記憶を無くした聖女様

下菊みこと

文字の大きさ
1 / 1

愛する皇帝陛下に愛を伝えられなくても、御子を授かったのでとても幸せです

しおりを挟む
「私が、そちらの国の聖女だった?」

「そうだ。レミリア、どうか我が国に戻ってきてくれ」

隣国の王太子殿下が私に頭を下げる。そうは言われましても。

「でも、私もう皇帝陛下の側妃として娶っていただいてますし」

「皇后ではなく側妃ならなんとかなるだろう」

「ええ…どうなんでしょう?でも、もうお腹に皇帝陛下の御子がお腹にいますし」

「…え?」

何故かショックを受けた様子の王太子殿下。一応、もう一度ちゃんと説明しよう。そうしたらわかってくれるかもしれない。

「私、気がついた時には自分の名前しかわからない記憶喪失状態で森を彷徨っていて。それを皇帝陛下が拾ってくださったんです。そして一時保護のつもりで皇宮においてくださったんですが、聖魔力があることがわかってそのまま側妃として娶られることになって。国の安寧を祈り、臣民たちに加護を与えながら暮らしてきました。今はお腹に皇帝陛下の御子もいます。だから今更迎えに来られても困るんです」

王太子殿下がぎゅっと拳を握る。それはどういう感情なのか。

「…レミリア。レミリアは俺の婚約者だったんだ」

「…あらまあ。私は王太子殿下の婚約者で、隣国の聖女として祀り上げられていたのですか?」

「そうだ」

「ではなぜ記憶喪失で森を彷徨っていたのでしょう?護衛とか付いてなかったのですか?」

私がそう聞けば、王太子殿下は俯いた。

「…俺が、婚約を破棄したんだ」

「え?」

「そして、偽物の聖女だと言って追放した」

「えええええ!?元凶貴方なんですか!?今はピンピンしてますけど、記憶喪失で森を彷徨っていた時お腹も空いて苦しかったんですからね!?」

「…すまなかった」

というか、偽物の聖女って。

「…そもそも私、聖魔力ありますけど。偽物の聖女って?」

私の疑問に、王太子殿下が答える。

「もう一人の聖女が見つかったんだ」

「へえ。それで?」

「え?いや、だから…」

「聖女が複数いるのなんて、別におかしなことではないのでは?」

「…複数聖女が見つかるなんて、聖魔力の保有者の多いこの国ならともかく、我が国では前例がなかった。我が国ではいつも、国内には一代で一人しか聖女は現れない。だから、レミリアを偽物だと思って…」

ああ、この人きっと馬鹿なんだ。可哀想。

「…ああー。うん、そうですか」

「でも、レミリアを偽物だと断罪して婚約破棄して、もう一人の聖女…平民の聖女と婚約したんだが、レミリアより加護の力が弱くて。結界を張るのはレミリアより得意なんだが、それだけなんだ」

「十分すごいじゃないですか。結界って国にとって一番大事ですし。我が国でも臣民たちへ加護を与えるだけの側妃の私より、結界を毎日補強する皇后陛下の方が大切にされてますし」

「我が国の場合は、この国と違って臣民たちへの貢献がもっとも重要な聖女の仕事なんだ」

「結界だって臣民たちへの貢献ですよ。それによって平和な生活を守られるんですから」

王太子殿下がまたぎゅっと拳を握る。

「俺もそう言ったけど、臣民たちは理解してくれないんだ」

「それはご愁傷様です」

「頼む、我が国の聖女に戻ってくれ」

「それは嫌です。子供がお腹にいると言ったでしょう。そちらの国とこの国を天秤にかけるなら、この国を選んだ方がお腹の子のためです」

「そこをなんとか!」

そこまで話して、私の隣で黙って聞いていた皇帝陛下が口を開いた。

「レミリア。加護の力を隣国の国民達にも分け与えることは出来るか?」

「余裕です」

「なら、あちらの国の聖女として戻らなくても加護だけ与えてやればいいのではないか?」

「なるほど!」

いいアイディアだ。私は王太子殿下に向き直る。

「それでいいですか?」

「あ、え、いいのか…?」

「そのくらいなら、私の聖魔力なら余裕ですので!」

「あ、ありがとう…」

拍子抜けしたというような顔で目をパチクリする王太子殿下。だが、皇帝陛下は続けた。

「だが、ただでではもったいない」

「そうですね、なにかもらいましょうか」

「え!?」

「ならば…」

皇帝陛下は言った。

「隣国でのレミリアの名誉回復。それを求める」

「…ああ、そういえば偽物の聖女として断罪されたんですっけ」

「そ、それは…」

まあ、過去の私の名誉回復をするなら、王太子殿下が批判されるだろうことは容易に想像できる。

やりたくないだろうなぁ…と思ったけど。

「…わかった。その条件で、お願いします」

「よし。…レミリア、早速隣国の国民達に加護を与えてやれ」

「はい」

意外と、国民達のことちゃんと考えてるんだなぁ。…なんて思いつつ、あちらの国にまで加護の力を贈る。これでよし。

「はい、できました。これから毎日、この国とそちらの国の両方の民の安寧を祈っておきますね」

「ありがとう!本当にありがとう!」

「そのかわり、一応ちゃんと名誉の回復はやってくださいね」

あんまり記憶を失う前のことは興味ないけれど、一応私は皇帝陛下の側妃。悪い噂があるなら訂正してもらっておいた方がいいだろう。

「わかった。この恩は忘れない。ありがとう」

そして王太子殿下は、国に帰っていった。

















結果から言うと、過去の私の悪い噂はちゃんと訂正され、過去の私もちゃんと聖女だったと隣国の国民達も知ってくれたらしい。

それだけでもよかったが、我が国で皇帝陛下の側妃となった私が隣国の国民達の分まで安寧を祈り加護を与えていることも発表されて感謝までされている。

また、両親と弟だという人達と再会も出来た。優しい人達で、ずっと心配して隣国の国内各地を探し回ってくれていたらしい。あまりにも必死で隣国の国内を探していたから、逆に我が国にいるとは気付かなかったようだけど。記憶はないけれど、再会したら胸が温かくなるような気持ちになったのできっと大切な人達だったのだと思う。今は手紙のやり取りをして、たまに会ったりしている。

「名誉を回復出来て、家族とも再会出来て良かったな。レミリア、今は幸せか?」

「はい。色々良い方向に転がりましたし、お腹の子も順調に育っていて幸せです。ありがとうございます、皇帝陛下」

「レミリアが自分で名誉を回復したんだ。俺はアドバイスしただけだ」

ちなみに皇后陛下はすでに男児三人女児二人の子宝に恵まれていて、皇帝陛下とはラブラブだ。皇帝陛下が愛しているのは当然皇后陛下で、私とはどちらかといえばビジネスライクな関係にある。

それでも、大切にしてもらっている自覚はあるしなんの文句もない。皇后陛下にも可愛がっていただいているし、子供が生まれるのも楽しみだ。

「だが、アドバイスしておいてなんだが自分を捨てた男に対してずいぶんと寛大だったな」

「だって、記憶がないんですもの。恨みもありません。…いや、森で彷徨って本気で死ぬかと思っていたので少しは恨みありますけど」

「でも、なんで記憶がなくなったのかはわからないままだったな?元王太子もそれにはなんにも関わっていないそうだし」

〝元〟王太子。そう、彼は私を偽物の聖女だと断罪したが実は本物だったと公表したことで王太子ではなくなった。

彼は廃嫡され、優秀な弟に王太子位を譲り、去勢された上で教会に出家したらしい。ただし、反省の色が見えるので教会での待遇は悪くないとか。ただ、今後我が子を望むことは出来ず、反省ばかりの日々だと思うと同情する。

平民の聖女さんは王太子と結婚できるかと思ったけど、それは叶わなかったので残念がっているそう。だが、国の為毎日結界の補強をしているのでそれは偉いと思う。断罪騒動にも関わっていないということなので、お咎めがなくて逆に良かった。

でも、結果私の記憶がなくなった理由は分からずじまい。今が幸せなので、私としては別にもういいのだけど…。

「もしかしたら、自分で祈って記憶を消したのかもしれませんね」

「…ほう?」

「婚約者に裏切られて、捨てられて。前の私は絶望して、記憶を捨てることで新しく生まれ変わろうとしたのかもしれません。」

「なるほどな」

「もしそうだとするならば、間違いなく正解でしたね」

私がそう言えば、皇帝陛下は笑った。

「お前は強いな」

「弱いですよ。強く見えるとしたら、皇帝陛下と皇后陛下に守られている安心感でそう振る舞えるだけです」

「そうか」

側妃という立場は、それはそれで色々とあるのだけど。優しい人達に支えられる今は、私にとっては幸せだと思う。

皇后陛下を愛する皇帝陛下には、実は愛していますなんて口が裂けても言えないけど。皇后陛下と共に、お支えすることが出来ればそれで私は幸せだ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【短編】記憶を失くした令嬢が、二度目の恋に落ちるまで

夕凪ゆな
恋愛
 ある雪の降る日の朝、ヴァロア伯爵家のリディアのもとに、信じられない報せが届いた。  それは、愛する婚約者、ジェイドが遠征先で負傷し、危篤であるという報せだった。 「戻ったら式を挙げよう。君の花嫁姿が、今から楽しみだ」  そう言って、結婚の誓いを残していったジェイドが、今、命を落とそうとしている。  その事実を受け入れることができないリディアは、ジェイドの命を救おうと、禁忌魔法に手を染めた。

お母様!その方はわたくしの婚約者です

バオバブの実
恋愛
マーガレット・フリーマン侯爵夫人は齢42歳にして初めて恋をした。それはなんと一人娘ダリアの婚約者ロベルト・グリーンウッド侯爵令息 その事で平和だったフリーマン侯爵家はたいへんな騒ぎとなるが…

わたくしが悪役令嬢だった理由

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、マリアンナ=ラ・トゥール公爵令嬢。悪役令嬢に転生しました。 どうやら前世で遊んでいた乙女ゲームの世界に転生したようだけど、知識を使っても死亡フラグは折れたり、折れなかったり……。 だから令嬢として真面目に真摯に生きていきますわ。 シリアスです。コメディーではありません。

悪役令嬢ローズマリーについて、誰も知らない本当のこと

松本雀
恋愛
悪役令嬢ってどういう意味なんだろうと、たまに考える。 物語の中で主人公の足を引っ張る存在? 高飛車で傲慢で、嫌な女? それとも誰かに嫌われていないと、自分がそこにいる意味を見失う人? ローズマリー・ド・シャルモン は、そのどれにも完全には当てはまらなかった。 あの子はもうちょっと複雑で、もうちょっと馬鹿だった。 いい意味で。 ◆◆◆ 王立学園の特待生リナは、ある日突然、同室となった公爵令嬢ローズと出会う。完璧すぎる微笑みと孤高な態度で周囲から疎まれ、「悪役令嬢」と噂されるローズ。リナも初めは距離を取ろうとしたが、気づけば彼女の不器用な優しさに少しずつ心を動かされていく。 そして卒業式の朝、ローズは忽然と姿を消した――彼女の好きなローズマリーの香りだけを残して。 語られなかった彼女の本当の姿と小さな願いは、リナだけが知っていた。

忘れるにも程がある

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたしが目覚めると何も覚えていなかった。 本格的な記憶喪失で、言葉が喋れる以外はすべてわからない。 ちょっとだけ菓子パンやスマホのことがよぎるくらい。 そんなわたしの以前の姿は、完璧な公爵令嬢で第二王子の婚約者だという。 えっ? 噓でしょ? とても信じられない……。 でもどうやら第二王子はとっても嫌なやつなのです。 小説家になろう様、カクヨム様にも重複投稿しています。 筆者は体調不良のため、返事をするのが難しくコメント欄などを閉じさせていただいております。 どうぞよろしくお願いいたします。

だってわたくし、悪役令嬢だもの

歩芽川ゆい
恋愛
 ある日、グラティオーソ侯爵家のラピダメンテ令嬢は、部屋で仕事中にいきなり婚約者の伯爵令息とその腕にしがみつく男爵令嬢の来襲にあった。    そしていきなり婚約破棄を言い渡される。 「お前のような悪役令嬢との婚約を破棄する」と。

婚約破棄してくださいませ、王子様

若目
恋愛
「婚約破棄してくださいませ」 某国の王子アルフレッドは、婚約者の令嬢アレキサンドリアから、突然こんなことを言われた なぜそんなことを言われるかわからないアルフレッドに、アレキサンドリアはあることを告げる

酔って婚約破棄されましたが本望です!

神々廻
恋愛
「こ...んやく破棄する..........」 偶然、婚約者が友達と一緒にお酒を飲んでいる所に偶然居合わせると何と、私と婚約破棄するなどと言っているではありませんか! それなら婚約破棄してやりますよ!!

処理中です...