奥様は聖女♡

喜楽直人

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「ほんじゃ、ま。終わりにしますか」

 わざとらしく、ナックルダスターを外した手をグルグルと廻したサミーが、床に頽れたままのハンスの首元を持ち上げる。

「なんなん……なんなんらよ、ほまへ。らんの恨みがあっへ」
 滂沱というに相応しい涙を流しながら、歯の抜けたハンスがサミーに問い掛ける。
 せっかくダリンが綺麗にしてくれたのに、とサミーの不快度が少し上がる。

 増えたのは少しだけ。誤差の範囲だ。
 元々サミーは、ハンスに対して不快だという以外の思いを持っていないのだから。

 見せつけるように、ハンスの目の前に拳を突きつける。

 けれどもその拳は金属製の武器を外した元の綺麗ですんなりとした女性らしい拳でしかない。
 この拳で殴られたとしても、防具であり武器であるそれを外した今、怪我をするのはむしろサミーではないか。ハンスの脳裏にそんな呑気なことが浮かんだ。
 ハンスは思わずまだ動いた片頬で嗤う。
「へっ。は、ははっ。」
 発作的に浮かんだ嗤いだった。嗤う度に歯の抜けた歯茎から出た血が、口元から溢れていく。肌を伝う生ぬるい血の感触と、力の入らない関節が壊された腕や手が笑いで揺れる間の抜けた感覚と。
 オカシイのは、この暴力女か、その暴力に一方的に痛めつけられているハンスの方か。
 嗤いの理由は幾らでも思いついたが、そのどれが本当の理由なのか、ハンスには結論を出すことはできなかった。

「ぶああぁぁぁぁか。お前には恨みしかねーっ、つーのっ!」

 思考が行きつく前に、振り上げられたサミーの拳が、ハンスの左頬にめり込んだからだ。

「うぎゃああああぁぁぁ!!!!!!」

 ハンスはゴロゴロと床を転がっていき、瓦礫にぶつかって止まると、そこで蹲った。

 身体を振るわせて、痛みに泣き出す。

 痛くて、痛くて、痛くて、痛くて。ハンスは自分が涙を流していることも分からず泣き続けた。

 その様子をサミーはつまらなそうに一瞥すると、ずんずんと歩いて行っては瓦礫の影で隠れていた男たちを一人ずつ探して殴って廻る。

「ぎゃあ」「うげぇっ」「ごふぅ」

 大股でずんずん近付いては、捕まえて、一発殴り、去っていく。

 それを延々と繰り返していく。偶に足で散々踏みつけ蹴り飛ばしてから殴られる者もいたが、基本的に一発サミーに殴られると、男たちは誰もが蹲って泣き出してしまうのだった。

 中には自殺しようとし出す者もいたが、それに気が付いた他の男に泣きながら抱き着かれて止めるように説得されるという、サミーからすれば大いなる茶番が繰り広げられていく。
 瓦礫となった真なる聖女教会本部は、男たちの野太い泣き声が夜遅くまで響き渡った。



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