妹が私の婚約者と結婚しちゃったもんだから、懲らしめたいの。いいでしょ?

百谷シカ

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12 ひとりぼっち

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「なぜなの?」


 枯れたような声を絞り出して、私は妹に尋ねた。
 血の繋がった、同じような姿の、私の妹。

 まったく知らない未知の人物であるかのようにさえ、思える。

 彼女のすべてが、私にはもうわからなかった。
 憎む事さえ、難しいほどに。

 あなたは誰なのと……問いたいほどに。

 マーシアが私を睨んだ。
 涙を流して、憎しみを込めて。


「なぜ!? 私より頭がいいんだから自分で考えなさいよ!!」

「……」


 モーリスが視線で逮捕を命じる。
 軍人が妹を後手に縛り上げる様を見ていたら、酷い焦燥感が胸を破った。一瞬前まで妹の事を悪い夢か幻みたいに、存在まで疑ったくらいなのに。

 それでも、マーシアは私の妹なのだった。

 気づくと私はモーリスの後ろに立ち、彼の肘を掴んで震えて見あげた。


「お願い。酷い事はしないで」


 次の瞬間、妹が首を巡らせて私を罵った。


「私を罪人にしたのはあなたよ!」

「!?」


 私は初めて恐れを感じた。
 彼女は狂っているのではない。正気で言っている。わかっている。

 あれが妹。


「たった1年早く生まれただけで、あなたは愛されて、褒められて、世の中からも持て囃されて、聖人ぶって……だから私は愛されなかった! あなたが善い子で、私があなたじゃないから!! あなたが生きている限り、私の見える場所で息をしている限り、私の人生は塵屑なのよ!!」

「……」


 妹は、命の尊さを知らない。
 私の命も、妹の命も、等しく尊いという事が、わからないのだ。
 

「無実の妹を処刑して最後は地獄に落ちたらいいわ!! 戦場で汚れた天使さん!! きゃははははッ!!」

「少なくとも──」


 モーリスが、彼の腕にすがる私の手にその手を被せ、割って入った。


「無実ではない。あなたは実の姉を手に掛けようとした。そう自供した」

「はあっ!?」

「悔い改めるのも、呪いの言葉を吐き続けるのもあなたの自由だ。独房でじっくり考えてみるといい」

「え……」

「時間はたっぷりある」

「……」

 
 蒼白い顔でしばらくモーリスを見つめ、それから弾かれたように私を見つめた。
 驚いたような、恐れるような、それでいて呆けたような顔をして、その心の内でなにを考えているかわからない。妹は妹で、私を、初めて存在に気づいた未知の人物であるかのような目をしている。

 私たちは、互いにひとりぼっちの姉妹だった。
 ずっと。


「……」


 やがて妹は、片方の口角だけをあげて、不適な笑みを浮かべた。
 邪悪な表情から、私は目を逸らした。

 その時。

 唯一の出入り口を塞いでいたメイドの背後で、勢いよく扉が開いた。するとそこにティエリーが現れて、右手で中年のメイドの首を羽交い絞めにしつつ、左手に書類を握り締め叫んだ。


「証拠を掴みましたよ! ソーンダイク伯爵夫人を〈ニザルデルンの天使シビル・ラヴィルニー〉に仕立て上げて軍部の情報を盗み敵国に売る計画が確かにありました!!」

「私は知らないったら!!」


 妹が泣いて叫び返した。


「あんたが馬鹿すぎて保留にしてたの!!」


 ティエリーに首を羽交い絞めにされているメイドが憎々しげに叫びを被せた。
 あ、なるほど。たしかに訛ってる。外国人かもしれない。

 私を悪用しようとする輩なら、私が返り討ちにできる。
 でも、妹では、持ち上げられて言い包められて利用されて、計画がとん挫すれば捨てられるだろう。

 そんな事よりなにより、ティエリーの変装だと思い込んでいたメイドがティエリーではなかった事がいちばんの驚きだわ。
 驚いて、少なからず傷ついた事さえ一瞬、忘れてしまった。

 妹には縄を持つひとりの軍人だけが留まり、あとはティエリーに加勢する。
 私はモーリスの袖を揺すってつい零した。


「私、扉の彼女がティエリーだと思ってた」

「私もだ」

「えっ?」

「秘密の協力者がいるとは聞いていたが、それが恋人だと言うので、実在しないと思い込んでいた」

「恋人? 彼女が?」

「もしそうなら名前はクロエだ」

「クロエ……」


 そんな事を囁きあっていた私たちは取り残されて、当のティエリーに大声で呼ばれる始末。思いがけず本当の陰謀も挫き、新たな逮捕者を連れて、ソーンダイク伯爵家を後にした。

 馬車に乗る間際、振り返りその姿を仰ぎ見る。

 私が嫁ぐはずだった、立派な屋敷。
 それが今では、とても虚しく、寂れて映った。
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