星空の通り道 ―警視庁亜人相談室調査係―

詩方夢那

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第一章 数の暴力は雑魚キャラを最凶にする

亜人の常識、人間の非常識

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「ねー、一回だけだから、一回だけ!」
 席に着いた瀬戸は、隣り合う草薙が伸ばす手を払い除ける。
 瀬戸の髪はやや長く、黒髪の中に珊瑚礁の様な赤と青緑の束が混ざった不思議な色をしている。
「解けなくなるのは御免だよ、君は自分の髪でやらかしているじゃないか」
 草薙は瀬戸の三色の髪を編み込みにしたがっているらしいが、瀬戸はそれを断固拒否している。
「あれは腕が疲れたのが悪いの! 自分の髪を結うのって大変なんだから! それにー、響君の髪の方が絶対きれいに見えるんだって! ちょうど三色有るし」
「そんなに都合よく隣り合ってるわけじゃないんだし、ヘンな所で結われたら、それこそ解けないじゃないか」
 瀬戸はまだ何か言いたげな草薙の口に、手近にあったクッキーを押し込んで黙らせる。
 傍から見れば漫才の様なやり取りだったが、それが繰り広げられているのは警視庁本部の置かれた庁舎の一角である。天野はその光景を目の当たりにして、ただ棒立ちになる事しか出来なかった。
 そんな、天野にしてみれば混沌を極めた状況を打開したのは、勢いよく開かれた扉と、威勢のいい挨拶だった。
「お、来てるな、新人さん」
 執務室に入ってきた体格の良い男は天野に挨拶をしようとするが、無関心そうに座っていた瀬戸が口を開く。
「其処にボケっと立ってるのが天野照彦、山梨県警から来た、ニンフと人間のあいのこだよ」
「そうか、俺は」
「そうそう、この羽生えた筋肉は風見かざみ和枝かずえ、僕の相棒だよ」
「おいおい、着任早々の新入りに“羽生えた筋肉”はねぇだろ」
「実際そうでしょ」
 悪びれもせず肩を竦めて見せる瀬戸に対し、風見は諦めた様な溜息を吐いた。
「そういうわけだ。相棒ともどもよろしくな、天野さんよ」
 風見の晴れ晴れとした笑みに、天野は引き攣った作り笑いで返すのが精いっぱいだった。
「瀬戸君はあぁ言っていますが、風見君はベテランですし、困った事が有れば、文字通りに飛んできてくれますよ」
 武寿賀は茶菓子のマドレーヌを取り出しながら天野を見遣った。
「え?」
「彼は有翼人イカリアスの中でもイェラーキはやぶさですからね」
「はぁ……」
 天野は風見を見遣る。有翼人イカリアスは人間の肩甲骨に当たる部分を起点とする翼を持って
いるが、翼を畳んでいると一見してそれとは分からない。そして天野は、有翼人イカリアス
実際に空を飛んでいる所を見た事が無かった。
「おはようございます」
 天野がぼんやりと考え事をしている間に音も無く扉を開けた人物は、天野のすぐ傍で柔和な挨拶をする。
「あ、お、おはようございます。えっと僕は」
「今日から配属の方、天野さんでしたっけ? 私は望月もちづきこよみ、雑用係の様なものですから、
困った事があればいつでも声をかけて下さい。それより、そちらの椅子に腰掛けて下さいな」
「は、はぁ……」
 天野は促されるまま指定された席に就こうとするが、ふと違和感を覚えた。通常使用されているらしい出入り口は白板のはす向かいに位置している分、廊下側の席である事は自然だったが、白板に近い前方は何らかの役職を持つ職員や、勤務年数の長いベテランの席の様に思われたのだ。
「あの、本当に此処でいいんですか?」
 天野は思わず紅茶と茶菓子のマドレーヌの配膳をする望月に問いかける。
「えぇ、其処ですよ」
 首を傾げながらも、天野が腰を下ろそうとした時だった、静かに開けられた扉の隙間から、無邪気な声が入ってきたのは。
「おはようございます!」
 開けた扉の向こうから姿を現したのは、宝石のような濃い桃色の眸を持った栗毛の、随分と小柄な女性だった。
 その姿を認めるなり、天野は挨拶を返す事すら忘れて絶句した。小柄で栗毛の女性は惜しみないフリルトレースがあしらわれた薄い桃色のジャンパースカートに、白い真珠の様なビーズのあしらわれたブラウスを合わせていた。その様は彼女の小柄さも相まって、さながらフランス人形の様だった。
「あ、貴方が新人さんですね!」
 その女性は天野に対し、人懐こい笑みを浮かべる。
「はじめまして、私は醍醐だいごさくらと申します。よろしくお願いします、天野さん!」
「よ、よろしくお願いします……」
 天野にとっては憧れの場であるはずの空間には似つかわしくない、幼い子供の様に屈託のない態度に天野は
半ば狼狽ろうばいしながら、ぎこちない笑みを浮かべる。
「さて、全員揃った様ですね。では、朝礼を始めましょう」
 天野が醍醐を前にして戸惑っている内に、全員分の紅茶と茶菓子の配膳は終わっていた。そして武寿賀は白板の前の椅子に腰掛け、雑用係を自称していた望月は天野の向かい側、天野にとっては重役が座るはずの椅子に腰掛けていた。
 ――此処に常識は無いらしい。
 新たな部署に配属されて過ごしたわずかな時間で、天野は思い知る事になった。
 ここでは、彼が長年かけて身に着け培ってきた社会人の常識という物は用を為さないのだ、と。
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