聖女をぶん殴った女が妻になった。「貴女を愛することはありません」と言ったら、「はい、知ってます」と言われた。

下菊みこと

文字の大きさ
1 / 3

一番割りを食ったのは幼馴染ちゃん

しおりを挟む
「私は貴女を愛することはありません」

「はい、知ってます」

「え」

「男爵家の跡継ぎである貴方様は、幼馴染の平民の女性を心から愛している。うん、美しいお話です」

私は多分、今すごく間抜けな顔をしている。今日妻になったばかりの人は、聞いてはいたが少々変わった人らしい。

「その貴方様のお美しい恋愛事情の一方で、その妻となったわたくし。貴族の子女の通う学園にて聖女様が逆ハーレムを作り上げたのを見て、これはダメだろうと思いあろうことか聖女様をぶん殴った悪人でございます」

「あ、はい…知っていますよ。でも、貴女がしたことは間違っていますが、主張は正しいと判断されたと聞いています」

「ええ。そうです。で、罰どうする?となってお互い望まないだろう結婚を押し付けられたと」

「…そうですね。私は幼馴染と結婚できない、貴女は公爵家の姫君なのに男爵家に嫁入り。これ以上ない嫌がらせです。教会の考えそうなことだ」

私はため息をつく。…実際、妻となったこの人は、やり方はともかく主張は正しかった。それは同意する。というかむしろ、やり方もこの上なく正しかったと私は思うのだ。

彼女が聖女様をぶん殴ったおかげで、聖女様の魅了にやられていた王太子殿下やその側近たちも正気に戻ったし。そのおかげで教会の腐った連中を芋づる式に排除できたらしいし。性悪聖女は結界の修復と国民達への加護を与えることさえしていればいいと幽閉されたし。

彼女には悪感情はない。むしろその正義感には憧れさえ抱く。ただ、私は愛する人がいる。どうしても諦められない。

「ということでですね、別邸に幼馴染さんを囲いましょう」

「はい?」

「貴方は別邸で甘い日々を過ごしてくださればいい。生まれてくる子供だけ、正妻である私の子ということにしてくださればそれで」

「…貴女って人は」

普通、こんなこと言われたらぶち切れるところだろう。幼馴染をなんだと思っていると。

しかし、幼馴染を諦められない私にとってはこの上なく素晴らしい提案だった。私は、幼馴染を手放せない。幼馴染も、まだ私を思ってくれている。

それを全部理解しての提案だ。妻となった人は、むしろすごく優しい人だと思った。

「…本当に貴女はそれでいいんですね?」

「もちろん」

「貴女の方は、愛人は?」

「んー…今のところ要りません。必要になったら言いますね」

「わかりました」

ということで、私達は仮初めの夫婦となった。























「いやぁ、我が子は可愛らしいですねぇ」

「…ええ、そうですね」

「あら?ご不満でも?」

「まさか。そういう約束ですから」

「それは良かった。心配しなくても大丈夫ですよ、大切にしますから」

あれから。幼馴染を別邸に囲い、幼馴染と夫婦のように甘い時間を過ごした。本物の妻はなんの文句も言わず、むしろ私達のことを応援してくれていた。そして、幼馴染はやがて私の子供を産んだ。

幼馴染から我が子を取り上げた。それは元からわかっていたこと。幼馴染は泣いたが、仕方がないことだった。

妻は幼馴染が生んだ私の息子を、我が子という。本当の母のように振る舞う。乳は、乳母に任せている。でもそれ以外は、甲斐甲斐しく自分で世話を焼いている。

「必ず、将来の男爵として立派に。人として素晴らしい男の子に。お約束します」

「貴女がそう言うなら、そう育つでしょうね。なんとなくそんな気がします」

「ええ。これからも、女の子でも男の子でもどんと来いですよ」

そう。幼馴染が生んだ子は、これから全て妻の子ということになる。そういう約束なのだから。…私が、選んだことだ。そして、幼馴染が了承したことでもある。

「でも…我が子を抱きたいとは思わないのですか?」

「今抱いてますよ」

「いえ、そうではなく」

妻は、私の言いたいことを理解するとぽそっと言った。

「わたくし、子供を産めない身体なんです」

「…え?」

「わたくしね、わたくし…幼い頃に、病気で…」

「すみません、無理に話す必要はありませんよ。ほら、息を吸って…吐いて…そう、上手です」

過呼吸気味になりかけた妻を、介抱する。しばらくすると、呼吸が落ち着いてきた。

「すみません、何も知らないでズカズカと踏み込みました」

「いえ、いいんです。…ありがとうございます、もう大丈夫です。落ち着きました」

「ええ…」

「…」

「…」

気まずい沈黙。だが、妻が口を開いた。

「そんなわけで、誰かと婚約するでもなく。将来的には、お金持ちのお爺さんの後妻とか目指してました。子供が出来なくても、怒られない相手を選ぼうと。だから、愛する相手がいるという貴方との結婚はありがたかったんです」

「そうですか」

「こうして、も抱けますし。感謝しています」

「…私こそ、幼馴染との甘い日々は貴女のおかげです。感謝してもし足りない」

「改めて、これからも末永くよろしくお願いします」

そうして微笑んだ彼女は、どこか悲しそうに見えたのは私の勘違いだろうか。






















結局。幼馴染は私の子を六人産んだ。全員妻の子になった。

幼馴染は、それでも私を愛してくれる。私も幼馴染を愛している。二人での別邸暮らしは、幸せだ。

妻は、六人の子宝に恵まれたと嬉しそうにしている。甲斐甲斐しく世話を焼いて、子供達も本当の母など知らずに妻に懐いている。

「お母様!今日も私、お母様とお菓子作りしたい!」

「もちろんいいですよ。では、手を洗って早速始めましょうか。みんなも手伝ってね」

「はい、母上」

「母上のお菓子楽しみだなぁ!」

「私、お母様のお菓子大好き!」

子供達は、本邸で幸せそうに暮らしている。今更私や幼馴染がでしゃばってもろくなことにならない。この状況は父と母も仕方なくだが認めてくれているので、私は幼馴染だけを愛する日々を送る。

我が子達はそれでも、私にたまに会うとお父様と懐いてくれる。その愛らしさときたら。…私は、幼馴染にとんでもないことをしてしまったと今更悔いる。その分、幼馴染に愛を捧ぐ。それしか出来ることはない。

子供たちだけは、なんの葛藤もなく幸せでいられるのはせめてもの救いだろうか。

「お母様、大好き!」

「わたくしもみんなを愛しています!わたくしがみんなを、絶対に世界一幸せにしますからね!」

「母上大好きー!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

聖女の魔力を失い国が崩壊。婚約破棄したら、彼と幼馴染が事故死した。

佐藤 美奈
恋愛
聖女のクロエ公爵令嬢はガブリエル王太子殿下と婚約していた。しかしガブリエルはマリアという幼馴染に夢中になり、隠れて密会していた。 二人が人目を避けて会っている事をクロエに知られてしまい、ガブリエルは謝罪して「マリアとは距離を置く」と約束してくれる。 クロエはその言葉を信じていましたが、実は二人はこっそり関係を続けていました。 その事をガブリエルに厳しく抗議するとあり得ない反論をされる。 「クロエとは婚約破棄して聖女の地位を剥奪する!そして僕は愛するマリアと結婚して彼女を聖女にする!」 「ガブリエル考え直してください。私が聖女を辞めればこの国は大変なことになります!」 「僕を騙すつもりか?」 「どういう事でしょう?」 「クロエには聖女の魔力なんて最初から無い。マリアが言っていた。それにマリアのことを随分といじめて嫌がらせをしているようだな」 「心から誓ってそんなことはしておりません!」 「黙れ!偽聖女が!」 クロエは婚約破棄されて聖女の地位を剥奪されました。ところが二人に天罰が下る。デート中にガブリエルとマリアは事故死したと知らせを受けます。 信頼していた婚約者に裏切られ、涙を流し悲痛な思いで身体を震わせるクロエは、急に頭痛がして倒れてしまう。 ――目覚めたら一年前に戻っていた――

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

自称聖女の従姉に誑かされた婚約者に婚約破棄追放されました、国が亡ぶ、知った事ではありません。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルバ」に同時投稿しています。 『偽者を信じて本物を婚約破棄追放するような国は滅びればいいのです。』  ブートル伯爵家の令嬢セシリアは不意に婚約者のルドルフ第三王子に張り飛ばされた。華奢なセシリアが筋肉バカのルドルフの殴られたら死の可能性すらあった。全ては聖女を自称する虚栄心の強い従姉コリンヌの仕業だった。公爵令嬢の自分がまだ婚約が決まらないのに、伯爵令嬢でしかない従妹のセシリアが第三王子と婚約しているのに元々腹を立てていたのだ。そこに叔父のブートル伯爵家ウィリアムに男の子が生まれたのだ。このままでは姉妹しかいないウィルブラハム公爵家は叔父の息子が継ぐことになる。それを恐れたコリンヌは筋肉バカのルドルフを騙してセシリアだけでなくブートル伯爵家を追放させようとしたのだった。

婚約者を処刑したら聖女になってました。けど何か文句ある?

春夜夢
恋愛
処刑台に立たされた公爵令嬢エリス・アルメリア。 無実の罪で婚約破棄され、王都中から「悪女」と罵られた彼女の最期―― ……になるはずだった。 『この者、神に選ばれし者なり――新たなる聖女である』 処刑の瞬間、突如として神託が下り、国中が凍りついた。 死ぬはずだった“元・悪女”は一転、「聖女様」として崇められる立場に。 だが―― 「誰が聖女? 好き勝手に人を貶めておいて、今さら許されるとでも?」 冷笑とともに立ち上がったエリスは、 “神の力”を使い、元婚約者である王太子を皮切りに、裏切った者すべてに裁きを下していく。 そして―― 「……次は、お前の番よ。愛してるふりをして私を売った、親友さん?」 清く正しい聖女? いいえ、これは徹底的に「やり返す」聖女の物語。 ざまぁあり、無双あり、そして……本当の愛も、ここから始まる。

リストラされた聖女 ~婚約破棄されたので結界維持を解除します

青の雀
恋愛
キャロラインは、王宮でのパーティで婚約者のジークフリク王太子殿下から婚約破棄されてしまい、王宮から追放されてしまう。 キャロラインは、国境を1歩でも出れば、自身が張っていた結界が消えてしまうのだ。 結界が消えた王国はいかに?

現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。

和泉鷹央
恋愛
 聖女は十年しか生きられない。  この悲しい運命を変えるため、ライラは聖女になるときに精霊王と二つの契約をした。  それは期間満了後に始まる約束だったけど――  一つ……一度、死んだあと蘇生し、王太子の側室として本来の寿命で死ぬまで尽くすこと。  二つ……王太子が国王となったとき、国民が苦しむ政治をしないように側で支えること。  ライラはこの契約を承諾する。  十年後。  あと半月でライラの寿命が尽きるという頃、王太子妃ハンナが聖女になりたいと言い出した。  そして、王太子は聖女が農民出身で王族に相応しくないから、婚約破棄をすると言う。  こんな王族の為に、死ぬのは嫌だな……王太子妃様にあとを任せて、村に戻り幼馴染の彼と結婚しよう。  そう思い、ライラは聖女をやめることにした。  他の投稿サイトでも掲載しています。

【完結】真の聖女だった私は死にました。あなたたちのせいですよ?

恋愛
聖女として国のために尽くしてきたフローラ。 しかしその力を妬むカリアによって聖女の座を奪われ、顔に傷をつけられたあげく、さらには聖女を騙った罪で追放、彼女を称えていたはずの王太子からは婚約破棄を突きつけられてしまう。 追放が正式に決まった日、絶望した彼女はふたりの目の前で死ぬことを選んだ。 フローラの亡骸は水葬されるが、奇跡的に一命を取り留めていた彼女は船に乗っていた他国の騎士団長に拾われる。 ラピスと名乗った青年はフローラを気に入って自分の屋敷に居候させる。 記憶喪失と顔の傷を抱えながらも前向きに生きるフローラを周りは愛し、やがてその愛情に応えるように彼女のほんとうの力が目覚めて……。 一方、真の聖女がいなくなった国は滅びへと向かっていた── ※小説家になろうにも投稿しています いいねやエール嬉しいです!ありがとうございます!

処理中です...