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しおりを挟む柔らかい絨毯の上をそっと足音を立てないように歩く。先程まで隣で眠っていた愛しい人にもう一度目をやる。本当はもう一度触れたい。でも…ダメだ。自分に強く言い聞かせ、止まっていた足を動かす。ドアノブにそっと手を伸ばすと指先に冷たさが伝わってきた。
「また消えるのか?俺の前から。何も言わずに!!」
怒気をはらんだ厳しい咎めるような口調。ベッドから起き上がり、刺さんばかりの視線で俺を射貫くオーランド様。見つかってしまった。気配を絶つのは得意なはずなんだけどな…何時もならしない様な失敗に苦笑する。
「オーランド様…あなたと想い合えて嬉しかった。それだけで…俺にはそれだけで充分です」
ドアノブに視線を戻し会話をする。もう一度オーランド様の姿を見たら飛び込んで抱き着いてしまいそうだ。
「何故だ?!俺の事が好きなら…何故俺から離れる?!」
「前にも…娼館でも言いましたが、俺とオーランド様では身分が違い過ぎます。俺の様な者が傍にいては…ダメなんです…相応しくないから…」
オーランド様に好いてもらえて体まで重ねた。これ以上の幸せを願ったら…。俺はきっとダメになってしまう。諜報部員でなくなったら俺の居場所は無くなってしまう。元々は攫われ奴隷として売られる一歩手前でメンル様に救い出された。帰る場所も行くあてもない俺をメンル様は諜報部員として育ててくれた。親の顔なんて覚えてもいない。俺には何も無い。だから高位貴族のオーランド様とは最初から釣り合うはずも無かった。
一年。一年後には俺は居なくなる。だから全力で恋をしてみようと思った。叶わないと思ってたのに…諦めたはずなのに…。今は…想いが通じた事がこんなにも辛いなんて…。胸が苦しい…苦しいよ…オーランド様。
ドアノブに触れた指先が震える。早く、早く部屋から出ないと…一歩足を踏み出すだけ、そうすれば前の様に俺は…俺は…。
「行くな」
大きくて逞しい腕に優しく包まれる。もふもふだ…。温かいな…。少しだけ…最後だから…そう思ってた引き締まった体に体重を預けた。力が籠る腕に嬉しさが込み上げてくる。馬鹿だな俺…。こんな事したら後を引きずるだけなのに。暫くオーランド様の温もりを堪能し、ポンポンと小さく腕を叩く。これ以上は本当にダメだ。
「オーランド様…離してッ…」
会話を最後まで言い終わる前に、無理やり顔を掴まれ息も出来ないような激しいキスをされた。見開いた目にオーランド様の姿が映る。怒って…ない?
「ルイ。お前が逃げるならば俺は地の果てまで追いかけ捕まえるまでだ」
「どぅ…して…」
「お前が傍に居ないなど考えられない。出会う前などに戻れるはずがない。お前の居場所は俺の隣だろう?」
オーランド様…どうして俺の欲しい言葉をそんな簡単に言ってくれるんですか…かっこよすぎです…。好きになるなって方が無理でしょ…。目に涙が溢れてくる。ペロッ。オーランド様が零れ落ちる雫を一つ一つ舐めとってくれた。
「また泣かせてしまったな。だが、俺以外に泣かされる事は許さん。ルイを泣かせていいのは俺だけだ」
「オーランド様!!」
ギュウギュウとオーランド様に抱き着きもふもふに埋もれる。大好き…自分にだけ聞こえる程の声で呟いた。
*
「はぁー。例の貴族は捕らえたがな、他にも捕えられるはずの奴等は野放しのままだ」
俺は今、メンル様に懇々と説教をされています。確かに任務を途中で放棄しちゃったし、全面的に悪いのは俺なんですけど、とにかく怖い。メンル様のオーラがどす黒い。
「まぁーいい。諜報部なりの尋問で問い詰めればすぐにでも吐くだろう。それとルイ。お前は今日を以て諜報部の任を解く。後は好きにしろ」
「へっ?そっ、それって…」
てっきり懲罰も覚悟してたし、なんなら激務につかされると思ってたから拍子抜けしてしまった…。えっ…俺、いきなりの無職ですか…?
「メッ、メンル様?!次の職を斡旋してくれるとか…その…ないんですかね…?あはは…」
あぁーヤバイ。目で人が殺せるとはこの事か。ミスったなー。会話の方向間違えたわ…。
「次の職だと?」
顎をしゃくり示した先を見ると、壁にもたれかかったオーランド様と目があった。いつの間に部屋の中に?!
「へっ…オーランド様?!どうしてここに…?」
訳が分からない俺を他所に、オーランド様は俺を横抱きにして軽々と抱えた。
「ルイの職は決まっている。今日から俺の妻だ」
へっ?
「つま?」
ふっ、笑いを耐えるような声が漏れる。
「そう。妻だ。最初の仕事はそうだな…お弁当を作ってくれるか?」
「お弁当を…」
つまり…俺は…俺は…オーランド様の花嫁って事…?言葉の意味を理解し、ボッ、顔が熟したトマトのように真っ赤に染まる。
「ふんッ!!」
さも面白くないと言いたげにメンル様は椅子をくるっと回転させ背を向けてしまった。
「メンル様…」
「部外者はさっさと出ていけ!!」
俺の耳としっぽはオーランド様に抱かれているのにシュンと垂れてしまった。部外者…突き放された様な物言いに心が痛む。メンル様…俺の師であり、上司であり…親代わりな大切な人…。
「幸せになってこい。たまには顔を出せ」
「メンルざまぁ────!!」
その言葉を聞いて俺の涙腺は崩壊した。今度はメンル様にもお弁当持ってきますからね…。
グズッ、グズッ。
オーランド様の家に行く道中でも俺の涙は止まらない。横抱きにされたままなので、オーランド様のシャツは俺の涙と鼻水でビショビショだ。
「ルイ。だめだろう?」
少し責めるような口調に顔を上げる。何がですか?と言葉に出さずに目で問い掛けた。
「俺以外に泣かさせれる事は許さんと言ったはずだ。そうそうに約束を破って」
へっ?だってこれは…いわば親子の別れ…感動の涙だよ?!
「オーランド様…この涙は…」
必死に違いますと言い訳をしようとするが、会話を遮られてしまった。
「泣いた事は事実だ。妻なのだから夜の営みも頑張らないとな。今日は約束を破るとどうなるのか体に教えないとダメだな。最初が肝心だ」
先程と同じ咎めるような口調なのに、壊れ物を扱う様にそっと俺の頬に手を添える。自分の心臓の音がやけに煩く聞こえる。
「オーランド様。優しく教えて欲しいです。最初が肝心ですから」
頬に添えられた手に、自分の手を重ね。少しだけお強請りをする。オーランド様、俺の大切な居場所。俺も貴方と一緒に愛を育んでいけるような居場所で在りたい。
「オーランド様、好きです。大好きです!!」
[完]
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になってましたが
こんな寝間着じゃ外に出れない では?
ありがとうございます!!無事に完結致しました!!
メンル様はツンデレ要素を含んでますからね…
好きになって貰えて嬉しいです!!ルイもメンル様がなんだかんだ言って好きですから(^^♪
最後までお付き合いいただきありがとうございました!!