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社交シーズン秋①
伯爵、過去に絡まれる
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トイレからの帰り道、夜会が行われている会場へ続く廊下で二人の男に通せんぼされました。
いや、俺つーか、セシル・オールポートは三〇歳のおっさんなんだけど、王城でカツアゲでもされんの? ちょっとジャンプしてみろよ、とか言われちゃうの? 小銭なんて持ってないもーん……あ、衣装に施されたあちこちの装飾がカチカチ鳴っちゃうかも。
「セシル……? セシル、だよな。久しぶり。私たちのこと、覚えているか?」
ちっ、やっぱりセシル君の知り合いか。面倒くせぇな。
「……久しぶり」
久しぶりというよりも、初めましてだが、ここは無難に挨拶をしておこう。覚えているか、だと? 知らんわっ、お前らなんて。しかし、覚えていないと正直に言うわけにはいかないから、そこはスルーする。
二人とも俺より背が高いから、ググッと身を寄せられると圧迫感がハンパない。
面倒だから「記憶がありません」とゲロッてしまいたいが、貴族の社会では弱みを握られてはならない。どんな醜聞が、こちらの息の根を止めてくるかわからないからな。俺の記憶喪失はあまり知られてはならない類のものだ。特に王族には。下手に領地を統治する能力に難ありとか沙汰があってみろ。たちまちに伯爵位を取り上げられ、まだ成人前のシャーロットちゃんは爵位を継げず、よく知らん遠縁の奴がまんまとオールポート伯爵になってしまう。
それだけは避けなければ。
だから、こいつらにも俺がセシル君ではないと知られてはならない。
「なあ、サイラス。本当にセシルなのか? 変わりすぎだろう?」
「ヴィヴィ。私だって半信半疑なんだ。でも髪の色と瞳の色……瞼が腫れぼったいから瞳の色がよく見えんな」
うるせぇよっ。なんだよ、お前ら。俺をバカにするために足止めしてんのか? 心の広い俺も怒るぞ! お前ら、ハーディング侯爵家の権力を使って、奥歯をガタガタ言わせてやろうか?
すうーっと俺の眼が鋭くなったので、サイラスという男は口をキュッと結んで黙った。
こいつら、セシル君の学園時代のお友達のサイラス・ブラッドローとヴィヴィアン・オファレルか。ヴァスコが調べてくれた身辺調査書には、写真なんてないし、似顔絵もなかったからわからなかったぜ。
セシル君の昔の友人が、白豚と化した俺になんの用だ?
「あー、セシル。お前、学園卒業間近で姿を消して何をやっていた?」
サイラス・ブラッドローが静かな口調で尋ねる。こいつは、親の爵位を継いでブラッドロー侯爵になっている。結婚して子どももいる。それでも昔の友人を気にするんだ。それだけ、セシル君と仲が良かったのかな?
「……親の都合で急に結婚が決まった」
嘘ではない。そこに至る過程にかなりの問題があったが、嘘ではない。本当のことなんて言えないからね。俺は疚しいことなどないっと腕を組んでクイッと顎をやや上げて言い放つ。
この言葉に気色ばんだのは、ヴィヴィアン・オファレルのほうだった。
「そんなっ! セシルはルーカスと婚約するって言ってたじゃないかっ。それなのに、ルーカスや僕たちに何も告げないで学園から姿を消すなんてっ」
グイッと胸倉を掴まれてガクガクッと前後に揺らされる。
ぐええええっ、喉が、喉が締まるだろうっが、バカもの!
ぺいっと手でヴィヴィアンの腕を払うと、後退りして奴らと距離を取った。うむむ、困った。下手なことは言えんし、かと言って和やかな昔話なんて知らんし。
父上か兄上が俺を探しにきてくれないかな? こいつらの相手はちょっと荷が重いです。ブヒブヒ。
サイラス・ブラッドロー。
セシル君と同じ三〇歳。ブルーグレーの髪はキッチリと七三分けにして、一重で切れ長の黒眼は銀縁の細フレーム眼鏡越しに刺すような視線をこちに向けてくる。背は高いが痩身で、勉強はできるけど運動は苦手ですの見本みたいな奴だ。鼻が高くて唇が薄いので酷薄な印象を受ける。ヴァスコの調査どおり腹黒っぽい。
ヴィヴィアン・オファレル。
こちらも同い年の三〇歳。金髪のくせ毛を肩まで伸ばしている。陽気なイメージどおり、パッチリ大きな眼は明るい青い色で、やや大きめな鼻と厚めな唇。背も高く手足も長い。鍛えているのか細マッチョだが、指は長くて繊細さを感じた。こちらのほうが感情的な男だな。
ギャーギャーと奴らは騒いでいるが、迂闊なことを口にできない俺は沈黙は金とばかりに黙っている。だが、バッチリお前たちの「気」は確認してやるわっ。
開眼! と目をグワッと見開いたところで、二人の後ろから騎士が一人、タッタカ、ターッと早足で近づいてきた。
「ん?」
「何かありましたか?」
騎士さんが、暗い廊下で男三人が騒いでいるのを不審に思いやってきた。現代でいうなら職質である。お巡りさ~ん、俺は何もやってませ~ん。
「いや、昔馴染みに会って話していただけだ」
サイラスがシラッと言いやがる。嘘ではないが、和やかに話してないじゃん。詰問してたじゃん。
そして、ヴィヴィアンはサイラスの背中に隠れている。おや? ヴァスコの調査では対人スキルが高いとあったが? もしかしてシャイで奥手な部分が発動している? さてはお前、騎士フェチだな? 騎士のお兄さんがカッコイイとか思ってんだろっ!
「あ、俺は迷子です。会場まで連れていってください」
ハイ、ハーイッと片手を上げて騎士にアピールする俺に、二人はギョッとした顔を向ける。
うるさいっ、お前たちの包囲網から逃げるために、俺は騎士のお兄さんに縋るのだ。お兄さ~ん、白豚が牧場に戻れずに困ってま~す。連れてってーっ。
「あ、はい。こちらです」
人のいいお兄さんは、その場で白豚を食べることをせずに、飼い主の元まで案内してくれる、いい騎士さんだ。
「あ、おい、セシル」
知らん知らん。お前たちとはこれからも交流を持つことはないからな。悪いとは思うが俺のことは忘れてくれ。ふわははははっ。
こうして、俺は無事に夜会会場まで戻ってくることができました。
「ありがとう。助かったよ」
「いいえ。副団長から絡まれている方がいるため、声をかけるように命じられたので。お怪我などがなくてよかったです。ではこれで」
スチャッと姿勢を正し一礼したあと、騎士のお兄さんは颯爽と去っていった。
ふむ……副団長の命令……ね。
いや、俺つーか、セシル・オールポートは三〇歳のおっさんなんだけど、王城でカツアゲでもされんの? ちょっとジャンプしてみろよ、とか言われちゃうの? 小銭なんて持ってないもーん……あ、衣装に施されたあちこちの装飾がカチカチ鳴っちゃうかも。
「セシル……? セシル、だよな。久しぶり。私たちのこと、覚えているか?」
ちっ、やっぱりセシル君の知り合いか。面倒くせぇな。
「……久しぶり」
久しぶりというよりも、初めましてだが、ここは無難に挨拶をしておこう。覚えているか、だと? 知らんわっ、お前らなんて。しかし、覚えていないと正直に言うわけにはいかないから、そこはスルーする。
二人とも俺より背が高いから、ググッと身を寄せられると圧迫感がハンパない。
面倒だから「記憶がありません」とゲロッてしまいたいが、貴族の社会では弱みを握られてはならない。どんな醜聞が、こちらの息の根を止めてくるかわからないからな。俺の記憶喪失はあまり知られてはならない類のものだ。特に王族には。下手に領地を統治する能力に難ありとか沙汰があってみろ。たちまちに伯爵位を取り上げられ、まだ成人前のシャーロットちゃんは爵位を継げず、よく知らん遠縁の奴がまんまとオールポート伯爵になってしまう。
それだけは避けなければ。
だから、こいつらにも俺がセシル君ではないと知られてはならない。
「なあ、サイラス。本当にセシルなのか? 変わりすぎだろう?」
「ヴィヴィ。私だって半信半疑なんだ。でも髪の色と瞳の色……瞼が腫れぼったいから瞳の色がよく見えんな」
うるせぇよっ。なんだよ、お前ら。俺をバカにするために足止めしてんのか? 心の広い俺も怒るぞ! お前ら、ハーディング侯爵家の権力を使って、奥歯をガタガタ言わせてやろうか?
すうーっと俺の眼が鋭くなったので、サイラスという男は口をキュッと結んで黙った。
こいつら、セシル君の学園時代のお友達のサイラス・ブラッドローとヴィヴィアン・オファレルか。ヴァスコが調べてくれた身辺調査書には、写真なんてないし、似顔絵もなかったからわからなかったぜ。
セシル君の昔の友人が、白豚と化した俺になんの用だ?
「あー、セシル。お前、学園卒業間近で姿を消して何をやっていた?」
サイラス・ブラッドローが静かな口調で尋ねる。こいつは、親の爵位を継いでブラッドロー侯爵になっている。結婚して子どももいる。それでも昔の友人を気にするんだ。それだけ、セシル君と仲が良かったのかな?
「……親の都合で急に結婚が決まった」
嘘ではない。そこに至る過程にかなりの問題があったが、嘘ではない。本当のことなんて言えないからね。俺は疚しいことなどないっと腕を組んでクイッと顎をやや上げて言い放つ。
この言葉に気色ばんだのは、ヴィヴィアン・オファレルのほうだった。
「そんなっ! セシルはルーカスと婚約するって言ってたじゃないかっ。それなのに、ルーカスや僕たちに何も告げないで学園から姿を消すなんてっ」
グイッと胸倉を掴まれてガクガクッと前後に揺らされる。
ぐええええっ、喉が、喉が締まるだろうっが、バカもの!
ぺいっと手でヴィヴィアンの腕を払うと、後退りして奴らと距離を取った。うむむ、困った。下手なことは言えんし、かと言って和やかな昔話なんて知らんし。
父上か兄上が俺を探しにきてくれないかな? こいつらの相手はちょっと荷が重いです。ブヒブヒ。
サイラス・ブラッドロー。
セシル君と同じ三〇歳。ブルーグレーの髪はキッチリと七三分けにして、一重で切れ長の黒眼は銀縁の細フレーム眼鏡越しに刺すような視線をこちに向けてくる。背は高いが痩身で、勉強はできるけど運動は苦手ですの見本みたいな奴だ。鼻が高くて唇が薄いので酷薄な印象を受ける。ヴァスコの調査どおり腹黒っぽい。
ヴィヴィアン・オファレル。
こちらも同い年の三〇歳。金髪のくせ毛を肩まで伸ばしている。陽気なイメージどおり、パッチリ大きな眼は明るい青い色で、やや大きめな鼻と厚めな唇。背も高く手足も長い。鍛えているのか細マッチョだが、指は長くて繊細さを感じた。こちらのほうが感情的な男だな。
ギャーギャーと奴らは騒いでいるが、迂闊なことを口にできない俺は沈黙は金とばかりに黙っている。だが、バッチリお前たちの「気」は確認してやるわっ。
開眼! と目をグワッと見開いたところで、二人の後ろから騎士が一人、タッタカ、ターッと早足で近づいてきた。
「ん?」
「何かありましたか?」
騎士さんが、暗い廊下で男三人が騒いでいるのを不審に思いやってきた。現代でいうなら職質である。お巡りさ~ん、俺は何もやってませ~ん。
「いや、昔馴染みに会って話していただけだ」
サイラスがシラッと言いやがる。嘘ではないが、和やかに話してないじゃん。詰問してたじゃん。
そして、ヴィヴィアンはサイラスの背中に隠れている。おや? ヴァスコの調査では対人スキルが高いとあったが? もしかしてシャイで奥手な部分が発動している? さてはお前、騎士フェチだな? 騎士のお兄さんがカッコイイとか思ってんだろっ!
「あ、俺は迷子です。会場まで連れていってください」
ハイ、ハーイッと片手を上げて騎士にアピールする俺に、二人はギョッとした顔を向ける。
うるさいっ、お前たちの包囲網から逃げるために、俺は騎士のお兄さんに縋るのだ。お兄さ~ん、白豚が牧場に戻れずに困ってま~す。連れてってーっ。
「あ、はい。こちらです」
人のいいお兄さんは、その場で白豚を食べることをせずに、飼い主の元まで案内してくれる、いい騎士さんだ。
「あ、おい、セシル」
知らん知らん。お前たちとはこれからも交流を持つことはないからな。悪いとは思うが俺のことは忘れてくれ。ふわははははっ。
こうして、俺は無事に夜会会場まで戻ってくることができました。
「ありがとう。助かったよ」
「いいえ。副団長から絡まれている方がいるため、声をかけるように命じられたので。お怪我などがなくてよかったです。ではこれで」
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ふむ……副団長の命令……ね。
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