友達の妹が、入浴してる。

つきのはい

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◇ ◇ ◇

 二人のおうち☆撮影会は、なんだかんだでお昼ごろまで行われた。

(今更だけど、やっぱり美咲って女子の中でもレベル高いんだよな……)

 一枚。
 夏弥は、スマホ画面に表示されている美咲とのツーショット画像を見やる。

 目鼻立ちの整い具合はやはりそれだけでどこか垢抜けていて、その辺の地方都市に居ていいレベルを超えているような気さえする。

(俺や洋平からすれば見慣れた顔ではあるんだけど、カメラを通してみると再認識できる。なんだこれ。良い意味でスマホのカメラレンズ壊れてるだろ……)

 夏弥は感慨深かった。
 加えて、写真の美咲をよくよく眺めていると、次第に夏弥のなかで一つの感情が芽生え始めていて。

(うん。……ん? なんだ? 変な胸騒ぎが……)


「夏弥さん、私も一旦画像見たいんだけど」

「え? ああ。わかった。えっと……」

「あ、普通にラインに送ってくれない?」

「それもそうな」

 美咲に言われ、夏弥は撮った写真を彼女のラインに送信する。
 ピコンッと間の抜けた音がして、美咲のスマホにツーショット画像が映し出された。
 瞬間、美咲が意外そうな声をあげた。

「わっ……」

「なんですか」

「夏弥さん……写真写り悪いの、ガチじゃん」

「俺は事前に言ってたよな⁉」

「ふっ」

 美咲は、送られてきたツーショット写真に、どことなく口角が上がる想いだった。

 幼い頃から親しみある第二のお兄ちゃん、藤堂夏弥が、自分と肩を並べて映るそのバストアップ写真。

 それをこっそり「お気に入り」フォルダに振り分けたことは秘密で、表面的にはいつものちょい素っ気ない態度を演じてみせるのだった。

 一方の夏弥は、そんな美咲の胸中など知る由もなく。
 ただ自分のスマホに映るツーショット写真に、延々と目を向けている。

 この201号室の中で、二人は何枚も写真を撮った。


 リビングにて。
 窓際を背にしたもの、モノクロウサギの壁掛け時計を背にしたもの。ソファに座っているもの。
 まぁこの辺は普通だろう。

 キッチンにて。
 冷蔵庫を背にしたもの。
 ミネラルウォーターで乾杯しているもの。
 フライパンを一人一つずつバットみたいに構えたもの。

 ……と、この辺は多少奇行のように思われるだろうが、いかんせん『とりあえず撮っておこう』の精神が二人の間で共有されていた。ので、この末路は仕方がなかった。

 美咲の「これも撮っとく?」からはじまり、夏弥の「これはたぶんいらない」である程度の取捨選択はされたのだけれど。

 さて、これだけ撮れれば、貞丸に渡せるものが一枚くらいはあるだろう。
 夏弥はそう思っていたのだが。

 写真の確認作業を進めるにつれて、夏弥の中で「とある感情」が芽生え出していた。

 その感情を決定的に自覚したのは、確認作業終盤でのことだった。

(この画像は……ダメだ。これは映りが良すぎる。こんなの渡したら、美咲の懸念通り変な使われ方をされかねない。奇跡の一枚だろこれ。……ん? こっちの、ミネラルウォーターを飲んでる姿は……いやいや。これこそダメだ。唇が濡れててセンシティブすぎる。R-18だ。まさしく「そういう風に使ってくれ」って主張してるみたいなもんだし)

 一枚、また一枚。とスルーしていく。よしこれなら、と頷ける写真が一枚もない。

(ダメだ。これもダメ。これなら……いや、ダメだ)

 ――そう。

 たくさん撮った美咲との写真だけれど、どれを見ても夏弥の目には不安の影がチラついてしまうのだ。

 一通り目を通し、また始めの一枚目に戻る。
 夏弥はそこでようやく理解した。

(……ダメだ。どれもこれも全部ダメじゃん。不安要素しかないわ。いっそ、美咲にわざと半目で映ってもらう……? それか、あくびとか、くしゃみしてる所とか狙って……変顔で……)

 どうすれば、貞丸に渡しても問題ないのか。
 考えれば考えるほど一つの結論に行き着く。

(いや、そもそものかもしれないな。……てか、なんでこういう気持ちになるんだよ俺……。美咲が妹みたいなものだからか? 妹を守りたい兄貴肌がここへ来て暴発してるのか?)

 貞丸に送ること自体、夏弥の本心は許していなかったのである。
 スマホの画面をスワイプしながら、夏弥が「うーん」と考え込んでいる、その時だった。

「ね、夏弥さんさ」

 突然、夏弥の動かしていたその手を、美咲が横からギュッと握ってくる。

「えっ?」

 夏弥の男らしい手に比べて、美咲の手はずっと小さく、かぼそかった。

 そこから、二人の間に沈黙が流れだす。

「……」
「……」

 エアコンのカタカタと鳴る音だけが、無機質に耳元へ届いていた。
 そのまま、お互いの目を見ていたのも束の間で。

「……あ、ごめ」

 我に返ったのか、美咲はササッとその手を放す。
 自分でも少し出すぎたマネをしたと思ったのか、頬がややあかね色に染まっている。

「それ……やっぱり……」

「……?」

 言い掛けた美咲の言葉に、夏弥は小首をかしげるしかなかった。

「やっぱりいい。なんでもないから」

「……?」

 美咲は少し俯きながら、唇をぎゅっと食い締めている。

 夏弥が美咲の画像を見て思い悩むあいだ、美咲も同じように思い悩んでいることがあったのだ。

 ただ、それを言ってしまうのは、また違ったリスクがあるような気がしていた。


 ――――やっぱり送るのやめてよ。
 ――――なんで他の男子に私の画像渡せるの?
 ――――私の気持ちは考えてくれないんだ……?


 美咲の喉元までそのセリフは出かかっていた。

 幼い頃から付き合いがあって、今はなぜか同居までしている。にも関わらず、自分よりも同級生の男子が優先されている。

 そんな気がして、美咲は夏弥に不満を感じていたのだった。

「なかなか選ぶの難しいなこれ……」
「……」

 もちろん理屈はわかっているつもりだ。
 夏弥の言う「小森を突っぱねた場合のリスク」について、美咲も理解していないわけじゃない。

 けれど、少しだけでいいから「俺も、アイツに美咲の画像なんて渡したくないんだよ」という気持ちを夏弥に示してほしかったのかもしれない。

 渡さざるをえないことに、悔しがってほしかった。
 いきどおってほしかった。

 それは美咲が、夏弥にひそかに求めていた反応だった。
 けれど、催促してまで求めるのは違う。
 そう感じて美咲はそのセリフを言わなかった。

「写真選ぶの、ちょっと時間かかりそうだな。一旦保留にしとこう」

「……そうだね」
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