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国王との交渉
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クレルゾン国王マキシム三世は、ちょうど食事を終えたところだった。
晩餐会も開かれる長いテーブルが据えられたダイニングルームには、今夜は王妃と双子王子、そして親族と思しき貴族が数名いるだけだ。
侍従長に耳打ちされた国王が、私とアルフォンスの立つ戸口へと視線を向ける。
国王は侍従に頷き、空いている席を示した。
「入りたまえ。ディナーは? すぐに準備させるが」
私はドレスのスカートを広げて一礼した。
「いえ……空腹ではございません。お食事中、申し訳ありません。至急、お話ししたいことがあり、この後お時間を頂ければと──」
「余の食事は終わった。では、食後の茶に付き合いたまえ」
その言葉を聞いた王妃が、皆に目配せして席を立つ。
戸口へ向かいながら、すれ違いざまにアルフォンスへ声をかけた。
「たまには君も、陛下と食事してあげたまえ」
男装の王妃は男性口調でそう言い残し、双子王子を連れて颯爽と部屋を出ていく。
かっこいいけれど、よく分からない人だわ。
アルフォンスは黙ったままだ。
それは私が口を出すなと言ったからか、親子喧嘩の末の冷戦状態だからなのかは分からないが、なんとも気まずい空気が漂っていた。
「ふむ。その表情……自分が何者か、知ったようだな。モントルー侯爵から聞いたか?」
国王の問いに、私は静かに答えた。
「いえ。解毒作用のある薬により、記憶が回復しました」
国王は、年配の侍従長以外を退出させる。
「君の重臣らの命と引き換えに、帝国へひとりで向かおうとするとは……愚かな決断だ」
「それについては反省しております。のこのこ行けば、陛下にもご迷惑をかけることに──」
表向き、私はこの国には存在しないことになっている。恩を仇で返すところだった。
私は国王の前に跪いた。
「クレルゾン王、マキシム三世陛下。改めて、帝国民を代表し、難民の受け入れと亡命貴族の保護に感謝を申し上げます」
「立ちなさい。ここは謁見室ではない」
国王は侍従長に椅子を引かせ、私を座らせた。
「シルヴァン卿の要請は受けている。我が軍はいつでも動ける。帝位奪還の支援も可能だ」
やはり、二人で勝手に話を進めていたわね。キツネとタヌキめ!
「ご厚意には感謝いたします。ですが、一方的な支援はお受けするつもりはございません。シルヴァン……ジークフリードにも、その意図はなかったはずです。彼は何を見返りに差し出しましたか?」
国王は片眉を上げた。
「確かに、あの者も拒んだ。アルフォンスとそなたの婚姻が正式に成立した時点で、余は帝国に宣戦を布告する……そう提案したのだがね。君はアルフォンスと惹かれ合っていた。記憶が戻った今、婚姻は自然な流れだろう?」
魂胆は分かっているのよ、このタヌキ!
国王はこちらの表情を見て、両手のひらを上に向け、肩をすくめる。
「ユーリア皇女よ。警戒だけでなく、随分余を嫌っているな?」
「そんなことは……」
「よい、正直に申せ」
「それでは陛下。嫌いです」
「……本当に申すか」
「わたくしは、王太子殿下のお気持ちを疑っておりました。何度拒んでもなお、わたくしの前に現れる彼を、あなたの差し金ではないかと──そう思っていたのです」
アルフォンスが焦ったように口を開いた。
「それは違う。信じてもらえないかもしれないが……君に会いたかったんだ」
私は彼に目を向けたが、言葉は返さなかった。口を出さないと言ったことを思い出したのか、アルフォンスは咳払いして口を噤む。
「今さらだな。我が国は既に、君たち帝国の民を受け入れ、救済している」
「ただの情けからではないでしょう?」
「帝国の新政権を敵に回す可能性もあるのに、何の見返りも無しにやっていると思うか?」
見事なまでに白髪の侍従長が、気まずい雰囲気を和らげるように、自ら茶を入れる。
手をつけない私を見て、国王が苦笑する。
「変なものは入っていないが……毛を逆立てた子猫のようだな」
「……ジークは、何を用意しましたか?」
「彼が我が国への見返りに用意したのは、領土の一部割譲だ」
国王は自分に注がれた紅茶に口をつける。
「あの者は、君の王配となるつもりだった。そうなれば、自分の領地であるグリムヴァルデ公爵領を、余に渡すことができるとな」
そういうことか。
私はペンダントを取り出し、ぶら下げて見せた。ジークは少ししか飲まず、残りを私に預けたのだ。
「──我が国の霊薬『パナツェラ』です」
疑り深い目で、国王はその揺れる小さなガラスの筒を見つめる。
「万能薬と呼ばれている代物か。噂には聞いているが……」
「グリムヴァルデの土地は、この薬の原料の生産地です」
巷で言われるような万能薬ではない。しかし、これには人体に入り込む微細な穢れを抑え込む力がある。
「傷口に塗布するだけで化膿を防ぎ、熱を下げる効果を持ちます。従来の薬草療法や煎じ薬では得られないほど、飛躍的に生存率を高めるもの……疑うようなら、お試しください」
ジークはいつもそう。グリムヴァルデ公爵領は、彼らローゼンヴァルト一族の宝なのに、私のために真っ先に捨てようとする。
「ご存知の通り、ノルトハーゲン帝国は技術大国。革新的な技術はすべて、皇族の血筋にある者によって管理されています。各一族に伝わる製造技術は、技術者から設備に至るまでその監督下に置かれ、徹底して秘匿することで特権を維持してきました」
じろりと、わざと恨めしげに陛下を睨む。
「陛下がわたくしと殿下に盛った媚薬は、我が国では叔父オットーの管理下にあったものですね?」
「確かに、土産に少しもらったが? 試しに囚人に使用させてみたところ、我が国のものより効きが早く、中々よい代物だった。……余も歳をとり、長らくご無沙汰だったが、あのヤンチャな妃を喜ばすことが出来た」
陛下の夜事情など、聞きたくないんですけど!?
晩餐会も開かれる長いテーブルが据えられたダイニングルームには、今夜は王妃と双子王子、そして親族と思しき貴族が数名いるだけだ。
侍従長に耳打ちされた国王が、私とアルフォンスの立つ戸口へと視線を向ける。
国王は侍従に頷き、空いている席を示した。
「入りたまえ。ディナーは? すぐに準備させるが」
私はドレスのスカートを広げて一礼した。
「いえ……空腹ではございません。お食事中、申し訳ありません。至急、お話ししたいことがあり、この後お時間を頂ければと──」
「余の食事は終わった。では、食後の茶に付き合いたまえ」
その言葉を聞いた王妃が、皆に目配せして席を立つ。
戸口へ向かいながら、すれ違いざまにアルフォンスへ声をかけた。
「たまには君も、陛下と食事してあげたまえ」
男装の王妃は男性口調でそう言い残し、双子王子を連れて颯爽と部屋を出ていく。
かっこいいけれど、よく分からない人だわ。
アルフォンスは黙ったままだ。
それは私が口を出すなと言ったからか、親子喧嘩の末の冷戦状態だからなのかは分からないが、なんとも気まずい空気が漂っていた。
「ふむ。その表情……自分が何者か、知ったようだな。モントルー侯爵から聞いたか?」
国王の問いに、私は静かに答えた。
「いえ。解毒作用のある薬により、記憶が回復しました」
国王は、年配の侍従長以外を退出させる。
「君の重臣らの命と引き換えに、帝国へひとりで向かおうとするとは……愚かな決断だ」
「それについては反省しております。のこのこ行けば、陛下にもご迷惑をかけることに──」
表向き、私はこの国には存在しないことになっている。恩を仇で返すところだった。
私は国王の前に跪いた。
「クレルゾン王、マキシム三世陛下。改めて、帝国民を代表し、難民の受け入れと亡命貴族の保護に感謝を申し上げます」
「立ちなさい。ここは謁見室ではない」
国王は侍従長に椅子を引かせ、私を座らせた。
「シルヴァン卿の要請は受けている。我が軍はいつでも動ける。帝位奪還の支援も可能だ」
やはり、二人で勝手に話を進めていたわね。キツネとタヌキめ!
「ご厚意には感謝いたします。ですが、一方的な支援はお受けするつもりはございません。シルヴァン……ジークフリードにも、その意図はなかったはずです。彼は何を見返りに差し出しましたか?」
国王は片眉を上げた。
「確かに、あの者も拒んだ。アルフォンスとそなたの婚姻が正式に成立した時点で、余は帝国に宣戦を布告する……そう提案したのだがね。君はアルフォンスと惹かれ合っていた。記憶が戻った今、婚姻は自然な流れだろう?」
魂胆は分かっているのよ、このタヌキ!
国王はこちらの表情を見て、両手のひらを上に向け、肩をすくめる。
「ユーリア皇女よ。警戒だけでなく、随分余を嫌っているな?」
「そんなことは……」
「よい、正直に申せ」
「それでは陛下。嫌いです」
「……本当に申すか」
「わたくしは、王太子殿下のお気持ちを疑っておりました。何度拒んでもなお、わたくしの前に現れる彼を、あなたの差し金ではないかと──そう思っていたのです」
アルフォンスが焦ったように口を開いた。
「それは違う。信じてもらえないかもしれないが……君に会いたかったんだ」
私は彼に目を向けたが、言葉は返さなかった。口を出さないと言ったことを思い出したのか、アルフォンスは咳払いして口を噤む。
「今さらだな。我が国は既に、君たち帝国の民を受け入れ、救済している」
「ただの情けからではないでしょう?」
「帝国の新政権を敵に回す可能性もあるのに、何の見返りも無しにやっていると思うか?」
見事なまでに白髪の侍従長が、気まずい雰囲気を和らげるように、自ら茶を入れる。
手をつけない私を見て、国王が苦笑する。
「変なものは入っていないが……毛を逆立てた子猫のようだな」
「……ジークは、何を用意しましたか?」
「彼が我が国への見返りに用意したのは、領土の一部割譲だ」
国王は自分に注がれた紅茶に口をつける。
「あの者は、君の王配となるつもりだった。そうなれば、自分の領地であるグリムヴァルデ公爵領を、余に渡すことができるとな」
そういうことか。
私はペンダントを取り出し、ぶら下げて見せた。ジークは少ししか飲まず、残りを私に預けたのだ。
「──我が国の霊薬『パナツェラ』です」
疑り深い目で、国王はその揺れる小さなガラスの筒を見つめる。
「万能薬と呼ばれている代物か。噂には聞いているが……」
「グリムヴァルデの土地は、この薬の原料の生産地です」
巷で言われるような万能薬ではない。しかし、これには人体に入り込む微細な穢れを抑え込む力がある。
「傷口に塗布するだけで化膿を防ぎ、熱を下げる効果を持ちます。従来の薬草療法や煎じ薬では得られないほど、飛躍的に生存率を高めるもの……疑うようなら、お試しください」
ジークはいつもそう。グリムヴァルデ公爵領は、彼らローゼンヴァルト一族の宝なのに、私のために真っ先に捨てようとする。
「ご存知の通り、ノルトハーゲン帝国は技術大国。革新的な技術はすべて、皇族の血筋にある者によって管理されています。各一族に伝わる製造技術は、技術者から設備に至るまでその監督下に置かれ、徹底して秘匿することで特権を維持してきました」
じろりと、わざと恨めしげに陛下を睨む。
「陛下がわたくしと殿下に盛った媚薬は、我が国では叔父オットーの管理下にあったものですね?」
「確かに、土産に少しもらったが? 試しに囚人に使用させてみたところ、我が国のものより効きが早く、中々よい代物だった。……余も歳をとり、長らくご無沙汰だったが、あのヤンチャな妃を喜ばすことが出来た」
陛下の夜事情など、聞きたくないんですけど!?
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