公爵令嬢、独立目指して頑張ります!

下菊みこと

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執事に恋した公爵令嬢

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公爵令嬢、マリアンヌ・ネルソンは五歳である。未だ幼い彼女は、しかし天才児と呼ばれる。魔法学や哲学以外では、既に貴族学院卒業生レベルの知識を持っているからだ。何故なら彼女は…異世界からの転生者だからである。

マリアンヌ・ネルソン。前世の名は空道真理亜。恋愛未経験で、ちょっと夢見がちな寂しがり屋の女の子。そんな彼女は大学卒業間近というところで…事故死した。車に轢かれそうになった幼い子供を救った代わりに、自分の命を落としたのである。けれどそれに後悔はない。ただ、残してしまった両親や兄には申し訳なく思っている。

そんな彼女は、次に目を開けると煌びやかな部屋に寝かされていた。自分が死んだのは覚えている。ならばここは天国かとも思ったがそれも違う気がする。ならば、前世の日本という国で流行った物語のジャンル、異世界転生というものかと考えた。そしてそれは合っていた。マリアンヌは赤ちゃんのうちは喋れないしあまり動けなかった。一歳を過ぎてようやく喋れるようになり歩けるようになった。ただし、言語も文字も日本のそれとは違ったため第二の母国語を一から勉強し直しであり、知識チートはもう少し先になる。

文字も含めて、母国語を使いこなせるようになったのは二歳。めちゃくちゃ頑張った。それはもう頑張った。今世の両親、公爵グレン・ネルソンと公爵夫人リリアナ・ネルソン、今世の歳の十ほど離れた兄セシル・ネルソンはマリアンヌを天才だと持て囃した。そして、本来なら婚約者を幼い頃から決めておくべきだったが、可愛い可愛いマリアンヌが恋愛結婚出来るようにと全ての縁談をやんわりと断っていた。

そんな環境で育ったマリアンヌは五歳の誕生日にそろそろ知識チートでもやっちゃおうかななんて安易に考えていた。文明を一歩どころか百歩進めるようなものであり、どんな影響が出るか…なんて彼女には関係ないのである。夢見がちな寂しがり屋の彼女はとにかくちやほやされたかった。とりあえず交易なんかどうだろうと思い、領地の北にあるエルフの里を調べ上げた。慎重派の父親はエルフの里に手を出していないようだが、上手くいけばかなりの金になるとわかった。そして自分のお小遣いと調味料と呼ばれる高級品の価格を見比べにらめっこし、さあ、行動を起こそうという時に、彼女は自分の運命に出会った。

五歳になった彼女に誕生日プレゼントとしてつけられた執事の十五歳の少年…リカルド・キャンベル。男爵家の三男の彼は、ほっそりとした身体つきの割に筋肉が程よく付いており、顔立ちも良い。涼しげな切れ長の目はエメラルドのように綺麗で、鼻も高いし薄い唇も綺麗な形だ。そして短く切られた、キラキラした銀に近い金の髪はとてもとても素敵だった。リカルドはマリアンヌの好みドストライクだった。

マリアンヌはかねてより恋愛結婚を勧めてきた両親と兄に、リカルドを婚約者にしたいと直談判した。しかし可愛い娘を男爵家の…しかも爵位の継げない三男に嫁がせる親はいない。兄も同じ思いだった。もっといい人が公爵家にも侯爵家にもいるとマリアンヌを説得する両親と兄。しかし、マリアンヌはリカルドを運命の人だと思っている。だから諦めるという選択肢はない。

「お父様、お母様、お兄様」

「わかってくれたかい?マリアンヌ」

「いいえ。わかりませんわ。だから私、独立致します」

「え!?」

「ご機嫌よう」

マリアンヌは騒ぐ両親と兄を無視して、部屋の外で待機していたリカルドを連れて私室に戻る。そして、お小遣いをもらえるようになった三歳の頃からずっと貯めていたお小遣いを取り出す。僅か二年の貯金。しかも子供のお小遣い。しかし彼女は公爵令嬢なのだ。その額は平民が目を見張るほどのもの。マリアンヌはこれを使ってお金を稼ぐつもりだ。

「お嬢様。旦那様達となんのお話をしていらしたのです?」

「私が独立するって話」

「…え!?」

「リカルド、私を商店に連れて行って」

「商店ですか?わかりました…が、独立って…」

「今は何も聞かないで。お願い」

「…わかりました」

リカルドは護衛と使用人数人と共にマリアンヌを連れて商店に行く。そこで塩やスパイスなどの調味料を買い漁った。調味料というのはかなりの高値で取引されるものだ。あっという間にマリアンヌのお小遣いは無くなった。だが、これでいい。これを使って領地の北にあるエルフの里と交易を行い、お金を増やすのだ。

「お嬢様、これをどうするのです?」

「北にあるエルフの里に売るのよ」

「なるほど。調味料はエルフの里では取れないでしょうから、売れ行きは好調なはずですね」

「そうよ。エルフの里の特産の品と交換すれば良いお金になるわ、きっとエルフ達も喜ぶだろうし」

「ウィンウィンですね」

「あとはどのくらい利益が出るかよね」

「ですが、それが上手くいくならとっくに旦那様がやっているのでは?」

「お父様は慎重派だから…まあ、まかせてよ。多分なんとかなるわ」

準備も出来たところでエルフの里へ行く。エルフの子供達がすぐに気付いて集まって来た。

「ようやく着きましたね」

「ここがエルフの里ね!素敵なところね!」

「お兄さん達人間?どうしたの?」

「エルフの木の皮が欲しいの?ただではあげられないんだ、ごめんね?」

「エルフの里特産の蜂蜜くらいなら買えるかもしれないけど、あんまり良いものは売ってあげられないかも…」

「私達はエルフの里と交易を行いたいと思い来ました。この方はマリアンヌ・ネルソン様。公爵令嬢であらせられます。私はリカルド・キャンベルと申します。マリアンヌ様の執事ですよ」

リカルドがそう言うと、エルフの子供達は綺麗に整列して元気に挨拶をする。

「エルフのシータです!わざわざ来てくれてありがとうございます!」

「エルフのオルガです!面白い物を持ってきてくれるなら大歓迎だよ!」

「エルフのルカです!エルフの里にようこそ!」

「エルフのアルタイルです!交易ってなぁに?」

アルタイルと名乗った子供が目を爛々と輝かせる。マリアンヌはアルタイルの頭を撫でて説明してやる。

「調味料、というものを持って来たの。それとこの里の物を交換したり、お金と交換したりするのよ」

「調味料ー?」

「なあに、それー?」

「お料理に味を付けるものですよ。試しに舐めてごらんなさい」

リカルドが子供達に少しだけ調味料を差し出す。

「…!しょっぱーい!」

「こっちはからーい!」

「こっちは甘ーい!」

「こっちはすっぱーい!」

エルフの子供達が沸き立つ。遠目に見ていたエルフの里の族長や村人達は警戒する様子もなく微笑ましげに見守る。エルフには妖精眼とよばれる不思議な目が備わっており、嘘や悪意が見抜けるからだ。

「これを買ってくれたら、貴方達の食事がもっと豊かになるのよ」

「豊かになるー?」

「もっと美味しい物が食べられるのです」

「やったー!」

「美味しい物だってー!」

「嬉しいねー!」

「そしたらたくさん食べよー!」

子供達が無邪気に笑う。それに皆が癒される中で、エルフの族長がこちらに向かって来た。

「お前さん達、何者だい?…ああ、私はこの里の族長さね。ゾルという」

「ごきげんよう。ネルソン公爵家の長女、マリアンヌと申します。調味料、というものとエルフの里の特産品の交易をするために参りました」

「ああ、この辺の主の娘か。父親ですらエルフの里に手を出さないというのに、随分と度胸のある小娘だね」

「より良い取引が出来れば嬉しいです」

「そうか。…うん、ならばよし。話をしようか」

エルフの族長はマリアンヌを子供だからと侮る気は無かった。ここからは利益をかけた戦いだ。

「この調味料というもの、価格が高いのですが便利ですよ。ぜひ」

「なるほど…見せてもらおう」

「どうぞ」

マリアンヌは調味料をエルフの族長に渡す。

「これはどう使う」

「料理の味付けに使います。試しに舐めてみてください」

「ふむ…うん、甘い。これはいい。…こちらはしょっぱいな、いい、いい。これは…酸っぱいな?使いようによっては良さそうだ。…ん、これは辛いな。ふむふむ、なるほど…ふーむ、これは高いだろう」

「ええ、とても」

「だが、喉から手が出るほど欲しいな」

「ええ、そうでしょう」

交渉が開始された。

「さて、では、なにとどれくらい交換しようか」

エルフの族長の眼光は鋭い。が、それに屈するマリアンヌではない。

「エルフの木の皮、エルフの蜂蜜を有りっ丈」

「ほう」

「さらに魔獣の肉と毛皮、この辺でしか取れない木の実もあればそれも。あと、この辺で取れるハーピーの羽も有りっ丈」

「随分と念入りに調べたな?」

「ええ。ですがこれでも良心的な価格設定ですよ」

「ふむぅ…」

「これだけの量の調味料があればしばらくは持ちます。次にまた調味料を売りに来る頃にはまたこの里の特産品も貯まっている頃でしょう。作物との交易は金でも出来ますし、この森には…錬金術師のエルフがいるのでしょう?」

族長の眼光は更に鋭くなる。

「そこまで知っていたのか」

「ええ」

「だから金ではなく特産品での取引か」

「そうですよ」

「…ええい、わかった!買ってやる!お前達、特産品を有りっ丈持ってこい!私達が使う分まではさすがに要求されまい?」

「もちろんです」

ということで大荷物を持って帰るマリアンヌとリカルド、護衛と使用人達。今回の交易でとりあえず取引価格も決まったため次からはさくっと交換出来るだろう。後は無事に持ち帰って売るだけだ。

そしてそのままこの国の首都へ向かう。首都に着くとすぐに商人にエルフの里の特産品を売りつける。金貨がドバドバと袋に詰められ渡される。かなりの高額になる。

「こ、こんなに大金…」

「すごい、すごいぞ…」

「こんなに儲かるなんて…」

見ていた使用人達が口をあんぐりと開ける。

「元手の十倍は儲けましたね」

「ぼろ儲けね」

「エルフにとっても損、ということはありませんし、ウィンウィンと言えるでしょう。よかったよかった」

「やっぱり錬金術師の話をしたのが良かったわね」

「それにしても、どこでその話を仕入れたのです?」

「エルフの里には金山がない。それなのに黄金を持つ。そこから推察しただけよ」

「さすがはお嬢様」

リカルドのマリアンヌへの評価が今日一日でうなぎ登りである。そして大金を持って家に帰ったマリアンヌ。真っ直ぐに両親と兄を呼び出しに向かい、父の部屋で直談判する。もちろんリカルドは外で待機だ。

「私は一日でこれだけの利益を上げました」

「これは…どうやって!?」

「今までちょっとずつ貯めたお小遣いを使って調味料を仕入れて、エルフの里と交易を行いました」

「エルフの里と…!?」

思わず目眩がするグレン。

「これだけのお金があれば貧乏な男爵家の爵位と領地を買って独立も出来ますよね?そしたらリカルドと結婚してもいいですよね?」

「まて、待ちなさい。…うん、わかった。リカルドとの婚約を認めよう。その代わり独立は辞めなさい。さすがに五歳でそれは危険すぎる」

「貴方!?認めてしまっていいの!?」

「ああ。これだけの資金があれば貧乏な男爵家の爵位と領地を買って独立出来る。マリアンヌの言う通りさ。だから、マリアンヌが大人になったらマリアンヌの希望通り独立させ、リカルドを婿に取らせる。じゃないとこの子は本当にこの歳で独立してしまうからね」

「…マリアンヌ、リカルドと何かあったらすぐにお兄ちゃんにいうんだよ?」

「はい、お兄様!お父様もありがとう!」

「…はぁ。私が反対しても意味がなさそうね。わかりました。私も認めます」

「お母様、ありがとうございます!」

そしてリカルドは次の日から、執事ではなく婚約者になった。しかし実家には帰されず、グレンから男爵になった時のためにと教育を受けることに。マリアンヌはエルフの里との交易を公爵家を上げての事業とするためその仕事を兄と共に任された。

「お嬢様…じゃない、マリアンヌ様」

「なあに?リカルド。マリアンヌって呼んでって言ったでしょう?あと、敬語も無しね」

「…マリアンヌ、なんで私を婚約者に?」

「運命を感じたから」

「え?」

「今は十歳も下の私なんて、恋愛対象に見えないかもしれないけど…結婚する時までには振り向かせてみせるから!覚悟しておきなさい?」

「…わかった。マリアンヌにずっと好きでいてもらえるように、私も頑張ろう」

「ええ。よろしくね?」

「こちらこそ、よろしく頼む」

こうして、公爵令嬢マリアンヌ五歳の独立のための努力が始まった。
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