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初等部
15.閉じ込めるから
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部屋を飛び出して、走って、走って、声をかけられても走って、寮を出て走って、人気のない寮の裏まで来て、ようやく僕は止まりました。
急に走ったから、この距離でも息が上がっています。僕は塀に手をついて、ずるずるとしゃがみ、蹲りました。
頭の中で、いろんな考えが嵐のように渦巻いています。
ルスラン様が僕を犬にして喜んでくれていた?
違います。ルスラン様は、そんな人ではありませんでした。
そうなるように僕がルスラン様を変えたのです。
痛めつけて愛してほしいなんていう欲望に任せて、正義のために動いていた子供を狂わせたのです。
首輪をつけていたのは僕の方。
脅して、支配して、操って。
欲に任せて他人を都合のいい存在に作り変える化け物。
何より恐ろしいのは、その化け物が、今も僕の中で、『今回もご主人様になってほしい』『痛めつけて、喜んで、愛して欲しい』などと呟いていることです。
ただの同級生のままでいるのは嫌だと、ルスラン様がご主人様になってくれないと嫌だと言うのです。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
吐き気を覚えて、堪えるために指の節を噛みました。
思えば、ソバキン家にいたときだって、僕はヴェルナ様に役割を望んでいたのです。
ヴェルナ様の役割の名前が『ご主人様』じゃなかっただけ。僕の役割の名前が『犬』じゃなかっただけ。
僕の『妹』になって『兄』の僕を使って欲しいと思っていたのです。
僕自身のことが好きなのだと言われていなければ、僕はヴェルナ様のことも狂わせようとしていたのではないでしょうか。
ヴェルナ様が僕のことを僕が望むように使わないことに不満を抱いて、ヴェルナ様を作り替えようとしていたのではないでしょうか。
僕は、そういう存在です。
『ヴェルナにだけは近づかないで』と言った『前』のアリサ様は、きっと正しかった。
ソバキン家にいたときは、ヴェルナ様が『兄』じゃなくて『シエノークにいさま』が好き、とはっきり言ってくださったから、『ヴェルナ様は僕に役割を与えて使ってくれる存在ではないのだ』と化け物が諦めて、引っ込んだだけなのです。
どれだけ隠して取り繕っても、僕の中の化け物は、ずっと飛び出す機会を伺っている。
指から血が出てきて、はっとして口を離します。
……誰も痛めつけてくれないからって、自分で自分を痛めつけた?
息は上がったままで、むしろ呼吸はどんどん荒くなっていって。体は冷えて、ボロボロと涙が出てきます。
気持ち悪い。
僕の体を切り開いて、化け物を殺してしまえればいいのに。
「シエノーク!」
よく通る声。誰かが駆け寄ってくる足音。
振り返れば、そこにいたのはルスラン様でした。
どうしてこんなところに?
今一番会いたくなかったのに。
「……っ、うぁ、ひ、」
僕が床に座り込んだまま逃げようと後ずさると、ルスラン様はその場に立ち止まります。酷くつらそうに顔を歪めて、息を整えようとしている様子です。
「……ご、めん。俺のこと、怖いよな」
そう発したルスラン様の声は、聞いたこともないほど穏やかで、優しくて。
「……寮を飛び出すのが見えたから、心配でつい追いかけちゃっただけで、酷いことしたり、痛い思いさせたりしようってんじゃない……、……信じられないかもしれないけど、本当だ」
本来のルスラン様はこんなにも優しいのに、僕はどれだけこの人をおかしくさせてしまったのだろうと、絶望的な気持ちになりました。
息は、まだ上がり続けています。
いつ吸っていつ吐いてるのかもわかりません。
頭がくらくらして、何も考えられなくなってきました。
ルスラン様のその奥に人影が見えますが、視界がぼやけて誰だかわかりません。
「……シエノーク?」
「シエノーク!」
ルスラン様の奥の人影はどんどん大きくなって、イヴァン様の形を作って、ルスラン様を通り過ぎて僕に駆け寄ってきました。
……イヴァン様?
僕を支えるイヴァンの息も上がっていましたが、イヴァン様は努めて優しい声を出し、僕の背中をゆっくりとさすりながらこう言いました。
「シエノーク、大丈夫。言う通りにしろ。吐いて」
命令が頭に染み込んで、僕はイヴァン様の言う通りに息を吐こうとしました。
イヴァン様はしばらく、僕に息を吐く手本を見せました。背中をさすられながら言われた通りにしていると、だんだんと落ち着いてきました。
「大丈夫。大丈夫だからな」
ぽん、ぽん、と、ゆったりとした一定のリズムで僕の背中を叩くイヴァン様。
もうすっかり普通に呼吸ができていますが、頭はいまだにぼーっとしています。
「……人が来ないようにしてくれ」
「は、はい!」
イヴァン様がレイラ様に指示を出したようで、レイラ様の声も聞こえてきました。
「名乗るなよ坊ちゃん。名乗れば俺かお前のどっちかが離れなきゃいけなくなる」
「……え、」
「……シエノークも。今俺かあいつの名前を出されると後でちょっと困るからさ、言わないようにできるか?」
ぼんやりとしたまま頷きます。
よくわかりませんが、イヴァン様とルスラン様の名前を呼ばなければいいみたいです。
「さっきの会話ちょっと聞こえたんだけどさ、シエノークに何かしたのか?」
イヴァン様がルスラン様に尋ねて、しばらくしてからルスラン様が答えました。
「護身術の授業、で……、腕を掴めって言われて……、……力を入れすぎて、痛い思い、させた……。……その後、あざになってないか確認しようとしたら、断られて……。……無理やり、見た……」
「おー。まァ俺研究室の窓から見てたから知ってるんだけど」
「は?」
「正直で偉いな坊ちゃん。坊ちゃんが素直に反省してるのがわかってよかったよ。一応聞くけど謝った?」
「謝った!!……もっと必要なら、何度でも謝る」
もう二度としない、絶対。と強く言うルスラン様。
この頃には、僕の頭もかなりはっきりしてきていました。
「……シエノーク、正直に教えてくれ。シエノークが正直に言って、そこの坊ちゃんが怒ったとしても、俺が守るから。……そこの坊ちゃんのこと、怖い?」
「……っこ、こわくない!!」
僕は勢いよく頭を振りました。
「……こわく、ないんです……!!この人は、好きで、酷いことする人じゃないんです……、僕が痛がったら、すぐ謝って、心配して、僕のためにつらそうな顔してくれる、優しい人、なんです」
ルスラン様のことをイヴァン様に勘違いされたくなくて、僕はイヴァン様に縋り付いて、必死で訴えました。
イヴァン様は僕の背中をゆっくりと叩き続けながら、頷いてくださいます。
「……うん、大丈夫。怖くないんだな。あいつは優しいってのも、よくわかった。……怖かったのは、他の誰か?」
首を横に振りました。
「自分?」
ひ、と喉を鳴らす僕。「答えたくなかったらそれでいい」とすかさず言うイヴァン様でしたが、鋭いイヴァン様には今の反応でわかったでしょう。
僕は必死で呼吸を整えて、またぼろぼろと涙を流しながら、告白しました。
「………………ぼく、は、……僕が……こわい……です。……僕の中に、化け物がいるの…………。ごめんなさい、ごめんなさい……」
それは、懺悔でした。
「誰かがお父様みたいにご主人様になってくれたらいいのにって、僕を痛めつけて喜んでくれたら幸せなのにって、思うんです……、そうして、人を狂わせる僕がいる……。僕は、僕はおかしいんです。他人を、ご主人様にしようとする……。僕を痛めつけるように仕向けるんです……」
きっと、イヴァン様にとっても、ルスラン様にとっても意味不明な言葉。
それでも、これが僕の真実でした。
ルスラン様には、僕の汚いところを隠しちゃいけないと思ったのです。
僕の真実を知ったイヴァン様が、これから僕がどうすればいいかを教えてくれるのではないかと思ったのです。
しかし、先に口を開いたのはルスラン様でした。
「俺もいる、化け物」
思いがけない言葉に、僕はぽかんとしてルスラン様を見上げました。
そんな僕とイヴァン様に近づいてくるルスラン様。
イヴァン様が少し避けて、ルスラン様と僕が向き合えるようにしてくださいました。
「俺の中にも化け物がいる。俺の中にいるのは、人を痛めつけて喜ぶ化け物だけど。俺にもいるんだよ」
声こそ震えていましたが、その表情は穏やかで、ルスラン様の中に化け物がいるなんて、到底思えませんでした。
……でも、ルスラン様がそう言うなら、きっといるのです。
いつだって自分の感情に正直で、嘘を嫌うルスラン様が、そんな嘘をつくわけがないのです。
「……人は、誰でも化け物を飼ってて、それを閉じ込めるのが、理性という檻なんだって。……知り合いの受け売りだけど」
「……ぼく、ぼくは、ぼくの化け物は、その檻を、壊しちゃうんです、理性の檻を噛みちぎる……」
「だとしても、我慢するのを辞めて化け物に身を任せて痛めつけたなら、そいつが悪い。……だから俺も悪い。ごめんなさい」
形のいい眉をひそめて謝罪してくださるルスラン様の姿は、平民のような言葉遣いとは裏腹に、高貴で慈悲深い聖人に見えました。
「俺は、お前に壊されない檻を作るよ。絶対絶対傷つけないって何度も自分に言い聞かせて、自分を律する。絶対我慢する。してみせる。二度と繰り返さない。成長する」
力強く宣言するルスラン様は、どこまでも強くて、美しい。
「シエノークもそうしよう。閉じ込める檻を強くしよう。それでも失敗して、化け物が暴れ出すことがあったら……、……その時は、俺のところに来て、俺の理性の檻を噛んでくれよ」
強くて美しいルスラン様が、僕の中にいる化け物ごと、僕を受け入れようとしてくださっている。
「絶対、耐えてみせるから」
そう言って、少し頬を紅潮させて微笑むルスラン様の瞳は、青く澄んでいました。
僕はわっと泣き出して、気がついたらルスラン様に縋り付いていました。
「僕っ、僕も、耐え゛ますっ、もう、おかしくさせたり、しない゛っ、ばけものとじこめる、から、だから……っ」
僕が犯した罪が、貴方を狂わせた大罪が、もし、もしも許されるなら、
「……貴方のおそばに、いたい……」
ルスラン様は、僕よりずっと大人に近い腕をゆっくりと僕の背中に回して、言いました。
「俺だって、お前が隣にいてほしい」
幸せだ、と思いました。
痛めつけられることなんかより、ずっと、ずっと。
急に走ったから、この距離でも息が上がっています。僕は塀に手をついて、ずるずるとしゃがみ、蹲りました。
頭の中で、いろんな考えが嵐のように渦巻いています。
ルスラン様が僕を犬にして喜んでくれていた?
違います。ルスラン様は、そんな人ではありませんでした。
そうなるように僕がルスラン様を変えたのです。
痛めつけて愛してほしいなんていう欲望に任せて、正義のために動いていた子供を狂わせたのです。
首輪をつけていたのは僕の方。
脅して、支配して、操って。
欲に任せて他人を都合のいい存在に作り変える化け物。
何より恐ろしいのは、その化け物が、今も僕の中で、『今回もご主人様になってほしい』『痛めつけて、喜んで、愛して欲しい』などと呟いていることです。
ただの同級生のままでいるのは嫌だと、ルスラン様がご主人様になってくれないと嫌だと言うのです。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
吐き気を覚えて、堪えるために指の節を噛みました。
思えば、ソバキン家にいたときだって、僕はヴェルナ様に役割を望んでいたのです。
ヴェルナ様の役割の名前が『ご主人様』じゃなかっただけ。僕の役割の名前が『犬』じゃなかっただけ。
僕の『妹』になって『兄』の僕を使って欲しいと思っていたのです。
僕自身のことが好きなのだと言われていなければ、僕はヴェルナ様のことも狂わせようとしていたのではないでしょうか。
ヴェルナ様が僕のことを僕が望むように使わないことに不満を抱いて、ヴェルナ様を作り替えようとしていたのではないでしょうか。
僕は、そういう存在です。
『ヴェルナにだけは近づかないで』と言った『前』のアリサ様は、きっと正しかった。
ソバキン家にいたときは、ヴェルナ様が『兄』じゃなくて『シエノークにいさま』が好き、とはっきり言ってくださったから、『ヴェルナ様は僕に役割を与えて使ってくれる存在ではないのだ』と化け物が諦めて、引っ込んだだけなのです。
どれだけ隠して取り繕っても、僕の中の化け物は、ずっと飛び出す機会を伺っている。
指から血が出てきて、はっとして口を離します。
……誰も痛めつけてくれないからって、自分で自分を痛めつけた?
息は上がったままで、むしろ呼吸はどんどん荒くなっていって。体は冷えて、ボロボロと涙が出てきます。
気持ち悪い。
僕の体を切り開いて、化け物を殺してしまえればいいのに。
「シエノーク!」
よく通る声。誰かが駆け寄ってくる足音。
振り返れば、そこにいたのはルスラン様でした。
どうしてこんなところに?
今一番会いたくなかったのに。
「……っ、うぁ、ひ、」
僕が床に座り込んだまま逃げようと後ずさると、ルスラン様はその場に立ち止まります。酷くつらそうに顔を歪めて、息を整えようとしている様子です。
「……ご、めん。俺のこと、怖いよな」
そう発したルスラン様の声は、聞いたこともないほど穏やかで、優しくて。
「……寮を飛び出すのが見えたから、心配でつい追いかけちゃっただけで、酷いことしたり、痛い思いさせたりしようってんじゃない……、……信じられないかもしれないけど、本当だ」
本来のルスラン様はこんなにも優しいのに、僕はどれだけこの人をおかしくさせてしまったのだろうと、絶望的な気持ちになりました。
息は、まだ上がり続けています。
いつ吸っていつ吐いてるのかもわかりません。
頭がくらくらして、何も考えられなくなってきました。
ルスラン様のその奥に人影が見えますが、視界がぼやけて誰だかわかりません。
「……シエノーク?」
「シエノーク!」
ルスラン様の奥の人影はどんどん大きくなって、イヴァン様の形を作って、ルスラン様を通り過ぎて僕に駆け寄ってきました。
……イヴァン様?
僕を支えるイヴァンの息も上がっていましたが、イヴァン様は努めて優しい声を出し、僕の背中をゆっくりとさすりながらこう言いました。
「シエノーク、大丈夫。言う通りにしろ。吐いて」
命令が頭に染み込んで、僕はイヴァン様の言う通りに息を吐こうとしました。
イヴァン様はしばらく、僕に息を吐く手本を見せました。背中をさすられながら言われた通りにしていると、だんだんと落ち着いてきました。
「大丈夫。大丈夫だからな」
ぽん、ぽん、と、ゆったりとした一定のリズムで僕の背中を叩くイヴァン様。
もうすっかり普通に呼吸ができていますが、頭はいまだにぼーっとしています。
「……人が来ないようにしてくれ」
「は、はい!」
イヴァン様がレイラ様に指示を出したようで、レイラ様の声も聞こえてきました。
「名乗るなよ坊ちゃん。名乗れば俺かお前のどっちかが離れなきゃいけなくなる」
「……え、」
「……シエノークも。今俺かあいつの名前を出されると後でちょっと困るからさ、言わないようにできるか?」
ぼんやりとしたまま頷きます。
よくわかりませんが、イヴァン様とルスラン様の名前を呼ばなければいいみたいです。
「さっきの会話ちょっと聞こえたんだけどさ、シエノークに何かしたのか?」
イヴァン様がルスラン様に尋ねて、しばらくしてからルスラン様が答えました。
「護身術の授業、で……、腕を掴めって言われて……、……力を入れすぎて、痛い思い、させた……。……その後、あざになってないか確認しようとしたら、断られて……。……無理やり、見た……」
「おー。まァ俺研究室の窓から見てたから知ってるんだけど」
「は?」
「正直で偉いな坊ちゃん。坊ちゃんが素直に反省してるのがわかってよかったよ。一応聞くけど謝った?」
「謝った!!……もっと必要なら、何度でも謝る」
もう二度としない、絶対。と強く言うルスラン様。
この頃には、僕の頭もかなりはっきりしてきていました。
「……シエノーク、正直に教えてくれ。シエノークが正直に言って、そこの坊ちゃんが怒ったとしても、俺が守るから。……そこの坊ちゃんのこと、怖い?」
「……っこ、こわくない!!」
僕は勢いよく頭を振りました。
「……こわく、ないんです……!!この人は、好きで、酷いことする人じゃないんです……、僕が痛がったら、すぐ謝って、心配して、僕のためにつらそうな顔してくれる、優しい人、なんです」
ルスラン様のことをイヴァン様に勘違いされたくなくて、僕はイヴァン様に縋り付いて、必死で訴えました。
イヴァン様は僕の背中をゆっくりと叩き続けながら、頷いてくださいます。
「……うん、大丈夫。怖くないんだな。あいつは優しいってのも、よくわかった。……怖かったのは、他の誰か?」
首を横に振りました。
「自分?」
ひ、と喉を鳴らす僕。「答えたくなかったらそれでいい」とすかさず言うイヴァン様でしたが、鋭いイヴァン様には今の反応でわかったでしょう。
僕は必死で呼吸を整えて、またぼろぼろと涙を流しながら、告白しました。
「………………ぼく、は、……僕が……こわい……です。……僕の中に、化け物がいるの…………。ごめんなさい、ごめんなさい……」
それは、懺悔でした。
「誰かがお父様みたいにご主人様になってくれたらいいのにって、僕を痛めつけて喜んでくれたら幸せなのにって、思うんです……、そうして、人を狂わせる僕がいる……。僕は、僕はおかしいんです。他人を、ご主人様にしようとする……。僕を痛めつけるように仕向けるんです……」
きっと、イヴァン様にとっても、ルスラン様にとっても意味不明な言葉。
それでも、これが僕の真実でした。
ルスラン様には、僕の汚いところを隠しちゃいけないと思ったのです。
僕の真実を知ったイヴァン様が、これから僕がどうすればいいかを教えてくれるのではないかと思ったのです。
しかし、先に口を開いたのはルスラン様でした。
「俺もいる、化け物」
思いがけない言葉に、僕はぽかんとしてルスラン様を見上げました。
そんな僕とイヴァン様に近づいてくるルスラン様。
イヴァン様が少し避けて、ルスラン様と僕が向き合えるようにしてくださいました。
「俺の中にも化け物がいる。俺の中にいるのは、人を痛めつけて喜ぶ化け物だけど。俺にもいるんだよ」
声こそ震えていましたが、その表情は穏やかで、ルスラン様の中に化け物がいるなんて、到底思えませんでした。
……でも、ルスラン様がそう言うなら、きっといるのです。
いつだって自分の感情に正直で、嘘を嫌うルスラン様が、そんな嘘をつくわけがないのです。
「……人は、誰でも化け物を飼ってて、それを閉じ込めるのが、理性という檻なんだって。……知り合いの受け売りだけど」
「……ぼく、ぼくは、ぼくの化け物は、その檻を、壊しちゃうんです、理性の檻を噛みちぎる……」
「だとしても、我慢するのを辞めて化け物に身を任せて痛めつけたなら、そいつが悪い。……だから俺も悪い。ごめんなさい」
形のいい眉をひそめて謝罪してくださるルスラン様の姿は、平民のような言葉遣いとは裏腹に、高貴で慈悲深い聖人に見えました。
「俺は、お前に壊されない檻を作るよ。絶対絶対傷つけないって何度も自分に言い聞かせて、自分を律する。絶対我慢する。してみせる。二度と繰り返さない。成長する」
力強く宣言するルスラン様は、どこまでも強くて、美しい。
「シエノークもそうしよう。閉じ込める檻を強くしよう。それでも失敗して、化け物が暴れ出すことがあったら……、……その時は、俺のところに来て、俺の理性の檻を噛んでくれよ」
強くて美しいルスラン様が、僕の中にいる化け物ごと、僕を受け入れようとしてくださっている。
「絶対、耐えてみせるから」
そう言って、少し頬を紅潮させて微笑むルスラン様の瞳は、青く澄んでいました。
僕はわっと泣き出して、気がついたらルスラン様に縋り付いていました。
「僕っ、僕も、耐え゛ますっ、もう、おかしくさせたり、しない゛っ、ばけものとじこめる、から、だから……っ」
僕が犯した罪が、貴方を狂わせた大罪が、もし、もしも許されるなら、
「……貴方のおそばに、いたい……」
ルスラン様は、僕よりずっと大人に近い腕をゆっくりと僕の背中に回して、言いました。
「俺だって、お前が隣にいてほしい」
幸せだ、と思いました。
痛めつけられることなんかより、ずっと、ずっと。
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