妹が私の婚約者と結婚しちゃったもんだから、懲らしめたいの。いいでしょ?

百谷シカ

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8 怒っちゃった伯爵令息

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 尊い生を、尊い務めのうちに全うした母の死まで、嘘の材料にされた。

 そのショックに私の怒りは冷え切り、姿を変えた。
 禍々しい感情だけに、逆に理性が冴える。


「そう、父が言ったの?」


 尋ねる私に、ガストンは大きく頷いた。


「そうだ! それに、戦地で死んだ君の葬儀はすでに国葬が済んでいると聞いた。だから喪に服するとか、死んで10日目に結婚とか、私にはまったく意味がわからない話なんだ!」

「……」

「では、単純に、騙されたわけですか」


 言葉を失う私の代わりに、モーリスが確かめる。


「……そういう事だ!」


 ガストンの瞳が希望で煌めいた。
 私がゾッとしたのと同時に、妹と結婚した元婚約者は叫んだ。


「シビル! 君と結婚するはずだった!! 愛してるんだ! 結婚しよう!!」

「──」


 なぜだろう。
 失神しそう。

 私、馬鹿は嫌い。


「重婚は違法です」


 モーリスが言った。
 ああもう、その通りだ。

 私の親友が素敵すぎて、安堵とあわせて溜息が洩れる。


「だから! マーシアと別れる!!」

「そもそもなぜ婚約者の妹と結婚したんです?」

「はっ!?」


 わからない。
 モーリスの問いのどこに疑問点があるのか、わからない。

 なんと答えるか、怒りより好奇心が勝った。
 私は元婚約者ガストン・ドゥプラという男を凝視して待った。


「辛いからだ! シビルを喪った哀しみを抱えて生きるには、少しでも似ている顔が不可欠だった!!」

「……」


 全方面に向けて失礼極まりない理由。
 死を偽装されて、むしろ、よかったのかも……とさえ思っちゃったわよ。


「まあ、年子だからね」


 つい軽口のように返しちゃって、


「ああ!」


 と喜ばせちゃった。
 不本意。


「茶番はこのくらいにして頂こう」


 モーリスが硬い声を張る。
 一瞬で場が張り詰めた。

 彼はもう軍師の顔になっていた。


「国軍にとって大切な従軍看護婦の死を偽装し、国政に関わる貴族間の結婚をおざなりにし、不届き千万。この件ではソーンダイク伯爵ガストン・ドゥプラ並びにソーンダイク伯爵夫人マーシア両名をイヴォン伯領にて裁判にかける」

「へっ!?」


 ガストンが真っ青になった。
 いくら馬鹿でも、伯爵の端くれ。

 国軍を担う大元帥イヴォン伯爵の後継者モーリス・ヨークが、一介の伯爵令息とは桁違いの実権を担っている事は、ちゃんと理解しているのだ。
 しかも国軍総本部のあるイヴォン伯領の裁判所となっては、軍部の影響で一般の裁判も相当厳しい審議が執り行われるのは想像に難くない。


「まままっ、待ってくれ! 義父はッ!?」

「ご自分の事を心配されては?」

「……! いっ、嫌だ! まだ死にたくない!!」


 いや、さすがに処刑はないでしょう。
 考えればわかると思うけど。

 それはそうと、たしかにガストンの話を聞いた限りでは父も不届き千万。
 というか父も妹もろくでもない人間で、激しく落ち込むわ。


「シビル! なんとか言ってくれ!! 君は生きていたんだ! 誰も責められる必要なんかないだろうッ!?」

「私、当事者なの」

「え?」

「怒ってるのよ。死んだ事にして、みんなでなにやってるの? 馬鹿にしてくれちゃって。真相を究明して適切な処罰が下される事を心から願っているのよ。あと、私を追って死ぬと言ったり、私に似た顔の女と結婚したかったと言ってみたり、挙句の果てはまだ死にたくないって、あなたの愛は究極の自己愛ね」

「違う! シビル! 愛しているんだ!!」

「嘘つき」

「!」


 ガストンが信じられないというように目を剥き息を止めた。
 この状況で私が好意を向けるという、ありえない前提をもとに弁明を続けていた愚かな元婚約者にとっては、私の拒絶がとても衝撃的だったようだ。

 寝て起きたら妹と婚約者が結婚していたほうが、衝撃的だと思うけど。
 あと、寝て起きたら父と妹から死んだ事にされていたのも、よっぽど衝撃的なんだけど。しかも母の死まで嘘の材料にして、控えめに言って許せない。

 ただの馬鹿である事を祈る。
 これが他国を巻き込んでの陰謀とかなら、身内が処刑だ。さすがに辛い。


「──私なら」


 モーリスが目線を外し、誰にともなく呟いた。


「愛する婚約者の訃報を聞いたとしても、この目で見るまでは信じない。仮に死んでいたなら、遺体に縋りついて泣くだろう。墓石に跪くだろう。そして愛と復讐を誓う。その命を背負って、共に生きる。国葬と聞いて確認もとらず、妻をすげ替えるなど、到底理解できない」

「……」


 なにを思っているのか、ガストンがモーリスを見つめた。
 控えていた軍部の人員がなだれ込んできて、ガストンを捕らえる。元婚約者は呆然と後手に縛られ、ついに連行されるというところでひたと私を見据えて言った。


「裏切り者は君だ」

「ふざけるな!」


 モーリスが声を荒げ、その場にいた全員が恐れ戦いた。
 私でさえ思わず肩が跳ねて、息が止まった。

 彼は直後、何事もなかったかのように静かに命じた。


「連れていけ」


 そう言われても誰もすぐに動けないくらいには、意外だったし、恐かった。
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