「華がない」と婚約破棄された私が、王家主催の舞踏会で人気です。

百谷シカ

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11 心の声

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 一瞬でひとり目が終わり、私はゼント卿の手を取った。
 彼は嬉しそうに目を細めて、花嫁候補としての私の仕上がりを喜んでいるのが見て取れた。

 彼のリードに従って、体は浮くように、滑るように、ステップを踏む。

 ゼント卿の体は魔法のように、私を羽ばたかせる。


「君は誰よりも可愛い。注目の的だ。俺の目に狂いはなかったろ?」


 頼もしい笑顔で囁く彼に、私は笑顔で頷く。
 

「そうだ。君は困難を耐え忍んだ、強さがある。好機を掴む強さがある。だけど優しい。痛みを知る君の優しさは本物だ。だから、正しい心を持っている人間は必ず君を好きになる。君はどこでも通用する、立派なレディだ」


 音楽に乗せて、彼の腕に導かれて、美しく反る。
 胸元へ戻ってくると、すぐにターン。


「君を愛し、君を慕い、君を守り、その名を口遊むようになる。君はプリンセスに相応しい、愛されるべきレディなんだ。もうわかってるだろ? 自信は?」


 私はまた、笑顔で頷いた。
 彼の眼差しを受ければ、心が沸き立つ。彼の笑顔を見れば、心が踊る。彼の声を聞けば、胸が弾む。ゼント卿は私に、生き方を教えてくれた。私は未来を信じられた。自分を信じられるようになった。

 そして、ダンスの相手が変わる、その直前。


「行ってこい、ローズマリー」


 彼の声は、より低く、繋ぎとめるように響いた。


「……」


 ふいに感じた違和感に、私はふと、笑顔を忘れる。
 繋いだ手。離すべき手に、力がこもる。

 振り向くと、彼は私を見つめていた。
 彼は、笑ってはいなかった。

 そして、ほんの少しだけ長く、私たちは指先を繋いで、まるで名残惜しむように手を離した。


「……」


 ターンをすれば、ダンスの相手が変わる。
 その人は、笑顔で迎えてくれる。

 だから私も笑顔を浮かべ、音楽に乗せて、お辞儀をした。


「……」


 変な感じ。
 心の奥に、なにかがひっかかっている。

 私は礼節を守り、ダンスの相手から目を逸らす事はしなかった。けれど、ターンの瞬間。その瞬間だけは、煌びやかな大広間に目を投げる事ができる。私はゼント卿を探した。踊る彼を、見つめた。ほんの一瞬を積み重ねていくうちに、私は自分の心に気づいてしまった。

 簡単な事だった。
 当然の事だった。

 私はゼント卿に恋をしていた。

 
「……っ」


 胸が締めつけられる。


「大丈夫ですか?」


 ダンスの相手が、誠実な配慮をもって私に声をかけてくれた。


「申し訳ありません。緊張してしまって」

「では、少しゆるやかに踊りましょう。僕に任せて」


 まだ名前も知らないその人は、音楽に乗せて、それでも最小限の動きになるようにリードしてくれた。だから理性が戻ってきて、頭が働いた。
 私は花嫁候補で、ゼント卿は推薦人。

 彼の優しさは疑う余地もないほどに本物だけれど、それは私自身を愛しているからではないし、だからといって責めるようなものでもない。

 私は、彼に応えるべきだ。
 彼に誇れる自分でいたかった。


「……」


 私は再び、笑顔を浮かべた。
 心優しいダンスの相手も、嬉しそうな笑顔で私を見おろした。

 私はふたりの王子の花嫁候補。
 ゼント卿の与えてくれた誇りを、貫く。

 それが私の、愛のすべてなのだ。
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