尽くだけで、成功しなかった場合は許してほしい」
「……わかりました」
樹生はそう言うと、すっと立ち上がって深々と頭を下げたのだった。
それから約三十分後、自宅に戻ってきた和眞は待ち受けていた京に事情を話した。最初は面白がって聞いていた京だったが、次第に渋い顔になっていった。
「相手が悪いぞ。前にも言ったと思うんだが、坂戸はうちの選挙区だ」
「だからお前に相談したんじゃないか。でなかったら、こんなプライベートなことを人に頼むかよ」
「まぁ、確かに」
「璃桜を攻めるのはだめだ。頑なで絶対にうんとは言わない。破談に持ち込むには、あっちを攻略するしかない」
京は「だがなぁ」と口を尖らせる。
「坂戸淳也は現在父親の私設秘書を務めている。兄貴のほうは政治家になる気はないようだから、こいつが将来地盤を継ぐんだ。未来の先生様ってことだ。華原家のバックアップは喉から手が出るほど欲しいと思うぞ?」
「他に女がいるんだ。そっから切り崩せないかな」
「うーーーん、難しいだろう。その女に情報を流して思惑通り騒いでくれたらいいけど、さっさと身を引けば意味はないし、マスコミに垂れ込んだって、坂戸自身のスキャンダルじゃなくて息子だったら相手にされないと思う。そもそもこのスキャンダル、公になったら華原家のダメージも大きい」
「だよなぁ」
はあ、と肩を落とす和眞に、京は前髪をワシワシ掻きながら天井に顔を向けた。考え事をする時の京の癖だ。
「坂戸の息子をもうちょっと調べないと策は立てられないな。せめて乗り気なのかそうじゃないのか……まぁ、乗り気だけど、それはそれこれはこれ、なんだろうけどな」
「聞くか? 本人に」
「お前が? 無理だろ、誰が答えるかよ」
「そうだよなぁ。弟に行かせるか?」
「一緒だ。義理の弟には歓迎されてないって思うだけだ」
「うーーん」
頭を抱える和眞を横目に見ながら、もう一度前髪をワシワシしながら視線を泳がせる。しばらく天井を睨むように眺め、それから腕を組んだ。
「やっぱり、交際を続けているって女との関係がカギかもな。もし入れ込んでいるならここが泣き所になるかもしれない。唆して、女と駆け落ちさせるって手かも」
「唆して、ねぇ」
「俺の知り合いに頼めば仕事を与えてやれる。まぁ、アメリカだけどさ」
和眞はチラリと京を流し見た。
「なぁ、和眞、ここは正面突撃してみたらどうだ?」
「正面突撃?」
「おお。お前はさ、俺みたいなその他大勢のモブじゃない。特権カードを持ってる。そのカードは存外政治家に効くかもしれない」
「どういう意味?」
「キツネになるんだよ」
その言葉に和眞は眉間にしわを寄せ、口元を歪めた。京の言葉の意味を察したのだ。
虎の威を借りる狐――松阪グループ創業家の跡取りという立場を利用する。
「お前が常々嫌がってる実家権威を使う。将来、松阪グループが協力するから、ここは譲ってくれって交渉する。向こうからしたら、華原グループも松阪グループも似たようなもんだが、嫁を通して実家の権威や金を引っ張るより、直接握っている松阪グループのトップと懇意になるほうが得かもしれないって思わせられたら脈はあるかもしれない。しかも親から与えられた筋じゃなく、自分が自ら得た松阪和眞の弱みならなおさら心強い」
和眞の顔がますます嫌そうに変化していくのを京は面白がっているようで、いつの間にか笑みが浮かんでいる。
「とにかく、そいつの女がどんな感じか調べないとな。ちょっと時間をくれ。それから、金も」
「了解。頼りになるよ、策士殿」
「お互い様だ。でもまさか、あのおとなしそうな華原さんがお前を誘惑ねぇ。それでもって百戦錬磨の遊び人のお前をやり込めるんだから世の中面白いねぇ」
「言ってろ」
呆れモードで返すものの、暗中模索かと思った璃桜との件に微かな光明が見えたような気がした和眞だった。
「ムカついているんですよ。自分がまだ高校生ってのが。無力なのが。今は父が得をするのでしょうけど、将来は僕です。腹違いの姉の犠牲のおかげで自分が楽に得をするってのが、たまらなく嫌なんです。それに――」
ふと樹生が唇を噛んで言葉を止めた。
「それに、なに?」
「……いえ」
「言えよ。ここまで来て、呑み込むことはないだろう」
「……そうですね。僕は……ビジネスのことはまだぜんぜんわからないけど、同族企業ってのは反対で、将来、HEホールディングスのトップは創業家じゃない人がなればいいと思っています。それも社内からだけじゃなく、日本人だろうが外国人だろうが関係なく、広く世界中から優秀な経営者を探して就かせるべきです。だから、僕が経営サイドにいなかった時、姉の犠牲は本当の意味で無駄になります」
和眞はポケットからスマートフォンを取り出した。そしてタップする。
「京、どこにいる?」
『帰ったとこだよ』
「メシは?」
『今から作る』
「俺はこれから会社を出る。話があるからそのまま待っとけ。じゃあ」
えーー! という非難の声が聞こえてくるが、和眞は電話を切ってスマートフォンをポケットに戻した。
「相棒で副社長をやってる池谷京だ。頭も切れるし顔も広い。けど、料理しながら酒を飲むから、料理ができた時には本人もできあがっている」
樹はどうして和眞がいきなり京に電話をかけ、さらにそのことを説明するのかわからない様子でぽかんとなっている。それは幼さを感じさせる高校生らしい表情だった。
「君の提案に乗らせてもらう」
「え」
「璃桜を納得する良い方法がないか思案していたところだった。地獄で仏じゃないが、俺にとっては渡りに船だ。俺が必要とした時、そっちの情報を流し、指示に従って工作してくれ。いいな」
呆けた顔をしていた樹生は、和眞の言葉を聞いているうちに見る見る表情を変え、最後には引き締まったそれになった。
「聞いていいですか?」
「ん?」
「姉とのことは遊びではなかったと思っていいんですよね?」
「ああ」
「奪う気でつきあっていたってことですね?」
和眞は傍らに置いているジャケットを掴んで立ち上がった。
「正直に言う。最初は誘われたんだ。いつもの調子で乗った。その時は遊びだった。それなのに、いつの間にか気が変わっていた。今は本気だ。でも、華原君、これだけは言っておく。俺は璃桜を選んだけど、璃桜が俺を選ぶとは限らない。そうなるように万全を尽くだけで、成功しなかった場合は許してほしい」
「……わかりました」
樹生はそう言うと、すっと立ち上がって深々と頭を下げたのだった。
それから約三十分後、自宅に戻ってきた和眞は待ち受けていた京に事情を話した。最初は面白がって聞いていた京だったが、次第に渋い顔になっていった。
「相手が悪いぞ。前にも言ったと思うんだが、坂戸はうちの選挙区だ」
「だからお前に相談したんじゃないか。でなかったら、こんなプライベートなことを人に頼むかよ」
「まぁ、確かに」
「璃桜を攻めるのはだめだ。頑なで絶対にうんとは言わない。破談に持ち込むには、あっちを攻略するしかない」
京は「だがなぁ」と口を尖らせる。
「坂戸淳也は現在父親の私設秘書を務めている。兄貴のほうは政治家になる気はないようだから、こいつが将来地盤を継ぐんだ。未来の先生様ってことだ。華原家のバックアップは喉から手が出るほど欲しいと思うぞ?」
「他に女がいるんだ。そっから切り崩せないかな」
「うーーーん、難しいだろう。その女に情報を流して思惑通り騒いでくれたらいいけど、さっさと身を引けば意味はないし、マスコミに垂れ込んだって、坂戸自身のスキャンダルじゃなくて息子だったら相手にされないと思う。そもそもこのスキャンダル、公になったら華原家のダメージも大きい」
「だよなぁ」
はあ、と肩を落とす和眞に、京は前髪をワシワシ掻きながら天井に顔を向けた。考え事をする時の京の癖だ。
「坂戸の息子をもうちょっと調べないと策は立てられないな。せめて乗り気なのかそうじゃないのか……まぁ、乗り気だけど、それはそれこれはこれ、なんだろうけどな」
「聞くか? 本人に」
「お前が? 無理だろ、誰が答えるかよ」
「そうだよなぁ。弟に行かせるか?」
「一緒だ。義理の弟には歓迎されてないって思うだけだ」
「うーーん」
頭を抱える和眞を横目に見ながら、もう一度前髪をワシワシしながら視線を泳がせる。しばらく天井を睨むように眺め、それから腕を組んだ。
「やっぱり、交際を続けているって女との関係がカギかもな。もし入れ込んでいるならここが泣き所になるかもしれない。唆して、女と駆け落ちさせるって手かも」
「唆して、ねぇ」
「俺の知り合いに頼めば仕事を与えてやれる。まぁ、アメリカだけどさ」
和眞はチラリと京を流し見た。
「なぁ、和眞、ここは正面突撃してみたらどうだ?」
「正面突撃?」
「おお。お前はさ、俺みたいなその他大勢のモブじゃない。特権カードを持ってる。そのカードは存外政治家に効くかもしれない」
「どういう意味?」
「キツネになるんだよ」
その言葉に和眞は眉間にしわを寄せ、口元を歪めた。京の言葉の意味を察したのだ。
虎の威を借りる狐――松阪グループ創業家の跡取りという立場を利用する。
「お前が常々嫌がってる実家権威を使う。将来、松阪グループが協力するから、ここは譲ってくれって交渉する。向こうからしたら、華原グループも松阪グループも似たようなもんだが、嫁を通して実家の権威や金を引っ張るより、直接握っている松阪グループのトップと懇意になるほうが得かもしれないって思わせられたら脈はあるかもしれない。しかも親から与えられた筋じゃなく、自分が自ら得た松阪和眞の弱みならなおさら心強い」
和眞の顔がますます嫌そうに変化していくのを京は面白がっているようで、いつの間にか笑みが浮かんでいる。
「とにかく、そいつの女がどんな感じか調べないとな。ちょっと時間をくれ。それから、金も」
「了解。頼りになるよ、策士殿」
「お互い様だ。でもまさか、あのおとなしそうな華原さんがお前を誘惑ねぇ。それでもって百戦錬磨の遊び人のお前をやり込めるんだから世の中面白いねぇ」
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