友達の妹が、入浴してる。

つきのはい

文字の大きさ
59 / 113

3-03

しおりを挟む
◇ ◇ ◇

 翌日は、すでに午前中からうだるような暑さだった。

 ただそれでも、夏弥の寝ていた201号室のリビングは、冷房によってまだずっと過ごしやすい室温だった。

「――――あ。夏弥さん、ちょっといい?」

「うん? ああ、もう起きてたんだ美咲。おはよう」

 美咲は夏弥よりも先に起きていて、ベッドの斜めに位置するいつものソファに腰を落ち着けていた。

「昨日のこと、考えたんだけど」と美咲。

「昨日のって、写真の件?」

「そう」

「ちょっと待って。先に顔とか洗ってくる」

 美咲は案外、律儀なところがあるのかもしれない。
 昨夜夏弥に言われた「考えておいてくれ」をしっかり受け、考え、そして結論を出していたようで。

 そして夏弥が洗顔などを済ませてリビングへ戻ると、改めて話を切り出してきたのだった。

「別に撮られてもいいと思って。写真」

「え、本当か⁉」

 リビングのローテーブルに朝食を出しながら、夏弥は美咲の言葉に目を丸くさせた。

「撮られてもいいのか」

「いいって言っても、もちろん変なのはダメだし」

「変なの……?」

 夏弥は美咲の瞳をじっと見つめて聞き返す。
 いや、夏弥は少し意地悪だったかもしれない。

 この時の夏弥は、美咲の言う「変なの」がどういった類いの写真であるのか、余裕で想像できていたからだ。

「変なのは変なのでしょ。てか、それで伝わってよ」

「ああ、大体想像ついてたわ」

「あの人が言ってたような変な写真はダメだけど、普段の写真ならまぁ別にいいし。ただ……」

 そこまで話し進めて、美咲は口ごもった。

「ただ、どうしたんだ?」

「……あの人に、資料以外の目的で使うのはやめさせてほしいんだけど」

「あぁー……」

 資料以外の目的とは、言わずもがな主にピンク色の発電行為を意味していた。

 この静かなるお察しは、思春期の夏弥と美咲にとって文字通り朝飯前のことだった。

「もちろん厳しく釘はさしておく。さすがに普段着の写真で何かそういう卑猥なことはしないと思うしな。そもそも、小森は洋平と仲が良いんだ。少なくとも誰かに広めたりとか、そっちの心配はない。そんなことしたら、アイツ自身の立場もまずいことになるだろうし」

「そう……だといいけど」

「とりあえず朝食食べよう。ホットサンド、冷めるよ」

「うん」

 今日の朝食は夏弥のお手製ホットサンドだった。

 二等辺三角形に成形されたパンには、美味しそうな茶色の焦げ目が網目状に入っている。

 二人は、それをザクザクと音を立てながら食べていった。

「うまっ……いいじゃん。これ」

「うん。我ながら点数高めだわ。十点」

「ねぇ、夏弥さんこれ、トマトと……あと何か他に入れてない?」

「あ、気付いた? やっぱり食感で気付くかなって思ってた」

「何入れてんの?」

「フッフッフ。それは当ててください」

「いや教えてよ。何のクイズだし」

「これも料理上達の一環ですよ。オホホ」

 夏弥のお手製ホットサンド。
 そのパンの内部には、マヨネーズとトマト、チーズ。そして小さく砕いたクラッカーを入れていた。

 ザクザクに焼き上げたパンの中で、クラッカーが気持ちいい食感を演出してくれる。

 これは、夏弥自身気に入っている一工夫だった。

「わかった。中に入れてるのクッキーでしょ、これ」

「違いますね」

「わかった。ビスケットだ」

「違います」

「……てか、クッキーとビスケットの違いってなんなの? 永遠の謎なんだけど」

「え? そう言われるとわかんないな……。クラッカーも分類がよくわからんし」

「クラッカー入れてたんだ」

「あ……。ハイ」

「じゃあもうほとんどビスケットだね。ビスケットで「正解」って言ってくれないの、ただのズルじゃん? ひどいんですけど」

「いや、ズルではないだろ。…………ていうか、ズルってなんだよ」


◇ ◇ ◇

 食事を終える頃、夏弥のスマホにとある人物からラインが届いていた。
 それは昨夜、三條第一公園でひと悶着あった小森貞丸からのものだった。

(……小森? 早速、美咲の返答が気になってライン寄越したのかな)

 特に深く考えず、夏弥は小森とのトーク画面を開いてみることにした。

『まずはこれを見てくれ↓』

 その一文の後に、数枚の画像が続けて送られてきている。
 画像は、どれも三條高校で日常を過ごす平和そうな女子の画像だった。

「は?」

 夏弥は一瞬頭が真っ白になった。
 なぜ貞丸が自分にこの画像を送ってきたのかわからなかった。

(なんだよこれ⁉ これって全部隠し撮りだよな? 映ってる女子、全員気付いてないっぽいし……。ていうか全員二年?)

 まさにその通り。
 夏弥の推測は大当たりだった。

 これは、貞丸がいつも自分の資料用として撮ってきたいわゆる隠し撮りのうちの数枚。ちなみに、この数枚は氷山の一角に過ぎない。

『朝から一体どうした……?』

 恐る恐る、夏弥は返信を送った。
 美咲に画面を覗かれたら一貫の終わりだったのだけれど、なんとかその最悪な出来事は起きなかった。

 夏弥のラインメッセージに対し、貞丸の返信が秒で返ってくる。

『いやいや。参考に送っただけ』

『参考?』

『こんな感じで、自然体を撮ってくれるのでもいいし、バッチリ目線もらって撮ってくれてもいいよ! まぁ個人的には自然体の方がいいけど……。とにかく一応送っておいたほうがいいかなぁって思って』

『いや、注文つけられる立場かよ⁉』

 夏弥の意見はごもっともである。
 自分の性癖に美咲を巻き込もうとするだけでは飽き足らず、貞丸はさらに注文をつけたいらしい。面の皮が厚いとはこの事だ。

『そもそも、まだ美咲から許可が下りたなんて言ってないだろ?』

『確かにそれもそうだね。…………訊いてくれた?』

『それはちょっと待ってくれ。色々あるからさ』

 そう返信を送り、夏弥はしばらく貞丸のラインを放置することにした。

 その場ですぐに『ああ、美咲からオッケーが出たよ』と答えるのは簡単だ。だけれど、夏弥はその回答がいくらか軽率に思えてならなかった。

 実際に撮ってみなければ、わからない感情もあるかもしれないのだから。

「夏弥さん……? どうかした?」

 夏弥が自分のスマホとにらめっこしていると、横から美咲が声をかけてきた。

「いや……」

「?」

 美咲をチラッと見てから、夏弥は手にしていた自分のスマホに視線を戻す。
 そこには無論、貞丸が送ってきた隠し撮り画像がある。

 同学年の女子達。

 ――机に頬杖をつきながら、友達とダベっている女子。
 ――昼休みに体育館でバレーボールに興じている女子。
 ――カーディガンのポケットに手を入れながら、廊下で友達とふざけあっている女子。

 そんな具合で、なんともバラエティに富んだ女子の隠し撮りオンパレード。

 共通するのは、決してそれらの画像がパンチラなどを狙って撮られたわけではないということだ。(※たぶん)

 同学年女子のごくごくありふれた日常を、丁寧に切り取ってみた。と、そんな印象を受ける一枚一枚。

(……まぁ被写体がカメラの存在に気付いてないほうが、自然体っちゃ自然体だよな。その理屈はわかる。いつもの佇まいというか。盗撮って言ってしまうとそれまでだけど)

 貞丸の考えは、ある意味筋が通っているのかもしれない。

 夏弥自身に変身願望は一切ないわけだけれど、それにしても貞丸のその理屈はわかっていた。

(うーん……まぁ……うん。美咲に見せるだけ見せてみるか……。その反応次第で実際に撮るかどうか、美咲と相談すればいいだろうし)

 結果、夏弥はこの送られてきた画像を、思い切って美咲に見せることにしたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

自習室の机の下で。

カゲ
恋愛
とある自習室の机の下での話。

S級ハッカーの俺がSNSで炎上する完璧ヒロインを助けたら、俺にだけめちゃくちゃ甘えてくる秘密の関係になったんだが…

senko
恋愛
「一緒に、しよ?」完璧ヒロインが俺にだけベタ甘えしてくる。 地味高校生の俺は裏ではS級ハッカー。炎上するクラスの完璧ヒロインを救ったら、秘密のイチャラブ共闘関係が始まってしまった!リアルではただのモブなのに…。 クラスの隅でPCを触るだけが生きがいの陰キャプログラマー、黒瀬和人。 彼にとってクラスの中心で太陽のように笑う完璧ヒロイン・天野光は決して交わることのない別世界の住人だった。 しかしある日、和人は光を襲う匿名の「裏アカウント」を発見してしまう。 悪意に満ちた誹謗中傷で完璧な彼女がひとり涙を流していることを知り彼は決意する。 ――正体を隠したまま彼女を救い出す、と。 謎の天才ハッカー『null』として光に接触した和人。 ネットでは唯一頼れる相棒として彼女に甘えられる一方、現実では目も合わせられないただのクラスメイト。 この秘密の二重生活はもどかしくて、だけど最高に甘い。 陰キャ男子と完璧ヒロインの秘密の二重生活ラブコメ、ここに開幕!

幼馴染みのメッセージに打ち間違い返信したらとんでもないことに

家紋武範
恋愛
 となりに住む、幼馴染みの夕夏のことが好きだが、その思いを伝えられずにいた。  ある日、夕夏のメッセージに返信しようとしたら、間違ってとんでもない言葉を送ってしまったのだった。

処理中です...