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8 夫婦の絆を確かめあった日。
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日暮れ前に修道院へ到着した。
道すがら、ハドリー卿から母に手荒な真似はしていない事、非常に信頼できる修道院である事を聞かされ、緊張の中である種の安堵を得ていた私は、それでも停まった馬車から飛び降りて走った。
「ヘレン……!」
母は食堂でシスターに囲まれ、無事だった。
ただ頬に手当を受けている。
私は母に駆け寄り、跪いて抱きしめた。
「お母様……!」
「ああ、ヘレン。ごめんなさいね。結局、迷惑をかけてしまって」
「いいの……いいのよ……」
夫の気配が近づいてくる。
「閣下。申し訳ありません。私があの子を甘やかしたばかりに」
「どんな家だろうと、狂人は時として現れます」
夫はそう返した。
同行した役人が母に妹の処遇を説明する。
そうしているうちに臣下も修道院長を伴い食堂に入って来た。
「閣下。事態を案じ、夫人は手厚く保護されていたようです」
夫は無言で頷いた。
そして既に父へ報せを送ったと聞かされ、私たちは安堵を深めた。
母が目に涙をため、話し始める。
急速に老い、疲れた母の顔を見て、私の肉体は涙を流す事をしなかった。ただ胸が張り裂けた。
「こちらで暮らすようになって、あの子は変わったと思いました。家で塞ぎ込んでいる様子が、少しずつ反省しているように見えてしまった。でもそれは、私が望んだ、幻でした。一緒に教会に通って、神様の教えに耳を傾け、少しずつよくなっている……そう思い込んだ日々の中で、まさか教会でハドリー卿を唆していたなんて」
「いや、あ……」
ハドリー卿は、己の恥じと過ちにあたふたしている。
母が顔を覆った。
「もっと早く、認めるべきだった。あの子は普通じゃないって」
「お母様」
私は母の腕や背中をさすりながら、夫に言葉を求めた。
「あらゆる不幸が、時として起きる。それぞれができる限りの対応をし、この日を迎えた。それだけではありませんか」
「……ありがとうございます」
母が手を退ける。
その頬の手当てを見ると、私は、こめかみに感じるものがあった。
「ハドリー……」
呻ると、ハドリー卿は肉厚な掌を私に向けて後ずさり、臣下に阻まれ弾んだ。
「いえっ、ちっ、違います! その傷は……」
「ああ、これはあの子よ。エセルに引っかかれただけ」
「……そうなの?」
だとしてもハドリー卿は、あれはあれで悪い。
元凶は妹だと重々承知で、睨んでおく。
母の無事も確認し、それぞれが旅の疲れを癒しながら、私たちは父の到着を待った。父は私と同じように駆け込んでくると、目に涙を浮かべながら自らの不甲斐なさを母に詫びた。
そして未明前、妹を〝監禁〟していたといわれる屋敷へと移動し、私たち一行は夜を明かした。
「実は私のせいなの」
帰りの馬車。
窓から差し込む朝陽に目を細め、私は夫に告げた。
「私が、修道院に入れなくてもいいって言ったのよ。綺麗な子だから、きっと素敵なレディになるって」
「子供に責任はない。それに、入れたとしても問題児すぎて修道院側が破門するか、本人が脱走して家族が匿う羽目になったろう」
夫はおっとりした甘い口調で言って、私の手の甲を撫でた。
「……そうね」
「終わったよ」
「ええ。その通りだわ」
大きな手を握り返し、彼の肩に頭を預け──飛び起きた。
「あんな妹のいる私でいいの?」
夫も反対側に仰け反って、微笑んで私を睨む。
「姉妹喧嘩を聞きつけて求婚したの、お忘れかい?」
「そうだったわね」
ぽんぽん、と夫の手の甲を叩き、笑い合う。
今度こそ肩に頭を預け、私は目を閉じた。息子たちの顔が浮かび、恋しくなった。
道すがら、ハドリー卿から母に手荒な真似はしていない事、非常に信頼できる修道院である事を聞かされ、緊張の中である種の安堵を得ていた私は、それでも停まった馬車から飛び降りて走った。
「ヘレン……!」
母は食堂でシスターに囲まれ、無事だった。
ただ頬に手当を受けている。
私は母に駆け寄り、跪いて抱きしめた。
「お母様……!」
「ああ、ヘレン。ごめんなさいね。結局、迷惑をかけてしまって」
「いいの……いいのよ……」
夫の気配が近づいてくる。
「閣下。申し訳ありません。私があの子を甘やかしたばかりに」
「どんな家だろうと、狂人は時として現れます」
夫はそう返した。
同行した役人が母に妹の処遇を説明する。
そうしているうちに臣下も修道院長を伴い食堂に入って来た。
「閣下。事態を案じ、夫人は手厚く保護されていたようです」
夫は無言で頷いた。
そして既に父へ報せを送ったと聞かされ、私たちは安堵を深めた。
母が目に涙をため、話し始める。
急速に老い、疲れた母の顔を見て、私の肉体は涙を流す事をしなかった。ただ胸が張り裂けた。
「こちらで暮らすようになって、あの子は変わったと思いました。家で塞ぎ込んでいる様子が、少しずつ反省しているように見えてしまった。でもそれは、私が望んだ、幻でした。一緒に教会に通って、神様の教えに耳を傾け、少しずつよくなっている……そう思い込んだ日々の中で、まさか教会でハドリー卿を唆していたなんて」
「いや、あ……」
ハドリー卿は、己の恥じと過ちにあたふたしている。
母が顔を覆った。
「もっと早く、認めるべきだった。あの子は普通じゃないって」
「お母様」
私は母の腕や背中をさすりながら、夫に言葉を求めた。
「あらゆる不幸が、時として起きる。それぞれができる限りの対応をし、この日を迎えた。それだけではありませんか」
「……ありがとうございます」
母が手を退ける。
その頬の手当てを見ると、私は、こめかみに感じるものがあった。
「ハドリー……」
呻ると、ハドリー卿は肉厚な掌を私に向けて後ずさり、臣下に阻まれ弾んだ。
「いえっ、ちっ、違います! その傷は……」
「ああ、これはあの子よ。エセルに引っかかれただけ」
「……そうなの?」
だとしてもハドリー卿は、あれはあれで悪い。
元凶は妹だと重々承知で、睨んでおく。
母の無事も確認し、それぞれが旅の疲れを癒しながら、私たちは父の到着を待った。父は私と同じように駆け込んでくると、目に涙を浮かべながら自らの不甲斐なさを母に詫びた。
そして未明前、妹を〝監禁〟していたといわれる屋敷へと移動し、私たち一行は夜を明かした。
「実は私のせいなの」
帰りの馬車。
窓から差し込む朝陽に目を細め、私は夫に告げた。
「私が、修道院に入れなくてもいいって言ったのよ。綺麗な子だから、きっと素敵なレディになるって」
「子供に責任はない。それに、入れたとしても問題児すぎて修道院側が破門するか、本人が脱走して家族が匿う羽目になったろう」
夫はおっとりした甘い口調で言って、私の手の甲を撫でた。
「……そうね」
「終わったよ」
「ええ。その通りだわ」
大きな手を握り返し、彼の肩に頭を預け──飛び起きた。
「あんな妹のいる私でいいの?」
夫も反対側に仰け反って、微笑んで私を睨む。
「姉妹喧嘩を聞きつけて求婚したの、お忘れかい?」
「そうだったわね」
ぽんぽん、と夫の手の甲を叩き、笑い合う。
今度こそ肩に頭を預け、私は目を閉じた。息子たちの顔が浮かび、恋しくなった。
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