幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。

喜楽直人

文字の大きさ
2 / 10
SIDE:ローラ

2.今の私にできること

しおりを挟む



「できたわ」

 ローラは、来週末のレオンの誕生日プレゼントの為に刺していたハンカチの裏表をためつすがめつ確かめると、満足そうに頷いて針を置いた。

「目がしょぼしょぼするわ」

 毎日の予習復習に加えて、週二回の勉強会の復習だけでもローラの自由時間のほとんどが埋まってしまう。
 けれど、婚約者である限りは、誕生日の贈り物を自分の手で作り渡したかった。

 去年の誕生日に贈った懐中時計用の飾り紐は、今も使って頂けている。
 ジャケットの内ポケットから、苦労して探したレオンの瞳と同じ鈍色の糸で編んだそれがはみ出しているのを、確かに見た。

 渡したのはあの宣言の前のことだったから、受け取って貰えたこと自体はともかく、今も使ってくれていることが嬉しかった。

「大丈夫。婚約はそのままなのだもの。学園を卒業して領地に帰ったら元のレオン様に戻って下さるわ。そうして、結婚したら、ずっと一緒に暮らすのよ」

 あんな事もあったねと懐かしむ日もいつかくるのだろう。
 今は拗ねた態度を取る勇気もでないけれど、きっと夫婦になって沢山の時を傍で過ごしたならば、ローラも素直に口にできるようになるかもしれない。

 だって。今もローラの編んだ飾り紐を、肌身離さず使ってくれているのだから。

 だからきっと今年も受け取ってくれるだろうと、レオンの家の紋章とイニシャルを組み合わせた精緻な文様をハンカチへと縫い取ることにした。

 婚約者への贈り物としては定番中の定番である。
 大袈裟過ぎず、かつ軽くて薄くて小さくて、何枚あっても邪魔にはならない。
 多分、今のローラから受け取っても、負担にならないはずだ。

「白地のハンカチに鈍色の糸だけでは、全体が沈んでしまうもの」

 刺繍全体からすれば1%にすら見たない自己主張。
 鈍色の糸と、イニシャルに影をつける為だけの差し色として、ほんの少しだけローラの瞳の色である春の緑の糸を使った。
 表面からは見えないように、上から鈍色の糸で覆うように刺してあるので、角度によってなんとなく緑色の糸が見えるだけだが。
 それでも、色を変えていない紋章部分とはやはり違って見えるので満足だった。

「少しというかかなり面倒だったけれど、上手にできて良かった」

 パッと目にはわからないように隠してあるとはいえ、ローラの色が一緒に刺してあるのを見たら、すごく嫌な顔をされるかもしれない。

 けれど、レオンに嫌そうな顔をさせてみるのも、悪くない気がした。

「なるほど。嫌な顔は、のと、のでは、違うのね」

 ローラによって嫌そうな顔をレオンを想像すると、ちょっと気が晴れた。

「レオン様は、どんな顔を見せて下さるかしら。喜んで受け取って下さることはないかもしれないわ。ううん、間違いなくお顔を顰めるわね。……でもきっと、受け取っては下さる。それで充分」

 受け取っても、飾り紐とは違って、使われずに机の奥にしまわれてしまうかもしれない。
 それどころか包装を解いても貰えないかもしれない。

「ふふ。婚約したての頃の方が、仲が良かったかもしれないわ」

 それだって、お茶会の席では自分の好きな物ばかりをローラから奪ってまで食べてしまうレオンに呆れたり、一緒に本を読んでいた筈なのに落書きを始めるレオンに笑ってしまったり、レオンに誘われてピクニックに行ったら実際の目的は釣りで、餌のミミズを針につけられなくてローラが大泣きしたりと大騒ぎに発展したものだ。

 記憶の中でふたりは、いつだって喧嘩していて、ローラが泣いているか、レオンがぶすくれたりしている。

「いつだって私達は、お互いにしたいことを主張して喧嘩してきたわ」

 それでも会えると嬉しくて、別れる時はいつだって寂しくて、「また会おうね」と約束を交わした。
 笑い合って、たくさん喧嘩して、同じ回数だけ、仲直りしてきた。

 同じ位の目線であった頃は、確かに仲が良かったのに。
 最近は、共にいないという以上に、傍にいてもどうしていいのか分からない。

 大体、口下手なレオンがあんなにも令嬢たちと楽しそうに会話できるなんて思わなかった。
 ローラといる時は今も昔のレオンそのままに、ぶすっとしているのに。

「でも、きっと大丈夫」

 机の引き出しから、貰ったまま一度も出番を迎えたことのない髪飾りを取り出し、指でそっと撫でる。
 華奢な銀細工の髪飾り。普段使いには到底向かない。
 一緒にパーティへ出席してくれさえすれば、使うこともできるのに。

「どんな顔をして、買ってきたのかしら」

 適当に、王都の令嬢が好みそうな華やかなものを指差して買うレオンの姿を思い浮かべてひとり笑った。

 共に過ごしてきた記憶と築いた絆は、まちがいなくローラの中にあるように、レオンの中にもある筈だから。


 仕上がったばかりのハンカチを手に取り、イニシャルを指で辿る。

 ローラの頭の中で、ハンカチを贈られたレオンが嫌そうにする姿がやすやすと思い浮かんだ。

 それでも渡すことをやめようと思わない自分に、苦笑した。

「さて。明日の授業と勉強会の予習をしてしまいましょう」


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】前世の恋人達〜貴方は私を選ばない〜

恋愛
前世の記憶を持つマリア 愛し合い生涯を共にしたロバート 生まれ変わってもお互いを愛すと誓った二人 それなのに貴方が選んだのは彼女だった... ▶︎2話完結◀︎

婚約者が一目惚れをしたそうです

クロユキ
恋愛
親同士が親友で幼い頃から一緒にいたアリスとルイスは同じ学園に通い婚約者でもあった。 学園を卒業後に式を挙げる約束をしていた。 第一王子の誕生日と婚約披露宴に行く事になり、迎えに来たルイスの馬車に知らない女性を乗せてからアリスの運命は変わった… 誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。 よろしくお願いします。

性格が嫌いだと言われ婚約破棄をしました

クロユキ
恋愛
エリック・フィゼリ子息子爵とキャロル・ラシリア令嬢子爵は親同士で決めた婚約で、エリックは不満があった。 十五歳になって突然婚約者を決められエリックは不満だった。婚約者のキャロルは大人しい性格で目立たない彼女がイヤだった。十六歳になったエリックには付き合っている彼女が出来た。 我慢の限界に来たエリックはキャロルと婚約破棄をする事に決めた。 誤字脱字があります不定期ですがよろしくお願いします。

愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました

海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」 「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」 「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」 貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・? 何故、私を愛するふりをするのですか? [登場人物] セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。  × ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。 リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。 アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?

身代わりーダイヤモンドのように

Rj
恋愛
恋人のライアンには想い人がいる。その想い人に似ているから私を恋人にした。身代わりは本物にはなれない。 恋人のミッシェルが身代わりではいられないと自分のもとを去っていった。彼女の心に好きという言葉がとどかない。 お互い好きあっていたが破れた恋の話。 一話完結でしたが二話を加え全三話になりました。(6/24変更)

婚約破棄をされるのですね、そのお相手は誰ですの?

恋愛
フリュー王国で公爵の地位を授かるノースン家の次女であるハルメノア・ノースン公爵令嬢が開いていた茶会に乗り込み突如婚約破棄を申し出たフリュー王国第二王子エザーノ・フリューに戸惑うハルメノア公爵令嬢 この婚約破棄はどうなる? ザッ思いつき作品 恋愛要素は薄めです、ごめんなさい。

【完結】騙された? 貴方の仰る通りにしただけですが

ユユ
恋愛
10歳の時に婚約した彼は 今 更私に婚約破棄を告げる。 ふ〜ん。 いいわ。破棄ね。 喜んで破棄を受け入れる令嬢は 本来の姿を取り戻す。 * 作り話です。 * 完結済みの作品を一話ずつ掲載します。 * 暇つぶしにどうぞ。

優柔不断な公爵子息の後悔

有川カナデ
恋愛
フレッグ国では、第一王女のアクセリナと第一王子のヴィルフェルムが次期国王となるべく日々切磋琢磨している。アクセリナににはエドヴァルドという婚約者がおり、互いに想い合う仲だった。「あなたに相応しい男になりたい」――彼の口癖である。アクセリナはそんな彼を信じ続けていたが、ある日聖女と彼がただならぬ仲であるとの噂を聞いてしまった。彼を信じ続けたいが、生まれる疑心は彼女の心を傷つける。そしてエドヴァルドから告げられた言葉に、疑心は確信に変わって……。 いつも通りのご都合主義ゆるんゆるん設定。やかましいフランクな喋り方の王子とかが出てきます。受け取り方によってはバッドエンドかもしれません。 後味悪かったら申し訳ないです。

処理中です...