【完結】運命の番に逃げられたアルファと、身代わりベータの結婚

貴宮 あすか

文字の大きさ
27 / 38

第27話 本物と偽物

しおりを挟む
(終わった……)

 新は、律が直樹に呼応して発情するのを、呆然と見ていることしかできなかった。
 兄の、いかにもオメガらしい華やかで美しい顔に血がのぼり、頬が赤らんでいく。
 吐息が熱く、早くなった。
 眼が欲望に潤んでいく。
 そして誰彼かまわず誘惑するフェロモンが律から放たれた。花のような果実のような、人を引き寄せてやまない魔性の香り。

 律と直樹の視線が絡みあうのを、新は絶望に打ちのめされて、ただ見ていた。
「あ……」
 律の甘い喘ぎが、弟である新の下半身までねっとりと愛撫した。
 フェロモンの調整を受けていない兄のヒートは凶暴だった。ついさっきまで理性のある人間だったのに、運命の番の精液を残さず搾りとり、子どもを孕むためだけの存在へと変容していく。その変化は恐ろしいほど劇的だった。
 律のフェロモンの直撃を受けて、直樹は顔を歪めた。日曜日に新を抱いて以来ずっと禁欲していたアルファが、強制的にラットに追い込まれていく。

(やっぱり、俺では駄目なんだ)

 悲痛な思いが胸を貫いて、新は息ができなくなった。
 知っていた。
 そんなこと、律の身代わりになんてなれないこと、物心ついたときからわかってた。
 顔立ちが似ていても、オメガとベータは骨格から身体のつくりまで何もかもが違う。オメガは男女関係なく、アルファを引き寄せて子どもを産むための性だ。容姿も、声も、体格も、フェロモンも、何もかもが、アルファを狂わせるためのもの。
 そして新はベータだった。どれほど直樹とセックスしても、子どもを産むことはできないし番にもなれない。
 本物のダイヤモンドの隣にガラス玉を置いたって、ダイヤモンドには敵わない。
 決して、決して、決して、決して。ガラス玉はダイヤモンドにはなれない。

 身代わりは、本物にはなれない……。



「何をやっている!」
 不意に響いた怒号に、新は我に返った。直樹が睨みつけている相手は、拓海だった。
「そいつに打つ緊急用抑制剤を持ってないのか!」
 言いながら、直樹は震える手でジャケットの内ポケットに手を入れ、ペン型の注射器を取り出して腕に自己注射した。
「所持金の入ったバッグごと、奪われた」
 拓海が、正気を失って直樹の元に行こうとする律を抱きしめて、苦しげにこたえる。
「お前もこれを打っておけ」
 直樹は予備のアルファ用の抑制剤を拓海に投げた。怪我をし、律を抑えこんでいるにも関わらず、拓海は器用に受け止めて自分に打った。怒号を聞いて何事かと出てきたコンシェルジュに、直樹は言った。
「すまない、オメガ用の緊急抑制剤をもらえないか。俺はアルファで近づけない、あそこのオメガに渡してやってくれ」
「かしこまりました」
 抑制剤を受け取った拓海が律に注射する。びくんと大きく震えたあと、律の発情フェロモンは徐々におさまっていった。ハァハァという荒い息が落ち着いた頃、兄の眼に理性の光が戻った。
「申し訳、ありませんでした、木南社長」
「今ごろのこのこと現れて。何があった」
 直樹が冷たく吐き捨てる。口を開いた律を、拓海が制した。他人を警戒して低い声で囁く。
「木南社長、律様は中国マフィアに狙われています」
 直樹の身体が、憤怒に一回り大きくなった。
「新まで巻き込むつもりか!」
「やめてください」
 新は夫の腕を掴んだ。直樹がギラつく眼で新を見下ろした。それでも新は引かなかった。
「さっきも言ったでしょう、俺たちは身代金目当てで狙われることに慣れてます。だからセキュリティの厳重な、分不相応なところに住んでいる」
 直樹はしばらく黙っていたが、やがて深い溜め息をついた。
「たしかにここはコンシェルジュが常駐している。だがマンションは身元のわからない人間の出入りが多いし、そもそも武装した犯罪組織の襲撃に耐えられる場所じゃない。うちで話を聞こう」
 不意に拓海がよろめいた。
「拓海!」
 新は叫んで駆け寄った。律と一緒に左右から、幼いときからの側仕えを支える。
「銃で撃たれたって、医者には?」
 まだ……と律が首を振る。直樹が尋ねた。
「貫通してるのか?」
「掠っただけです。病院に行けば警察に通報される。その前に忠彦様に指示を仰がなくては」
 緊張の糸が緩んだせいか、拓海の息がどんどん荒くなる。額に滲んだ冷や汗をハンカチで拭きながら、新は心配のあまり泣きそうになった。
「何言ってるんだ。父さんの指示より、拓海の治療のほうが大事に決まってる!」
 直樹は不機嫌をあらわにして、眉を寄せた。
「……わかった。懇意にしている医者がいるから、口止めしてうちに来てもらおう。それと」
 言葉を切って、律と拓海を睨みつけた。
「なんでお前たち、番の契約を交わしていない」
 律が眼を伏せた。長い睫毛が影を落とす。美しい兄がそんな悲しそうな顔をすると、ベータである新ですら胸が締め付けられた。
「ネックガードの暗証番号は父親しか知らないからです。自白剤を飲まされたら危険なので、俺自身も聞かされていない。木南さん、本当は俺の口から結婚の話をお断りしたかった。けれど常に周囲の目があってできませんでした。婚約公表後に突然姿を消したことは、いくら謝っても許されないことだとわかっています。本当に申し訳ありません」
 律は深々と頭を下げた。直樹はしばらく何も言わなかった。
「……終わったことだ。三人ともうちの車に乗るんだ」
 それだけ言い残して振り返りもせず、地下駐車場に向かう。新たちは前を歩く直樹の後ろを、少し間隔を空けて追っていった。

 運命の番であるオメガに逃げられたアルファ。

 直樹の広い背中は、安っぽい同情を拒絶していた。それでも新は、その広い背中に苦しみと孤独を感じてたまらなかった。

しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 2026/01/23 19:00 アルファポリス版限定SS公開予定  累計で6300♡いいねと累計ポイント285000突破の御礼SSになります

僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた

いちみやりょう
BL
▲ オメガバース の設定をお借りしている & おそらく勝手に付け足したかもしれない設定もあるかも 設定書くの難しすぎたのでオメガバース知ってる方は1話目は流し読み推奨です▲ 捨てられたΩの末路は悲惨だ。 Ωはαに捨てられないように必死に生きなきゃいけない。 僕が結婚する相手には好きな人がいる。僕のことが気に食わない彼を、それでも僕は愛してる。 いつか捨てられるその日が来るまでは、そばに居てもいいですか。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

回帰したシリルの見る夢は

riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。 しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。 嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。 執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語! 執着アルファ×回帰オメガ 本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます。 物語お楽しみいただけたら幸いです。 *** 2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました! 応援してくれた皆様のお陰です。 ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!! ☆☆☆ 2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!! 応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...