ねえねえ、お嬢ちゃん

下菊みこと

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書きたいところだけ書いたお話

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「ねえねえ、お嬢ちゃん。そんなに慌ててどこ行くの?」

「お母さんのところ」

「アイヤー、それは困ったネ」

「なにが?」

「お嬢ちゃんのお母さんは、もうとっくに売り払ったアル」

目の前の男を見上げる。

飄々とした雰囲気に、どこか冷たさを感じる瞳。

この男の言っていることは、おそらく事実なのだろう。

「…生きてるの?」

「いや、臓器にして売り払ったヨ?」

「あーあ」

母はろくでもない人だった。

花売りの仕事は、それはそれでその人の人生だから否定しない。

仕事でミスって私を作ってしまったのは不運だと思う。

産んでくれたのはむしろ感謝してる。

だけど、私にも花売りの仕事をさせるつもりでいたのも知っている。

私がもう少し大きくなったら、私に花売りをさせて自分は楽隠居するつもりだった。

…それでも母が死んだと知って落胆するくらいには、母は私に優しかったけど。

あーあ、なんて冷たく聞こえるかもしれないけれど、私は本当に落胆したのだ。

あの人の死を。

おそらく、あの人の死に落胆するのはこの世で私一人だろう。

「可哀想」

「人の心配もいいけど、お嬢ちゃんはどうするアル?」

「どうしよう。あ、その前に一つ聞いていい?」

「ん?」

「借金はちゃんと返せた?」

お兄さんは笑った。

「もちろんアル。売れる臓器全部売ったら、ちゃんと利息分まで稼げたアル。だからお嬢ちゃんの心配をしてやってるアル。じゃなきゃお嬢ちゃんも商品ネ」

「なら貴方たちにとっては良かったね。お母さんは…私が泣いてあげるから、それで報われないかな」

「報われるかは知らないアル。でも、泣いてくれる人がいるのはましネ」

「そっか、じゃあたくさん泣くね」

私は宣言した後、思いっきり声をあげて泣く。

お兄さんはそんな私に骨壷を渡してきた。

「さすがに可哀想だから、これは返すアル」

「うわぁあああんっ!!!」

泣きじゃくりながら、軽い骨壷を抱きしめた。

「うーん、思ったより悪いことしちゃったアル?」

「びぇえええええええ!!」

「うーん、金は十分回収できてお釣りも出たアルし…お釣り分だけは、助けてやるアルか?」

お兄さんは泣き止むまで私を待ってくれて、結果一時間以上待ち続けることになったがそれでも聞いてきた。

「お前、どうしたいアル?」

「…とりあえずお母さんを供養したい」

「寺と墓は見繕ってやるアル。費用も出してやるネ。他には?」

「他?」

「お前の今後のこととかネ」

今後。

お母さんが死んだと知った時点で今後など考えていなかった。

「…お母さんが居ないから、もう保護者も居ないから。悪い人にいつか連れて行かれて終わりじゃない?」

「お前、割り切り良すぎネ」

「だって、人生なんて終わりまでの暇つぶしでしょ。期待なんてしたって無駄」

「達観しすぎネ。まあいいや、じゃあ悪い人が連れていっちゃうアル。お前我とくるネ」

「わかった」

私は結果的に、お兄さんに保護されることになった。

お兄さんはお母さんをお寺で供養してくれて、お墓も建ててくれた。

私を里親として引き取って、保護者になってくれた。

…私は新興マフィアの、ボスの娘となった。

















「お嬢ー、おはようございまーっす」

「おはよう、ハオラン」

「お嬢様、おはようございます」

「おはよう、シンユー」

私こと由依は、新興マフィア 熊猫組のボスの娘。

いやマフィアでパンダってとか思うかもしれないが、ボスであるパパは色々センスが独特な人なので仕方がない。

朝から私に元気に挨拶してくれるのは、お目付け役兼護衛のハオランとシンユー。

二人とも私が引き取られた経緯を知っていて優しく接してくれる人格者だ。

中には私を妬んでくる人もいるが、この二人には安心して護衛を任せられる。

「おはようアル、由依」

「パパ、おはよう」

「今日もお前は死んだ魚のような目アルねー」

「パパも、研いだばかりの刃みたいな鋭い目ね」

「あはははは、言うようになったアル」

そんなことを言いながら頭を撫でるパパに、ハオランとシンユーは笑う。

「ボスは本当にお嬢には甘いっすねー」

「猫可愛がりしていらっしゃる」

「あっははは。娘アル。当然ネ」

「ところでパパ、その胡散臭い喋り方はなんとかならないの?」

「こうしてた方が桜雉国の奴らは勝手に油断してくれるアル」

桜雉国とは私の出身国。

今暮らしているのは遙か海を越えた先にある紅鶴国。

なお紅鶴国には桜雉国の言葉を話せる人は割と多くて移住しても生活にはあまり困らないが、私もパパに引き取られてから五年も経てばさすがに言葉を覚えた。

今はこちらの言葉を普通に使えるが、パパやハオラン、シンユーとの会話限定で桜雉国の言葉もまだ使っている。

「そうそう、由依。お前に一つ朗報ネ」

「なに?パパ」

「お前、この間友達が欲しいと言ってたアルね?」

「…ああ」

この間、というにはすごく昔、まだパパに引き取られたばかりの頃。

パパに花街にいた頃から友達が居なくて、憧れだという話はした。

今更蒸し返されてもびっくりなのだが。

「それがどうしたの?パパ」

「お友達を作ってやるネ!」

「え」

「最近同盟を組んだ組の若頭と仲良くなるといいネ」

うわ、面倒ごとを投げてきた。

これは大役だ、失敗は出来ない。

「…わかった」

「まあ、無理はしなくていいアル。出来る限り仲良くしたらそれでいいネ」

パパはそう言って笑ったけど、その言葉に甘えてばかりもいられない。

私はパパに見捨てられたら、今度こそ人生の終わりだから。

パパにこの五年間甘やかされてきた私が、今更他の生き方なんてできっこないのだ。














そしてセッティングされた、同盟を組んだ組の若頭とのお茶会の席。

彼は不機嫌を隠すことをせず、むすっとした顔で現れた。

何が気に入らないのかも分からない。

なので、私は初手で諦めた。

無理だ、この聞かん坊の相手は私には多分荷が重い。

そう思ったのだけど。

「…悪いな」

「え」

「お前も望んでこんなことさせられてるわけじゃないんだろ。僕もだ」

「ああ…まあ、親同士の都合ですしね」

「そう、僕たちには関係ないのにこんな役目を押し付けて…まったく、大人の考えることはわからない」

案外話のできる相手だったらしい。

良かったと胸を撫でおろす。

「まあ、大人は大人で好きにさせておけばいいんじゃないですか。私たちは何のしがらみもなく普通にお友達になりません?」

「…それもそうだな。では改めて。僕はジュンユー。よろしくな」

「私は由依です」

「ああ、そういえば桜雉国の出身だったな。語感が綺麗な名前だな」

「そうですか?ありがとうございます」

ジュンユーは私に手を差し伸べる。

「せっかく我が家に招待したんだ。一緒に庭でも見に行こう。それとも囲碁でもやるか?他にやりたい遊びがあるならそれでもいいが」

「では、お庭を散策した後囲碁で。その後トランプもやりましょう」

「ふふ、欲張りさんだな。わかった、そうしよう」

ジュンユーの人の良さのおかげで、一日で打ち解けることが出来た。

これでパパに顔を合わせられると安堵した。













「由依、お手柄アル」

「え?」

「パパは外交上手な娘に鼻高々ネ。おかげで組織内のお前に嫉妬ばかりする間抜けどもも、黙らせて逆に粛清できたアル」

なんと、ジュンユーと仲良くなっただけでそんなことになるとは。

「いやー、実はお前に利用価値があるのか示して欲しいとか生意気な奴が何人かいたアル。だからお前が自分に利用価値があると示してくれたおかげで、公開処刑で粛清できたアル。まあダメでも守るつもりではいたけど、ここまで成果を出してくれると正直めちゃくちゃありがたいアル」

「あらぁ…その人達には悪いことしちゃったかな」

「いいネいいネ。由依が気にすることじゃないアル。むしろ組織の規律を乱しかねない奴らだから早く理由をつけて切りたかったネ。助かったアルよ」

頭を撫でられる。

パパにこれをされるのは好きだ。

「よかったっすね、お嬢!」

「これで組織もよりお嬢様に居心地の良い場所となるでしょう」

「ありがとう、ハオラン、シンユー」

こうして引き取られて五年が経ち、ようやく組織内で表立って私に反発する人は居なくなった。














と、思ったら新たな問題が起こった。

「お嬢にストーカー?」

「最近なんか変な手紙が届いて、視線も感じるんだよね」

「視線…護衛ですのに気付くのが遅れて申し訳ありません」

「ううん、いいの。あと、手紙の内容を見るに盗聴もされてるみたい」

「…!」

ハオランとシンユーが血眼で私の部屋を捜索してくれて、盗聴器と監視カメラが内蔵されたぬいぐるみを見つけてくれた。

「これっすね」

「お嬢様、このぬいぐるみは確か…」

「うん、組の人に貰ったやつ」

下っ端の新人が、プレゼントしてくれたものだった。

私はすぐにパパに報告して、下っ端の新人は首根っこ掴まれて私の前に引き摺り出され、私に土下座してきた。

曰く年若い女の子に興奮したからとのこと。

それで許されるわけもなく、私の知らないところでしっかりと反省させられたらしい。













最近になって色々なことが続いたけれど、やっと落ち着ける日がきた。

パパとのんびり休暇を楽しむ。

「由依、最近忙しくさせて悪かったネ」

「そんなことないよ」

「お前を引き取ったことは後悔していないアル。でも我がお前を引き取ったせいで、お前には色々迷惑ばかりかけてるアル」

「それでもパパには甘やかしてもらったから」

「でも、我はお前の親の仇あるよ」

今更なことを言うパパに、思わず苦笑い。

「最初から知ってたよ」

「それはそうアル。でもお前、あれ以降泣き顔を我に見せないアル」

「それはパパが私を甘やかしてくれるから、泣く必要がないんだよ」

「…そうアル?」

「うん」

月一で、月命日にお母さんの墓参りをする。

その時だけはいつも泣いてしまうけど、それ以外で泣く理由は今日まで存在しなかった。

パパは本当に、過保護に私を甘やかすから。

「でもお前とも、なんだかんだ長い付き合いになったアル。正直適当なところで自立させて追い出す気でいたのに、いつのまにか手元から飛び立っていく日が怖くなってしまったアル」

「そっか」

「まだまだお父さんに甘えていていいアルよ」

「ふふ、うん」

この人をパパと呼ぶようになった日から、甘えまくっているけれど。

「パパ、これからもよろしくね」

「もちろんアル。お前が許してくれるなら、これからもずっと一緒ネ」

まだこのぬるま湯のような関係に浸っていたい…なんてわがままだろうか。
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