15 / 42
『綺麗だったわ』~カトレア公爵家令嬢・アンナマリー~
しおりを挟む『少しの間だけ伏せて、頭の中で5つ、数えていて頂けますか?』
あの子の言葉に、私達は言われた通りに身を伏せた。……きっとお2人は5つ数えるまでそのままでしょう。
でも私は、伏せたフリをして少しだけ顔を上げていた。
明らかに体力も体格も違いすぎる、屈強な男達相手にどうするのかが、気になって。
小さい体が、宙を舞う。
異国の舞踊を思わせる、美しい動作だ。無駄を一切感じさせない動き。――一瞬、この場が何かを忘れてしまった程に。
「うぅ!」
「ぐうっ!」
「おい! どうした」
相手の攻撃をひらりひらりと躱し、クルッと一転するごとに、小さな手にある風変わりな剣が容赦なく奮われ、賊達が床に倒れ伏す。
ある者は昏倒し、ある者は傷付けられた箇所を押さえ床で呻く。
やがて律儀に5つ数えた友達が、恐る恐る目を開けた時には、10人程いた彼らは完全に戦闘不能になっていた。
この子は……なんなの?
床に伏した賊達を、感情のない瞳で見下ろす子供。
先程は小さく見えたが、今は底知れない畏怖の対象に見えた。
あんな小さい子供なのに、その所業は身震いするほどに恐ろしい。
本当は人では無い魔物なの?
もしくはそれ以上の――何か? 恐ろしい方に勝手に想像してしまう。
普通、未知な者が強いと恐れられるものだ。恐怖し、接触を厭う。なのに……私の心と瞳は、その姿に釘付けになっていた。
と、複数の足音が響き、乱暴に扉が開かれた。数人の騎士達が部屋になだれ込む。
「観念しろ賊共! 我らはカトレア家騎士団だぞ!!」
高々と名乗りを上げるその甲冑には、カトレア家の紋章。我が家に仕える騎士達だ。でも、部屋の様子が目に入った途端、覇気がうそのように消え、立ち尽くす。
「こ、これは……?」
誰かが呆然と呟く声がした。……そうでしょうね。制圧する目標が、もはや全て倒された後だったのだから。
けど、すぐに私達に気付いてくれ、
「お嬢様! ご無事ですか」
駆け寄ると私の拘束を解いてくれた。腕が自由になったので、自分で口枷を外す。
「わ、私よりも、彼女達を」
それよりも早くお2人の拘束も解かれていた。ホッと安堵の息をつく。
騎士達の手で、次々賊達が拘束されていく。
身についているからかその動きは迅速だけど、顔には何が起こったのか分からない、と大きく書かれている。
そ、そうだわ、あの子!
「それはこの子が……!」
と教えようとしたのだけど、反対に聞き返された。
「……どこに?」
ハッと気づき、辺りを見回したのだけど……。
「い、いない……?」
あの子は、かき消えたようにどこにもいなくなっていた。
後で知ったことなのだけど。
彼女に与えられた任務は『建物に侵入し、騎士達が侵入出来るよう、入り口を開ける』だけだったそう。
そして、いなくなった理由は……。
「門限に遅れるー!」
と、騎士達が入ってきた時点で建物から出て、全力疾走したとのこと。
それを知った私は、
“……全くあの魔神公爵、遅く帰ったあの子を閉出すつもりなのかしら?
こうなればお父様を焚き付けて、一刻も早くあの子を我が家に引き抜かねば!”
と決意する事になる。
あの後、賊達は捕らえられ、私達はそれぞれの屋敷に帰ることになった。
使用人を脅したこともあり、この誘拐騒動は誰か黒幕がいると思われた。賊達はこれから尋問される。
私達も事情聴取される、と思っていたら、疲弊しているだろうから、と明日にして頂けた。
お互いに無事でいられたことを喜び合って、迎えの馬車に乗り込んでいく。
ご両親と連れだって帰るお2人を見送りながら、私は倒れそうな程の疲労感を感じていた。
――私も早く帰りたい。お父様やお母様、弟のマクスの顔を見て、自室のベッドに横になって……。
と、ガラガラ、と車輪の音がして、目の前に馬車が止まる。
「「アン!」」
「……お父様、お母様!」
馬車からお2人が、転がり落ちそうな勢いで出て来られた。厳格な両親に似つかわしくない行動に驚いていた私は、あっと言う間にお母様の胸に抱き込まれる。
「ああ、アン! 無事で、無事で良かった!」
「アン! 恐かったでしょう? 可哀相に……」
ギュッとお2人の暖かい腕に抱きしめられ、頭を撫でられ……。私の目からも安堵の涙が溢れてきた。
――ああ、助かったのね。
「よくぞご無事で!」
「ばあや……っ」
ばあやとも帰宅後、しっかり抱き合った。他の侍女や執事達も、安堵の表情で私を迎えてくれた。遅い時間だしあんな事のあった後だから食欲が無い、と告げれば、『それでも何かはお食べ下さい』と果実水と小さいサンドイッチを用意してくれたのでそれを頂いた。
聞けばお父様達も、何もお口にされていなかったそう。皆が進めても『アンが無事な姿を見るまでは』と拒否されていたそうで。
いつもなら、どちらかと言うと厳しいお言葉を頂く事の多いお2人の持つ、愛情の深さを感じて――私はまた、泣きそうになった。
「ねえ、ばあや。私達を助けてくれたのは……冒険者の女の子だったの」
「まぁ!」
寝台で眠りにつく前に。先程、両親にもした話をばあやにもした。
私達を助けてくれたあの子のこと。装いで冒険者だとは分かった。彼女が賊達の手から守ってくれて。……我が家の騎士達が駆けつけた時には、もう全てが終わった後だったと。
ただ驚くばかりのお母様の後ろで、お父様が渋いお顔で“魔神公爵に、借りが出来てしまったな……”と呟かれていた。……どういう意味なのかしら?
それにしても護衛騎士達は、一体どうしていたのかしら? あの賊達がどれほど腕が立つとしても、訓練を受けている彼らなら容易く制圧出来たはず。
「ですがお嬢様、旦那様は大の冒険者嫌いですので……その事実は受け容れられないかと」
つい、考えそうになったところでマーサの言葉で我に返った。同時にお父様の言葉が浮かんでくる。
“冒険者など、出自も分からぬロクデナシの集まりだ”
“だから良いかアンナ! 冒険者などを同じ人だと思ってはいけない。彼らは彼らの世界で生きる者・我らとは違う次元で生きてる何かとして、必ず線を引いて接すること。それが我々、上位貴族の使命だ”
お父様のお言葉は、常に正しい。だから従っていれば、大丈夫。
決してそれを忘れた訳では無い。だけど……。ばあやしかいないという安心感から……言わなくてもいい言葉を、言ってしまう。
でも、それは間違いなく……わたくしの得た事実だ。
だからこそ、言ってしまう。わたくしは目を閉じ、半身を睡魔に任せたまま、自分の言葉を言う。
「……ええ、そうでしょうね。実際そうだったもの。残酷で、恐ろしくて。……でも……」
瞼を閉じても鮮明に蘇る。
あの少女が躊躇わず武器を奮うその姿が。
人では無いかも知れないと、そう――思ってしまう程に躊躇無く、残酷なその姿は今でも瞼の奥に刻まれている。
でも……恐怖は感じない。むしろ……恐怖を遙かにしのぎ、残った感情。強烈だったから、自然に……言葉になった。
「……とても、綺麗だったわ」
116
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者と仕事を失いましたが、すべて隣国でバージョンアップするようです。
鋼雅 暁
ファンタジー
聖女として働いていたアリサ。ある日突然、王子から婚約破棄を告げられる。
さらに、偽聖女と決めつけられる始末。
しかし、これ幸いと王都を出たアリサは辺境の地でのんびり暮らすことに。しかしアリサは自覚のない「魔力の塊」であったらしく、それに気付かずアリサを放り出した王国は傾き、アリサの魔力に気付いた隣国は皇太子を派遣し……捨てる国あれば拾う国あり!?
他サイトにも重複掲載中です。
【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした
きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。
全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。
その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。
失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。
勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~
楠ノ木雫
ファンタジー
IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき……
※他の投稿サイトにも掲載しています。
微妙なバフなどもういらないと追放された補助魔法使い、バフ3000倍で敵の肉体を内部から破壊して無双する
こげ丸
ファンタジー
「微妙なバフなどもういらないんだよ!」
そう言われて冒険者パーティーを追放されたフォーレスト。
だが、仲間だと思っていたパーティーメンバーからの仕打ちは、それだけに留まらなかった。
「もうちょっと抵抗頑張んないと……妹を酷い目にあわせちゃうわよ?」
窮地に追い込まれたフォーレスト。
だが、バフの新たな可能性に気付いたその時、復讐はなされた。
こいつら……壊しちゃえば良いだけじゃないか。
これは、絶望の淵からバフの新たな可能性を見いだし、高みを目指すに至った補助魔法使いフォーレストが最強に至るまでの物語。
俺を凡の生産職だからと追放したS級パーティ、魔王が滅んで需要激減したけど大丈夫そ?〜誰でもダンジョン時代にクラフトスキルがバカ売れしてます~
風見 源一郎
ファンタジー
勇者が魔王を倒したことにより、強力な魔物が消滅。ダンジョン踏破の難易度が下がり、強力な武具さえあれば、誰でも魔石集めをしながら最奥のアイテムを取りに行けるようになった。かつてのS級パーティたちも護衛としての需要はあるもの、単価が高すぎて雇ってもらえず、値下げ合戦をせざるを得ない。そんな中、特殊能力や強い魔力を帯びた武具を作り出せる主人公のクラフトスキルは、誰からも求められるようになった。その後勇者がどうなったのかって? さぁ…
落ちこぼれ公爵令息の真実
三木谷夜宵
ファンタジー
ファレンハート公爵の次男セシルは、婚約者である王女ジェニエットから婚約破棄を言い渡される。その隣には兄であるブレイデンの姿があった。セシルは身に覚えのない容疑で断罪され、魔物が頻繁に現れるという辺境に送られてしまう。辺境の騎士団の下働きとして物資の輸送を担っていたセシルだったが、ある日拠点の一つが魔物に襲われ、多数の怪我人が出てしまう。物資が足らず、騎士たちの応急処置ができない状態に陥り、セシルは祈ることしかできなかった。しかし、そのとき奇跡が起きて──。
設定はわりとガバガバだけど、楽しんでもらえると嬉しいです。
投稿している他の作品との関連はありません。
カクヨムにも公開しています。
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる
国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。
持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。
これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる