美形令息の犬はご主人様を救いたい

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初等部

20.お茶会

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 フェオフォーン様に初めて呼び出されてからお茶会の日までは、大きな事件もなく順調に進みました。毎日ルスラン様に挨拶してから勉強し、金曜日にヴェルナ様からのお手紙が届き、日曜日にイヴァン様とお返事を書く日々でした。お返事を書くのが土曜日ではなく日曜日なのは、イヴァン様に予定が入ってしまったからです。土曜日だけは都合がつかないと言われ、日曜日がお手紙の日になりました。

 それ以外に変わったことと言えば、二週間ほどしてから、再度フェオフォーン様とエリザヴェータ様に呼び出されたことくらいでしょうか。
 最初と同じ方法で個室に招かれ、『イヴァン様を気にかけていることを本人に伝えた』と報告されたのです。

「伝わるように気を付けて話したら、ちゃんと伝わってくれてね?私たちにも平民口調を使うところを見せてくれたの!」
「意見交換もできて、かなり得るものがあったよ。助言ありがとな」

 いい方向に行ってくれたようで、ほっとしました。

 その後は雑談……の皮を被った、僕がどこまで国のことを把握してるかのテストに巻き込まれました。話しているだけでへとへとになってしまいましたが、エリザヴェータ様とフェオフォーン様は満足そうだったので、お眼鏡にかなう結果が出せたようです。
 ……国を変えるなら、いずれ嫌でも関わらなければいけない二人……、……なるべくいい関係のままでいたいものです。



 そんなこんなで、あっという間に一ヶ月が経ちました。
 今日はいよいよ、ルスラン様とのお茶会の日です。

 ヴェルナ様からは、つい昨日『そろそろお茶会でしょうか?思い出ができたら教えてくださいね』と書かれたお返事が届きました。
 せっかくならお茶会での思い出を書こうと思い、まだお返事はしていません。
 ヴェルナ様が見守ってくださっているようで心強くて、ドゥフ寮に向かうとき、こっそり懐に入れてお守りにしました。
 


 どきどきしながらドゥフ寮に向かうと、寮の入り口の前に、ルスラン様が立っていました。
 ルスラン様は寮に近づいてきた僕に気が付くと、わざわざ歩み寄ってきてくださいました。ルスラン様の輝くようなご尊顔が近づいてきて、頬がゆるみます。

「ようこそ。……ちゃんと手ぶらだな。入って」
「は、はい!」

 踵を返して寮の入口へと向かうルスラン様についていく僕は、ルスラン様がおっしゃったように手ぶらです。
 最初は、僕がお茶やお菓子を用意させていただこうと思っていたのですが、ルスラン様に『こちらで全て用意するからいらない』『何も持たずに来て』と言われてしまい、本当になにも持たずに来ることになってしまったのです。

 ルスラン様ほどの立場になると、同級生とお茶会一つするにも警戒が必要で、他人に食品を持ち込ませることができなかったのかもしれません。『前』は犬として使われるばかりで食品を持ち込む機会などありませんでしたから、そこまで頭が回りませんでした。
 ルスラン様も楽しみにしていると言ってくださってはいましたが……、それでも、一方的に負担をかけることになってしまったことについては、やはり申し訳なく思ってしまいます。



 ルスラン様に導かれるまま、寮の中を進みます。『前』と変わらない内装に、どこか懐かしい気持ちになりました。
 ルスラン様が自室に繋がる扉を開けると、僕が『前』よく転がっていた床が見え……、その次に、たくさんのお菓子が乗った『貴族式のお茶会』用のテーブルが姿を現しました。



 僕は、テーブルから目が離せなくなりました。
 ……予想外でした。
 だって、ルスラン様は貴族が嫌いで、貴族式のマナーを学ぶ授業をサボるようなお方です。
 貴族式のお茶会だって嫌いなはずで、だから、お茶会と言っても、平民式の簡素なものになると思っていたのです。

「どうぞ」

 それなのに、ルスラン様は自然な動きで僕を椅子に誘導して座らせます。僕はほとんど放心状態で、されるがままになっていました。
 そうして、自分が座る前に、綺麗な所作で僕とルスラン様の分のお茶を注ぐのです。
 注ぎ終わったらルスラン様も椅子に座って、僕より先にカップを手に取ります。
 それらは全て、ツェントル王国の『貴族式のお茶会』の、正しい手順でした。

「今日は来てくれてありがとう。楽しい時間にしよう」

 そう言ってわずかに微笑んだ後、僕の言葉を待つルスラン様。僕は反射的に微笑んで「こちらこそ、お招きくださりありがとうございます」と答えて、自分のカップを手に取っていました。ヴォルコ家の教育が体に染みついていたのです。

 僕の言葉に頷いて、先にお茶を一口飲み、お菓子を正しい場所から取って食べるルスラン様は、どこまでも完璧な『貴族』でした。例え王家や公爵家の人間とお茶会をすることになったとしても恥をかかないだろうと思えるほどです。

 一通り『最初の手順』が終われば、後は雑談しつつ、正しい順番でお菓子を食べるだけです。だけなのですが、動揺のあまり、なんの言葉も浮かびません。

 ルスラン様が『前』このような貴族らしい振る舞いをしていた記憶はありませんでしたから、最低限のマナーすら知らないと思っていたのに。



 ……もしかすると、『前』の僕は、ルスラン様の上辺しか知らなかったのかもしれません。



 結局、先に口を開いたのはルスラン様でした。

「なんで急にお茶会に誘ったんだ?」

 僕は瞬きし……、……気を取り直して、正直に答えました。

「ルスラン様と仲良くなりたくて」
「m*」

 え?
 なにか変な音がした気がして、きょとんとしてあたりを見渡しますが、音の出所になりそうなものは見受けられませんでした。
 ルスラン様にも聞こえたでしょうか、と思ってルスラン様の方を見ますが、ルスラン様はこちらをじっと見た状態から動いておらず、音が聞こえた様子はありません。幻聴だったかもしれません。
 僕は首を傾げつつも続けます。

「仲良くなりたい人がいるんです、って、ルスラン様の名前を伏せて、ソバキン伯爵家のご令嬢にお手紙で相談したんです。そうしたら、お茶会に誘うといいかもしれないと提案していただけて……、実践してみました」
「エッ、ナカヨクナリタイ?」
「はい。お友達に、なりたいです」

 愚かな犬ではなくて、忠告を聞き入れていただけるような対等な友人に。



「……俺で、いいの?」

 思わずこぼれたような小さな声。
 ルスラン様の顔を見ると、ルスラン様はわずかに眉に力を入れて、カップに視線を落としていました。
 ルスラン様の口から出た言葉は、ルスラン様の態度は、普段の自信に溢れた様子から一転して、見ていて胸が苦しくなるような不安を纏っていました。

 一体どうしたというのでしょう。
 ……その疑問の答えは、すぐに思い浮かびました。



 ルスラン様はきっと、対等な友人ができたことがないのです。テオスの家の子は信仰の対象で、いつだって、どこか上位の存在に向けるような視線を向けられます。ルスラン様と対等な関係になるなんて恐れ多いと、そう思われます。

 だから、ルスラン様は、他にもっと友人になりやすい人がいるのではないかと、どうしてわざわざテオスの自分の友人になりたがるのかと、自分は『気を許せる友人』にはふさわしくないのではないかと、そう言いたいのかもしれません。



 ルスラン様は、人に囲まれた、孤独な人。
 下には人が溢れていても、隣には誰もいなかった人。
 隣には誰もいてくれないのだと、幼い頃に諦めて、死ぬまで人の上に立つ者として振る舞い続けた人。
 
 でも、もしかしたら、『前』のルスラン様も、『今』のルスラン様も、……ずっと、隣にいてくれる人が欲しかったのかもしれません。

 とうの昔に諦めた欲しいものを与えられそうになって、だけど自分が本当にそれを手に入れていいのかわからなくて、期待と不安が混ざって溢れたような、そんな響きの声でした。



「貴方が、いいんです」

 孤独の中で一人佇むルスラン様に、手を差し出すような気持ちで、そう言っていました。

「僕は、ルスラン様と対等な関係になりたいです。そうして、貴方の隣で、貴方と一緒に、この世界を歩いていきたいです」

 どうか、この手を握ってください。
 僕はもう、貴方を一人にしたくない。

 ルスラン様の目に、涙が溜まっていきます。

「歩いているとき、貴方が道を見失ったり、間違えたりしそうになったりしたとき、貴方は正しい人だからと何も考えずについていくのではなく、こっちですって手を引けるような、そんな人になりたいのです。貴方に必要なのは、きっとそういう人だと思うから」

 ルスラン様が瞬きすると同時に、ぽろり、と、涙が溢れます。
 そうして、「なん、で……?どうして……」とうわ言のように呟いて、後から後から溢れる涙を拭くこともなく、僕を凝視するのです。

「……なんで、そこまで言ってくれるの……?そこまで、しようとしてくれるの……。歩いていきたい、なんて……。会ったばっかりで、……俺、お前になんにもしてないのに……」

 幼い声でそう言うルスラン様は、神の遣いでも、革命家でもなく、ただの9歳の子供に見えて、
 いじらしく、愛おしい。

「……貴方が美しいから、貴方に憧れているから、貴方に救われたから、貴方に化け物を受け入れてもらえたから、貴方の隣が心地いいから、……思いつく理由はたくさんあります。なんにもしてない、なんてことはありません。……でも、どうしてでしょうね。いくら理由を頭の中で並べても、それが全てではないような気がするのです」

 貴方の死を見たから?『前』のルスラン様に忠誠を誓っていたから?いいえ、それも違います。
 実のところ、『今』のルスラン様が大好きな理由に、『前』のルスラン様はほとんど関係ないのです。

 最初こそ『犬』としての義務感で行動していましたが、『今』の僕は、もはや犬ではありません。
 『今』の僕が、義務感ではなく心からそうしたいと望んでルスラン様のために動こうとしているのは、僕自身が、……『前』のルスラン様より好きなのではないかと感じるほどに、『今』のルスラン様の虜だからです。『前』とは全然様子が違う『今』のルスラン様が大好きだからです。

 もしかしたら、『今』の僕は、ルスラン様と図書館で再会したとき、一目惚れしたのかもしれません。
 『前』も見ていたのに一目惚れなんて奇妙な話ですが、そうでなければ、この溢れそうなくらいの気持ちは説明がつかないのです。

「誰かを大切に思う気持ちに、誰にでも理解できるような理由なんて、ないのかもしれません。理由のない気持ちは信じがたいかもしれませんが、でも、そうなのです」

 僕は、いまだ涙をこぼし続けるルスラン様を安心させるように微笑みます。

「ルスラン様、僕とお友達になってくれませんか」

 ルスラン様はグシャリと顔を歪めて、こくこくと何度も頷きました。

 僕はお茶会のマナーを無視して立ち上がると、もう寂しくないよ、というように、ルスラン様をぎゅっと抱きしめました。
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みんなの感想(2件)

モモゴン
2025.10.19 モモゴン

すごく好きです!
これからどうなって行くのか楽しみにまっています。
体調悪いとのことで、ご自愛くださいね。

解除
aaaa
2025.10.13 aaaa

8話のところで涙腺が崩壊しました😭😭😭
作者さんの感情移入させる文章が凄い😭😭
大好きです😭😭😭

解除

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