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悪役令嬢になりました
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一条悠香五才。彼女の生家である一条家は古くから続く由緒ある地主の家系だ。現代ではさまざまな企業の株も持っていて、地位も権力も名誉も…そしてお金も全てを持っている。地元では知らない人はいないと断言できる家系だ。
しかし、一条家の後継である悠香の父は政略結婚をよく思っておらず後継となる悠香を妻に産ませると義務は果たしたと言って愛人の元へ逃げた。逃げたというか、一方的に別れを告げて押しの弱い悠香の母に離婚を了承させ愛人と再婚した。
愛人だった再婚相手のところにも娘が生まれた。悠香と違い両親から深く愛される三歳の彼女は二ノ宮花乃。
二ノ宮家は入り婿となった悠香の父の起業、そしてワンマン経営で今まさに成り上がっている。古い家柄ではないものの金銭的な面では一条家に追いつかんばかりの勢いだ。
そして悠香の母は後継であるはずの元夫に嫌われたばかりに離婚に至り向こうに入り婿までさせて、一条家に迷惑をかけてしまったと自身を責めて悠香を立派な当主に育てようと詰め込み教育を行う。
そんな中で愛を得られず詰め込み教育ばかりされ、ストレスばかりを抱えた悠香は勉強は出来るがぼーっとした子に育った。
そして祖父母はそんな悠香を将来の当主に相応しいと言えるか迷っていた。
父からは見捨てられ、母からは道具のように見られ、祖父母からは認められない。悠香は孤立無援だった。
そしてある日、ストレスからか高熱を出して倒れた。悠香は三日三晩熱が続き、その間長い夢を見る。
その夢で彼女は孤児だった。独りぼっちで、似たような世界で生きていた。恵まれない生まれ、しかし周りの善意で生かされていた彼女はとても幸福だった。
そんな彼女の愛したゲームの、悪役令嬢とかいうものが今の自分によく似ていた。ぼーっと生きていた悪役令嬢はやがてゲームの舞台である学園にて異母妹を見つけ、誰からも愛される異母妹に嫉妬という感情を覚え攻撃的になりやがて断罪されるらしい。
自分以外誰もいない部屋で目を覚まして、悠香は前に生きた人生で得た知識を覚えていることに気がついた。悠香は自分が悪役令嬢だと知った。悪役令嬢への転生モノでは、悪役になるのを回避するのがセオリーだとも知った。悠香はとりあえずセオリー通りに行こうと思った。
詰め込み教育を行う母に今の実力をチェックして欲しいと頼み込み、前に生きた人生の知識で難なく母の求めるレベルのテストをクリアした。母はそれで満足せず小、中、高、大学生レベルのテストまで行なったが、悠香はそれをもクリアした。母は天才だと喜び、悠香を勉強から解放した。
解放されて最初に悠香がしたことは、使用人達への感謝。今までぼーっと生きてきて、身の回りのことを世話されるのも当たり前だと思っていた。でも違うと知ったので、感謝の言葉を一々伝えるようにした。それにより悠香は使用人達から可愛がられるようになる。
そんな悠香は、精神的にも知識的にも当主になるのに問題ないと祖父母にも認められる。愛人の元へ入り婿した息子を見捨て、悠香に家を継がせると決定した。祖父母は、そんな悠香にお友達を与えた。
「三条陸です。よろしくお願いします、悠香さん」
「一条悠香です。よろしくお願いします」
一条と深い繋がりがある…親戚であり、家臣のような存在でもある三条家。三条家の子供がお友達として選ばれたのは、もちろんその古くからの繋がり故だ。
「ところで悠香、敬語じゃあお友達って感じじゃないし、普通に喋ってもいいかい?」
「…あらあら。うふふ、もちろんいいわ」
実は人見知りな悠香は陸の遠回しな気遣いに気付き、すぐに彼に絆されることになった。正直に言うとお友達なんてまだ要らないとすら思っていたが、この人ならお友達になりたい。
逆に陸は、気安く接しても許してくれる悠香を大切に大切に守ってあげたいという庇護欲にも似た感情を抱くことになった。
「悠香は当然白百合学園に入学するんだよね?悠香との学園生活、楽しみだなぁ」
「私も陸との学園生活、楽しみだわ」
悠香は白百合学園という、お金持ちの子女のうち優秀な者の多くが通う名門校への入学が決められている。陸も悠香のため、白百合学園に入学する。二人は新たな環境に夢を膨らませていた。
そんな二人はまだ子供ゆえあまりパーティーには出ていなかったが、縁の深い四方家のパーティーに連れて行かれることになった。
「ここの食事、とても美味しいよ。悠香も食べよう」
「そうね。せっかく来たのだし楽しみましょう」
パーティーはほとんど大人達のやりとりがメインで、子供達は顔合わせしたらあとは自由。そのため悠香は陸と好きに過ごしていた。
だが、会場の入り口付近が騒がしくなる。
「離して!私はお姉様に会いにきたのよ!二ノ宮家の娘なら四方家のパーティーにくらい出られるでしょ!」
「…あらまあ」
悠香は目を瞬かせる。会ったことはないが、二ノ宮の娘とかお姉様に会いに来たとか言っているので妹だとわかった。
「うわぁ…お姉様とか馴れ馴れしい。しかも〝四方家のパーティーにくらい〟って。たかだか成り上がりの分際でよく言う」
悠香は陸が不愉快そうにしているのを見て申し訳ない気持ちになる。
「妹がごめんなさいね。二ノ宮ではまともな教育を受けられないみたいだわ」
頭を下げた悠香に慌てて顔を上げさせる陸。
「あの子が常識外れなだけだよ。悠香は悪くない」
悠香はふと妹のいる方に目を向けて、後悔した。その目は確実に悠香を捉えて、嫉妬の炎を燃やしていた。これは、面倒なことになるかもしれない。
時は過ぎて、悠香は白百合学園に入学する。花乃の突撃はアレ以外にも何度かあったが、悠香は無視を決め込んだ。そんな花乃は白百合学園をお受験したらしいが、白百合学園にも花乃の問題行動を相談しているので外部生が増える高等部に上がるまでは入学は認められないだろう。
「悠香、入学おめでとう」
「ふふ。陸も入学おめでとう」
悠香と陸は無事入学し、クラスも同じだった。大人達の忖度ありきのクラス編成である。
「一条悠香さん、三条陸さん」
「ごきげんよう、なにかしら」
「やあ、ごきげんよう」
ふとクラスメイトに話しかけられる。
「ごきげんよう。僕は五反田龍樹。これからクラスメイトとして、よろしくお願いしますね。」
五反田家。一条家とは敵対はしていないが仲が良いとも言えない間柄。力関係は拮抗している。
「龍樹さんね。素敵な方と同じクラスになれて嬉しいわ」
「ありがとう。悠香さんと呼んでもいいでしょうか?」
律儀な彼に悠香は好印象を持った。
「もちろんよ」
「悠香さんも素敵なお名前ですね」
「ありがとう。祖父母が付けてくれたの」
「そうですか。愛されていらっしゃるのですね」
「ええ」
そういうことにしておこう、と悠香は流す。
その後も無難な会話が続く。その中で、急に龍樹は爆弾を落とした。
「ところで、二ノ宮の花乃というのは本当に君の妹ですか?全然違いますね」
「…妹が迷惑をかけたかしら」
「隙あらば付き纏われてうんざりしていたのです。君もおんなじだったらと警戒してしまいました。完全な誤解でしたね、申し訳ありません」
妹に軽く殺意が湧く悠香は、それを表に出さず微笑んだ。
「ごめんなさいね。でも、あの子は二ノ宮家の子だから一条としてはあまり…」
「いいんです。彼女のことで一条家に動いて欲しいとは思いません。今回話しかけたのは、悠香さんのことを知りたかっただけです」
「ありがとう、龍樹さん」
ふと悠香は、もしかしたらあの妹は前世の記憶持ちかもしれないと気付いた。
気付いた上で、無視を決め込むことにした。
龍樹と仲良くなり陸から相変わらず懐かれる学園生活の中でも時は経ち、悠香は中等部に上がった。
花乃は相変わらず悠香の周りをちょろちょろと動いては騒動を起こしているらしい。悠香は対応を大人達に任せ、一切無視を決め込んだ。付き纏いの被害者の男子にはさすがに謝ってはいるが。
そんな中での中等部。初めましてのクラスメイトもちらほらいる。そんなクラスの様子に浮き足立つ彼もその内の一人である。
「ごきげんよう!わ、龍樹が言ってた通りお人形さんみたいに可愛い女子じゃ」
最初いきなり話しかけられてびっくりした悠香だが、龍樹の名前に反応した。
「龍樹さんのお友達かしら?」
「従兄弟の五反田辰巳じゃ。すまんのぉ、龍樹がよう世話になっとると聞いちょるぜよ!一応こっちが本家筋じゃ、龍樹はもちろんワシとも仲良くしてくれると嬉しいのぉ」
方言バリバリの辰巳に、龍樹とは随分違うなぁと悠香は思う。しかし悪印象はなかった。
「もちろん仲良くしたいわ。辰巳さんって呼んでいいかしら?」
「もちろん良いぜよ!よろしくのぉ、悠香!」
悠香は段々と自分の周りを乙女ゲームの攻略キャラクターに固められていると気付いていたが知らん顔をした。そして、それを知った花乃が発狂していることにも気付いていたがスルーする。
龍樹と辰巳、陸と親交を深めながら成長した悠香は白百合学園高等部にエスカレーター式に進学する。
そして外部生も広く受け入れている高等部には、当然のように花乃がいた。
「お姉様!」
花乃は相変わらず悠香の元に突っ込んでくるが、陸が立ち塞がりガードする。その間に悠香は無視を決め込みそそくさと逃げる。
龍樹と辰巳、陸は悠香と一緒にいる時はなんだかんだでなんとか逃げられるが、そうでなければ無理矢理捕まって迷惑を被っていた。
花乃曰く、三人は腹黒い悠香の外面に騙されているとのこと。悠香よりも可愛らしい花乃の方が余程三人の側に相応しいという。
そんな花乃の言動に毎回キレそうになっている陸を龍樹が抑え、辰巳が大ごとにならないよう宥めていた。
そんなある日、悠香が学園の中庭で花を眺めながらいつものメンバーとお茶を飲んでいるとまた花乃が突っ込んできた。
「お姉様!いい加減にみんなを解放して!」
「…」
悠香は無視。陸が追い払おうとするが花乃はめげない。
「陸くんも龍樹くんも辰巳くんも、みんな本当は嫌がっているのよ!お姉様は男の子たちを無理矢理侍らせるなんて恥ずかしくないの!?」
無理矢理侍らせる、と聞いてさすがの悠香もイラっとした。
「そもそも私、侍らせたりなんてしてないわ。みんなと仲良く遊んでいるだけよ」
「僕、君の方が嫌いだから。消えてくれない?目障りなんだけど」
「ワシの気持ちを勝手に決められるとさすがに困るのぉ…なぁ、龍樹?」
「君の言葉に初めて同意します。…辰巳の言う通り、人の気持ちを勝手に決められては困ります。だいたい、全部的外れですよ」
全員から責められてようやく状況を飲み込めた花乃は、困惑する。
「なんで!?花乃はヒロインなんだよ!?お姉様が悪役令嬢なのに!だいたいなんで攻略対象の男子がみんなお姉様の逆ハーメンバーなの!?」
「悪役令嬢?ヒロイン?逆ハー?頭の中お花畑なの?ここは乙女ゲームではなく現実ですよぉ~?」
花乃を煽る陸。花乃は顔を真っ赤にして逃げ帰った。
「へー。ワシは悠香の逆ハーレムの構成員ながか?」
「安心なさい。あのおバカさんの誤解ですよ」
「はは、龍樹がそこまで言うのはよっぽどじゃのう」
「君よりは怒っていません。どうせ本家の力を使って二ノ宮家を潰しにかかるつもりでしょう?」
「わはははは!どうじゃろうなぁ?」
龍樹と辰巳の会話に、花乃とそれに振り回される二ノ宮家が若干可哀想になるが聞かなかったことにした悠香。
「一条家にも僕から今日のことは報告しておくよ、もちろんウチからも抗議するけどね」
こうなれば一条も三条も割と本気で花乃を排除するだろう。悠香はますます腹違いの妹が可哀想なモノに見えてきた。
そんな悠香だが、素敵な男子に囲まれていても一切ときめきを感じない。何故ならば悠香は根底には悪役令嬢としての意識が残っていて、まだぼーっとしているところがあるからだ。
ゲームでは嫉妬心という苛烈な感情を得てそれから解き放たれていたが、これは現実。どう転ぶかはこの乙女ゲームに似せた世界を作った暇な神すら読めていない。
果たして悠香の明日はどっちだ。
しかし、一条家の後継である悠香の父は政略結婚をよく思っておらず後継となる悠香を妻に産ませると義務は果たしたと言って愛人の元へ逃げた。逃げたというか、一方的に別れを告げて押しの弱い悠香の母に離婚を了承させ愛人と再婚した。
愛人だった再婚相手のところにも娘が生まれた。悠香と違い両親から深く愛される三歳の彼女は二ノ宮花乃。
二ノ宮家は入り婿となった悠香の父の起業、そしてワンマン経営で今まさに成り上がっている。古い家柄ではないものの金銭的な面では一条家に追いつかんばかりの勢いだ。
そして悠香の母は後継であるはずの元夫に嫌われたばかりに離婚に至り向こうに入り婿までさせて、一条家に迷惑をかけてしまったと自身を責めて悠香を立派な当主に育てようと詰め込み教育を行う。
そんな中で愛を得られず詰め込み教育ばかりされ、ストレスばかりを抱えた悠香は勉強は出来るがぼーっとした子に育った。
そして祖父母はそんな悠香を将来の当主に相応しいと言えるか迷っていた。
父からは見捨てられ、母からは道具のように見られ、祖父母からは認められない。悠香は孤立無援だった。
そしてある日、ストレスからか高熱を出して倒れた。悠香は三日三晩熱が続き、その間長い夢を見る。
その夢で彼女は孤児だった。独りぼっちで、似たような世界で生きていた。恵まれない生まれ、しかし周りの善意で生かされていた彼女はとても幸福だった。
そんな彼女の愛したゲームの、悪役令嬢とかいうものが今の自分によく似ていた。ぼーっと生きていた悪役令嬢はやがてゲームの舞台である学園にて異母妹を見つけ、誰からも愛される異母妹に嫉妬という感情を覚え攻撃的になりやがて断罪されるらしい。
自分以外誰もいない部屋で目を覚まして、悠香は前に生きた人生で得た知識を覚えていることに気がついた。悠香は自分が悪役令嬢だと知った。悪役令嬢への転生モノでは、悪役になるのを回避するのがセオリーだとも知った。悠香はとりあえずセオリー通りに行こうと思った。
詰め込み教育を行う母に今の実力をチェックして欲しいと頼み込み、前に生きた人生の知識で難なく母の求めるレベルのテストをクリアした。母はそれで満足せず小、中、高、大学生レベルのテストまで行なったが、悠香はそれをもクリアした。母は天才だと喜び、悠香を勉強から解放した。
解放されて最初に悠香がしたことは、使用人達への感謝。今までぼーっと生きてきて、身の回りのことを世話されるのも当たり前だと思っていた。でも違うと知ったので、感謝の言葉を一々伝えるようにした。それにより悠香は使用人達から可愛がられるようになる。
そんな悠香は、精神的にも知識的にも当主になるのに問題ないと祖父母にも認められる。愛人の元へ入り婿した息子を見捨て、悠香に家を継がせると決定した。祖父母は、そんな悠香にお友達を与えた。
「三条陸です。よろしくお願いします、悠香さん」
「一条悠香です。よろしくお願いします」
一条と深い繋がりがある…親戚であり、家臣のような存在でもある三条家。三条家の子供がお友達として選ばれたのは、もちろんその古くからの繋がり故だ。
「ところで悠香、敬語じゃあお友達って感じじゃないし、普通に喋ってもいいかい?」
「…あらあら。うふふ、もちろんいいわ」
実は人見知りな悠香は陸の遠回しな気遣いに気付き、すぐに彼に絆されることになった。正直に言うとお友達なんてまだ要らないとすら思っていたが、この人ならお友達になりたい。
逆に陸は、気安く接しても許してくれる悠香を大切に大切に守ってあげたいという庇護欲にも似た感情を抱くことになった。
「悠香は当然白百合学園に入学するんだよね?悠香との学園生活、楽しみだなぁ」
「私も陸との学園生活、楽しみだわ」
悠香は白百合学園という、お金持ちの子女のうち優秀な者の多くが通う名門校への入学が決められている。陸も悠香のため、白百合学園に入学する。二人は新たな環境に夢を膨らませていた。
そんな二人はまだ子供ゆえあまりパーティーには出ていなかったが、縁の深い四方家のパーティーに連れて行かれることになった。
「ここの食事、とても美味しいよ。悠香も食べよう」
「そうね。せっかく来たのだし楽しみましょう」
パーティーはほとんど大人達のやりとりがメインで、子供達は顔合わせしたらあとは自由。そのため悠香は陸と好きに過ごしていた。
だが、会場の入り口付近が騒がしくなる。
「離して!私はお姉様に会いにきたのよ!二ノ宮家の娘なら四方家のパーティーにくらい出られるでしょ!」
「…あらまあ」
悠香は目を瞬かせる。会ったことはないが、二ノ宮の娘とかお姉様に会いに来たとか言っているので妹だとわかった。
「うわぁ…お姉様とか馴れ馴れしい。しかも〝四方家のパーティーにくらい〟って。たかだか成り上がりの分際でよく言う」
悠香は陸が不愉快そうにしているのを見て申し訳ない気持ちになる。
「妹がごめんなさいね。二ノ宮ではまともな教育を受けられないみたいだわ」
頭を下げた悠香に慌てて顔を上げさせる陸。
「あの子が常識外れなだけだよ。悠香は悪くない」
悠香はふと妹のいる方に目を向けて、後悔した。その目は確実に悠香を捉えて、嫉妬の炎を燃やしていた。これは、面倒なことになるかもしれない。
時は過ぎて、悠香は白百合学園に入学する。花乃の突撃はアレ以外にも何度かあったが、悠香は無視を決め込んだ。そんな花乃は白百合学園をお受験したらしいが、白百合学園にも花乃の問題行動を相談しているので外部生が増える高等部に上がるまでは入学は認められないだろう。
「悠香、入学おめでとう」
「ふふ。陸も入学おめでとう」
悠香と陸は無事入学し、クラスも同じだった。大人達の忖度ありきのクラス編成である。
「一条悠香さん、三条陸さん」
「ごきげんよう、なにかしら」
「やあ、ごきげんよう」
ふとクラスメイトに話しかけられる。
「ごきげんよう。僕は五反田龍樹。これからクラスメイトとして、よろしくお願いしますね。」
五反田家。一条家とは敵対はしていないが仲が良いとも言えない間柄。力関係は拮抗している。
「龍樹さんね。素敵な方と同じクラスになれて嬉しいわ」
「ありがとう。悠香さんと呼んでもいいでしょうか?」
律儀な彼に悠香は好印象を持った。
「もちろんよ」
「悠香さんも素敵なお名前ですね」
「ありがとう。祖父母が付けてくれたの」
「そうですか。愛されていらっしゃるのですね」
「ええ」
そういうことにしておこう、と悠香は流す。
その後も無難な会話が続く。その中で、急に龍樹は爆弾を落とした。
「ところで、二ノ宮の花乃というのは本当に君の妹ですか?全然違いますね」
「…妹が迷惑をかけたかしら」
「隙あらば付き纏われてうんざりしていたのです。君もおんなじだったらと警戒してしまいました。完全な誤解でしたね、申し訳ありません」
妹に軽く殺意が湧く悠香は、それを表に出さず微笑んだ。
「ごめんなさいね。でも、あの子は二ノ宮家の子だから一条としてはあまり…」
「いいんです。彼女のことで一条家に動いて欲しいとは思いません。今回話しかけたのは、悠香さんのことを知りたかっただけです」
「ありがとう、龍樹さん」
ふと悠香は、もしかしたらあの妹は前世の記憶持ちかもしれないと気付いた。
気付いた上で、無視を決め込むことにした。
龍樹と仲良くなり陸から相変わらず懐かれる学園生活の中でも時は経ち、悠香は中等部に上がった。
花乃は相変わらず悠香の周りをちょろちょろと動いては騒動を起こしているらしい。悠香は対応を大人達に任せ、一切無視を決め込んだ。付き纏いの被害者の男子にはさすがに謝ってはいるが。
そんな中での中等部。初めましてのクラスメイトもちらほらいる。そんなクラスの様子に浮き足立つ彼もその内の一人である。
「ごきげんよう!わ、龍樹が言ってた通りお人形さんみたいに可愛い女子じゃ」
最初いきなり話しかけられてびっくりした悠香だが、龍樹の名前に反応した。
「龍樹さんのお友達かしら?」
「従兄弟の五反田辰巳じゃ。すまんのぉ、龍樹がよう世話になっとると聞いちょるぜよ!一応こっちが本家筋じゃ、龍樹はもちろんワシとも仲良くしてくれると嬉しいのぉ」
方言バリバリの辰巳に、龍樹とは随分違うなぁと悠香は思う。しかし悪印象はなかった。
「もちろん仲良くしたいわ。辰巳さんって呼んでいいかしら?」
「もちろん良いぜよ!よろしくのぉ、悠香!」
悠香は段々と自分の周りを乙女ゲームの攻略キャラクターに固められていると気付いていたが知らん顔をした。そして、それを知った花乃が発狂していることにも気付いていたがスルーする。
龍樹と辰巳、陸と親交を深めながら成長した悠香は白百合学園高等部にエスカレーター式に進学する。
そして外部生も広く受け入れている高等部には、当然のように花乃がいた。
「お姉様!」
花乃は相変わらず悠香の元に突っ込んでくるが、陸が立ち塞がりガードする。その間に悠香は無視を決め込みそそくさと逃げる。
龍樹と辰巳、陸は悠香と一緒にいる時はなんだかんだでなんとか逃げられるが、そうでなければ無理矢理捕まって迷惑を被っていた。
花乃曰く、三人は腹黒い悠香の外面に騙されているとのこと。悠香よりも可愛らしい花乃の方が余程三人の側に相応しいという。
そんな花乃の言動に毎回キレそうになっている陸を龍樹が抑え、辰巳が大ごとにならないよう宥めていた。
そんなある日、悠香が学園の中庭で花を眺めながらいつものメンバーとお茶を飲んでいるとまた花乃が突っ込んできた。
「お姉様!いい加減にみんなを解放して!」
「…」
悠香は無視。陸が追い払おうとするが花乃はめげない。
「陸くんも龍樹くんも辰巳くんも、みんな本当は嫌がっているのよ!お姉様は男の子たちを無理矢理侍らせるなんて恥ずかしくないの!?」
無理矢理侍らせる、と聞いてさすがの悠香もイラっとした。
「そもそも私、侍らせたりなんてしてないわ。みんなと仲良く遊んでいるだけよ」
「僕、君の方が嫌いだから。消えてくれない?目障りなんだけど」
「ワシの気持ちを勝手に決められるとさすがに困るのぉ…なぁ、龍樹?」
「君の言葉に初めて同意します。…辰巳の言う通り、人の気持ちを勝手に決められては困ります。だいたい、全部的外れですよ」
全員から責められてようやく状況を飲み込めた花乃は、困惑する。
「なんで!?花乃はヒロインなんだよ!?お姉様が悪役令嬢なのに!だいたいなんで攻略対象の男子がみんなお姉様の逆ハーメンバーなの!?」
「悪役令嬢?ヒロイン?逆ハー?頭の中お花畑なの?ここは乙女ゲームではなく現実ですよぉ~?」
花乃を煽る陸。花乃は顔を真っ赤にして逃げ帰った。
「へー。ワシは悠香の逆ハーレムの構成員ながか?」
「安心なさい。あのおバカさんの誤解ですよ」
「はは、龍樹がそこまで言うのはよっぽどじゃのう」
「君よりは怒っていません。どうせ本家の力を使って二ノ宮家を潰しにかかるつもりでしょう?」
「わはははは!どうじゃろうなぁ?」
龍樹と辰巳の会話に、花乃とそれに振り回される二ノ宮家が若干可哀想になるが聞かなかったことにした悠香。
「一条家にも僕から今日のことは報告しておくよ、もちろんウチからも抗議するけどね」
こうなれば一条も三条も割と本気で花乃を排除するだろう。悠香はますます腹違いの妹が可哀想なモノに見えてきた。
そんな悠香だが、素敵な男子に囲まれていても一切ときめきを感じない。何故ならば悠香は根底には悪役令嬢としての意識が残っていて、まだぼーっとしているところがあるからだ。
ゲームでは嫉妬心という苛烈な感情を得てそれから解き放たれていたが、これは現実。どう転ぶかはこの乙女ゲームに似せた世界を作った暇な神すら読めていない。
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感想ありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです!