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第30話 告白(後編)
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嘘だ、という声はか細かった。直樹は信じられないものを見た顔をしていた。
「だってあのときの少年は、ネックガードをしていた」
「そうです、チョーカーをつけていました」
新は記憶をたどった。
「俺がどうしても園遊会に出たいって、我が儘を言ったんです。父には反対されたけれど、拓海が取りなしてくれて。来賓の注目を惹かないように、兄のふりをして出席しました。あの年輩のアルファ男性から助けていただいたあと、生け垣の陰に隠れながら逃げていた時、来客の誰かが『この家の次男は役立たずのベータだ』と言ってるのを聞いてしまって、あまりにもつらすぎてあずまやで座りこんでいたんです」
「そんなひどいことを言われたのか!」
新は微かに笑った。
「怖いのと悲しい出来事が立て続けにあった後、あなたに買ってきてもらったお水が、とても美味しく感じられました。あの時、俺がアルファだったらよかったと言ったら、あなたは『俺はアルファより、ベータとして生まれたかった』と言ってくれたでしょう? 役立たずのベータと言われた心の傷が、和らいだ気がしたんです」
直樹はふうーっと深い吐息をついた。
「俺はお前の、『大丈夫です。絶対、あなたにふさわしい相手が現れます。アルファで良かったって、そう思えるような人に出会える』という言葉に支えられて、これまでずっと生きてきた。ネックガードを見てオメガだと思いこんでいた。あれは新だったのか!」
叫んだあと、直樹は大きな右手で顔の下半分を覆った。
「十年前だからまだ十四歳じゃないか! そんな子どもを家に連れ帰りたいと、一瞬でも思ってしまったなんて。犯罪だ」
直樹は、顔を真っ赤にしている。右手を下ろすと、慌てて言い訳めいたことを口にした。
「もちろん覚えている。お前が豊橋に声をかけられているのを見たとき、あのクソジジイを殺してやろうかと思った。天使みたいに可愛くて……中野家のオメガといえば律しかいないと聞いていたから、結婚相手の候補者になれるよう、がむしゃらに働いた。オメガは小柄だから十六歳でもおかしくないと思っていた。いや、それでも犯罪だが、まさか中学生だなんて」
新は静かに言った。
「律というのはありえません。拓海は決して兄のそばを離れませんから」
「あー、なるほど。そうか。そうだろうな」
直樹が呟いて髪をかき回す。新はなんだかおかしくなって笑ってしまった。
「運命の番って、本当にすごいんですね。そうか、あなたたち二人を結びつけるために、俺はダシに使われたんだ。たしかに十四歳の頃の俺は兄さんに似てるってよく言われました。……だけど兄さんのそばには拓海がついていたから、運命の力を持ってしても、直接あなたと引き合わせられなかった。だから俺を身代わりにしたのか」
こんなにも自分を踏みつけにする『運命』。いっそ清々しいほどだ。
鼻の奥が痛くなって、新は何回もまばたきして涙を押し止めようとした。泣いて同情を請いたくはない。その前に、直樹には全てを話して謝罪しなくてはならなかった。
「あなたが見抜いていたとおりです。律の駆け落ちに手を貸したのは俺です。兄さんが拓海を愛しているのを知っていたからだけど、それだけじゃなくて。……兄がいなくなったあと、俺が父に頼んだんです。俺を身代わりに結婚させてほしいって」
直樹の驚愕した表情に、悲しい笑みがこぼれた。
「あなたの言うとおりだ。ベータで、しかも男の俺が、あなたの運命の番であるオメガの身代わりになんて、なれるはずないのに。……一回だけ、婚姻の無効を回避するためでも、抱いてもらえたらそれで諦めるつもりでした」
駄目だ。泣きたくないのに、涙がこぼれた。
「兄さんの名前を呼ばれながらでも嬉しかった。あの、全然何も知らなくて、あなたを気持ちよくできなくてごめんなさい。アナルセックスって、あんなに時間掛けて慣らさないといけないとか、何も知らなくて」
言いながら、この1か月間の新婚生活を思い出してうつむいてしまう。
「一回だけと、思っていたのか」
新はこくんと頷いた。
「父には反対されたんですけれど、俺がどうしてもって。……十年前、園遊会で父があなたを紹介してくれたあと、父に尋ねました。『ベータ男性がアルファ男性を好きになったとして、その恋が叶うことはあるでしょうか』って。父は『無理だ、子がなせない』と即答しました」
今でもはっきり覚えてる。父もアルファだから、この結末はわかっていたのだろう。
「『だが、お前がどうしても、どうしても、諦めることができないなら。お前は恋人を作ってはいけない。優れたアルファであればあるほど、独占欲が強いものだから』って言われました。俺は父の言いつけどおり、誰の誘いにも乗らなかった。でも、それじゃ駄目だったんですね。あなたを夢中にさせることはできなかった。俺にできるのは律の身代わりとして、あなたの性欲を受け止めるだけでした」
1か月間だけ夫だった人に涙を流したまま笑いかける。
「でも残念ながら、俺じゃ兄さんの身代わりにもなれなかったな。ベータで、しかも男だから。オメガの、運命の番の身代わりにはなれなかっ」
最後まで言えずに嗚咽が込み上げてきた。必死に右手を口に当てて泣き声を殺そうとしたのに、苦しみが声になって漏れてしまった。
「馬鹿っ、そういうことはせめて結婚式の前に言え! 俺は、お前のことを危うくレイプするところだったんだぞ!」
「だって、ベータの男から好きだなんて言われても、気持ち悪いだけでしょう。……強姦されるんでもいいかなって思ってたんだけど、でもいざとなったらやっぱり怖くなってしまって」
「当たり前だ」
抱きしめられて、ついその腕の中に体を預けてしまう。
優しい。この人は自分から運命の番を奪った俺にも、こんなに優しい。
「お前は律の、運命の番の身代わりになんてなれない」
その残酷な宣告に、新はこくんと頷いた。
「なる必要もない。新はそのままでいい」
そっと唇と唇が触れるだけのキスをされて、新は目を見張った。直樹は怖いほど真剣に告げた。
「俺はベータの、そのままの新を愛している」
「だってあのときの少年は、ネックガードをしていた」
「そうです、チョーカーをつけていました」
新は記憶をたどった。
「俺がどうしても園遊会に出たいって、我が儘を言ったんです。父には反対されたけれど、拓海が取りなしてくれて。来賓の注目を惹かないように、兄のふりをして出席しました。あの年輩のアルファ男性から助けていただいたあと、生け垣の陰に隠れながら逃げていた時、来客の誰かが『この家の次男は役立たずのベータだ』と言ってるのを聞いてしまって、あまりにもつらすぎてあずまやで座りこんでいたんです」
「そんなひどいことを言われたのか!」
新は微かに笑った。
「怖いのと悲しい出来事が立て続けにあった後、あなたに買ってきてもらったお水が、とても美味しく感じられました。あの時、俺がアルファだったらよかったと言ったら、あなたは『俺はアルファより、ベータとして生まれたかった』と言ってくれたでしょう? 役立たずのベータと言われた心の傷が、和らいだ気がしたんです」
直樹はふうーっと深い吐息をついた。
「俺はお前の、『大丈夫です。絶対、あなたにふさわしい相手が現れます。アルファで良かったって、そう思えるような人に出会える』という言葉に支えられて、これまでずっと生きてきた。ネックガードを見てオメガだと思いこんでいた。あれは新だったのか!」
叫んだあと、直樹は大きな右手で顔の下半分を覆った。
「十年前だからまだ十四歳じゃないか! そんな子どもを家に連れ帰りたいと、一瞬でも思ってしまったなんて。犯罪だ」
直樹は、顔を真っ赤にしている。右手を下ろすと、慌てて言い訳めいたことを口にした。
「もちろん覚えている。お前が豊橋に声をかけられているのを見たとき、あのクソジジイを殺してやろうかと思った。天使みたいに可愛くて……中野家のオメガといえば律しかいないと聞いていたから、結婚相手の候補者になれるよう、がむしゃらに働いた。オメガは小柄だから十六歳でもおかしくないと思っていた。いや、それでも犯罪だが、まさか中学生だなんて」
新は静かに言った。
「律というのはありえません。拓海は決して兄のそばを離れませんから」
「あー、なるほど。そうか。そうだろうな」
直樹が呟いて髪をかき回す。新はなんだかおかしくなって笑ってしまった。
「運命の番って、本当にすごいんですね。そうか、あなたたち二人を結びつけるために、俺はダシに使われたんだ。たしかに十四歳の頃の俺は兄さんに似てるってよく言われました。……だけど兄さんのそばには拓海がついていたから、運命の力を持ってしても、直接あなたと引き合わせられなかった。だから俺を身代わりにしたのか」
こんなにも自分を踏みつけにする『運命』。いっそ清々しいほどだ。
鼻の奥が痛くなって、新は何回もまばたきして涙を押し止めようとした。泣いて同情を請いたくはない。その前に、直樹には全てを話して謝罪しなくてはならなかった。
「あなたが見抜いていたとおりです。律の駆け落ちに手を貸したのは俺です。兄さんが拓海を愛しているのを知っていたからだけど、それだけじゃなくて。……兄がいなくなったあと、俺が父に頼んだんです。俺を身代わりに結婚させてほしいって」
直樹の驚愕した表情に、悲しい笑みがこぼれた。
「あなたの言うとおりだ。ベータで、しかも男の俺が、あなたの運命の番であるオメガの身代わりになんて、なれるはずないのに。……一回だけ、婚姻の無効を回避するためでも、抱いてもらえたらそれで諦めるつもりでした」
駄目だ。泣きたくないのに、涙がこぼれた。
「兄さんの名前を呼ばれながらでも嬉しかった。あの、全然何も知らなくて、あなたを気持ちよくできなくてごめんなさい。アナルセックスって、あんなに時間掛けて慣らさないといけないとか、何も知らなくて」
言いながら、この1か月間の新婚生活を思い出してうつむいてしまう。
「一回だけと、思っていたのか」
新はこくんと頷いた。
「父には反対されたんですけれど、俺がどうしてもって。……十年前、園遊会で父があなたを紹介してくれたあと、父に尋ねました。『ベータ男性がアルファ男性を好きになったとして、その恋が叶うことはあるでしょうか』って。父は『無理だ、子がなせない』と即答しました」
今でもはっきり覚えてる。父もアルファだから、この結末はわかっていたのだろう。
「『だが、お前がどうしても、どうしても、諦めることができないなら。お前は恋人を作ってはいけない。優れたアルファであればあるほど、独占欲が強いものだから』って言われました。俺は父の言いつけどおり、誰の誘いにも乗らなかった。でも、それじゃ駄目だったんですね。あなたを夢中にさせることはできなかった。俺にできるのは律の身代わりとして、あなたの性欲を受け止めるだけでした」
1か月間だけ夫だった人に涙を流したまま笑いかける。
「でも残念ながら、俺じゃ兄さんの身代わりにもなれなかったな。ベータで、しかも男だから。オメガの、運命の番の身代わりにはなれなかっ」
最後まで言えずに嗚咽が込み上げてきた。必死に右手を口に当てて泣き声を殺そうとしたのに、苦しみが声になって漏れてしまった。
「馬鹿っ、そういうことはせめて結婚式の前に言え! 俺は、お前のことを危うくレイプするところだったんだぞ!」
「だって、ベータの男から好きだなんて言われても、気持ち悪いだけでしょう。……強姦されるんでもいいかなって思ってたんだけど、でもいざとなったらやっぱり怖くなってしまって」
「当たり前だ」
抱きしめられて、ついその腕の中に体を預けてしまう。
優しい。この人は自分から運命の番を奪った俺にも、こんなに優しい。
「お前は律の、運命の番の身代わりになんてなれない」
その残酷な宣告に、新はこくんと頷いた。
「なる必要もない。新はそのままでいい」
そっと唇と唇が触れるだけのキスをされて、新は目を見張った。直樹は怖いほど真剣に告げた。
「俺はベータの、そのままの新を愛している」
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