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メレニア・メイジ編
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しおりを挟む──メレニア・メイジ
オレンジの髪に若草色の瞳をしたプリシラの二つ上の少女は、ダグラスの姉の一人娘であり、詰まる所、プリシラの従姉妹であった。
親が姉弟の関係ということもあって、プリシラが物心ついたときから、幼い頃からメレニアと親交があった。
だが、プリシラにとって、その記憶は決して良いものではなかった。
公爵家の一人娘であるプリシラと、子爵家の一人娘であるメレニア。
二人の身分の差は歴然だが、母のダグラスに対する横柄な態度を見て、メレニアはプリシラよりも自分の方が偉いのだと勘違いをしてしまったのだ。
メレニアの自分勝手な振る舞いにも、プリシラは彼女の方が年上なのだから仕方がないと、若干の諦観と、内心で辟易とした気持ちを隠しながら、メレニアに対し従順に振る舞っていた。
公爵令嬢であるプリシラを、子爵令嬢のメレニアが従者のように扱う。
そんな歪ながらも、どこか完成されていた関係に、プリシラは現状のままで良いと思っていたし、面倒臭いと思うことは多少あれど、自分に害があるわけではなかったので、さして気にも留めなかった。
けれど、メレニアが社交界デビューを飾ったときに、二人の関係に暗雲が立ち込めた。
メレニアは社交界に出る前までは、世界は自分中心に回っていると思っていた。
だが現実は、メレニアは貴族の中でも、男爵に次いで身分の低い子爵家の令嬢であり、自分より身分の上の伯爵家や候爵家の令嬢に頭を下げねばならない立場であるのだと、デビュタントを飾ったことでようやく理解したのだ。
けれど、メレニアが何より許せなかったのは、自分が子爵令嬢であることでも、自分より身分の高い相手に頭を下げることでもなく、プリシラの存在だった。
親は共にフォージャー伯爵家出身の姉弟だというのに、母はメイジ子爵家に嫁ぎ、ダグラスは生家より爵位の高い、メディチ公爵家に婿入りを果たした。
元を辿れば同じフォージャー伯爵家の血が流れているのに、なぜ自分は子爵令嬢で、プリシラが王族に次いで身分の高い公爵令嬢なのか。なぜ、公爵令嬢であるプリシラが、子爵令嬢である自分に従順に従っていたのか。
(きっと、プリシラは私を憐れんで逆らわなかったのよ。内心では子爵令嬢である私のことを見下していたに違いないわ。)
メレニアはそう結論づけると、プリシラのことを深く憎んだ。
それから、プリシラに対する酷い苛めが始まった。
しかもそれは、質の悪い物だった。
今までメレニアは人の目を気にせずプリシラを使役していたが、社交界デビューを経てからは、プリシラに優しく接するようになったのだ。
プリシラ以外の人々は、社交界に出て自分の立場を認識して態度を改めたのだろう、と考えていたが……実際は違った。
メレニアは人のいない所で、プリシラの一挙一動に、貴族の礼儀がなっていないとか、年上の自分に対して失礼だとか難癖をつけ、プリシラを精神的に追い詰めていった。
今のプリシラなら"これはおかしい"と気づくことができるが、当時のプリシラは、未だデビュタントを飾っていない自分より、既に社交界デビューを果たしたメレニアの方が正しいと信じていた。
それに、このときは、まだメイジ子爵家は存続していて、月に一度会うだけの関係だったので、まだ耐えることができた。
本当の地獄は、メイジ子爵家が取り潰しになり、メレニアが使用人としてメディチ公爵家に迎え入れられた時だった。
もちろんプリシラは、メレニアを公爵家で引き取ることに反対した。
だが家族はプリシラの意見を一蹴し、プリシラが家族に自分は裏で苛められていたのだと訴えかけても、誰も信じてはくれなかった。
むしろ、「メレニアはあんなに良い子なのに、お前はなんで嘘をつくんだ」と責められる始末であった。
自分が拒絶の言葉を述べる度、家族の蔑むような視線が日に日に強くなるのを感じ、プリシラは家族に嫌われるのが怖くなって、すぐに抵抗を辞めてしまった。
そして、メレニアがメディチ公爵家に引き取られることになったのだが……メレニアは二人きりになってもプリシラを苛めようとせず、むしろ笑みを浮かべてプリシラに接した。
まるで、苛めの事実なんて始めからなかったかのように──
……まあ、この期間も一ヶ月で終わるのだけれど。
今でこそ分かることだが、メレニアはメディチ家に迎え入れられた初めの一月は、リリーを苛めていたのだ。
──リリー・マドレーヌ
彼女はマドレーヌ伯爵家の令嬢であるものの、伯爵家は没落しており、家計を支えるためメディチ公爵家に奉公に来ていた。
だが、没落しているといえど爵位は剥奪されておらず、伯爵令嬢という身分のまま使用人として働いていたことが、メレニアの勘に触ったらしい。
メレニアは公爵家で働く、自分と同じ立場──爵位を剥奪された元貴族令嬢を束ねあげると、その嫉妬心を利用し、リリーを一ヶ月間苛め抜き、リリーを辞職にまで追い込んだ。
そして、そのメレニアの嗜虐性を噂で聞いたであろうロザリーが、彼女とタッグを組み、プリシラを陥れるある事件が起こり、プリシラは家族全員から虐げられることになるのだ。
(けれど、今回はそう上手くいかないわよ)
プリシラは口角を上げたまま、硬直したメレニアを見て思う。
(今回の時間軸では、貴女が苛めていたリリーを私の専属に指定したことで、貴女の発散の対象がいなくなってしまったものね……。
けれど、ロザリー付きの専属メイドに指定されたことで、ロザリーを言いくるめて私をどうこうしようと思ったのでしょう?
……だけど残念ね。私は生憎二回目の人生だし、貴女を破滅させる算段なんてとっくに思い付いてるのよ)
プリシラは談笑する父とロザリーの声をBGM代わりに、ほの暗く微笑んだ。
そうして再び白身魚を頬張ると、メレニアを陥れる算段を頭の中で練っていった。
会話をしているのは父とロザリーの二人だけだが、先ほどまでの殺伐とした雰囲気が霧散した。
テーブルを囲うメディチ公爵家の心中はお互い分からないが、表面上は和やかな雰囲気がようやくダイニングに訪れたように思えた。
だが──
カチャリと、昼食を食べ終えた母(ミレーヌ)がフォークとナイフをテーブルに置き、ナプキンで軽く口元を拭うと
「お話の途中悪いんだけれど」
と、夫とロザリーに向き直り、プリシラにとっては大変喜ばしい、二人にとっては和やかな雰囲気をぶち壊すような、胸がすっとすく発言をした。
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