友達の妹が、入浴してる。

つきのはい

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◇ ◇ ◇

 気持ち悪い。

 夏弥は、洋平にそう言われたことがショックだったのと同時に、洋平のその気持ちをちゃんと受け止めることができていた。

 だからなのか、言い合いになったあの場ではそれほど心に引っ掛かりを覚えていなかったのだ。

(…………。気持ち悪い……か。まぁ……そう感じる人もいるんだよな……)

 今になってじわじわと気になり始めてくる。
 遅効性のある毒のよう。

 あの場で夏弥は流してしまったけれど、心の深い深い底のほうで、引っ掛かってしまっていたらしい。

 ただ夏弥は少しだけ、似た気持ちを知っている気がした。

 幼馴染の美咲を妹みたいなものだと思うようにしていた、あの頃のことだ。

 あの頃の夏弥は、美咲を? と、何度自分に問いただしたかわからない。

 幼い頃を知り過ぎているせいで、親戚のいとこよりも近しく思えていた異性。
 そんな美咲を、恋愛対象にしていいのか。と。

(俺だって最初は変なカンジがして。……本当の気持ちにフタをしていたんだよな)

 同時に、夏弥の脳裏にちょっとした疑問が浮かぶ。

(親友が自分の妹に色目を使ってきたら、どう感じるのが「普通」なんだ?)

 個人差はあれど、洋平みたいに嫌悪感や不快感を抱く人もいるのかもしれない。

 法的にも問題はないし、「妹と親友」の組み合わせは当たり前のように成立するのだとわかっていても。
「汚らわしい」と肌感レベルで思ってしまう人は、いるのかもしれない。


(俺目線で言えば、秋乃と洋平だよな。……うん。……うん。いや…………それほど俺に拒否反応はないけど……。……難しいな。人によって意見が違うんだよな、たぶん)

 秋乃と洋平がシテいるところを妄想してみるも、夏弥に拒否反応はない。
 でも、だからといって洋平に拒否反応がないとは限らない。

 自分の理解できないものが悪とは限らないように、自分の理解できるものが善とは限らない。

 延々考えながら、夏弥はリノリウムの廊下を進む。

 放課後の校舎は、ひたすらに寂しげで感傷的なものだ。

 窓から入り込んでくる夕陽の光のせいで。その日一日が終わりなんだと言われている気がするせいで。なんでもかんでも脆いもののように思えてきてしまう。

 洋平との関係。
 美咲との関係。
 あるいは秋乃との関係だって。
 いつ、あの太陽みたいに沈んでいくかわからない。

 重たい足取りで校舎を歩いて、玄関に到着する。

 部活に入っていない生徒がまばらに帰るなか、夏弥も靴を履き替えて、外へと出ていく。

 そして夏弥は、その玄関のはね出し屋根の下に、彼女を見つける。

 待ち合わせていた女の子。鈴川美咲。
 明るいショートボブの髪と、見間違いようのない綺麗な顔。
 学校指定のブレザー服は、自分が着やすいように少しだけ着崩していて。
 カバンを後ろ手に袖壁へ寄り掛かり、彼女はグラウンドの方を眺めていた。

「おまたせ、美咲」

「あ、夏弥さん。……え。その顔どうしたの?」

「ん? ああ……ちょっとね」

 美咲は夏弥の顔を見て、すぐにその質問を口にした。
 夏弥の顔には絆創膏が貼ってあって、青アザがあって……いかにも「やりあった感」が拭えていなかった。

 美咲はその透きとおるような目で夏弥の顔をジッと見つめる。
 何かを探っているような見つめ方だった。

「あんまりジロジロ見るなよ……」

 夏弥はちょっと恥ずかしくなって、目を背ける。

「あ、ごめん」

「ていうか、帰りに何か用事があったんじゃなかったっけ? 遅くなるとか言ってた気がするけど」

「うん。……それはもう大丈夫だから」

「……? そうなのか。じゃあ……まぁ帰るか」

「うん」

 夏弥と美咲は、沈みかけた夕陽の光を浴びながら学校を後にした。




 アパートまでの、いつもの帰り道。
 やはり学校の校門を出てしまうと、生徒数はガクッと減る。
 あのアパート周辺に住んでる生徒は、それほど多くないのだろう。

 さて美咲は、どこから質問しようかな、と歩きながら少し考えていた。

 隣を歩く夏弥の、その絆創膏の貼られた顔をチラチラ見つつ――。

(秋乃のことも気になるけど、そもそもなんで夏弥さんの顔に青アザができてるの……?)

 彼女がまど子から教えてもらった情報としては、あくまで『藤堂くんから秋乃ちゃんが倒れたって聞いたんだけど……大丈夫?』の一文から読み取れることだけだ。

 まど子からのラインを受け取った美咲は『大丈夫です。あのすみません、今日会う約束はやっぱり無しでお願いします』とだけ返していた。

 下手に会うよりその方がいいと思っていたし、可能ならまずは夏弥から事情を聞きたいとも思っていた。これはとても賢明な判断である。

「夏弥さん。……秋乃、大丈夫?」

「え? ……どうして美咲がそのこと知ってるんだ……?」

 夏弥は、まさか美咲があの一件を知っているだなんて、思ってもみなかった。

 美咲と秋乃は違うクラスなので、少なくとも秋乃が授業に欠席していた点から情報を得ることはできない。その上、なぜ夏弥が秋乃の件と絡んでいるのか、そこを知り得る手段もないと思っていたのだ。

「月浦さんから連絡が来たんだよね。ほらあの人、あたしのラインを秋乃のラインだと思ってるから」

「ああ、そうか! そう……だったね」

 腑に落ちる夏弥だったけれど、その後

「まぁ、ちょっと色々あってね」と、まど子の時と同じ対応を美咲にもしてしまっていた。

 洋平が「言わないでください」と頼んできたことを思えば、安々と口にはできないと感じていた。

「色々って…………その顔のアザと、関係あるんじゃないの?」

「……」

 夏弥は閉口する。

 俺と洋平が喧嘩した。その巻き添えを秋乃が食らった。と伝えれば、当然何が原因で喧嘩になったのか美咲は尋ねてくるはずだ。

(言えないな……。俺は美咲のことを想って喧嘩してしまったわけだけど、それを伝えたら変に罪悪感感じるだろうし。そもそも洋平から他言しないでって言われてるし……)

「関係……なくはないんだけどさ」と夏弥は言い渋る。

「…………」

 煮え切らない答え方。

 夏弥のその態度に、美咲はそれ以上何も突っ込まなかった。

 彼の様子を見て察する。
 美咲は、自分が感じていた不可解さを解くことよりも、夏弥の気持ちや空気をすくい取ってあげたかった。

「……ふぅん。関係なくは、ないんだ」

 そう答えながら、夏弥の顔色を見る。
 そして美咲は、ついあれこれと考えてしまう。

 美咲が最悪な展開を想像してみたところで、あくまでそれは憶測の域を出ない。
 考えるだけ無駄というもの。

 隣を歩く夏弥が言いたくなさそうなのだから、それを無理に聞き出すのもよくない気がした。

「……」

 聞き出せないはがゆさから、カバンを持つ美咲のその手に力が入る。

 幼馴染の年上男子が、憂鬱そうな雰囲気をまとっている。
 もしくは自分の恋人、好きな人が、軽々と口にはできない悩み事で、顔を曇らせている。

 それなら他に、自分ができることはなんなのか。美咲はそう考えて。

「夏弥さん、ちょっと寄り道してかない?」

「え?」

 美咲はそんなお誘いの言葉を口にした。

 夏弥はその言葉にハッとして、それまで俯きがちだった顔をあげる。

「ほら。行くよ?」

「あ、ちょっと美咲……」

 グイッと美咲に手を引っ張られ、夏弥はどこかへ案内されることになったのだった。

 夕暮れの街並みに溶けていく。
 行き先は美咲らしい場所に違いないけれど、それは美咲がただ行きたくて行くわけじゃないはずだ。

 行きたいだけなら、夏弥の手をぎゅっとは握らないはずである。
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