妹が私の婚約者と結婚しちゃったもんだから、懲らしめたいの。いいでしょ?

百谷シカ

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〈おまけ〉けしからん或いは由々しき幸福

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「はぁーっ、まったく! なんというけしからん事だ! まっ……たく!」


 モーリスが乳児の手を指にひっかけ、険しい顔で覆い被さっている。


「なんなんだこの手は。ぷにぷにではないかッ。そういう手を使うんだな!」

「奥様……」


 産後の私を世話してくれているのは、出産にも立ち会った侍女のロッテ。
 彼女は現地で看護婦として採用した。産婆の家系という事で、一家として正式に雇い入れる形となったのが、初産の時。

 第3児、今回は女の子だ。
 3日前つるんと出てくれた。


「面白いでしょう? あの顔で言うのよ」

「はい……」


 普段は冷徹で威厳あふれる主、しかも物々しい眼帯付き。
 それが子煩悩で愛妻家だと知る者は、とても限られている。
 ロッテもそのひとりだ。


「ああっ! これはっ、これは……由々しき事態だぞゲルタ! こうやって私を惑わし……ぬあっ! そういう事をするのかッ!」


 ゲルタが桃色の歯茎を覗かせて、無意識に父の頬を叩いている。
 

「タビタの時はおっかなびっくり壊れ物を扱うように崇めていたのにね。クラウスは自分と同じ男っていうのもあってか、だいぶ慣れて。気が抜けたんでしょう」

「ああっ、けしからんお腹め! あぶぶぶぶぶば」

「……」


 モーリスがゲルタのお腹に顔を突っ込みぐりぐりと擦り付けてあやしている……のを、ロッテが凝然と見つめている。
 しかし、次の瞬間、彼女ははっきりと頷いた。


「これだったのですね」

「え?」


 ロッテの顔には困惑で汗が、閃きで知性が輝いていた。


「最近、タビタお嬢様がなぜか、喜びやなにかを褒めるような場面で『けちからん』と仰るんです。利発で気難しいところが旦那様にそっくりなのかと思っていたのですが、こういうわけですか……よくわかりました」

「あの子、そんな事を言うの? けちからん?」

「はい。あまりに可愛らしいので、一部の使用人の間でかなりの流行りになっていて、事あるごとにひそひそと交わし合うのです。『けちからん』という労いを」

「あなたも?」

「はい。申し訳ありません」

「まあ。それは……けちからん一家だわ」

「んばばばばばばッ!」


 モーリスが嬉しそうに乳児をあやす姿を眺めながら、私はゆっくりと首をふり、呆れているようでその実、深い愛と幸福に酔い痴れた。


「ああっ、なんたる歯茎! なんたる舌! けしからん!! なにっ、この指を握るのか!? そう来るか。それならこちらにも考えがある。覚悟しろゲルタ。父の本気を見せてやるというものだッ」


 この幸せは、ずっと続いていく。必ず。
 愛の中で。


 
                                (終)
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