不遇な死を迎えた召喚勇者、二度目の人生では魔王退治をスルーして、元の世界で気ままに生きる

第２章 勇者の選択

３ 訪問者３

　俺はベルクとともにアパートの自室に入った。

「あらためて自己紹介するよ。僕の名前はベルク・イライザ。イライザ王国の第二王子にして聖騎士だ」

　俺たちは床に座り、向き合っている。

　かつて俺を裏切り、殺そうとした男が、こうして朗らかに俺を迎えに来ている──というのは、なかなかシュールな絵柄だ。

「突然で信じられないかもしれないけど、僕は君たちが住む世界とは別の世界から来た。いわゆる異世界だね」

　──ああ、知ってるよ。

「そこでは邪悪な魔王が一千年ぶりに復活しようとしている。そして魔王を倒せるのは勇者だけなんだ」

　──その勇者になれるのは、この世界の人間だけ、ってことも知ってる。

「そして君こそが、選ばれた勇者の素質を持つ者──」

　ベルクが厳かに告げる。

「女神さまを通じて召喚するはずが、なぜか君は僕らの世界に現れなかった。それでやむなく、僕が直接呼びに来たわけだ」

　向こうからこっちの世界に移動することなんてできたのか。
　俺が前に聞いたときは『魔王を倒さないかぎり、元の世界には戻れない』って言われたんだが──。

　あれは、俺に魔王を倒させるための嘘だったのか。
　あるいは俺とベルクじゃ、その辺の条件が違うのか。

「どうだろう、カナタくん。僕らの世界を救うために来てくれないだろうか？」

　ベルクが深々と頭を下げる。

　──白々しい。
　胸の中に湧きあがったのは、苦い思いだけだった。

「断る」
「えっ」

　呆然と俺を見つめるベルク。

「い、いや、でも、世界の危機なんだよ？　君は選ばれた英雄として戦いたいとか、世界を救いたいとか思わないの？　君が戦わなければ、世界中の人間が殺されるんだぞ」
「俺じゃなくてもいいだろ」

　ふう、とため息をつく。

「知ってるんだよ。本当は勇者なんていなくても、魔王を倒せるってことを。お前らはただ自分たちが危ない橋を渡りたくないために、わざわざ別の世界の人間にその役割を押しつけているんだ」
「な、なぜ、それを……いや、な、何を言って……？」

　一瞬、『なぜそれを知っている』と言いかけたベルクは、慌てたように言い直した。

「はっきり言っておくぞ。俺に、お前たちの世界を救う義理はない。利用されるだけされて、用済みになれば切り捨てる──そんな連中のために命を懸けるつもりはない」
「カナタくん、き、君は何か勘違いをしているよ。まず僕の話を──」
「黙れ」

　俺がにらむと、ベルクはびくっと身をこわばらせた。

「う……ぐ……」

　たちまち顔色が真っ青になり、震えだす。

　勇者として数十年過ごした俺の、殺気を込めた視線だ。
　魔王との戦いで鍛え上げられる前のベルクじゃ、震えあがるのも無理はない。

「消えろ、ベルク。二度と俺の前に姿を見せるな」
「世界の危機なんだ。頼む、君の中にはそれを救いたいという正義の心が宿っているだろう？　それこそが勇者の証──」
「消えろ、と言った」

　芝居じみたきれいごとを並べようとするベルクを、もう一度にらむ。