幸せな人生を目指して

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第9章 愁いのロストフラグメント

22 呼び声…レヴィside

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長い夢を見ていた――。


気が付けば何もない、ただ真っ暗な闇の中に立っていた。
見渡す限りの闇で、音も風もない、寒くも暑くもない本当に何もない空間。そこに一人きり。
それでも不思議と感情は動かず、怖いとも思わなかった。
そしてふと、どうして俺はこんなところにいるのだろうと思い返す。

確か…、そうだ俺は……。

少し考えれば蘇る暗い記憶。


兄と言い争いになったんだ。いや、一方的に俺が言いたい放題言っていたのだから表現が少し違うか。
と思ったところで無感情だった心に罪悪感と後悔の念が押し寄せてくる。胸を締め付けられるほどの後悔が。

いくら苛立っていたとしても、気に入らなかったとしても、実の兄に対してあまりにもな言い草。決して言ってはならない言葉だった。
それなのにあの時は感情を上手くコントロール出来なくて、理不尽にも言葉の暴力を兄にふるってしまったわけで。それを思い返すだけで自分を殴りたくなるが、もう遅かった。一度放ってしまった言葉は取り消せない。後には後悔しか残らないのだ。


兄様は俺の態度に腹を立てる事もなく、特段反論もしてこなかったけれど、俺の心無い言葉に内心傷ついただろうか…。そうだとしたら本当に合わせる顔がない。

いつもそうだ。本音とは違う事を、思ってもいない事を口走ってしまい後悔する。虚勢を張ってしまう。その繰り返しで全く学んでいないな。

エルにだってそうだ。こんな俺にも笑顔で話しかけてくれる数少ない友人。彼女が俺を大事に思ってくれているのは何となく分かっていた。彼女を見ていれば気が付く。
でもだからこそ、俺も彼女を大事にしたい。それなのに口から出るのはいつだって正反対の言葉ばかりと言う有様で。
そのせいで何度彼女の顔を曇らせたか最早分からなかった。流石に本人の前では言えないがそれでも俺は、エルにはいつだって笑っていてほしいと思っているのだから。それなのに俺のせいで……。



この闇からも抜け出せない。夢だろうけれど覚める気配もない。
こんなにもネガティブな思考になってしまうのも、この空間の影響かもしれないが、どうする事も出来ない。

これは今までの俺の行いに対する報いなのだろうか?とすら思ってしまう始末だった。


しかしそう考えたところで突然自分の中に恐怖心が芽生える。
この何処までも続く暗い闇は、俺を閉じ込め、その内俺を飲み込んでしまうのではないかと、冷静に考えれば馬鹿げているのにそんな事を思ってしまって、心臓もバクバクとうるさい。冷静さが欠けてしまっている今の状態では、馬鹿げていると一蹴する事も出来なかった。

このままここから出られなかったらどうしよう……。

そんな思いばかりが頭を駆け巡る。そして心は焦る一方。
しかもそれに比例するように、比較的はっきりしていた意識も闇に引きずられるかのように朦朧として来た。
焦る中でも必死に意識を保とうと試みるのに、それを嘲笑うかのように意識は沈んでいく。
眠気などないのに、何かが強制的に俺を眠らせようとしてきているような、そんな感覚で。得体の知れないその何か、にも怖くなる。

けれどここで意識を手放してしまえば、もしかしたらもう二度と目覚める事は出来ないかもしれない……。
その不安と恐怖が頭を支配する。

そして抵抗も虚しくとうとう体から力が抜けてしまった。意識を持っていかれる。

意識が途切れるその瞬間、思い浮かんだのは兄様や家族ではなかった。先程思いを馳せていた俺の大切な友人、エルシアの眩しい笑顔だった。




それからどれくらい経っただろうか。

ふと何かが聞こえてくる。その音に反応するかのように、俺の沈んでいた意識もゆっくりと浮上する。

何を言っているのかまでは聞き取れないものの、一音一音丁寧に音を紡いでいるらしく、何となく歌のような気がした。

こんな時に歌…?

そうして集中してみれば、それは誰かが紡ぐ美しい歌声となって俺の耳に届く。とても心地が良くなるような、誰もが聞き惚れるような旋律で。

未だ頭に靄が掛かったようにぼーっとするけれど、それでも思考が出来るくらいには感覚が戻って来た。

歌声が聞こえてきてからだ。もしかしてこの歌のお陰なのか?一体誰が歌っているのだろう?

と次々と疑問が浮かんだが、それと同時にどういう訳かエルの顔も頭に浮かぶ。姿を見た訳でもないのに、この美しい歌声を持つ人物が彼女なのでは、そう思ってしまう。
それに加え、彼女が楽しそうにのびのびと歌を口ずさむ姿が、まるで見て来たかのように勝手に脳裏に浮かんだ。

状況が状況だけに都合良く自分の頭が見せた幻覚だろう、と最初は思ったのだが、しかし何故か無性に泣きくなるのはどうしてだろう……。
困惑する俺の事等お構いなしに目の前が霞む。俺の意思とは異なり、耐えきれなかった雫が次から次へと目から零れ落ちていった。

一体何だって言うんだ……。何故こんなにも涙が溢れてくるんだ……。

悲しいのか嬉しいのか最早分からない、大きな感情が俺を襲った。


そんな時だった。その声がしたのは。

――レヴィ

情けなくなりぐっと雑に涙を拭っていると、低いが良く通った男性の声が聞こえてきた。

この声…!

その声に一早く反応した俺は涙もそのままに勢いよく顔を上げる。
聞き覚えのありすぎるその音。今のは間違いなく兄、ルドルフの声だったのだ。

しかし見渡してみても周囲に変化はなく真っ暗闇で、期待した兄の姿もどこにも見当たらなかった。
その事に、幻聴なのかと気を落としそうになった時、

――レヴィッ!

また兄の声が聞こえた。今度は先程よりも大きな声で。それが俺を呼ぶ。

「兄上っ!どこにいるんだ!!」

今度は間違いなく聞こえた兄の声に、俺も精一杯返事を返す。例え遠くにいたとしても俺の声が届くように声を張って。

――レヴィ!!

そしてもう一度更に大きな声で名前を呼ばれ、俺ははっと後ろを振り返る――――とそこに探し求めていた兄の姿があった。

とは言ってもはっきりとその姿が見えている訳ではなく、霧がかっているようにぼんやりとしている。
それでもそこに立っている人物が自分の兄である事、そして彼がいつにもまして焦った顔で俺を呼んでいる、という事が不思議と分かったのだった。


「…兄…上……?」

そこにいるのが兄であると変な自身があると言うのに、いざ口から出た言葉は震えていた。でも相手には届いたらしい。

「…レヴィ!」

俺の声を拾い上げ、兄が俺の方へすかさず近づく。
そして立ち尽くしたままの俺は目の前に迫った兄に些か強引に腕を引かれる。そしてあっと思う間もなく、次に目を開いた時にはその力強い腕の中に体がすっぽりと収まっていた。

「レヴィ…」

また名前を呼ばれた。俺ほどではないが、少し声が震えていた気もする。

「兄上……」

けれど今はそんな事どうでも良かった。

例え夢であっても今はこうして兄がいる。

突然投げ出された闇しかない世界に一人。それは自分が思っていたよりも心細かったらしい。兄の存在にほっとする自分がいた。

「もう大丈夫だ、レヴィ。一緒に帰ろう」

抱きしめられたまま告げられたその言葉に、冷え切っていた心が温かくなる。

この暗闇からどうしたら抜け出せるのか、正直分からなくて不安だった。
でも兄上が一緒に帰ろうと、そう言ってくれるだけで帰れるような気がする。

帰りたい。それに今無性に彼女にも会いたい。またあの優しい笑顔を見たい。そんな風にも思い、いつもは荒れている心が今は穏やかになるのだった。

だから早々にこんな世界からはおさらばだ、と強い気持ちで俺も帰ると伝える為口を開きかけたその時―――――突然頭に激痛が走る。
一体何だ、と考える暇もなく、あまりの激痛に頭が割れてしまうのではないかと思ってしまう程で、それは俺の思考を邪魔するように痛みも増していった。

「うっ…ぐああ……っ!」

もうなりふり構っていられなかった。

耐えきれなくなり口からは声が漏れ、兄の腕から逃れるように力任せに腕を振り回す。そして兄から離れるとそのまま頭を抱えて半ば崩れる形でその場に蹲った。

「レヴィ!レヴィッ!!しっかりしろ!!」

俺が痛みに耐えている間、絶え間なく兄の声が振って来る。
態とではないが拒絶するような態度を取ってしまった俺を咎めるでもなく、兄上はもう一度俺の傍に来て膝を付く。そして返事が出来ない俺の肩を強く掴みながら必死に声を上げた。

その様に申し訳なく思うが、何かを少しでも考えるとガンガンと耐えられない程の痛みが襲って来て、それを耐えるのに手一杯になってしまう。


更に追い打ちをかけるように、意識がまた沈み始めてしまう。

だが今度は先程とは違った。

何か得体の知れない黒い靄のようなものが、俺の体から溢れ出したのだ。それはまるで意思があるかのように自然とは違う動きで、俺と兄上を二人諸共飲み込もうとしていた。

これは流石にまずいと警鐘が鳴る。

最悪な事になる前にと、俺は今出せる精一杯の力で兄上の体を押しのけた。咄嗟の事で兄上も予想出来なかっただろう。
押した力はお世辞にも強いとは言えなかったが、それでも俺から溢れる黒い物から遠ざける事が出来た。

それに安堵し息を吐いたのも束の間、それで気が緩んだのを狙っていたかのように、またしてもガンガンとした鋭い痛みが頭を襲う。

正体不明の何者かに好き勝手コントロールされているような、そんな不快感を感じたが、最早抵抗も出来ずに意識が落ちていく。



その時、またあの歌声が微かに聞こえて来た。

――レヴィ君

兄上とは違う声。高く透き通るような声が俺を呼ぶ。

その頃には既に目は閉じられ、ほんの少しある意識を保っているような状態だったが、確かに俺は彼女の声を聞いた。

――レヴィ君!

もう一度呼ばれたその声に、俺は鉛のように重くなっていた体をほぼ気力で動かし、導かれるようにして力なく自身の手を伸ばした。

すると瞼の向こうに光を感じる。暗闇に一筋の光が射したような。

その僅かな光が肌に当たり、俺の冷たい体を温めてくれているような気さえする。



――帰りましょう、一緒に


更に優しい声が降り注ぎ、それだけで心が救われた気がするのだから不思議な話だった。

また泣きたくなってしまう。



こんなにも情けない奴の手を、彼女は掴んでくれるだろうか……。

そんな不安と一縷の望みを抱き、それでも俺は天に向かって手を伸ばす。



けれど心配は要らなかった。

彼女の手が触れ、繋がれた場所からは温もりを感じられる。
そしてそれが全身に伝わったと同時に、闇しかなかった世界が、霧が晴れるように真っ白に染まっていく。それを瞼越しに感じ取った。

けれど残念な事にそこで俺の意識が完全に途切れる。でももう怖いとは思わなかった。だって今も彼女の手の温もりが残っているのだから。
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