友達の妹が、入浴してる。

つきのはい

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◇ ◇ ◇

「おっ、来た来た」

「おっそいよー、なつ兄~!」

 日暮れの三條駅は、案外混んでいなかった。
 ちょうど人混みのはけきった時間帯だったらしい。

「悪いな。ちょっと道混んでたんだ。こっちはあんまり人いないんだな?」

「いやいや。さっきまですごい混みようだったぞ? それがダァーっと流れてった感じー」

 洋平は夏弥と同じくシンプルな服装で、それほどチャラチャラとした印象は受けなかった。
 ただその顔は相変わらず美少年だし、おしゃれキャッ〇のダッチェ〇にも似て色気がある。髪の毛にはナチュラルパーマがかけられていて、とても垢抜けた雰囲気を放っていた。

「美咲ちゃん、久しぶり~」

「秋乃……一緒に出掛けるの久しぶりだね」

 美咲は、秋乃もとい二人を前にしてやや緊張気味のようだった。

 さきほど、夏弥と二人きりで歩いていた時に比べると、肩に力が入り、声のトーンも少し抑えているような様子だった。

「ていうか秋乃、長袖かよ。暑くないか……?」

「わかってないなぁ、なつ兄。夏は夜でも蚊が出るでしょう? 蚊がさ!」

 秋乃は白い長袖Tシャツに黒い短パン姿だった。
 夏弥に指摘された直後、両腕をシュババッと広げ、その長袖を無駄にアピール。

「へぇ、虫刺され対策か。……って、その割には太ももめっちゃ出てんじゃん。刺されまくるだろそっち」

「いや。足まで覆うと暑いっていうか……そこまでしなくていいっていうか……」

「お前な……」

 我が妹の矛盾コーデに、夏弥は頭を抱えた。なかなか残念な妹である。

「ねぇ、夏弥さん。早く行ったほうがいいんじゃない? もう良い時間でしょ」

「あ、それもそうだな」

 美咲に同意を示す夏弥。
 そんなやり取りを見ていた洋平は、駅舎の時計をちらりと確認して。

「よーし、それじゃ行くかぁ~」と声をあげ、移動を促したのだった。


 三條市の夏祭りは、駅前から徒歩数分で見えてくる中央商店街の通り沿いで行なわれる。

 街中をおよそ一キロに満たない距離で出店でみせが並び、駅とは対極に位置する神社までの通りが一時交通規制される。

 四人はいびつな二列縦隊でその商店街の方へと歩き始めたのだった。

 前は洋平と秋乃。
 後は夏弥と美咲。

 特に誰がここと決めたわけでもなく、流れのままそのポジションで歩き始めていた。

 四人は石畳の敷かれた商店街へと入っていく。

「ね、ねぇ。夏弥さん……ちょっと」

「ん?」

 夏弥の隣を歩く美咲が、こっそりと耳打ちしてくる。
 街の喧騒にかき消えてしまいそうな、そのくらい小さな声だった。

「なんで洋平が来てんの? 聞いてないんだけど……?」

「あぁ。それなぁ……」

 これは無論、予想できていた質問だった。

(……まぁツッコまれるとは思ってたけど。なんて言い訳しよう……)

 夏弥は、洋平の後ろ姿を見ながら理由を考える。

 考えているあいだ、一本の電柱のそばを通り過ぎた。

 四人の通り過ぎたその電柱には、今回の夏祭りのチラシが張ってあって、そこには神社への参道や、その参道の目印となる背の高い杉の木の位置なんかが記されてあった。

 その図解された内容のすぐ下に「皆様お誘いあわせの上、ぜひご参加ください」という文言が打たれてあり、夏弥は「あれだ」と思った。

「なんかドタキャンがあったみたいで」

「ドタキャンて……?」

「洋平もさ、誘った相手がいたらしいんだけど、それがキャンセルになったらしくて。それで、久しぶりに俺と一緒に出掛けたいって話になってさ」

「……そうなんだ。へぇ……。じゃ、あたし、もう帰ろうかな」

「え、もうっ⁉」

 美咲の発言に驚きの声をあげる夏弥。
 そんな夏弥の声に、前を歩いていた二人が振り返る。

「どうしたんだ? 夏弥」

「あ、いや……なんでもない」

「なつ兄、周りに人いっぱいいるんだから、急に奇声あげないでよ~。恥ずかしいなぁもう」

「奇声でもないだろ。それに秋乃こそ……」

 むしろ奇声をあげるのはお前だ、とばかりに、夏弥はじっと秋乃の方を見る。

「え、何っ⁉ なんでそんな目で私を見るのよ、なつ兄ィ!」

「秋乃もゲームやってる時は大概奇声あげてるからな。奇声といえば秋乃。秋乃といえば奇声だ。なぁ洋平?」

「ああ、言えてるなぁ。割と心臓に悪いんだよな~、アレ」

「うっう……。そう言われてもさぁ……。あれは私のパッションなんだよ。パトスってやつ? そのほとばしりを抑え付けるなんてこたぁ無理なんだよ!」

「い、イタイぞ秋乃……。兄として、しっかり妹を更生させてやりたいんだが。ぐっ……。俺の実力不足で申し訳ない。この更生は無理だ。俺は匙を投げさせてもらう」

「ふっ。夏弥さん、ヒドすぎじゃん。見捨てちゃった」

「あっ。美咲ちゃんまで笑ってる!」

「だって二人のやり取り、おかしいし。ぷっふ……笑うでしょこんなの」

「いや……俺も秋乃を治してやりたいんだが……ダメだ。何しろ年々なってきやがって…………」

 夏弥は苦虫を噛んだような顔をしている。
 レディ相手にそこそこ失礼ではある。

「なんでそんな扱いなの⁉ わたしゃまともよ⁉」

「あっはっはっは! がんばれ夏弥ぁ~」

 久しぶりに味わう、幼馴染同士の和やかな空気。のようだった。

「最近秋乃が冷たい」なんて洋平はラインで言っていたけれど、どういうわけか秋乃はそこまで露骨に洋平をあしらったりしていなかった。

(何が理由で冷たかったのか知らないけど、秋乃は大丈夫そうだな……? 問題はやっぱりこっちの……)

 夏弥は隣の美咲に目を向ける。

 美咲の言っていた「二人のやり取り」という部分が、少し夏弥の中で引っかかっていた。

 二人。
 つまり、夏弥と秋乃のことだ。

 その対象のなかに、洋平は含まれていないのだろう。

 それが美咲の嫌悪感の現れであるような気がして。
 和やかな空気の裏側にぐちゃぐちゃな心を隠している気がして。

「でもさー、四人で遊ぶとか、小さい頃みたいだよねぇ~」

 何気なく秋乃がそんなことを言い始める。

「かなり久しぶりだよな」

 秋乃の言葉に、夏弥が反応する。

(久しぶりだけど、ここ数年で俺達の距離はかなり変わった。昔は、こんなにあれこれ考えたりしなかったと思うし、もっと思いのまま、お互いに言いたい事を言って、やりたいように遊んでいたような気がする)

「これから出店だけど、秋乃は何か食べたいものとかある?」と夏弥。

「ん? そうだねぇ。正直まだお店を全部見てないからなんともー?」

「美咲は?」と続けて夏弥が問いかける。

「あたしもそんなに……」

「そっか……ていうか、やっぱり人目がすごい集まってる気がするな」

「あっはっは。大体お祭りなんて、こんな感じだけどなぁ」

 美咲が口数少なくやり過ごしているのは、この四人を見る人の視線のせいもあるのだろう。

 藤堂兄妹はともかく、鈴川兄妹の二人はどちらも美男美女。彼らと、周囲と、明らかにレベルが違う。

 近年進むルッキズムもここで頭打ちかと言わんばかりのビジュアルなので、洋平と美咲、両者とも視線の糸に全身巻きつかれているみたいだった。


 ――ちょ、ちょっとあの人……超かっこよくない?

 ――うわ。あの子すっげぇ可愛い! っていうか美人すぎ! なんだよあれ……。

 ――今のうちにガン見しとこ。目の保養になるわ~。

 ――マジで美男美女っているんだな。どっちもモデルとかしてるのかな?


 そんな大衆の黄色い声があちこちから聞こえてくる。

「この辺から出店でみせが始まってるんだな」

 視線や声なんてなんのそのといった様子の洋平が、視界に映る出店を観ながらつぶやく。

 赤や黄色の暖簾を提げた出店が、本来の商店街の歩道からせり出して並んでいる。

「やきそば」「フランクフルト」「りんご飴」といったお馴染みのワードが暖簾の上でぐにゃりと踊っていて、それだけでお祭りの空気がたっぷり漂っているみたいだった。


「うわぁ! お腹空いてきたかもぉ~‼」

「おい秋乃、暴飲暴食には気をつけなよ? 太るぞ」

「なつ兄は心配しすぎだって。私、あんまり太らない体質だから大丈夫!」

「そんなむっちりした足で何を言うとるんだお前は……。ていうか、美咲も何か食べる気になった?」

「うーん……」

 さっき一度、夏弥と秋乃のやり取りに笑ったからなのか、美咲はそれ以降、「帰ろうかな」とは言わなかった。

 いや、それでも多少は帰りたかったに違いない。

 けれどそう思うと同時に、幼馴染の四人でこうやって遊べている事実に、不思議と心が温かくなっていたのかもしれない。

 懐かしい。
 この四人で居ると、懐かしくて、尊くて、手放したくなかったあの頃の楽しさがいくつも蘇ってくる。

「あ、向こうに射的あるじゃん。秋乃、勝負するか~?」と洋平。

「ん? 射的? そういえば私まだやったことないかもー。ま、でも勝負っていうんなら、いっちょやってやりますよ? おぉん?」

 洋平の気さくな挑戦に、秋乃は受けて立つ! といった様子で、その長いシャツの袖を捲りだしていた。虫刺され対策はどうしたというのか。

 お祭りの雰囲気のせいもあり、もはやすっかり「秋乃が冷たい」なんて印象はカケラも見られなくて。 

「……じゃあ、あたし、りんご飴でも買ってくるから」

 盛り上がる洋平と秋乃の後ろで、美咲はぽつりとそんな一言をこぼす。

「ああ、買ったらこっちに戻ってきなよ」と夏弥だけが返事をする。

「うん……」

 りんご飴のお店は、射的のお店からずいぶん離れていた。
 そのため、美咲は一人、ふらふらっとみんなの輪から出ていく。

「……」

 そんな彼女を、夏弥だけは静かに見送っていた。

 一人離れ、夏祭りの人混みに消えていく美咲の後ろ姿。

 その光景は、どこか切なさのあるものだった。
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