婚約破棄にはなりました。が、それはあなたの「ため」じゃなく、あなたの「せい」です。

百谷シカ

文字の大きさ
2 / 10

2 救いの手

しおりを挟む
「それしかないのかしら……もう、神さまのところへ行くしか……」


 涙を拭きながら言葉を絞り出す。
 兄がそっと抱きしめてくれた。


「侯爵家には逆らえない。恐ろしい事が起きる前に、安全なところへ行くんだ」

「お兄様……っ」


 父の言った遠くの修道院は、厳格で、親族であろうと異性との接触を禁じている。だからこそ物理的にもフィリップ卿から守ってはくれる。結婚を諦めるのはもう仕方がない。でも、父や兄とも二度と会えなくなってしまう。

 母は幼い頃、天に召されてしまった。
 修道院に入ったら、私に会いに来てくれるひとは、誰もいない。


「お前を苦しめたくはない。だが、考えてみてくれ。そうすればわかるはずだ。そして、心の整理を……つけてくれ」


 日ごとに届く悍ましい愛の手紙。
 積み重なる贈り物。

 このままここで暮らしていても、気が狂ってしまう。
 気が狂う前にさらわれて、恐ろしい事をされてしまいでもしたら、もう後戻りはできなくなる。生きていられなくなる。


「お父様、私……修道院に行きます」


 そう返事をした直後だった。
 父の書斎を出て廊下を歩いていると、ふいに腕を掴まれた。


「!?」


 凍り付いた。
 フィリップ卿だった。


「……!?」


 どうして!?
 なぜ、ここに!?

 あまりの恐怖に声も出ない。
 そんな私を抱えこみ、フィリップ卿が顔を近づけてくる。


「……っ、いやぁ……っ!!」

「!」


 その頬をひっかいて、突き飛ばした。
 そして腰が抜けて、声も出なくて、私は首から下げていたペンダントを窓に投げつけた。ガラスの割れる音に、誰かが気づいてくれると信じて。


「もう大丈夫だよ、ルート。恐がらなくていい。僕が助けてあげる」

「……?」


 フィリップ卿の言葉は、いつも意味がわからない。
 恐ろしくて涙が溢れた。


「望まない結婚からやっと解放されたのに、今度は修道院だなんて、君の父親たる男は本当に酷いね。許せないよ。殺してやりたい。だけど、いくら極悪人でも君のたったひとりの御父上だからね。命までは奪いはしない。でも、これ以上、僕から君を奪わせもしないよ。さあ、行こう! ルート! 愛してる! 今こそ結婚しよう!!」

「……いやっ」


 フィリップ卿は興奮で目が潤み、唾も撒き散らして覆い被さって来る。
 
 どこにも安全な場所なんてない。
 もっと早く、神さまに助けを求めればよかった。


「僕のルート……ああ、嬉しい。やっと、完全に僕のものになったんだよ」

「それは違う」


 聞き慣れない声が重く響く。
 私は驚いて顔をあげた。

 フィリップ卿も声のするほうへ身を捩り確認している。


「……?」


 兄がいた。
 その兄を押し退けるようにして、ひとりの男性が歩いてくる。知らない人物だ。けれど、その身形と風格から貴族である事は推察できた。

 
「なんだ貴様……!」


 フィリップ卿が声を荒げる。
 兄が勝ち誇ったように口角をあげた。


「?」


 なにか、いいほうへ事態が動いたのだ。
 歩いて来た男性はフィリップ卿を払い除けると、腰を抜かしていた私を丁寧に助け起こした。兄と父のちょうど間くらいの年齢に見えるその人は、どこか冷たく乾いていて、それがなぜか安心感を与えた。なんであろうとフィリップ卿よりはるかにましだ。


「貴殿は思い違いをしている」


 彼は言った。


「なんだと……!?」


 フィリップ卿が醜悪な表情で睨みつけると、彼がその正体を明らかにした。


「この紋章を見たまえ。私はランデル公爵。そしてルートは私の妻になる娘だ」
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

王太子に婚約破棄され塔に幽閉されてしまい、守護神に祈れません。このままでは国が滅んでしまいます。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 リドス公爵家の長女ダイアナは、ラステ王国の守護神に選ばれた聖女だった。 守護神との契約で、穢れない乙女が毎日祈りを行うことになっていた。 だがダイアナの婚約者チャールズ王太子は守護神を蔑ろにして、ダイアナに婚前交渉を迫り平手打ちを喰らった。 それを逆恨みしたチャールズ王太子は、ダイアナの妹で愛人のカミラと謀り、ダイアナが守護神との契約を蔑ろにして、リドス公爵家で入りの庭師と不義密通したと罪を捏造し、何の罪もない庭師を殺害して反論を封じたうえで、ダイアナを塔に幽閉してしまった。

自信過剰なワガママ娘には、現実を教えるのが効果的だったようです

麻宮デコ@SS短編
恋愛
伯爵令嬢のアンジェリカには歳の離れた妹のエリカがいる。 母が早くに亡くなったため、その妹は叔父夫婦に預けられたのだが、彼らはエリカを猫可愛がるばかりだったため、彼女は礼儀知らずで世間知らずのワガママ娘に育ってしまった。 「王子妃にだってなれるわよ!」となぜか根拠のない自信まである。 このままでは自分の顔にも泥を塗られるだろうし、妹の未来もどうなるかわからない。 弱り果てていたアンジェリカに、婚約者のルパートは考えがある、と言い出した―― 全3話

私を捨てた婚約者へ――あなたのおかげで幸せです

有賀冬馬
恋愛
「役立たずは消えろ」 理不尽な理由で婚約を破棄された伯爵令嬢アンナ。 涙の底で彼女を救ったのは、かつて密かに想いを寄せてくれた完璧すぎる男性―― 名門貴族、セシル・グラスフィット。 美しさ、強さ、優しさ、すべてを兼ね備えた彼に愛され、 アンナはようやく本当の幸せを手に入れる。 そんな中、落ちぶれた元婚約者が復縁を迫ってくるけれど―― 心優しき令嬢が報われ、誰よりも愛される、ざまぁ&スカッと恋愛ファンタジー

不倫した妹の頭がおかしすぎて家族で呆れる「夫のせいで彼に捨てられた」妹は断絶して子供は家族で育てることに

佐藤 美奈
恋愛
ネコのように愛らしい顔立ちの妹のアメリア令嬢が突然実家に帰って来た。 赤ちゃんのようにギャーギャー泣き叫んで夫のオリバーがひどいと主張するのです。 家族でなだめて話を聞いてみると妹の頭が徐々におかしいことに気がついてくる。 アメリアとオリバーは幼馴染で1年前に結婚をして子供のミアという女の子がいます。 不倫していたアメリアとオリバーの離婚は決定したが、その子供がどちらで引き取るのか揉めたらしい。 不倫相手は夫の弟のフレディだと告白された時は家族で平常心を失って天国に行きそうになる。 夫のオリバーも不倫相手の弟フレディもミアは自分の子供だと全力で主張します。 そして検査した結果はオリバーの子供でもフレディのどちらの子供でもなかった。

婚約破棄をすると言ってきた人が、1時間後に謝りながら追いかけてきました

柚木ゆず
恋愛
「アロメリス伯爵令嬢、アンリエット。お前との婚約を破棄する」  ありもしない他令嬢への嫌がらせを理由に、わたしは大勢の前で婚約者であるフェルナン様から婚約破棄を宣告されました。  ですがその、僅か1時間後のことです。フェルナン様は必死になってわたしを追いかけてきて、謝罪をしながら改めて婚約をさせて欲しいと言い出したのでした。  嘘を吐いてまで婚約を白紙にしようとしていた人が、必死に言い訳をしながら関係を戻したいと言うだなんて。  1時間の間に、何があったのでしょうか……?

婚約破棄された私は、世間体が悪くなるからと家を追い出されました。そんな私を救ってくれたのは、隣国の王子様で、しかも初対面ではないようです。

冬吹せいら
恋愛
キャロ・ブリジットは、婚約者のライアン・オーゼフに、突如婚約を破棄された。 本来キャロの味方となって抗議するはずの父、カーセルは、婚約破棄をされた傷物令嬢に価値はないと冷たく言い放ち、キャロを家から追い出してしまう。 ありえないほど酷い仕打ちに、心を痛めていたキャロ。 隣国を訪れたところ、ひょんなことから、王子と顔を合わせることに。 「あの時のお礼を、今するべきだと。そう考えています」 どうやらキャロは、過去に王子を助けたことがあるらしく……?

【完結】お姉様!脱お花畑いたしましょう

との
恋愛
「私と結婚して頂けますか?」 今日は人生で最高に幸せな日ですわ。リオンから結婚を申し込まれましたの。 真実の愛だそうです。 ホントに? お花畑のお姉様ですから、とっても心配です。私の中のお姉様情報には引っかかっていない方ですし。 家族のため頑張って、脱お花畑目指していただきます。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿です。不慣れな点、多々あるかと思います。 よろしくお願いします。

妹の様子が、突然おかしくなりました

柚木ゆず
恋愛
「お姉様っ、奪うなんて言ってごめんなさいっ! あれは撤回しますっ! ジョシュア様に相応しいのはやっぱりお姉様だったわっっ!!」  私の婚約者であるランザルス伯爵家のジョシュア様を好きになり、奪い取ると宣言していた妹のロレッタ。そんなロレッタはある日突然こう言い出し、これからは私を応援するとも言い出したのでした。  ロレッタはお父様とお母様にお願いをして、私を軟禁してまで奪おうとしていたのに……。何があったのでしょうか……? ※9月7日 タイトルの一部とあらすじの一部を変更させていただきました。

処理中です...