【完結】運命の番に逃げられたアルファと、身代わりベータの結婚

貴宮 あすか

文字の大きさ
4 / 38

第4話 園遊会への出席

しおりを挟む
 無意識の闇の中に、たくさんの記憶の泡がキラキラと浮かび上がってくる。
 綺麗だ。
 新は記憶の泡に見惚れた。どれも、新を形作ってきた大切な思い出だった。そのとき深い海の底から、大きな泡が浮かび上がってきた。
 ひときわ輝く黄金の午後の記憶に、新の意識は吸い込まれていった。


「えっ。我が家での園遊会なのに、新は留守番なのですか」
 兄の声に廊下にいた新は立ち止まり、声を出さないよう反射的に右手で口を押さえた。居間から父親の忠彦の声が聞こえてきた。
「ああ。新はベータだからな」
 ……ベータだから。
 そうか、今回も自分は置いていかれるのか。喉の奥にこみ上げてきた塊を、無理やり飲み込んだ。まだ十四歳だから正式なパーティーに出られないのは当然としても、ちょっとした懇親パーティーですら新は連れて行ってもらえたことがなかった。出席するのは父と兄と拓海の三人だけだ。何度も深呼吸を繰り返す。落ち着こう、自分が母と残されることには慣れてるじゃないか。

(大丈夫だから)
(いつものとおり、母さんと留守番するから)
(パーティーにはみんなで行ってきて)

 いつも3人を見送るたびに口にしている言葉を思い浮かべて、じわりと目が潤む。小さい頃からずっと、父が兄と拓海だけを連れてパーティーに行くのを見送ってきた。けれど、うちの庭で開催されるガーデンパーティーなら、自分も中野家の一員として来賓に紹介してもらえると思っていた。そんなわけないのに。
「うちで園遊会を開く話が出たとき、普段はわがまま言わない新が、珍しく自分も出たいって言っていました。どうしても駄目ですか」
 兄の食い下がる声に、余計に涙が出そうになった。律兄さんはいつも優しい。早く部屋に入って、大好きな兄に「大丈夫、今回もちゃんと留守番するよ」と笑って言わなければ。
 涙を引っ込めようと目をしばたいたとき、居間から出てきたのは、母親の柊だった。長身の彼が軽くかがみ、目元を和ませて新の顔を覗き込んだ。
「やっぱりここで聞いていたのか。新、そんな顔をするな」
「母さん」
「……そんなに出たいのか」
 心配そうな顔の律と拓海、その後ろから複雑な表情を浮かべた忠彦が部屋から出てくる。家族全員の自分を想う表情に、どれだけ愛されてるかを改めて感じ取った。
「ベータだから駄目なんだよね。アルファかオメガならよかった。それならこの家の役に立てたのに」
「それは違う」
 母の声は激しかった。オメガらしくない、意志の強い顔が新を見据える。
「性別なんか関係ない。お前は俺たちの宝物だ、新」
「そのとおりだ」
 父にも言われて、新は我慢できずに涙を一粒流した。困った顔で母が尋ねる。
「そんなに出たいのか」
 どうしても自分の心に嘘はつけなかった。
「……出たい」
「そうか」
 母が考え込む。中野家では母は絶対だ。しばらくしてから彼は自分の番を見上げた。
「忠彦、俺が新の傍につくのでは駄目か。俺がホスト役をやってもいいが、それは嫌だろう?」
 忠彦は世界の終わりを知らされたような悲壮な顔で、柊に縋りついた。
「駄目だ! お願いだ、柊、客の前には出ないでくれ。頼む」
「そんな顔をするな、忠彦。俺ももう歳だ、口説いてくるアルファなんていない」
「また大臣を更迭させる気か!」
 あ。父さん、母さんに横恋慕したアルファの大臣を、辞めさせたことがあるんだ。新は律と目くばせした。柊を盲愛していて、彼のために力を尽くして中野家を発展させてきた忠彦なら、大臣の首ぐらい二、三人飛ばしていても不思議じゃなかった。
 不意に、いつもは無口な拓海が口を挟んだ。
「俺も反対です、柊様。中野家を狙うものは数多くいます。俺と忠彦様の二人だから律様を守れている。柊様もとなると、あと二人、いや三人は俺たちと同じレベルのアルファが護衛にいないと危険です」
「律をパーティーに連れて行くとき、護衛がお前たち二人がかりなのは、この子に番がいなくて会場がアウェイだからだろう?」
「中野家を狙うものは、ホームなら大丈夫という、こちらの気の緩みを突いてきます。そして俺や忠彦様と同じぐらい強いアルファなら、柊様に夢中になる確率が高い」
「お前はこんなおじさんに見向きもしないじゃないか」
「おじさんじゃない、柊はいくつになっても世界一美しい」
 真顔で母を口説く父を見ていられなくて、新は「もういいよ、母さん。みんなもわがままを言ってごめんなさい」と無理やり笑みを浮かべた。新以外の家族全員と、拓海が顔を見合わせた。拓海が考え込みながら言った。
「初めから出席ではなく、忠彦様のホスト役としての挨拶が、一通り終わってからではどうでしょう。俺が律様を守り、忠彦様が新様を護る。中野家の庭園での開催だから、地の利はこちらにある。警備体制に万全を期して、招待客を友好的な人物に限れば、誘拐や略取の可能性は限りなく低くなる」
「敵だが我が家に招待するしかない人間が何人かいる。しかし拓海の言うとおりだ。うちで開催する園遊会だから導線を考えて、逃走経路を設定しておけば、万が一のときも対応できる」
 そこから先は囁き声になって聞こえなかった。真剣な顔で、親子ほど年齢の違うアルファ二人が協議する。忠彦は年齢に関わらずプロへの敬意を忘れない男で、こと警護に関しては未成年の拓海を対等に扱った。
 クスッという忍び笑いが聞こえる。新は膝を伸ばして立った長身の母を見上げた。柊は我慢強い次男にいたずらっぽくウインクした。
「行ってこい、新。お前がそこまで言うんだ、きっと新たな出会いがある」
 どこか他人事のように父と拓海の会話を聞いていた新はハッとした。本当に園遊会に出席していいんだ。自分でも不思議なぐらい嬉しかった。律が「良かったね」と新に抱きつく。新は我が事のように喜んでくれる兄の背中を撫でた。
「それにしても、我が家のアルファたちは最高だな」
 まだ熱心に警備計画を話し込んでいる二人のアルファを見ながら、母がしみじみと嬉しそうに呟く。その眼差しは、忠彦と拓海への深い愛情に満ちていた。

しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 2026/01/23 19:00 アルファポリス版限定SS公開予定  累計で6300♡いいねと累計ポイント285000突破の御礼SSになります

僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた

いちみやりょう
BL
▲ オメガバース の設定をお借りしている & おそらく勝手に付け足したかもしれない設定もあるかも 設定書くの難しすぎたのでオメガバース知ってる方は1話目は流し読み推奨です▲ 捨てられたΩの末路は悲惨だ。 Ωはαに捨てられないように必死に生きなきゃいけない。 僕が結婚する相手には好きな人がいる。僕のことが気に食わない彼を、それでも僕は愛してる。 いつか捨てられるその日が来るまでは、そばに居てもいいですか。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

回帰したシリルの見る夢は

riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。 しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。 嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。 執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語! 執着アルファ×回帰オメガ 本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます。 物語お楽しみいただけたら幸いです。 *** 2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました! 応援してくれた皆様のお陰です。 ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!! ☆☆☆ 2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!! 応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...