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第15話 アルファの巣に連れ込まれたベータ(6)
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木南邸の庭園の中央には池があった。池に架けられた石橋の上から、新は水の中を覗き込んだ。
「鯉がいる!」
「ああ、ここからは見えないが亀もいるぞ。鯉の餌を持ってきたらよかったな。おい、そんなに端に寄ると危ない」
しっかりと手を握られて、鼓動が早くなった。
「すみません、はしゃいでしまって」
「いや」
直樹が眩しそうな顔をする。どちらも手をほどこうとはしなかった。
「少し休もう」
「そうですね」
二人は手を繋いだままあずまやに入り、そっと手を離した。少し間隔を開けて座る。不意に直樹は言った。
「俺は昔、中野家の園遊会に招かれたことがある。今のお前と同じ年齢のときだった。中野家の庭園は、広くて立派で、どこもかしこも手入れが行き届いていて、格の違いを思い知らされた。少しでも近づきたくて、この屋敷を手に入れた。お前からは、成り上がりものが背伸びしているように見えているだろうが」
彼の言葉に自嘲を感じて、新は自分まで苦しくなった。
「そんなことはない、とても素敵なお家だと思いました。一代でここまでの財を築くなんて、父にも難しいでしょう。我が家は古くから続く家だというだけです。あなたは二十四歳の若さで、我が家の園遊会に招待された。おそらく最年少ではないでしょうか」
新の慰めに、直樹は答えなかった。その場の重い沈黙に突き動かされるように、新は心の奥の本音を吐き出した。
「俺はあなたが羨ましい。あなたのような優れたアルファになりたかった。そうしたら兄を駆け落ちに追い込むことはなかった」
「新」
「自分で言うのもなんですが、俺はベータにしては勉強ができました。少なくとも成績で見る限り、拓海よりずっとずっと経営者に向いていた。だから父に尋ねたことがあります。『家長は兄のまま、自分が経営者になることはできないか』って」
今でもはっきりと父の言葉を思い出せる。
「お前には無理だと言われました。アルファでないと中野家を任せられない、ベータには不可能だって」
声が震えてしまう。自分に告げた時、父は無表情だった。
兄と拓海が、言葉にしなくても互いに惹かれ合っていることはわかっていた。夜遅くに明かりのついている邸内の図書室を覗くたび、座学の苦手な拓海が経済学の本を読んでいた。けれど拓海には経営に関する才能は無かった。多くのベータは、アルファは努力しなくてもなんでもできると思っている。そんなことはないのに。
「アルファは番に執着するそうですね」
新の言葉に直樹が無言で頷く。
「自分たちは番を独占するためならどんなことでもできる生き物だと父は言いました。中野グループは大きい、だから利益優先のために、採算の取れない部門を切り捨てることもある。ベータのお前にはそんな決断はできないが、アルファは最愛の番のためなら、なんだってやってのける。だから中野家の家長はオメガだし、その配偶者のアルファが中野家を率いるんだと」
感情が波をうって押し寄せてくる。
『役立たずのベータ』
かつて顔も知らない人間に嘲笑された言葉が、何度も何度も脳内に響く。そうだ。自分は役立たず以外の何者でもない。
「俺は、自分の生まれ育った家のために尽くすこともできない役立たずです。兄と拓海が苦しむのを間近で見ていたのに、ほんとに何もできなかった。中野家を率いることができないなら、せめて兄の身代わりとしてあなたに償いたいのに、それすらできない。ごめんなさい、俺がオメガだったら、あるいは女性だったらよかったのに。せっかく用意してくださった心尽くしの料理も受け入れられない心の狭い人間でごめんなさい」
「それは違う!」
叱りつけるように言われ、強く抱き締められて新は目を丸くした。
「お前は心が狭くなんてない。オメガのために用意された食事なのに、食べようとしてくれた。ああいうときは教えてくれ。俺は無教養で、三十四歳にもなって、しきたりも何も知らない。馬鹿だと軽蔑されても仕方がない」
「そんなふうに思ったことはありません!」
必死に言い募る新と直樹の視線が絡み合う。あまりの必死さがおかしかったのか、フッと直樹が微笑んだ。
ああ、この笑顔だけで何をされても許してしまう。新の胸は切ない恋心に疼いた。
「鯉がいる!」
「ああ、ここからは見えないが亀もいるぞ。鯉の餌を持ってきたらよかったな。おい、そんなに端に寄ると危ない」
しっかりと手を握られて、鼓動が早くなった。
「すみません、はしゃいでしまって」
「いや」
直樹が眩しそうな顔をする。どちらも手をほどこうとはしなかった。
「少し休もう」
「そうですね」
二人は手を繋いだままあずまやに入り、そっと手を離した。少し間隔を開けて座る。不意に直樹は言った。
「俺は昔、中野家の園遊会に招かれたことがある。今のお前と同じ年齢のときだった。中野家の庭園は、広くて立派で、どこもかしこも手入れが行き届いていて、格の違いを思い知らされた。少しでも近づきたくて、この屋敷を手に入れた。お前からは、成り上がりものが背伸びしているように見えているだろうが」
彼の言葉に自嘲を感じて、新は自分まで苦しくなった。
「そんなことはない、とても素敵なお家だと思いました。一代でここまでの財を築くなんて、父にも難しいでしょう。我が家は古くから続く家だというだけです。あなたは二十四歳の若さで、我が家の園遊会に招待された。おそらく最年少ではないでしょうか」
新の慰めに、直樹は答えなかった。その場の重い沈黙に突き動かされるように、新は心の奥の本音を吐き出した。
「俺はあなたが羨ましい。あなたのような優れたアルファになりたかった。そうしたら兄を駆け落ちに追い込むことはなかった」
「新」
「自分で言うのもなんですが、俺はベータにしては勉強ができました。少なくとも成績で見る限り、拓海よりずっとずっと経営者に向いていた。だから父に尋ねたことがあります。『家長は兄のまま、自分が経営者になることはできないか』って」
今でもはっきりと父の言葉を思い出せる。
「お前には無理だと言われました。アルファでないと中野家を任せられない、ベータには不可能だって」
声が震えてしまう。自分に告げた時、父は無表情だった。
兄と拓海が、言葉にしなくても互いに惹かれ合っていることはわかっていた。夜遅くに明かりのついている邸内の図書室を覗くたび、座学の苦手な拓海が経済学の本を読んでいた。けれど拓海には経営に関する才能は無かった。多くのベータは、アルファは努力しなくてもなんでもできると思っている。そんなことはないのに。
「アルファは番に執着するそうですね」
新の言葉に直樹が無言で頷く。
「自分たちは番を独占するためならどんなことでもできる生き物だと父は言いました。中野グループは大きい、だから利益優先のために、採算の取れない部門を切り捨てることもある。ベータのお前にはそんな決断はできないが、アルファは最愛の番のためなら、なんだってやってのける。だから中野家の家長はオメガだし、その配偶者のアルファが中野家を率いるんだと」
感情が波をうって押し寄せてくる。
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「俺は、自分の生まれ育った家のために尽くすこともできない役立たずです。兄と拓海が苦しむのを間近で見ていたのに、ほんとに何もできなかった。中野家を率いることができないなら、せめて兄の身代わりとしてあなたに償いたいのに、それすらできない。ごめんなさい、俺がオメガだったら、あるいは女性だったらよかったのに。せっかく用意してくださった心尽くしの料理も受け入れられない心の狭い人間でごめんなさい」
「それは違う!」
叱りつけるように言われ、強く抱き締められて新は目を丸くした。
「お前は心が狭くなんてない。オメガのために用意された食事なのに、食べようとしてくれた。ああいうときは教えてくれ。俺は無教養で、三十四歳にもなって、しきたりも何も知らない。馬鹿だと軽蔑されても仕方がない」
「そんなふうに思ったことはありません!」
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