「おれの姫は美少女剣士、ただし『突発性・沸騰派』」 随時更新してます💛

中野 翠陽(なかの みはる)

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第6章「この道はどこへ?」

第71話「『聖なる森』にて剣呑な呪文が炸裂する」

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(UnsplashのKazuo otaが撮影)

 夜の森は、不思議な音で満ちていた。
 夜鳥が鳴く声やメタゼの葉がこすれあう音。
 かすかな月明かりのもと、クルティカはゆっくりと『聖なる森』へ踏み入った。

 しかたがない、ほかに行くところがないのだ。
 王都を追われ、次第に進行する右手の黒化に苦しみながら、
 『西の町城』へたどり着いたのもつかの間、住処だった酒場『二頭のクマ亭』は焼けた。

 旅を共にしてきた癒し手、リデルは謎の美少女シシドと拉致され、
 金茶モフモフ、仔グマのバイ・ベアと美貌の男ニキシカは、
 酒場とともにどうなったのかわからない。

 頼りにしていたアデム団長は王都から逃げ出し、大けがを負っているという。
 敬愛するアデム団長のため、クルティカの運命の幼なじみは
 守護魔獣とともにホツェル街道へ飛んだ。

 ひとりだ、とクルティカは改めて思った。
 よくよく考えれば、物心がついてからクルティカは一人きりになったことがない。

 先の内乱のために両親を失ったクルティカとロウ=レイは、ケネス王子のもとで遊撃軍を指揮していたアデムに拾われた戦災孤児。
 以来、アデムの庇護のもと遊撃軍、ひいては蒼天騎士団の中で育てられた。
 生粋の騎士団っ子なのだ。

 いつも、誰かがそばにいた。
 大人が、騎士が、遊撃軍が同じような境遇の子どもたちの集団が共にいた。

 そして、ロウ=レイが。
 クルティカの運命の幼なじみ、あの『突発性沸騰派』がいつだって、一緒にいたのだ。
 だからこんなふうに、一人きりで夜の森にいたことはない。

 周囲に気を配りつつ、ゆるやかに歩くクルティカの後ろには薄い影がついてくるだけだ。
 不安だった。
 踏みつけている星イバラが、昔話の悪い幽鬼のように足にまとわりつくようだ。
 人間を生死の境にある暗い世界に引きずり込むという幽鬼の姿……。

 クルティカは、自分を鼓舞するために声をだした。

「……とにかく、今日はここで夜を越えなきゃな」

 メタゼの巨木を見つけたクルティカは、根元に座り込んだ。
 月光が、あわくさしこむ。緑の葉をつけた木々が、墓標のように並んでいた。
 クルティカは、がくりと頭をたれた。


「どうしたらいいんだ。なにもわからないよ」

 夜がゆっくりと傾いていく。
 武器代わりの枝を脇に置き、静かに呼吸を整えた。
 息を整えることで、身のうちが静まってくる。
 脳裏に空間ができ、冴え冴えとした光が満ちてくる。

 クルティカはふと、言葉を口にのせた。

「『フルクトゥト・ネック・メネギット
  ヴィト、ユニ……ユニ……』??」

 シシドに教えられた呪文だ。
 バイ・ベアによれば『双頭の龍』の護り手が『覚醒』するための呪文だそうだが……。
 クルティカが半分だった呪文を最後までつぶやく。

「『フルクトゥト・ネック・メネギット
  ヴィト、ユニ・フォルティオ』……!」

 その瞬間、夜雲の向こうから不穏な音が聞こえはじめた。
 低く、うねるような雷の音……。
 突然、風が吹いてあたりの枝葉を巻き上げた。クルティカ自身も吹き飛びそうになる。
 メタゼの木にしがみついて必死にこらえた。

「……なんだ、これ……?」

 風はみるみる強くなり、不穏な音は、明らかに嵐の予感となって鳴り響いた。

「まいったな。身を隠す場所さえないのに、嵐とは……!」 

 ふいに、すさまじい轟音とともに天から火柱が落ちてきた。
 雷だ。大粒の雨も強風のなかで刃のごとく、暴れまわる。
 クルティカはもう必死でメタゼの幹にしがみつく。

 轟音の中、かすかな歌が聞こえてきた。


『……われら、たゆたえども沈まず……
 団結が、汝を呼び出す……』
 
「だれだ……っ!?」

 豪風の中、クルティカは目を開けて風の向こうを透かし見た。
 そこには雷鳴と雨粒の上で踊る、美しい女の集団がいた。

 彼女達は強風にあおられもせず、粛々と歌う。

『われら、たゆたえども沈まず
 団結が、汝を呼び出す』

『団結が……』
『汝を呼び出す……』

『団結が……。まだない。まだ』
『呼び出されない、まだ。双頭の龍は、呼び出されない』

 女たちは歌いながら次第に薄れてゆき、同時に雨も風も、雷も止んだ。

 気づけば、クルティカはボキリと折れた枝の横で、茫然と座っていた。
 雨の匂いが強烈だ。
 まるでクルティカの体の中から沸き上がってきたかのような、強烈なにおい。

「なんだったんだ、いまの……」

 雷鳴の名残りが、南の夜空へ消えていく。分厚い黒雲もゆったりと流れ去った。

「だれか、説明してくれよ」

 クルティカにたった一つ分かったことは、この呪文、うかつに使ってはいけないという事だ。
 そして、決してクルティカに利する呪文でも、助けるための呪文でもないという事。

 「ひょっとして『双頭の龍』の『護り手』になるって、ろくでもない事なんじゃないのか……」

 すっかり雨に濡れた体で凍えそうになりつつ、クルティカはぼやいた。
 あの『古龍の呪詛』を受けて以来、クルティカには悪運しかついていないようだ……。

 いま、かろうじて眠りに落ちようとしているクルティカの上には、ほの白い月光だけがこぼれていた。
 味方も仲間も、武器も助けも何もない、一人きりのクルティカの上をゆっくりと月光が横切っていく……。
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