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とある日の王立学園・中庭にて~第3者視点~
しおりを挟むそこは王立学園内の中庭。
貴族や裕福な商家の子女が在籍するだけあり、建物以外も普通ではない。鮮やかな色彩で咲き乱れる花壇やオブジェ、座って休む為のベンチや東屋……。どれをとっても美しい。
学問の間に設けられたつかの間の休息を楽しむ場所……の、はずであった。が、
近頃、その平穏を乱す事態が発生していた。
「アンナマリー!!」
怒気のこもった男性の声が中庭に轟く。
現れたのはいかにも貴族然とした、見目麗しい男子生徒達だ。1人の女生徒を庇うように取り囲み、これもまた貴族らしき数人の女生徒達と対峙している。
その光景に、周囲はああ、またか……とウンザリした顔になる。
彼らはこの国の第2王子殿下と、その側近達。
対峙する女生徒達は先程、呼び捨てにされたご令嬢――アンナマリー・カトレア公爵令嬢と、その側付き達である。
「どうされました、殿下?」
突然名前を呼ばれ、カトレア公爵令嬢・アンナマリーは目を少し見開いて尋ねる。
スラリとした長身に細面の大人びた顔立ち。淑女の鑑と称えられる才女だ。そして目の前にいる殿下の婚約者。
が……最近、両者の仲が微妙だ。
その元が、彼らに庇われている女生徒――ケーチャー男爵令嬢・アイリス。
正反対の小柄で童顔。顔立ちは可愛らしくはあるが、それと反対に胸だけがはち切れんばかりに制服をパッツンパッツンに押し上げている。
「お、王子様ぁ……」
アイリスは涙目を浮かべながらぎゅーっと、王子の腕に押しつけるようにしてしがみついていた。分かっているのだろう、鼻の下が伸びそうになるのを慌てて引き締める。
と、それで分かるとおり、彼は最近、婚約者であるアンナマリーをそっちのけに、アイリスに入れ込んでいるのだ。
更には“アンナマリー様が影でアイリスをいじめている”という、アイリス本人からの訴えを鵜呑みにし、アンナマリーに対して軽蔑した態度をとり続けているのである。
――そんな両者が顔を合わすと、無限ループの応酬が始まる。
内容は時によりやや異なりはするが、大雑把にまとめればこうだ。
“アイリスをまた、不当にいじめただろう!”
“わたくしはそのような事はしていません”
“カトレア様! 私は別に気にしてませんからどうか、お認めください! 殿下がお許し頂ける間に!”
“? 何を言ってらっしゃるの? 本当にわたくしは何も……”
“嘘をつくな!!”
ひたすら繰り返される言い合い。真偽はともかく、その場にいる人間の心境は“いい加減にしてくれ”だ。
最初は面白がる者もいたが、変化のない不毛さに、今は辟易している。
アイリス・ケーチャーは確かに見た目は可憐だし、その功績は有名だ。
が、行動が稚拙すぎる。ひたすらベソをかいて見目麗しい貴族令息に泣きつく様は、社交界デビューも果たせない幼児と同じ、いやそれ以下だ。
大体、“いじめられた”と言っているが、そのような事をしてアンナマリーには意味が無いし必要も無い。彼女は公爵令嬢。アイリスより高位なのである。いじめなどしなくとも、最初から勝負にならない。その程度の現実に気付かないで言いがかりをつけるなど、馬鹿を通り越して良い度胸だ。
その彼女を庇護する王子や令息達に対しても、“恋に心が曇った馬鹿”と影で囁き合っている。現に“いじめた”“虐げた”と言っても詳細を調べて落としどころを見つけようともせず、ただ言っていると言うだけで感情にまかせて攻撃するなど、将来重要な立場に立つ人間のすることではない。
と、白い目で見ていたが……誰が想像出来ただろう?
この後に起きた、まさかの展開を。
「アンナマリー!! そなたはアイリスをいじめ――!」
王子の怒声が静寂を破る。そこまでは……“普段通り”だった。
……が、そこで予測しない事態が起きる。
アンナマリーが突然、パァッと輝くような笑顔になったのだ。
「え…………?」
動揺した誰かの声が聞こえる。よく見ればいつもは売られたケンカを買う勢いで睨み返してくる側近達も、同じような笑顔をアイリスに向けている。
「ア、アンナ……一体なにを……?」
動揺する王子や側近らをサッサと無視し、アンナマリー達は彼らの至近距離まで近付くと、
「ケーチャー嬢、お会いしたかったですわ!!」
とその両手を握り絞めた。
「…………え…………?」
誰かが驚愕の声を漏らす。
ささやかだったが、その場にいる者全員の心の叫びだ。
が、誰よりも驚いていたのは第2王子だった。
一体……何があったのだ?
王子は婚約者の初めて見る表情に混乱していた。
こんな彼女は初めて見る。普段と違いはしゃいでいるというか、興奮していると言おうか……。
――本音を言えば王子は、この婚約者に、あまり好意を持てなかった。
最初は親に決められた婚約者という事自体が嫌という反抗だった。が、時が流れ、社交の場で共にいるようになれば、それは更に強まっていく。
美しく聡明で性格も控え目。周りに気配りが出来、実力をひけらかさない。
そんな好評価しかない、自分の婚約者。――対して自分は?
成績だけで言えば肩を並べる位だと自負している。――唯一、剣だけが突出出来ているが、それも“男女の力の差”の一言で片付けられる。
が、それでも周囲の評価や……両親である国王夫妻からの信頼は、実子の自分よりも強い。
“アンナは本当に優秀だわ”
“ご令嬢を婚約者にして、正解だったな”
折に触れ、両親が褒め称えるごとに彼のプライドにヒビが入っていく。
自分も頑張っている。実力だけなら肩を並べる位だ。なのに――褒められるのは、一目置かれるのは常にアンナマリー。
そしてその行き場のない不満は、アンナマリーに向いていく。――コイツが自分より優秀なせいで、と。でも反面そんなのは違う。タダの八つ当たりだとも分かっている。
彼女が憎い、でも憎むのはいけない……相克する気持を抱え、苦悩は一段と深くなる。
そんな鬱屈した思いを抱えていた時、出会ったのがアイリス・ケーチャーだった。
彼女は王子にとって救いだった。王子という立場で無く、一人の人間として自分を見てくれる、目線を合わせて思いやってくれる、そんな少女。
“誰がどう言っても関係ないじゃあないですか、殿下は殿下です! 誰かの目なんかより、まず自分を大事にしてください!”
そんな事を言ってくれたのは、彼女が初めてだったから。
そこからは落ちていくだけだった。彼女の存在に、自分を元気づけてくれた笑顔に。
――その笑顔を、自分だけのものにしたい。
そう思ってしまう程に。
王子が過去の回想に浸っていた時。
自称“このゲームのヒロイン”のアイリス・ケーチャーの脳内はただただパニック状態だった。
むりもない。いつもなら自分に嫉妬や敵意をぶつけてくる令嬢達が、人が変わったように友好的な笑顔を向けてきたのだから。
“いじめられていた”“身分が低いから虐げられた”。
先刻、王子の言った事に嘘は無い。事実、自分は彼女に――いや正確には、彼女の取り巻き達に言われていた。
“王子はこの、アンヌマリー嬢の婚約者ですのよ? むやみに馴れ馴れしくしない方がよろしいわ”
“噂によれば、とびきり有能でいらっしゃるようだけどあくまでそれだけ、ですわ。王子殿下の伴侶に相応しいのはこのアンヌマリー様です”
そう、言われていたのだ。
だから自分は悪くない。多少事実を膨らませて攻略対象達に――自分の味方に――言いつけたけど、それは決して責められる事じゃないと思っている。
だって私は、“ゲームのヒロイン”だから。
少し過程が違っていても、彼らは私の味方になる。それが少し違うだけだと。
故に敵対する彼女らが、自分の味方になる筈は無い。なのにこの反応は? 何かの罠?
でもこんなのは……“イベント”にはなかったわ! いえなかった筈!!
「ちょうど良いですわ! あなたに聞きたい事がありましたの」
「な、何ですか…………?」
混乱しつつも何とか聞き返したところに帰って来たのは――。
「……チヨ・ケーチャーはあなたの妹さんでしたわね!」
「…………え?」
“チヨ・ケーチャー”?
思い出すのに少し時間がかかった。そしてようやっと浮かんだ時に出て来たのは疑問だった。
――なぜここで、あのモブが?
“アレ”はパパが手放した。もう我が家に――ゲームのシナリオに――必要無くなった何かだ。
そんなアイリスの思いに気付かないように、アンヌマリー達は質問攻めを止めない。
「彼女のお好きなものは、何ですの? お洋服はどのようなものをお好み?」
その側で友人達も、負けじと質問してくる。
「ご趣味は? お誕生日はいつですか?」
「ご婚約者は、いらっしゃるのかしら? おいでにならないなら是非、私の弟と――」
「当家の兄はいかがかしら? やや放蕩な所はありますけど剣の腕は優秀で……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
大声で叫んだアイリスに、王子達を含めた全員が目を見張る。
公爵令嬢の取り巻きであるだけに、彼女らもまた上位貴族だ。下位の彼女が口を挟むのは許されない立場なのに。
が、そんな視線に気付く余裕は彼女にはなかった。動揺した気持のまま、言葉を吐き出す。
「な、なぜ皆様はあれを気にされるんでしょう!? ただのモブなのに!!」
「「「………………“あれ”?」」」
一気に空気が凍った。
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