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第11章 紅姫と四黎公

6 夜の襲来…ルリアーナside

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呼びかけに応え集まった四藜公と妾はその日の夜、重大な話し合いを行っていた。
内容は言わずもがな魔族についてである。

先日エル達から詳しく聞いた内容を彼ら、四藜公には必要な部分だけを掻い摘んで話している。

今回は久方ぶりの集まりだったが彼らは相変わらずで、前回こうして集まった時と大して変わりないようだ。

四藜公最年長であり、彼らをまとめるリーダーのような役割を担っているシグルド。
彼等の中では一番冷静沈着。妾が知る限りどのような場面だろうと、取り乱している姿は見た事がない。
個人的にも彼等の中で一番信頼、信用している男だ。

次にガノファーノ家の姉弟、セフィリアとラルフ。彼等は双子だ。
そして似たような性格をしており、一部の者を除いて常に優雅な姿勢、態度を崩さない。
まさに貴族の模範である。
だがそんな二人も戦闘となればまた一味違う。
双子であるからか、戦闘においても息ぴったりではあるが、戦いの中であってもその優雅さは欠く事なく健在で、まるで華麗な踊りを見ているような錯覚を覚えるのだ。彼等もシグルド同様切羽詰まったところを見た事がなく、安心して見守っていられる。

そんな二人は自分達が貴族である、という事を大層誇りに思っているようだが、そう言った者達にしては珍しい権力を盾にしない性分で、時と場所を弁えている。
そう言った性格であるから周りからも好かれやすい。
ただし好かれやすいと言うだけであって、必ずしも全員が全員彼等を好く訳ではないらしい。
相性悪く、顔を合わせる度に口論となる者達がいるのだ。

それがカメリア家の同じく双子、リタとフィルの姉弟である。
こちらの双子は生粋の貴族気質。分かりやすく典型的などんな時でも自分達が一番、と信じてやまない我儘な性格なのだ。
現在は四藜公と言う立場、そしてシグルドと言うリーダーの下、比較的大人しいのだが、現在進行形で話し合いの為対面しているセフィリアとラルフ姉弟に、今にも食って掛かりそうな雰囲気である。心の内が態度と顔にも出る為とにかく分かりやすいのだ。
長寿とは思えぬほど子供のような彼等だが、それでも王家を支える権力者。いざというときにはその役目をしっかりと果たす。であれば妾からも特に言う事はない。(妾の前で度を越えなければの話だが)

そして最後に忘れてはならないのが、ラヴァンダ家のリゼル。
彼はシグルドと同じく一人で当主を務めている切れ者である。
容姿は正反対なのだが、性格、雰囲気と似ている事から周囲からはシグルドと兄弟のようだと良く言われている。
本人達はそれを容認している。つまりお互い兄弟と言われようと気にしない、いや、寧ろ本心では喜んでいるのかもしれない。お互い兄弟がいない一人っ子であり、同じ四藜公の中に二組も双子(仲が良いのかどうかは置いて置いて)がいるのを見ているのだから、余計にそう思うものなのかもしれない。
妾とて気持ちは多少分かるのだ。エルの事を友人、親友とも思っているのは勿論の事、妹のようにも思っているし、実際彼女が妹であったなら溺愛してしまうだろうなと考えた事もあるのだから。

話が逸れてしまったが、
リゼルは少女と勘違いされる事が多く、中世的で可愛らしい容姿をしているが、戦闘では他を圧倒させる実力を持ち合わせている実際は凄腕の少年なのだ。
幼い容姿を侮って彼に挑もうとすれば、決まって返り討ちに遭うのが落ち。本当に頼もしい末っ子である。


とまあ軽く説明はしたが、とにかく吸血鬼という種族は長寿であり何年、何百年経過しようが外見等ほとんど変わらなく、それは当たり前に四藜公の彼らにも等しく適応される。
変わらない事が当たり前になっているとはいえ、妾にとってその事は、少なからず当たり前ではなく、安堵をもたらしてくれる唯一の安らぎなのだが、それは彼等には秘密である。



「話は以上だ。何か質問はあるか?」

ひとまず詳細を話し終え、更には今後の動きについて皆に伝えたところで漸く一息つく事が許された。
妾はそう問いつつ、皆の顔を一瞥する。

「特にありません。我々は我々の役割を果たすのみです」

やはり最初に口を開いたのはシグルドだった。
既に空気は氷のように冷たいのだが、彼の従順であり温度のない声音が、更にこの場の温度を下げている。つまりはお堅いという事だ。

「そんなに固くなることもないぞシグルド。全くお前は昔から本当に真面目だな」

「姫様こそ、危機感をお持ちください。一番気を引き締めていただかなければいけませんよ」

つい昔の癖で彼に軽口をついてしまったところ、すかさず我が側近から注意が入る。

――場を少しでも温めようとしただけではないか!…我が側近殿もシグルド同様真面目なのであったな…。
そう思いつい溜息が零れる。

「お前に言われずとも分かっている。クラウス、妾とて事態の重要さは重々承知している」


やはり四藜公を紹介して後、先にエル達を帰していて良かったと、今になって自分の判断が正しかった事に気づく。
この空気感はあの子には耐え難いだろうからな。



一先ず話を戻すがリーダーであるシグルドの言う通り、彼らには彼らの役割を果たして貰わねばならない。
とは言え表立って動ける訳ではないので、秘密裏に動いてもらう必要があるのだが。
隠密にエルが遭遇したという魔族を見つけ出さなければならない。そして可能ならば捕縛と、妾直々に尋問を――と言いたい所だがそう簡単にはいかないだろう。

ただ秘密裏に等四藜公の彼等にとって最早日常茶飯事。
相手を侮っているわけではないが、そこまで悲観も心配もいらないだろう。我らはいつも通り動けば良いだけの事。


「一先ずは数日後開催される予定の祭りを無事終える事。それまでは特に警戒を怠らないよう頼む。
そしてそれと並行し、それぞれの情報網からに関わる情報を集め、情報を掴み次第随時妾に報告せよ。以上だ」

もう話す事はないとそう締めくくれば、彼等、四藜公は一様に立ち上がる。

「姫殿下の仰せのままに」

そして胸に手を当て、その首を垂れる事で敬意を示したのだった――。


その後一時解散となり、彼等はそれぞれの役割を果たす為去って行き、その場には妾と側近であるクラウスのみが残される。

四藜公の姿が見えなくなると、知らず知らずの内に張っていた肩の力を抜く。

――どっと疲れた。
元来妾はこういった真面目な空気は好きではない。まあ誰しもがそう思うのだろうが。

ともかく一段落した事を喜ぶべきだろう。

そう思ったらふと、何となく外の空気を吸いたくなる。
そう思い立ったら吉日、早速城の外へと足を運ぶことにしたのだった。


外へ出ると夜風が肌を撫でる。
程よい風の勢いが気持ち良く、両手を空に向かった伸ばし、疲れを解すように伸びをする。


重苦しい空気と場所から解放され、気持ちも軽くなった所だったのだが、どうやら彼はまだ妾を休ませてはくれないらしい。
後を追いカツンカツンと足音を響かせながら近づいて来る。
それに気が付いて少し気持ちが沈み、つい反射的に口をついてしまった。

「城外とは言えお前までついて来る必要はなかっただろう、クラウス」

そう言いながら振り返ると、少しムっとした顔の側近殿と御対面する。

「何だその顔は。何か怒っているのか?」

「別に怒っている訳ではありません。ただもう少し危機感をですね――」

「あぁまたその話か。先程も言っただろう。妾とてこの状況を楽観視している訳ではない。寧ろ危機感は誰よりもあると思うが――。そうだと言うのにお前は何がそこまで不安なのだ?」

「――リア…、君は本当に……。
はぁ…。僕は単純に君の事を心配していて、不安でもあるんだよ」

おっと、昔の口調に戻るとは珍しい事もあるものだ――なんて思いつつも彼の言葉を遮る事なく先に続く言葉を静かに待つ。

こういった時の彼は些か感情的で幼くなる。今は変に言葉をかけず、彼の言い分を聞くに限る、と今までの経験から学んだ妾は口を閉ざした。

「君は昔から王国の姫として、女王として国を守り皆を導いて来た。
国の為、そう言い戦う君の姿は僕からすれば凛々しくもあり眩しくもあって。でもそう思うのは僕だけじゃなくて、皆も思っているだろうね。君は強くて誰もが憧れる存在だって。
……でもそんな君を長い間傍で見て来た僕には分かるんだ。今のリアは不安な心の内を隠して虚勢を張っているだけだって」

「……」

「きっと無意識なんだろうね。今回の件、無意識に自分を責めているんじゃないのかい?
君のせいじゃない。事情を知っている人が聞けばそう言うだろうけど、でもリアは昔の魔族との戦争で生き残りがいた事、それに気づけなかった事、そしてそいつが自分の大切な友人を、自分の大切な人達を傷つけた事に責任を感じている。違うかい?」

質問しているにしてはあまりにも確信している者の目だ。
クラウスめ――。
これは問いではなく妾へ直接確認しているのだ。

感情的で幼くなる、と言ったのは訂正しよう。感情的にはなるが容赦もなくなる。

「……全く、何を言い出すかと思えば。
口が達者になっただけでなく、この妾に対してそこまでもの言うようになったとはな。
――成長したと喜ぶべきか、生意気になったと怒るべきか、今の妾の心境は複雑な気持ちでいっぱいだ」

「それは誉め言葉として受け取っておきます」

…こいつ揚げ足を取りおって……可愛くない……。

「はぁ…。
正直驚いたな。お前にそこまで見破られていたとは、想定外だった。妾とした事が情けない事この上ない。
――それにしてもお前は良く人を見ているな。良くここまで成長したものだ」

大人げなく声に出して怒る事はせず、今度は素直に褒めてやる。
すると小さな声で、君だけだよ、と意味の分からない事を言われ、妾はまたしても首を傾げるのだった。


「とにかく僕が何を言いたいのかだけど、君はもう少し周りを頼った方が良いって事だ。寧ろこちらからお願いしたいくらいなんだけど。どうか僕達を頼って欲しい。
リアは周りを頼っているように見えて、いざとなったら一人で全て解決しようとする。
今までもそうだったし。
ただそれはヴァンパイアの王であり、責任があるわけだから致し方ない部分がある事は理解しているよ。それに君の性格もそんな感じだし。
でもこの先、今言ったように、いざと言う時があったなら、その時は私でも、エルシア様でも良い。貴方の剣であり盾でもある四藜公でも良い。どうか信頼出来る仲間を頼って欲しいのです。
いつ何時いかなる者が貴方自身を、貴方の地位を狙って来るか分からないのだから」

そう言われて今度はこちらが目を丸くする番だった。

妾は女王。この国のトップであり、何事も絶対の権力、決定権がある。
しかしそれと同じくらい国を背負っていると言う責任が常に付いて回る。

時には非常な決断をしなければならない場面も多々あったし、その責任も王として当たり前のものであると受け入れていた――はずだった。
その全てに慣れていたと思っていたのに……。背負うものが重くて感覚が麻痺してしまっていただけだと言うのか?

今の今まで妾自身でさえ気づきもしなかったと言うのに、少し前まで守らなくてはいけない、妾にとっては庇護する対象だったこんな小さな子どもが、よもやこんなにも大切な事を気づかせてくれるとは、一体誰が思うのか。

――気が付けば守らなければならない子どもから、今度は自分に守らせて欲しい等と言う程立派な大人になっていたとは。いつの間に。

子の成長は早いと言うが本当だな。
……そうだ、忘れていた。
今でこそ側近であるがクラウスは元々人の子だった。
今をヴァンパイアとして生きていようと、彼の根っこの部分は人間性を失っていないのだろう。

本来吸血鬼は闇の世界を生きる種族だと言うのに、なんと眩しく輝かしい事か。彼は妾が凛々しく眩しいと言ったが、それはこちらのセリフだ。


不覚にも、まるで巣立っていく我が子を見ているような気持ちになってしまい、涙腺が少しばかり刺激される。

――先程妾は周りを頼らないと言われたが、これでも大分丸く、そして甘くなったのだぞ、クラウスよ。


辺りは暗く静まり返っている。涙まで流さないが、それでももしこの目から零れてしまえば彼にバレてしまう。
いや、明暗などヴァンパイアには関係ないのだが、それでも、少しでも今の情けない顔を見られる心配が減るなら、そちらの方が助かるのだ。

「……昔からお前には敵わんな」

「貴方程ではないです。さあそろそろ戻りましょう。もう十分外の空気を堪能できたでしょう。
それに夜は冷えますからね」

「ああ、そうだな」

暗がりの中、クラウスが城の方へ足を向ける。それに妾も続こうとしたその時。


『――もう帰ってしまうのですか?』

――っ!!

突然、何処からともなく得体の知れない声と共に、悍ましい気配が背後に現れた。

今まで気づかなかった、察する事が出来なかった気配。いくら感情的になっていたとしても妾が見逃すはずがない。
それに男か女かも分からない籠った耳障りな声。

咄嗟に振り返れば、全身黒いローブで覆われ、顔には正体を隠す為であろう不気味な仮面をつけた、謎の人物が佇んでいた。

こいつは――。

「また刺客か。何者だ?」

妾が訊き返すのと、クラウスが庇うように前に出るのは同時だった。

『今ご自身で刺客とおっしゃっていたではありませんか?普段から貴方は様々な理由で狙われているのですから、こういった襲撃には慣れっこですよね?
まあ先程の貴方の問いはそう言う意味ではないのでしょうけれど。この私がそこらの刺客とは違うと分かっているのでしょう?
そしてそこの番犬。理解が早いですね。流石女王の忠実な犬。
ですが残念。こちらは貴方達と戦う気はないんです――真正面からは、ね』

何だこいつは――。
こちらを侮っているように見えてその実隙が無い。妾達が反撃するという事もしっかりと考えているのだろう。

更にはその含みのある言い方。それに違和感を覚えると同時に、本能がこいつを逃がしてはいけないと警鐘を鳴らしている。
守る気満々で妾を庇っているクラウスには悪いが、ここは妾直々に相手をしよう――。


「――っ…うっ……!」

そう思った時には一歩遅かったらしい。突然喉に痛みが走り、息が苦しくなる。同時に身体の動きも鈍る。

…これは一体――。
……っ!

『おや、もうお気づきですか?流石ですね。
でも惜しい事に少しばかり遅かったようです』

ただ者ではない刺客の登場に、一瞬動揺があった事は認める――、が何故気が付かなかったのかと後悔する。
ふと周りを見渡せば妾達を囲むように黒い霧が立ち込め始めていた事に。

――毒っ…。

息苦しさ、身体の不調はこれを吸い込んでしまったが故か……。

「……姫、様…」

共にいたクラウスも同様に有害な霧を吸い込んでしまったようだ。片手で胸元を握りしめ苦し気に呻いている。
この場が外であろうと、この毒の立ち込めた範囲の中心にいては関係ない。相手の思う通り効果は抜群と言う訳だ。
震える身体を抱きしめ、膝を付きそうになる足を気力で踏ん張る。
だがいつまでも持たない。特に妾よりもクラウスの方が。

――このままではまずい。


ここまで体感数秒と言ったところか。
しかし早くも身体と共に鈍くなってくる頭を出来る限り回転させ、即座にこの場からの離脱を考える。

――だが、相手にもそれは筒抜けのようだった。


『申し訳ないのですが、お二人を逃がすつもりはありませんよ』

何処からともなく現れた刺客同様、一体どこに隠し持っていたのか、鞭のような武器を取り出す。

それは見ればただの鞭ではない。
当たれば相応の痛みが伴うだろうと想像に容易い、棘がびっしりと生えていた。まるで薔薇の棘のようでもある。

更に追い打ちをかけるように、鞭の狙いは最初から自分を庇っているクラウスのようだ。

『まずは番犬から』

その声と共に武器が容赦なく振り下ろされる。


一瞬の間に目の先まで迫った鞭を見る。
その瞬間、あれ程苦しかったはずの息も、身体も、感覚が意識の外へと遠のいて行き、目の前の景色ですら動きがゆっくりになった。

「クラウス――」

無我夢中とはこのことか。

彼の身体を勢いに任せて押す出す。加減等と言っている暇も余裕もなく。唯々攻撃を交わす為だけに動いたに過ぎない。
考え無しにも程があるが、それでも少なくとも最悪の事態は避けられたようだった。
彼と場所を入れ替わる事が成功し、ほっと安堵していた妾とは違い、一瞬だったが見えた彼の表情は悲痛なものだった。

まるで、どうして庇ったのですか――、と今にも叫びそうな程目を見開いて。

なんて顔をしているんだ。あんな顔を見たのは久しぶりだな。
そう思った直後、意識の外にいた感覚が戻って来るのと同時に、身体が引き裂かれるのではないかと思う程の痛みが全身を襲う。

「――あぁぁっ……!!」

まさか自分の口から出ていると言うのが嘘のような、何とも情けない叫び声。それを他人事のように思う。

「――リアッ!!」

遠くでクラウスの切羽詰まった声がする。そんな声を聞いたのはいつぶりだろうか?それに二人きりでない場ではその名で呼ぶな。そう言ってやりたいのに言葉が、声が出ない。


――目の前がぼやけ、意識が飛びかける。
そしてハッとした時には既に身体は地面に倒れていた。
ぼやける視界の中に、自分の身体から溢れたのであろう真っ赤な鮮血と、駆け寄ろうと必死な彼の姿が目に入る。

『あれ、もう終わりですか?
いくらこの武器が特殊とは言え、のヴァンパイアの女王を一撃で倒せてしまうなんて。あまりにも予想外、そして期待外れ。
…まあ良いでしょう。全く、こんなに簡単なら最初からこうしていれば良かったな~。アハハハハ!』

「……リアッ…」

何がおかしいのか、気が狂ったように高笑う刺客を背後に、クラウスがこちらを覗き込むように、傍らに膝を付くのが見える。
完全に敵に背を向けた状態で。
その背後では今にもあの鞭が、妾達を葬ろうとまた狙いを定めていると言うのに。

このままだと二人して終わりだ。
妾は暫く動けそうにないが、だがしかしまだやれることはある。
この常の冷静さは何処かに行ってしまったらしい、まだまだ世話の焼けるらしい大人に。


ただこの手はあまり使いたくなかったし、後で彼にも沢山怒られる未来が優に想像できるが、こんな状況では致し方あるまい。恨むなよ、クラウス――。

相手に聞こえないのを良い事に、勝手にそう断りを入れると、既に狭まった視界を閉じ、深呼吸をし、集中した――。
そして刹那、目を開くと真っすぐ傍らの彼を見つめ早々に命を下す。

【――今すぐこの場から離れ、信頼のおける者の元へ迎え――】

これは支配だ。
普段妾が命じる言葉とは到底比にならない、強力な呪縛、言霊。
かけた者の思考など関係なしに、相手を強制的に動かす事が出来る、何があろうと逆らう事の出来ない絶対的な命令である。

相手の尊厳を踏み躙る方法である為、普段は絶対に使用しない。
だが、もうこれでしか、彼の身の安全を保障できないから。これは奥の手だ。

「……リア…ッ!」

自身の意思とは異なり、命令に従い動こうとする身体に、どうやら必死に抵抗しようとしているようだが、その程度でこの支配は解けない。

悪いな、クラウス――。

【――行け――】

この場に長くと留まらせても時間の無駄と心を鬼にし、追い打ちをかけるように更に命令を加えれば、彼は悔し気に顔を歪め、震えながら立ち上がると静かに妾の元から去って行くのだった。


不思議な事に、そんな彼を追いかける素振りも、攻撃をする素振りもこの瞬間、刺客が見せなかった事が些か妙だ。
攻撃の隙などいくらでもあっただろう。だが今はそれを好機と考える他ない。


『この期に及んでまだそんな奥の手を隠し持っていたとは。姫殿下、先程の言葉は撤回させ頂きます。貴方は期待以上だ。
ですが――』

ゆっくりと刺客が歩み寄って来る。

――バシュッ、バシュッ――。

軽やかだが重く痛々しい音が響く。
一歩一歩近づいてくる度に、手に持つ鞭を地面に叩きつけるその様は、まるで威嚇をしているかのようで。

そうしてすぐ目の前まで来ると足を止め、武器を構える気配がした。

『今度こそ終わりです』


今、身体が動かない状態であり、どうする事も出来ないのだが思考は動いていた為に、一つ、つい思ってしまった事がある。
今から攻撃される、と言う時に考える事ではないのは重々承知であるが、どうしても思ってしまった。

先程の立ち去る間際のクラウスの顔。今生の別れの様な顔をしていたな、と。

子どもかと思えば大人になったのだなと思わされ、けれど、結局のところ、あいつはまだまだ軟弱な子どもだったと言う訳か。紛らわしいったらない。

それにな、妾は死ぬつもりなどない。


ただ一つ、お前の言っていた中で同意する事もあった。人を頼る、と言う事だけ。

そう思うとつい口の端が上がってしまう。

そこまで考えたところで、ついに相手の構えていた鞭が妾目掛けて振り下ろされたのだった――。
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