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22 マダム・ドルイユ
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「トゥルヌミール公爵夫人が着いたんですよね?」
夜、なにも知らないデュモンが上等な葡萄酒を携えてやってきた。
「これは俺からの歓迎の捧げ物です」
「……ええっ、そうよねっ」
とても気まずい。
「ん? なにか問題が?」
「いいえ」
「そういう事にしてあげてもいいですけど、俺の目は誤魔化せていませんからね?」
「……」
私は口を噤み、文鎮を掴んで心を整え、そっぽを向いて事実を述べた。
「トゥルヌミール公爵夫人に言われたの」
「なんて?」
「もうレディを名乗る年じゃないって。そろそろ身を固めてマダム・ドルイユになりなさいって、釘を刺されたわ」
「おっと。大きく出ましたね」
「大変よ」
「相手は? 誰なんです?」
「……」
「誰だとしても、最近のあの虫けらどもと比べたらよっぽどましでしょう。人間で貴族で、ましてやトゥルヌミール公爵夫人の紹介なら受けたほうがいい」
これがなにも知らない様子というものよ。
トゥルヌミール公爵夫人は、私たちの秘密と言った。
だから彼に秘密を打ち明けるならそれは、私が覚悟を決めた時という事になる。今はぜんぜん、覚悟なんてできない。
でも、彼も知らない彼の出生の秘密を知っていて黙っているなんて、親友としてあるまじき行為だと思う。卑劣だわ。なんて卑劣なの、バルバラ。
「どうしました、プリンセス。面白い顔して」
「……んんっ」
もう咳払いしかやれる事がない。
「あ、わかった。ちょっと惹かれる相手なんですね。それで照れているんだ。ははぁん。俺に黙って、内緒で、そういう話をしたわけですか。へえぇ」
「デュモン……」
なんだか憎い。
忌々しいわ、あなた。
「あなたなの」
「え?」
覚悟なんて決めなくていいじゃない。
彼に喋った事を、彼と私の秘密にするのよ。
「いい加減あなたと落ち着いたらどうかと言われたの」
「まさか。公爵夫人が? あれは血筋と家名を重んじる種類の人間ですよ。下手ですね。そう言えば俺が驚くと思ってるんだ。その手には乗りません」
「いいえ。本当に、あなたなのよ」
「……プリンセス。俺を揶揄うと、後悔しますよ」
デュモンがわざと恐い顔をして声を落とす。
ただでさえ低い声をぐっと低くしたので、私も真似て、限界まで低い声でもう一度伝えた。
「あなたよ。カジミール・デュモン」
「やめてください。喉が潰れる」
虫を払うように、手を振る親友。
私は文鎮を引き寄せて撫でまわし、気を紛らわせながら心の重荷を解き放った。
「いいえ、揶揄ってないわ。本当だから笑ってられないの」
「あー……、それで?」
「必要ならあなたに爵位を用意してくださるそうよ」
デュモンは鼻で笑った。
「あのね、プリンセス。金で買った爵位なんて所詮は偽物だ。俺は貴族じゃない。あなたはちゃんとした貴族と結婚するべきだ。結婚するならね」
そう。
彼はずっと、そう言っている。
私は貴族と結婚するべき。
自分は貴族じゃないから、相応しくない。
でも。
もし、あなたの体に貴族の血が流れているとわかったら、どうなの。
由緒正しい公爵家の血よ。
どうするの。
デュモン。
「……」
心の声に、私はもう想いを認めざるをえなかった。
彼が納得して、彼から申し込んでほしい。そう思ってる。
狡いマダムだわ……。
「そうだ。あなたが結婚しなかった場合、ドルイユはどうするんです? 勘当を解きさえすれば、ふたりの甥は正当な相続人だ。先代の孫ですから。国に返上というのは癪に障るから、そっちのほうがましですね。俺の感触では王家のお仕置きムードもすれっからし状態で、そろそろあなたが恋しくなってきている」
「……」
そっくりそのままお返ししたい。
「なんといっても、この俺、交易権付きですからねぇ」
「そして貴族の血が流れてる」
言ってやったわ。
というか、言ってしまったわ。
だって、秘密になんてできないし。あとからまた怒られるのも嫌だし。
「……はい?」
デュモンが目を丸くした。
私は平静を装いつつ、できるだけ茶目っ気を意識して、高めの声で囁いた。
「調べたんですって。あなたの事」
きゅぽん。
デュモンは無言で葡萄酒の栓を抜いた。手で。
そして豪快にごくごく飲んだ。
それから真顔で私に尋ねた。
「あなたが頼んだんですか?」
限界を迎える。
「そんなわけないでしょうッ!? もしそうならこんなに動揺してないわよッ!!」
ゴッ!!
「!?」
「……あら」
代々守り抜いたドルイユ伯爵家の書斎の机に、傷をつけてしまったみたい。
文鎮を振り下ろすなんて、一生に一度の事だわ。きっと。
結婚みたいに。
夜、なにも知らないデュモンが上等な葡萄酒を携えてやってきた。
「これは俺からの歓迎の捧げ物です」
「……ええっ、そうよねっ」
とても気まずい。
「ん? なにか問題が?」
「いいえ」
「そういう事にしてあげてもいいですけど、俺の目は誤魔化せていませんからね?」
「……」
私は口を噤み、文鎮を掴んで心を整え、そっぽを向いて事実を述べた。
「トゥルヌミール公爵夫人に言われたの」
「なんて?」
「もうレディを名乗る年じゃないって。そろそろ身を固めてマダム・ドルイユになりなさいって、釘を刺されたわ」
「おっと。大きく出ましたね」
「大変よ」
「相手は? 誰なんです?」
「……」
「誰だとしても、最近のあの虫けらどもと比べたらよっぽどましでしょう。人間で貴族で、ましてやトゥルヌミール公爵夫人の紹介なら受けたほうがいい」
これがなにも知らない様子というものよ。
トゥルヌミール公爵夫人は、私たちの秘密と言った。
だから彼に秘密を打ち明けるならそれは、私が覚悟を決めた時という事になる。今はぜんぜん、覚悟なんてできない。
でも、彼も知らない彼の出生の秘密を知っていて黙っているなんて、親友としてあるまじき行為だと思う。卑劣だわ。なんて卑劣なの、バルバラ。
「どうしました、プリンセス。面白い顔して」
「……んんっ」
もう咳払いしかやれる事がない。
「あ、わかった。ちょっと惹かれる相手なんですね。それで照れているんだ。ははぁん。俺に黙って、内緒で、そういう話をしたわけですか。へえぇ」
「デュモン……」
なんだか憎い。
忌々しいわ、あなた。
「あなたなの」
「え?」
覚悟なんて決めなくていいじゃない。
彼に喋った事を、彼と私の秘密にするのよ。
「いい加減あなたと落ち着いたらどうかと言われたの」
「まさか。公爵夫人が? あれは血筋と家名を重んじる種類の人間ですよ。下手ですね。そう言えば俺が驚くと思ってるんだ。その手には乗りません」
「いいえ。本当に、あなたなのよ」
「……プリンセス。俺を揶揄うと、後悔しますよ」
デュモンがわざと恐い顔をして声を落とす。
ただでさえ低い声をぐっと低くしたので、私も真似て、限界まで低い声でもう一度伝えた。
「あなたよ。カジミール・デュモン」
「やめてください。喉が潰れる」
虫を払うように、手を振る親友。
私は文鎮を引き寄せて撫でまわし、気を紛らわせながら心の重荷を解き放った。
「いいえ、揶揄ってないわ。本当だから笑ってられないの」
「あー……、それで?」
「必要ならあなたに爵位を用意してくださるそうよ」
デュモンは鼻で笑った。
「あのね、プリンセス。金で買った爵位なんて所詮は偽物だ。俺は貴族じゃない。あなたはちゃんとした貴族と結婚するべきだ。結婚するならね」
そう。
彼はずっと、そう言っている。
私は貴族と結婚するべき。
自分は貴族じゃないから、相応しくない。
でも。
もし、あなたの体に貴族の血が流れているとわかったら、どうなの。
由緒正しい公爵家の血よ。
どうするの。
デュモン。
「……」
心の声に、私はもう想いを認めざるをえなかった。
彼が納得して、彼から申し込んでほしい。そう思ってる。
狡いマダムだわ……。
「そうだ。あなたが結婚しなかった場合、ドルイユはどうするんです? 勘当を解きさえすれば、ふたりの甥は正当な相続人だ。先代の孫ですから。国に返上というのは癪に障るから、そっちのほうがましですね。俺の感触では王家のお仕置きムードもすれっからし状態で、そろそろあなたが恋しくなってきている」
「……」
そっくりそのままお返ししたい。
「なんといっても、この俺、交易権付きですからねぇ」
「そして貴族の血が流れてる」
言ってやったわ。
というか、言ってしまったわ。
だって、秘密になんてできないし。あとからまた怒られるのも嫌だし。
「……はい?」
デュモンが目を丸くした。
私は平静を装いつつ、できるだけ茶目っ気を意識して、高めの声で囁いた。
「調べたんですって。あなたの事」
きゅぽん。
デュモンは無言で葡萄酒の栓を抜いた。手で。
そして豪快にごくごく飲んだ。
それから真顔で私に尋ねた。
「あなたが頼んだんですか?」
限界を迎える。
「そんなわけないでしょうッ!? もしそうならこんなに動揺してないわよッ!!」
ゴッ!!
「!?」
「……あら」
代々守り抜いたドルイユ伯爵家の書斎の机に、傷をつけてしまったみたい。
文鎮を振り下ろすなんて、一生に一度の事だわ。きっと。
結婚みたいに。
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