星空の通り道 ―警視庁亜人相談室調査係―

詩方夢那

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第一章 数の暴力は雑魚キャラを最凶にする

スライム誘引ビニール袋

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 ――何故、こうも制御が利かず暴れ回るのか。
 武寿賀はひっくり返した水槽を踏みつけてスライムを確保していたが、スライムの暴れる勢いに負け、水槽の一つが壊れてしまった。他の水槽が壊れるのも時間の問題と、武寿賀はスライムを制圧する事を諦め、便器の蓋を下ろして腰を下ろす。配管から外部に出る事が無ければ、どうにかなるだろう、と。
「係長!」
 両手にバケツを持った天野が階段を駆け上がっていた時、武寿賀の目の前で一匹のスライムが投げられたゴムボールの如く激しく跳ね回り始めた。そしてその個体はトイレの扉を突き破り、廊下へと飛び出す。
「外のゼレに水を!」
「ふぇ?」
 スライムが扉を突き破った衝撃に木を取られた天野は、廊下に飛び出し、反動でトイレの扉に二つ目の穴を空けようとするスライムに気付いていない。
「天野君!」
 武寿賀が叫んだ時には、トイレの扉に二つ目の穴が空く。
「どいて!」
 天野に続いてバケツを運んでいた望月は天野を突き飛ばし、一つ目と二つ目の穴の間に三つ目の穴を空けて廊下へと飛び出したスライムに向け、バケツの中身を放った。
「ほら、次!」
 望月は天野からバケツを奪い取り、水を含んで動きがやや鈍ったスライムに二発目の水を浴びせた。
「早く次を汲んできて!」
 呆然と立ち尽くして天野は望月にバケツを押し付けられ、我に蹴った様に来た道を引き返す。
「おじいさま、このスライム、一体どうすればいいの?」
 跳ね回らなくなったスライムにバケツの半分ほどの水をかけ、望月は武寿賀に問いかける。
「バケツに入れられるなら、そのまま詰めてひっくり返しておきたいところですが……バケツも数が多くありません。確認出来る限りの個体に水分を含ませて、使える水槽か何かで確保しておくしかないでしょう。おそらく、媒介物質の分量を間違えているのでしょうから、水分だけでも適正量にしなければ……こうも跳ね回っていると千切れそうですし、そうなると途轍もなく厄介です」
「脱水は出来ないの?」
「ケーロニオンの樹液は固体になると可燃性が高く証拠品が燃えてしまいかねませんし、地球の素材を代替するのであれば、ニトロセルロースという火薬の原料の一種が比較的作りやすく使いやすいだろうと聞いた事も有りますから、どちらにしても水浸しにしておくのが賢明ですね」
 望月は溜息を吐いた。
「この穴から水を流しても効果が有るかしら」
「多少は」
「なら、この水はそちらに流して、次を持ってきます」
「お願いします」
 望月は扉の穴から残りの水をトイレの床に注ぐ。
「こよみさん!」
 望月に声を掛けたのは、天野と入れ替わりでバケツを持ってきた醍醐だった。
「あぁ、桜ちゃん」
「その穴は……」
 扉に開けられた盛大な空白を前に、醍醐は目を瞬いた。
「一匹暴れたの。ただ、丁度いいから、此処からトイレの中に水を流してくれる? 中にもまだ何匹かいるから」
「分かりました」
「それじゃ、また来るわね」
 望月は空になったバケツを手に階段を降りる。
「あぁ、望月さん、その、これ、どのくらい水が要るんですか?」
 両手に満水のバケツを持った天野は望月に問いかける。
「分からないわ。あのスライムは可燃性の樹脂を含んでいるから、十分に水を含ませないと危ないみたいで」
「ひっ……いってきます!」
 可燃性という言葉に悲鳴を上げなら、天野は再び階段を駆け上がる。
「それにしても、このスライム、復活したらどうすれば……」
 干からびた半透明の塊を見遣る望月が呟いた時、庭で井戸のくみ上げをしていた草薙の悲鳴が上がった。
「獲夢ちゃん?」
 望月は慌てて外に出るが、その先に広がっていたのは目を疑う光景だった。
 それは、そこらじゅうの排水溝からはい出し得北と思しき、汚い粘液状の物体が茂った庭木の隙間からこちらへと流れ込んでいるのだ。
「何なのよ! 獲夢ちゃん、中へ!」
「う、うん!」
 草薙を屋内に非難させながら、望月は無線に叫んだ。
「おじいさま! おじいさま! 大変よ、汚いスライムが、庭からこっちに!」
 無線の向こうの武寿賀は、天野に水槽を抑えているようにと言いながら、穴の開いた扉を乱暴に開けて便所から飛び出した。
「イードス・ネロ!」
 掃き出し窓の硝子戸を開けると同時に、普段の武寿賀からは想像できないほどの怒号にも似た脱水の呪文が放たれる。
「あなた達! その固形物を濡れない場所に! 早く!」
 警備に当たっていた警察官に乱暴な指示を出しながら、武寿賀は脱水の呪文を繰り返す。
「何が呼び寄せている……何が……」
 脱水の魔法はさして難しい物では無いが、強烈な悪臭とごみを絡め取ったスライムがひとところに集まり続けるのは苦痛でしかない。武寿賀は点検した屋内を思い起こしながら半透明の干からびたスライムを見渡し、ふと気づく。
「それか」
 分離した水が瞬く間に汚れた塊に再吸収されてしまう混乱の中、武寿賀は硝子戸を閉め切って奥へと急ぐ。そして、水道栓の破綻で水没した風呂場の手前、脱衣所に残されていたビニール袋を拾い集めた。
 ――粉砕する前に媒介メシテーヴォにするための術を掛けているとしたら……。
「フォティア!」
 武寿賀は拾い集めたビニール袋を燃え尽きさせる。そして、黒い花びらのように燃え尽きたビニール袋の残骸をまき散らしながら掃き出し窓へと引き返す。
「イードス・ネロ!」
 汚いスライムの残党を脱水し、武寿賀は周囲を見回した。
「どうやら、治まったようですね……」
 後ろ手に掃き出し窓を閉めながら、武寿賀は異臭を放つスライムの残骸が積み上がった玄関先へと向かう。
「あの、これ、凄く臭いんですけど……これは証拠」
「下がって下さい」
 干からびたスライムの残骸を回収させられ、不快感を表情に隠さない警察官の問いを武寿賀は退けた。
「フォティア!」
「うわぁ!」
 玄関先に積まれた異臭を放つ物体は、一瞬にして赤い炎に包まれ、警察官はこの世の終わりを目の当たりにしたかのような悲鳴を上げる。だが、燃え上がると同時に炎は消え、残ったのは黒い粉塵の山だった。
「元は海藻のぬめりの主成分でしょうから、ヘドロと一緒に始末しておいて下さい」
 目を丸くしたまま立ち尽くす警察官を背に、武寿賀は再び掃き出し窓から屋内へと戻る。
 トイレの中でうごめく証拠品のスライムを、どうやって始末するかを思案しながら。
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