悪役令嬢を彼の側から見た話

下菊みこと

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綿菓子より甘い溺愛を君に

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可愛い女の子だと思った。

初めて会って、婚約者だと紹介されて。

君は笑顔で挨拶をしてくれて、婚約者が僕でよかったと笑った。

君は可愛い。

純粋で優しくて、人から見るときつい性格だというけれど懐に入れた人間にはひどく甘い。

その証拠に、使用人たちはもちろん領民たちからも愛される。

けれど君の父は、君のことを見てはくれない人らしい。

君を詰り、決して褒めてくれることはない人だった。

君の母は、君の父の背中ばかり追いかけてやはり君を見ない。

僕は君が人からきつい性格だと誤解される原因が、あの人たちだとその内に気付いた。

だからせめて、僕は君の味方でいたくて。

君の唯一になりたくて。

「君は素敵な人だよ」

「君は優しい」

「君の笑顔が僕の癒しだ」

「君が婚約者でよかった」

「君が大好きだ」

幼い君は、同じく幼い僕のその言葉を嬉しそうに受け取ってくれた。

段々と僕の存在は君の中で大きくなり、同じように僕の中で君の存在は大きくなった。

君は僕の唯一であり、僕は君の唯一になった。

その内に君の雰囲気は人から見ても柔らかくなり、君は元々好かれていた使用人たちや領民たちはもちろん貴族連中も含め多くの人から好かれるようになった。

元々領民たちに優しかったことからかいつしか慈愛の淑女と呼ばれるようになった君と、微笑みの貴公子なんて恥ずかしい呼び方をされる僕。

仲睦まじい僕らを誰もが祝福した。

けれど、そんな中で君の母が亡くなった。

愛する夫に相手にされなかった君の母は少しずつ弱っていっていたから、ある意味仕方がなかったかもしれない。

けれど悲しむ君に不幸が立て続けに起こる。

君の父が愛人と再婚して、その間にできた隠し子を娘として正式に迎え入れた。

この隠し子が最悪だった。

君を陰で蔑み、君を嘘で陥れようとする。

もちろん僕は君があんな子に暴力を振るったなんて信じていないし、仮に本当だとしても君が悪いとは思わないのだけど。

君の周りの連中は、手のひらを返して君を悪く言った。

君はいつしか僕に対してすら疑心暗鬼になり、きつい態度をとるようになった。

僕は君を愛しているのに、信じてもらえないのは寂しいけれど…それでも君が愛おしい気持ちに変わりはない。

なのに周りはそんな君を冷たい女だと、僕に相応しくないという。

お前たちこそ愛おしいあの子の周りにいるのに相応しくないというのに。

けれどあの子はそれを真に受けてしまった。

僕に自分は相応しくないと言って、まだ婚約者の決まっていない妹と婚約すればいいという。

自分は修道院に行くからと。

僕はもう、我慢ならなかった。

「ローザ!」

「ロート様!?なにを…っ」

急に抱きしめる僕に君は動揺する。

けれど君の意思など意に介さず僕は君の頬に、おでこに…唇は結婚式まで取っておかないといけないから我慢するとして、瞼にもキスをする。

そんな僕に君は目を白黒させる。

「ねえ、君が嫌がると悲しいから我慢していただけで僕はこんなにも君を愛しているのに。君にキスをしたい、君を抱きしめたい。君に触れたい、四六時中一緒にいたい。そう思っているのは僕だけだった?」

「え…でも…」

「君を愛してる。君以外なんていらない。君が修道院に行くというなら、僕も修道士になる。君を一人にはさせないし、君を離す気はない」

「はぅっ!?」

「なにを勘違いしているのか知らないけど、僕は君の妹…プルーニャだっけ?あんな性悪嫌いだし」

僕の本音を聞いてぽかんとする君に笑う。

「嘘で君を貶めるような性悪女に僕が惹かれると思った?」

「だってあの子…微笑みの天使と呼ばれて、微笑みの貴公子である貴方とお似合いだって言われていて…」

「あんなの悪魔の間違いだろう。まあいいや。行こうか」

「え」

「君をこれ以上こんなところに置いておけない。連れて帰る」

僕は君を屋敷から連れ出す。

君は珍しく強引な僕に戸惑うばかりだが、抵抗はしない。

馬車に二人で乗り込むというところで、アレが来た。

「ロート様っ」

「…なに?」

君を背中に庇い、アレと対峙する。

「騙されてはいけませんっ!お姉様は悪い人なのですっ」

「まだ言うの」

「お姉様はロート様を利用して捨てる気なのです!」

「そんなことっ」

反論しようとして前に出ようとするローザを止める。

「ローザ、君は僕に守られていて」

「ロート様…」

瞳を揺らしてうるうるするローザが可愛くて、人前だというのにその額にまたキスを落としてしまう。

するとプルーニャが発狂する。

「な、なんで悪役令嬢のお姉様がそんなにロート様に愛されてるわけ!?やっぱりお姉様も転生者なんでしょう、ふざけないでよ!私のロート様を返して!」

突然意味のわからないことを喚く悪魔に困惑したものの、それも一つの作戦かと思い毅然と対応しようと向き直る。

ローザもプルーニャの言葉の意味がわからないらしく、態度のおかしいプルーニャに怯えた表情を見せるので再度背中に隠す。

「君がなにを言っているのかはわからないが、僕は真実ローザを愛している」

「ロート様っ…どうして…」

「君の魅了魔法にかからないのが一番の証拠だ。愛する人がいると掛かりづらくなるというのは本当らしいね」

僕の言葉にプルーニャの頬が引き攣る。

ローザは驚いた様子で、説明を求めるように僕の服の袖を引くが振り向いて微笑んであげれば少し安心したのか落ち着きを取り戻し僕に任せることにしてくれたらしい。

「み、魅了魔法なんて、私…」

「もう証拠もあるよ。僕の今つけているブローチは魅了魔法を防ぎ、魅了魔法を使ってきた相手を記録するマジックアイテムなんだ。我が国では魅了魔法はご法度だからね。これを証拠に突き出せば君はお縄だ」

青ざめるプルーニャに続ける。

「その魅了魔法、君の母親直伝なんだろう?ローザの父も魅了魔法で操られているね」

「…っ」

ローザはやはり驚いて、ひくっと喉を鳴らしたのが聞こえた。

悲鳴にもならないそれが痛々しくて、今すぐにでも抱きしめてあげたいけれど…残念ながら今はこっち。

「そっちも併せて治安部隊に情報提供するから、親子揃ってお縄だね」

「そ、そんな」

「ローザの評判が急に落ちたのも全部君の魅了魔法のせいだろう?ローザを慕っていた使用人たちや領民たちまで操って…親子揃って下手に魔力量が多いのがいけないね」

軽蔑するよ、本当に。

けれどだからこそ良いこともある。

「けれど、魔力量が多いからこそ君たち親子をもっと酷い目に遭わせることができるね」

「え?」

「ほら、この国は芸術分野や農業が盛んで豊かな国だから他国から狙われやすいだろう?だから罪人の中で魔力量の多い者は、普通の懲役刑ではなく国を守る結界を張るための贄にされるんだ。聞いたことない?」

「え…あんなの、陰謀論とか都市伝説じゃ…」

「まあそう思う人が大多数だけど、本当なんだよね」

一部の者しか知らないことだけれど。

僕は魔術師としても将来有望だと言われて色々融通されているのもあって、将来魔術師団に入ることも決定しているからその辺も耳に入ってくる。

「そ、そんな」

「待たせたな」

プルーニャと話をしていたら、そこに現れた男が数人。

魔術師団の団長と部下数名。僕のローザに関する相談に乗ってくれた将来の先輩方でプルーニャとその母が魅了魔法を使っているのではないかと教えてくれた人たち。

今はもちろんプライベートな用件で来たわけではなく、プルーニャとその母を捕縛しに来たのだ。

「プルーニャだな、貴様を捕縛する」

「い、いや!離してっ」

「母親も捕縛して参ります」

「行ってこい」

よし、これで安心。

団長に会釈して、ローザを馬車に乗せて自分も乗り込む。

正式なお礼は後で必ずするが、今はローザを僕の屋敷に連れ帰るのが先。

このあと色々ショッキングなものを見せたくないから。

団長もわかってくれているからそこは大丈夫。

「ローザ、これでもう大丈夫だからね」

「…ロート様、色々衝撃的過ぎてわたくしもうなにがなんだか」

「とりあえずローザはこれで安全ってこと」

そうして屋敷に連れ帰る。

僕は侯爵家の次男でローザに婿入り予定の身だが両親や兄との家族仲はいいので、僕の愛おしいローザのことも家族は屋敷に迎え入れてくれた。












結局、あれから色々な審議に時間はかかったものの一年半の月日が経ちプルーニャとその母は秘密裏に国の結界の贄となった。

術者が亡くなったためローザの父をはじめとした魅了魔法の被害者はやっと全員正気に戻る。

結果自分たちのローザへの仕打ちを認識して、青ざめて謝罪するなり土下座する者まで出る始末。

ローザは魅了魔法のことは理解できたようで、みんなのせいではないと許してやっていた。

が、虐げられたり悪く言われたりしたことは記憶に残るため少し疑心暗鬼になることもあるらしい。

しかしそこは僕が癒して行くから心配ない。

ローザの父親の方は…魅了が解けて色々、本当に色々後悔したらしく被害者であることを考えると可哀想な人だとは思う。

ローザも父親が被害者であると認識して歩み寄ろうと努力しているので、まあ彼に関して思うところはあるがローザの優しさに水は差さない。

ということでとりあえず一件落着。

ローザも安全が確保できてから向こうの屋敷に戻って、今はむしろ僕が婿入りの準備のために向こうに通い詰めている。

「あの、ロート様」

「なに?ローザ」

「…えっと、その」

ごにょごにょと何か言っているが、なにが言いたいかなんて察している。

ローザのことならなんでもわかるから。

でもどうせならローザにちゃんと言って欲しくて、待ってみる。

「ごめんね、待ってるからちゃんと言ってみて」

「…っ、ろ、ロート様っ!愛しております!」

ローザはあの一件で、プルーニャほどの魅了魔法の使い手にすら惑わされないほどに僕がローザを愛しているとやっと自覚してくれた。

ということで、今回恥ずかしがり屋なローザにしては珍しく自分から愛を叫んでくれたわけだ。

「ローザ可愛い」

「ロート様っ」

髪を一房とってキスを落とせば、顔を真っ赤にして抗議してくるローザ。

でも君が可愛いのが悪い。

「僕も愛してるよ」

「…狡いですわ」

真っ赤な顔で不貞腐れても可愛いだけなのに。

愛おしいローザを思わず抱きしめる。

「ろ、ロート様!」

「はやく結婚したい」

「あと数ヶ月で挙式ですから!少しは色々我慢してくださいまし!」

あと数ヶ月なんて、僕に待てるのかな。

なんかもう色々前倒しにしてしまいたいがローザの心の準備もあるので、今はぐっと堪えることにしつつ代わりにもっと強くローザを抱きしめた。
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