友達の妹が、入浴してる。

つきのはい

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 隣に座る洋平は、やっぱり掛け値なしに美男子だ。
 美咲に似てすごく綺麗な顔立ちである。

 軽妙洒脱けいみょうしゃだつという言葉は、洋平のために生み出されたんじゃないかとさえ思える。

「あっはっは。そうだろ? ノイローゼになるよな。…………美咲と一緒に住み始めた頃、俺はアイツに甘えてたんだ」

「甘えてた?」

 夏弥は洋平の言っている意味が、いまいちスッと頭に入ってこなかった。

「甘えてた。……うーん。甘えてたって言葉が適してるかちょっと怪しいけど。なんていうか……。見逃してくれると思ってたんだ」

「見逃してって……家に女の子を連れ込むことを?」

「そう。うちに遊びにきたいっていう女子は多いんだ。その時に俺はさ、俺に寄せられた好意を、なるべくなら無下にはしたくないって思ってた。……思ってたんだよ。だから目をつむってくれる可能性がある美咲になら、甘えてもいいだろうって。そう考えてたんだ。以前までは」

 以前までは。
 それはつまり、過去の洋平だったら、ということだろう。

「……まぁ、無下にしたらどんなこと言われるかわからないしな」と夏弥は応える。

 夏弥は洋平の顔を見ながら、さっき自分が想像していた「女子達のせせら笑い」を思い出していた。

 好意を無下にするリスク。
 これは、美咲と貞丸の一件でもあったことだ。

「ああ。女子って、マジで怖いからな。男子よりいろんな意味でエグい時あるし。あはは」

 洋平は力なく笑っていた。
 乾いた笑い。というよりも、もっとこう、擦り切れそうな笑い。といった感じだった。

 色気のあるその顔立ちに、こういうシリアスな表情は悔しいくらいマッチしている。
 同じ男子である夏弥でさえ、その顔に引き込まれてしまいそうなくらいだった。

「……でも洋平、さっきお前準備室で『俺の気持ちは云々』って言ってなかった?」

「うん。……だから、ちょっと違うんだよ。以前まではそうやって、女子の好意をなるべく受け取ってたんだ。女子が理想としてる『鈴川洋平』に合わせてあげて。でもだんだんさ、……ズレてくんだよな」

「ズレてくる?」

「周りの女子を優先させていくと、苦しくなるんだ。アイツに嫌われてることがずっと胸に引っ掛かってて、これはよくない行動だって思ってる自分がいる。けど、やっぱり女子からの好意は無下にできない自分もいたりして。

 …………そういう風に、自分が二つにズレていくんだ。そしたら今日、夏弥に「気持ちはわかるけど」なんて言われるし、もうなんなんだこの状況はぁ! って、我慢できなくなって。……ごめん、本当に」

「……そっか」

「みんなさ……「俺」っていうより、「鈴川洋平」っていう、モテる人物像みたいなところにすがってるんだよなってよく思うよ」

 夏弥は、自分の真横で話し続ける洋平が、なんだかとても大人びて見えていた。

 事実、洋平はモテる分、夏弥よりも人生経験が豊富なのかもしれない。もちろんそれは、恋愛や交友関係にまつわる経験値の話だ。

「人物像……?」

「名前だけっていうか、……うーん。俺もうまく言葉にできないんだけど」

 洋平のセリフをそこまで聞き終えると、夏弥のなかにある疑問が湧いてくる。

「けど洋平、前に恋愛指南で「心掛けが大事だ」みたいなこと言ってなかったっけ?」

「ああ。……だから、それは結局自分のポジションていうか、相手が求めてるこっちの人物像みたいなものに、なるべく合わせてあげれば恋愛的にはいいよって話だからな。

 ……そこから外れると、幻滅されたり、がっかりされたりするんだろうし。理想像から外れることは、恋愛的には良くないことなんだろうな」

「ああ、そういう感じの……。じゃあさっきの『不自由』って、要するにそこから外れたいのに外れられないもどかしさって意味?」

「まぁ……そうなるね。もどかしいのは恋愛に限らずだけど」

「けどさ、言い間違えてない?」

「言い間違い……?」

「うん。美咲には「なんで俺が我慢しなきゃいけないんだ」的なこと言ったんだろ?
……話を聞いてると、「俺が」じゃなくて、むしろ家にやってきた「女子の方が」我慢しなきゃいけないって話じゃね?」

「いや、夏弥……。……確かに実態はそうだけど、それを、美咲に言ったほうがいいと思ってるのか?」

「! …………なるほど。そういうことか」

 夏弥はそこですべてを察したような気がした。

 そう。
 洋平が女子の気持ちを優先したいと考えていたのなら、その女子を言い訳に使うことに躊躇しても不思議じゃない。

「なんで俺を好いてくれてる子が、我慢しなきゃいけないんだ」なんてセリフを、洋平は言えないのだろう。

 女子のせいにはできない。なら、自分のせいにするしかない。

 家に呼んだり身体を重ねたりした時点で、洋平はそれを自分の責任だとも感じるわけで。

「ごめん。……まぁ、そうだよな。ストレートに言えるわけないな」と夏弥は洋平の事情を受け止めていく。

「……第一、俺がそういう行為に同意した事実は変わりないし。それに、美咲が見逃してくれる可能性は、知らない女子より俺の名前を出したほうが、まだあるだろ? だからそう言っておくことにしたんだ。…………ていうか、ついに言っちゃったなぁ。……。なんか……思ってた通りハズいな……」

「え?」

「いくら夏弥相手でも、こんなこと言うべきじゃなかったかもしれない。……悪い。今のはここだけの話ってことで。……誰にも言わないでくれ。いや、言わないでください……」

 洋平はパンッと両手を合わせてお願いしてくる。
 いつもさわやかに笑ったり、明るく振る舞っていたその顔が、じわじわと赤くなっていた。

「せめて美咲には正直に話したほうがいいと思うけどなぁ。……しっかり話せば別に問題なくない?」

「そう……?」

「うん。……ていうか、洋平が顔赤くしてるの珍しいな。ぷふっ」

 同性の前で洋平が顔を赤くするなんて。
 これは大変貴重な瞬間かもしれない。

 そんな洋平の様子から、夏弥は少しだけ和やかな気持ちになる。
 が、しかし。

「けど、あのセリフだけは少しグサッときたなぁ。洋平くん」

「あのセリフって?」

「ほら。俺の父親の」

「あっ……。いや、あれは……ついカッとなった勢いで……」

「まぁ……。うん。別にもうあの父親について、俺は何も気にしないようにしてるし、実際もう何年も会ってないからそこまでのダメージじゃなかったけど。……けど、傷付きはしたよ」

「……。ごめん。本当に悪かった」

「貸し1、かな。……いや3くらい?」

「うっ……。……いや。それでいい。それで許してくれるなんて、夏弥は優しいな……。なんでお前がモテないんだよ」

「言うて俺も洋平くんの素敵なお顔をぶん殴ってるので……。むしろ洋平の顔を傷付けた罪で、クラスの女子一同から罰せられるんじゃね……?」

「ははは、あ痛ッ……。それはないだろ。ていうか、笑うとまだちょっと痛いわ」

 洋平は右頬を撫でながら、そんなことを言っていた。
 そして、洋平はそのままセリフを続けていく。

「でも、誤解しないでくれ。ちょっとだけでいいから、俺は夏弥にわかってほしかったんだ。……かっこいいとか持て囃されたって、俺にだって生きづらさはあるんだってこと。こんな形で伝えることになったのは、最高にカッコ悪いけど……」

「わかったよ。洋平が周りとのしがらみで一杯一杯だったってのも、今回のことで伝わってきた。……けど確かに、結構カッコ悪かったかもな」

「……。夏弥、俺は……信じてるやつにしかカッコ悪いところは見せないようにしてるつもりだよ」

「……っ!」

(え。その妙にかっこいいフレーズはなんなん……?)

 夏弥は思わず洋平から目をそらす。
「信じてるやつ」に自分が含まれていることが、少しだけこそばゆい。

(クソ。やっぱりズルくないか……? カッコ悪いはずなのに、なんで〆のセリフでかっこよさそうなこと言ってんだよ洋平……。イケメンを地で行くんじゃないよ、地で)

 夏弥は、洋平の口にしたそのフレーズが、まさに鈴川洋平という一人の男子を表わしてる言葉だと思った。

 信じてるやつにしかカッコ悪いところは見せない。

 それが、洋平のなかに、しっかりと打ち建てられた信念としてあるようで。

 弱音を吐きたくても、泣いてしまいたくても、すべて飲み込んで。周りが考えている「鈴川洋平」を、今日までずっと貫いてきた。

 化学準備室での喧嘩は、そんな洋平が稀に見せる人間的な弱さだったのかもしれない。

「けどやっぱりあの言い方はないよな。……ごめん夏弥。本当に言い過ぎた」

「いや、もういいって。貸しも作れたし。……秋乃が起きたら、秋乃にも謝っておいたほうがいいとは思うけど。きっと聞かれてたぞ」

「ああ。…………聞こえてたよな、たぶん」
 洋平は寝ている秋乃をチラッと見る。

 そうは言ったものの、洋平は事実、夏弥の父親に怒りすら覚えていた時期があった。

 その時期を思えば、彼が夏弥の父親に対して「理解できない最低な人」だと言い表したことは、本音だったのかもしれない。

 その後まもなく、先ほど別れた佐藤先生が保健室へやってくる。

「どう? ……秋乃さん、もう起きた?」

「あ、いえ。……まだです」

 夏弥は入口に立っている佐藤先生から秋乃に視線を移し、寂しげに答える。

「そう……」

 佐藤先生はちょっぴり落胆したような声をもらしていた。それから、

「田辺先生ね、さきほど連絡がついたわ」

「本当ですか?」

「ええ。もう十分ほどでこちらに戻るそうだから、あなた達は教室に戻りなさい。もう授業が始まってるわ。……田辺先生が来るまで、私が秋乃さんをておくから」

「……わ、わかりました。よろしくお願いします」

「お願いします、先生」

 佐藤先生のセリフに、夏弥と洋平は頭を下げた。

 それから二人して立ち上がり、保健室にあった壁掛け時計を見る。

 先生の言う通り、もうすでに午後の始業時間は過ぎてしまっていた。

 夏弥と洋平は、自分達の手当用に絆創膏を持ち出し、そのまま保健室から自分達の教室へと向かっていったのだった。
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