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「モテ自慢はもういいって」
県立三條高校に通う二年、藤堂夏弥はその日の昼休みもうんざりしていた。
ため息まじりにそう応えたのは、彼の唯一の友達、鈴川洋平の顔面偏差値の高さを重々理解しているからだった。
切れ長の瞳。スッとひかれた鼻梁とすっきりした頬。
ナチュラルパーマのあてられたオシャレな茶髪に、身体は適度な筋肉質。
この洋平という名のイケメン君は、夏弥の小学校時代からの幼馴染だった。
知り合ってからもう足掛け十年の付き合いになる。
「いやー、そんなつもりで話してんじゃないのにな~」
軽い口調で話しつつ、洋平は自分の茶髪をさり気なくいじっている。
(自然体なのに色気出てるのがやっぱりズルいんだよ、洋平は。それにしても、高校二年になっても同じクラスってな。やっぱり俺は呪われているんだろうか?)
夏弥がそう思うのも無理のない話だった。
洋平は、いわゆる一般的な学力偏差値の方でも高い水準をキープしていた。本来ならこの高校ではなく、もっと学力に見合った上の高校へ通うべきだと、周りの誰もが思った事だろう。
けれど、校則の緩い高校だからという理由で、彼はこの学校を選んでいた。
一方の夏弥はといえば、お世辞にも高い学力を持ち合わせているわけじゃない。
ただ漫然と、自分に相応だろうと夏弥自身選んだ高校が、たまたまこの三條高校だったというだけだ。
「洋平。モテエピソードを披露するなら、そのせいで破壊された俺の心を癒やすためのヒーリングエピソードもセットで用意してくれ。じゃないと割に合わん」
「えー? それどういう話ならヒールされんだよ。定義むずいわ」
「失敗談でも、不幸になった話でも、女子にこっぴどく罵られてビンタされた話でも。なんでも手広く募集しています」
「残念だけど俺にソレ系の話はないかな? 失敗させた、不幸にさせた、ならストックが山のようにあるんだが」
「それただのモテ自慢な」
中肉中背のありきたりなビジュアルの夏弥は、言ってみれば洋平の引き立て役のようにさえ見えてしまう。
はからずも同じ高校。
その上、何の腐れ縁か、結局また二人は同じクラスで日々顔を向き合わせる事になっていた。小中と高校二年間、同級生という属性を不気味なまでにコンプリートしてきたのである。
「なぁなぁ、夏弥さー」
「……何? 今度は誰にコクられたんだよ? あ、それかいっそストーカー被害か?」
夏弥としては、その手の話題の前振りにとても敏感である。
小学校高学年くらいからだろうか。
洋平の輝かしいアオハルストーリーが無情にも幕を開け、夏弥にこれでもかと傍聴席を用意し続け早六年。
人の脳内に勝手にアルバムを作るつもりかと夏弥はあきれた。
同時に、夏弥自身の非モテコンプレックスにもチクチク針を刺すようで。
いつまた針を刺されるのかと、年々警戒心が増すのも当然のことだった。
それはもうサバンナを生き抜くトムソンガゼルもかくやというほどに。
「違うってー。うちのアレの話だよ、アレの」
「アレ」
幼馴染だし腐れ縁だし、唯一の友人という事もあって、洋平の用いた代名詞が何を指しているのか、夏弥にはおおよその見当がつく。
「ああ、美咲ちゃんか?」
「そう、それ」
「いやもうさすがに慣れろよ。俺の方はすっかり慣れたぞ?」
「俺にはちょっと無理っていうか……それに、妹と同居だなんて知られたら、モテ度に影響するし。彼女出来ても家に呼べないっつーか」
「そうか……? 俺の妹なら全然干渉して来ないし、問題無いと思うけど。そっちの妹は違うのか?」
「お前んとこの秋乃はいいよなぁ~。基本、我関せずって感じじゃん。美咲の奴、ほんとに女子連れ込むとうるさくって……」
そう。美咲というのは、このイケメン高校生、鈴川洋平の妹のこと。秋乃というのは、こちらの今ひとつ冴えない非モテ高校生、藤堂夏弥の妹のことである。
夏弥と洋平は、高校二年に上がってから間もなく、それまで一人暮らしだった家でそれぞれ自分の妹と同居する事になったのだ。
進学先の高校選び。一、二年のクラス分け。さらにはプライベートの境遇に至るまで、どこまで似つけば気が済むんじゃいといったシンクロっぷりだった。
「まぁ、これに懲りてあんまりホイホイ女子を家にあげないこったよ」
「そんなぁ~。夏弥様……ぐぐ……この世界に、神はおらんのか……?」
「居てもイケメン君には手を差し伸べません」
「なぜじゃあ! なぜ神はイケメンに優しくないんじゃ!」
「スタートからベリーイージーモードだろうが! こっちはノーマル、いや若干ハードモードだぞ? 遠慮を覚えなさいよ遠慮を」
「なんとかこの窮地を脱せないのか」
「まだ言うかね……」
さすがの夏弥も、妹を疎ましく思い過ぎている洋平に辟易しつつあった。
夏弥自身、洋平のように妹と暮らし始めているが、今のところ特に問題は無かった。
強いて問題をあげるなら、夜の自家発電の頻度が減った程度である。
一人暮らしなら余裕だった。
いや、ピンク色の発電行為に限らず、好きな時に晩ごはんを食べ、好きなテレビ番組を観て、好きなタイミングでお風呂に入れる。それらが全て叶っていた。
だがそれも、妹の秋乃と同居をスタートした事で、全てぶち壊しになってしまった。
夕食の時間も、テレビ番組も、お風呂に入る時間さえも、二人暮らしには二人暮らしの気遣い・暗黙のルールというものが発生する。
ただ問題にあげるほど困っているわけじゃない。
さっき彼は洋平に「すっかり慣れたぞ」と発言したが、つまりそれを問題と認識するほどの嫌悪感は抱いていないのである。
そんな風に、夏弥が高校一年の時の暮らしぶりを思い返していた、その時だった。
「――あっ、そうだ」
「うん? どうしたんだ、イージーモードの洋平君」
「交換してみない?」
「は? ……何、ん? どういう事だ?」
夏弥は、目の前でウキウキしているイケメン君が、何を提案しているのかさっぱり理解できなかった。
「妹の事だよ。俺達、お互いに一つ年下の妹がいるだろ?」
「ああ。奇しくもな」
「だから、お互い妹を交換して、同居してみようって言ってんだよ! 俺は秋乃と生活するから、夏弥は美咲と暮らしてみてくれないか?」
「はぁ?」
夏弥の生まれてこの方一番の「はぁ?」が口から出る。
景気の良い屁のようなその返しに、至って洋平は真面目ですと言わんばかりの瞳をしていた。
県立三條高校に通う二年、藤堂夏弥はその日の昼休みもうんざりしていた。
ため息まじりにそう応えたのは、彼の唯一の友達、鈴川洋平の顔面偏差値の高さを重々理解しているからだった。
切れ長の瞳。スッとひかれた鼻梁とすっきりした頬。
ナチュラルパーマのあてられたオシャレな茶髪に、身体は適度な筋肉質。
この洋平という名のイケメン君は、夏弥の小学校時代からの幼馴染だった。
知り合ってからもう足掛け十年の付き合いになる。
「いやー、そんなつもりで話してんじゃないのにな~」
軽い口調で話しつつ、洋平は自分の茶髪をさり気なくいじっている。
(自然体なのに色気出てるのがやっぱりズルいんだよ、洋平は。それにしても、高校二年になっても同じクラスってな。やっぱり俺は呪われているんだろうか?)
夏弥がそう思うのも無理のない話だった。
洋平は、いわゆる一般的な学力偏差値の方でも高い水準をキープしていた。本来ならこの高校ではなく、もっと学力に見合った上の高校へ通うべきだと、周りの誰もが思った事だろう。
けれど、校則の緩い高校だからという理由で、彼はこの学校を選んでいた。
一方の夏弥はといえば、お世辞にも高い学力を持ち合わせているわけじゃない。
ただ漫然と、自分に相応だろうと夏弥自身選んだ高校が、たまたまこの三條高校だったというだけだ。
「洋平。モテエピソードを披露するなら、そのせいで破壊された俺の心を癒やすためのヒーリングエピソードもセットで用意してくれ。じゃないと割に合わん」
「えー? それどういう話ならヒールされんだよ。定義むずいわ」
「失敗談でも、不幸になった話でも、女子にこっぴどく罵られてビンタされた話でも。なんでも手広く募集しています」
「残念だけど俺にソレ系の話はないかな? 失敗させた、不幸にさせた、ならストックが山のようにあるんだが」
「それただのモテ自慢な」
中肉中背のありきたりなビジュアルの夏弥は、言ってみれば洋平の引き立て役のようにさえ見えてしまう。
はからずも同じ高校。
その上、何の腐れ縁か、結局また二人は同じクラスで日々顔を向き合わせる事になっていた。小中と高校二年間、同級生という属性を不気味なまでにコンプリートしてきたのである。
「なぁなぁ、夏弥さー」
「……何? 今度は誰にコクられたんだよ? あ、それかいっそストーカー被害か?」
夏弥としては、その手の話題の前振りにとても敏感である。
小学校高学年くらいからだろうか。
洋平の輝かしいアオハルストーリーが無情にも幕を開け、夏弥にこれでもかと傍聴席を用意し続け早六年。
人の脳内に勝手にアルバムを作るつもりかと夏弥はあきれた。
同時に、夏弥自身の非モテコンプレックスにもチクチク針を刺すようで。
いつまた針を刺されるのかと、年々警戒心が増すのも当然のことだった。
それはもうサバンナを生き抜くトムソンガゼルもかくやというほどに。
「違うってー。うちのアレの話だよ、アレの」
「アレ」
幼馴染だし腐れ縁だし、唯一の友人という事もあって、洋平の用いた代名詞が何を指しているのか、夏弥にはおおよその見当がつく。
「ああ、美咲ちゃんか?」
「そう、それ」
「いやもうさすがに慣れろよ。俺の方はすっかり慣れたぞ?」
「俺にはちょっと無理っていうか……それに、妹と同居だなんて知られたら、モテ度に影響するし。彼女出来ても家に呼べないっつーか」
「そうか……? 俺の妹なら全然干渉して来ないし、問題無いと思うけど。そっちの妹は違うのか?」
「お前んとこの秋乃はいいよなぁ~。基本、我関せずって感じじゃん。美咲の奴、ほんとに女子連れ込むとうるさくって……」
そう。美咲というのは、このイケメン高校生、鈴川洋平の妹のこと。秋乃というのは、こちらの今ひとつ冴えない非モテ高校生、藤堂夏弥の妹のことである。
夏弥と洋平は、高校二年に上がってから間もなく、それまで一人暮らしだった家でそれぞれ自分の妹と同居する事になったのだ。
進学先の高校選び。一、二年のクラス分け。さらにはプライベートの境遇に至るまで、どこまで似つけば気が済むんじゃいといったシンクロっぷりだった。
「まぁ、これに懲りてあんまりホイホイ女子を家にあげないこったよ」
「そんなぁ~。夏弥様……ぐぐ……この世界に、神はおらんのか……?」
「居てもイケメン君には手を差し伸べません」
「なぜじゃあ! なぜ神はイケメンに優しくないんじゃ!」
「スタートからベリーイージーモードだろうが! こっちはノーマル、いや若干ハードモードだぞ? 遠慮を覚えなさいよ遠慮を」
「なんとかこの窮地を脱せないのか」
「まだ言うかね……」
さすがの夏弥も、妹を疎ましく思い過ぎている洋平に辟易しつつあった。
夏弥自身、洋平のように妹と暮らし始めているが、今のところ特に問題は無かった。
強いて問題をあげるなら、夜の自家発電の頻度が減った程度である。
一人暮らしなら余裕だった。
いや、ピンク色の発電行為に限らず、好きな時に晩ごはんを食べ、好きなテレビ番組を観て、好きなタイミングでお風呂に入れる。それらが全て叶っていた。
だがそれも、妹の秋乃と同居をスタートした事で、全てぶち壊しになってしまった。
夕食の時間も、テレビ番組も、お風呂に入る時間さえも、二人暮らしには二人暮らしの気遣い・暗黙のルールというものが発生する。
ただ問題にあげるほど困っているわけじゃない。
さっき彼は洋平に「すっかり慣れたぞ」と発言したが、つまりそれを問題と認識するほどの嫌悪感は抱いていないのである。
そんな風に、夏弥が高校一年の時の暮らしぶりを思い返していた、その時だった。
「――あっ、そうだ」
「うん? どうしたんだ、イージーモードの洋平君」
「交換してみない?」
「は? ……何、ん? どういう事だ?」
夏弥は、目の前でウキウキしているイケメン君が、何を提案しているのかさっぱり理解できなかった。
「妹の事だよ。俺達、お互いに一つ年下の妹がいるだろ?」
「ああ。奇しくもな」
「だから、お互い妹を交換して、同居してみようって言ってんだよ! 俺は秋乃と生活するから、夏弥は美咲と暮らしてみてくれないか?」
「はぁ?」
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