幸せな人生を目指して

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第10章 アマビリスの乙女

26 後始末

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「姉様!フランさん!」

「……大丈夫よ、エル。ちょっと疲れちゃっただけだから」

二人の傍へ駆けよれば、今にも倒れてしまいそうな姉様と、それを傍らで支えるものの、やはり全快ではないのか顔色が悪く見えるフランさん。

意識はあるものの、二人して疲労困憊。
先程までは勝つか負けるか、もっと言ってしまえば生きるか死ぬかの戦いだったから、体に蓄積されていた疲労になんて意識が向かなかっただけで、本当は限界なんてとっくに超えていたのだ。

あれだけの攻防だったのだ。戦闘に決着が着いたことに安心して、肩の力が抜けてしまうのも無理はない。
これだけ激しい戦闘だったにも関わらず、今、この場で誰も失わずに済んだ事にも心底安心している自分がいる。

とは言え、全てが終わったわけではなく、まだまだ後始末が残っているのを忘れてはいけないが。

ひとまずは――。


「レヴィ君、姉様に治癒をお願いできますか?
私はフランさんを――」

「分かった」

流石レヴィ君。察し能力が今日も輝いている。今の一言のみで意図を汲んでくれたらしい。

レヴィ君は何て事なさ気に、いつもの事と言わんばかりの顔で頷くと、フランさんに支えられた姉様の傍へ近づき、彼と共に彼女を支えながらゆっくりとその場に横たわらせる。
フランさんが静かに見守る中、レヴィ君は姉様の横に膝をつくと手を翳し、淡々と治癒を始めた。

その間、本当ならばフランさんには姉様の傍にいてほしい気持ちはあったのだが、彼は彼でもういつ倒れてもおかしくない状態である。
しかも彼の場合は疲労だけではない。

そんな訳で彼には申し訳ないが、一時姉様からは離れてもらい、治癒魔法の他にウルの癒しの力も施そうと考えついたのだった。

「フランさん、ではこちらに来ていただけますか?」

治癒魔法だけではなく、更にウルの癒しの力を借りるとなれば、なるべく早く済ませた方が良いだろう。色々な意味で。

という事で早速彼には姉様達から離れた場所に来てもらった。

「これから貴方にも治癒魔法を施しますので、こちらに座って楽にしていて下さい。
それとこれはお願いなのですが、私が治癒魔法を施している間は後ろを向いていて欲しいのです。
フランさんも知っての通り、治癒魔法は繊細な魔法です。集中力がいる作業なのでどうかお願いします」

ウルの力を見せる訳にはいかない、と言うのが一番の理由だけど、治癒魔法には集中力が必要、と言うのも本当だから、別に嘘はついていない。

「分かった」

彼も彼で言葉を疑う素振りもなく、私のお願い通りに背を向けるとその場に座って見せる。

「いえ。では始めますね」

私も地面に膝をつける体制をとると、両手をフランさんの背中に当てて――

『ウル、お願いします』

『ええ、任せてちょうだい、エルちゃん!』

心の中で小さな精霊に語りかけると、可愛らしい声で彼女から二つ返事の答えが返ってくるのだった。




ウルには癒しの力がある。
しかしそれを貸して欲しいなんて、烏滸がましいにも程がある。それでも偉大な精霊である彼女は、とても軽いノリでその力を私に分け与えてくれる。

そんな慈悲深く優しい光の精霊に、私は心の底から感謝の言葉を心中で述べるのだった。


今の私の手からは治癒魔法と見せかけた、ウルの癒しの力が溢れ、それがウルから私、そしてフランさんの体へとゆっくりと流れていく。

ウルの姿を目で捉える事は出来ないが、流れて来る力がとても暖かくて何だか涙が出そうだった。




『ありがとうございます、ウル。後は私だけでも大丈夫です』

『分かったわ。エルちゃんも疲れているのだから無理はしないでね』

『はい。ありがとうございます』

時間は思ったよりもかかったが、漸くフランさんの体を蝕んでいた瘴気の残り香を、ウルの力をもってして浄化し終え、力を分け与えてくれていたウルには感謝と共に、もう大丈夫だと告げる。

さて、後は物理的に出来た体の擦り傷等を治すのみ。
気を入れ直し再度気持ちを集中させると、今度は治癒魔法に取りかかる。




「…ふう。お疲れ様です。これで擦り傷などの外傷は治したので、もう大丈夫かとは思いますが……、体はどうですか?」

細かい擦り傷もしっかりと治癒魔法で治し終えると、私は彼に向き直り尋ねた。
まあこちらを見上げたフランさんを見る限り、最初の頃より断然に顔色が良くなっていたので心配はしていないが、一応本人からも状態の確認はしておきたかった。

「とても楽になったよ。本当にありがとう、エルシアちゃん。
それにしても、この短時間でここまでの治癒魔法を施させるとは、本当に君は凄い才能を持っている」

「お褒めに預かり光栄です。でもフランさんも同じく才能にあふれた凄い魔法使いでしょう?」

尊敬する学院の先輩に手放しで褒められるのは嬉しい。が、彼も彼でとても優秀な生徒の一人である。

そんな彼が学院で一目置かれている理由が今回の件でも良く分かる。何て言っても彼は本当に良い人なのだ。
だからこそ姉様ともとてもお似合だなと思うし、仲睦まじい様子を見て知っている私からして、二人には本当に幸せになって欲しいと思うのだ。

それに未来でフランさんは私の義兄となる立場だろうし、純粋に妹として仲良くしてもらいたいのだ。

義兄様と呼べる日が待ち遠しいな。


「フランさん、一通り治癒魔法は施しましたが、暫くは安静にしていて下さいね。
貴方にもしもの事があったら、姉様が凄く悲しみますし、私も同じく心配なので」

「分かった、肝に銘じておくよ。
今回の件で僕はアメリアにとても心配をかけてしまったし、迷惑もかけた。本当に反省しているよ。
もう彼女を悲しませる事は絶対にしない。アメリアにはずっと笑っていて欲しいからね」

まるでその言葉はプロポーズのようで、当事者でもない私ですらポウッと聞き入ってしまう。
揶揄うつもりも微塵もないが、終いにはだらしなくも、にやにやと表情が緩んでしまう始末。

かなりはしたない顔をしている自覚はあるが、こんなにも微笑ましいものを見せつけられたら、精神年齢が彼等より上であろうとも、平常心を保つのは難しいのである。

私の温かい視線に気づいたフランさんが、一瞬にして頬を赤くして慌てた顔で、

「ア、アメリアには言わないでくれ…っ」

なんて必死に言ってくるものだから、つい可愛い人だなと思ってしまったり。


「ふふ、分かってますよ。
今のはちゃんと姉様に言ってあげて下さいね。
さあもう体の方は大分良くなったと思うので、姉様のところへ行ってあげて下さい。
私がいる手前、弱音を吐きませんが姉様、フランさんの事凄く心配していたし、恐らく今でも不安な気持ちはあるでしょうから」

「ああ。本当にありがとう、エルシアちゃん。また改めてこのお礼はさせて頂くよ」

漸く普段通りの紳士然とした雰囲気に戻ったフランさんは、私に丁寧に頭を下げると踵を返し、大切な人の元へと戻って行く。
私はその背中を微笑ましく見送ったのだった。





あれだけの騒ぎだったにも関わらず、その後、事態が終息するのは思ったよりも早かった。

今回の一件で瘴気が発生した事、そこから魔族と言う存在が絡んでいる可能性があった事等、騒動の件は王宮にも報告が入り、一時騒ぎになったのはまだ記憶に新しい。
ただ国王陛下の迅速な計らいにより、箝口令が敷かれ、この一件が変に外に広がる事がなかったのは不幸中の幸いと言えるだろう。

伯爵邸での件も相当世間の話題になるのだが、更にその裏には魔族が絡んでいるかもしれない、なんて人々の混乱を招くだけでは済まされない。
今回の事件に関わった私達、そして王国に住む民のどちらをも守る為の措置を陛下はして下さったという事で。
本当になんとお礼を申し上げたら良いのか。

そんな事があり、まだこれだけなら良かったものの、もう一つ問題が浮上する。――そうアルフレッド殿下だ。

王宮にこの話がいった時点で、何となく予想はしていたとは言え、流石は殿下。
電光石火の如く、久々に私の前に現れたかと思えば、失礼ではあったがこちらの顔が引き攣る程の勢いで迫って来て、今回の件を詳しく聞かせろとか、怪我はなかったかとか、また無茶したのかとか、色々根掘り葉掘り質問詰めに合い、長々と説教をされた挙句、最終的には一国の王太子に泣きつかれそうになり、こちらの方が顔を青くする展開になった。

まあ確かに心配はかけたし、迷惑もかけた事は本当に申し訳ないと思っているので、そこは素直に謝罪をすると、殿下も段々と落ち着きを取り戻していき、世の令嬢を魅了する笑顔を咲かせて通常運転に戻ったのだった。

全く人騒がせな、と自分の事は棚に上げて思ってしまったのは、殿下には秘密だ。


心配と言えば今回の一件に関わり、戦闘に参加しなかったけれど頼もしい仲間達にも、一件落着と邸に帰って来るなりボロボロの私達を見て、大いに心配し、抱き着かれ、質問詰めにもあい、更にはいつも温厚だった母様にも流石に怒られ、感極まり泣き出してしまった私と、それを見て何故か一緒になって泣きだした父様等々、最早収拾がつかなかった。

まあその後ちゃんと落ち着いてから騒動の話はしたし、公には出来ない、魔族の話も皆には包み隠さず全てを話した。
それを聞いて声もなく驚く面々。でもその反応は尤もで。それだけ魔族と言う存在は大きく脅威なのだ。

とりあえず報告後、私、姉様、レヴィ君、フランさん達は、療養をという事でほぼ隔離に近かったが、各々邸でゆっくりと数日過ごしたのだった。




なんとまあ怒涛の日々で、正直ベラ先輩と対峙した時よりも疲弊したかもしれない。精神面的に。

そうそう、ベラ先輩の事だけど、勿論何もお咎めなしと言う訳もなく、しかし今回の一連の元凶は先輩を裏で良いように操っていた‘‘商人‘‘と言われていた連中であり、彼女はその思惑にまんまと嵌められ、利用されただけなのだと、同じく現場にいたテオ先輩が証言してくれた事もあり、暫くの謹慎、と言う名の療養の期間が設けられる事となった。

今のベラ先輩は自分の事で手一杯で、この処遇を下した陛下の寛大な判断にも気づかないかもしれないが、これだけの騒ぎを起こしてこの処罰だけで済んだ事が、どれだけ有難い事なのかしっかりと考えて貰わなくては困る。

とは言え、謹慎を言い渡されたベラ先輩に直接会う事も出来ない為、報告でしか彼女の様子は分からないのだが、けれど報告から、先輩はしっかりと猛省しているとのことだったので、学院に帰って来た時には更生していて、仲良くとまではいかなくとも、普通に話せるようになれれば良いなと少し思ったのだった。
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